かわいそうはかわいいね


 すべてが終わり、気だるい熱だけが残った部屋。有線放送のノイズじみた音楽だけが、相変わらず静かに流れている。

 シーツの海に沈んだまま、ようやく脳のフリーズから帰還した燈矢くんは、ツギハギの腕を俺の首に緩く絡めたまま、 まだ小さく呼吸を弾ませていた。出しどころのない快感に脳を直接焼かれたせいで、その綺麗な青い目はとろとろに蕩けたままだ。可哀想に、まだ頭が働いていないらしい。

 そんな彼の白い股間の境界線に指先で触れ、すべすべした手触りをぼんやりと楽しんでいた、その時だった。
 ​─────ゴト、と、腰の下から低く鈍い振動が伝わってきた。

「……ん?」 

 気のせいかと思ったが、違う。視界が、ほんの、本当にほんの数ミリずつ、右から左へとスライドしている。煤けたレトロな壁紙の模様が、ゆっくりと横に流れていく。

「待って燈矢くん! このベッドまだ動く! 回転する!」
「あ……?」

 驚いて飛び起きた俺に引っ張られ、燈矢くんがうつ伏せのまま、気だるげに薄目をあけた。
 俺はベッドのヘッドボードの脇、有線放送のチャンネルの並びに、埃を被った怪しいスイッチ群を発見した。『照明』『有線』の隣に、かすれた文字で『回転』と書かれたボタンが、しっかりと押し込まれている。

「これ、スピードアップボタンない!?」
「コーヒーカップじゃねえんだぞ」

 下からハスキーな呆れ声が飛んできた。燈矢くんは枕に顎を乗せたまま、めんどくさそうに俺の騒ぎっぷりを眺めている。
 期待を込めて色々なツマミを回してみたものの、ベッドの速度は微塵も変わらない。

「うわあ超低速で回ってる……。これ、何のための回転なんだろ」

 秒針よりも遅いんじゃないかというレベルの超低速だ。じっと見ていないと動いていることすら忘れるような、あまりにも虚無な回転。遊園地のようなスリルはミリもない。

「ギャラリー並べて鑑賞会するんじゃないか」

 燈矢くんが、何でもないことのようにボソリと呟いた。
 
「ギャラリー?」
「部屋のまわりに客だか身内だか並べてさ。上に乗ってるやつらを、全方位からじっくり眺めるための機能だろ」

 その光景を想像して、俺は思わず真顔になった。円形ベッドを取り囲む、見ず知らずの昭和の人々。あるいは、さっき別れたばかりの、元連合のメンバーや異能解放軍の面々が、真面目な顔でこの超低速回転を見守っている図。

「……悪趣味」
「それ以外の理由思いつかないな」

 くふくふ、と燈矢くんが喉の奥で可笑しそうに笑った。
 さっきまで俺に中身ごと徹底的に支配されて、にゃんにゃん言ってた男のセリフとは思えない。やっぱり基本はろくでもない悪の組織の主要メンバーだし、発想の治安がちゃんとおしまいだ。

「じゃあ、いま俺たちは、架空のギャラリーのためにこうして回されてるわけだ」
「金とっても良い見せもんだろ」

 燈矢くんはそう言って、ずるずると這い上がってくると、俺の腰のあたりに自分のツギハギの身体をすり寄せた。外側の皮膚は厚くて体温を感じさせないのに、俺に触れている部分だけは、まださっきの熱を孕んでいて、じんわりと温かい。

「……陽火くん。誰も見てねえから、もう一回しよ」

 下から覗き込んでくる眼が、超低速で回る部屋の明かりを浴びて、またキラキラと怪しく、そして健気に潤み始める。
 
 ギャラリーなんていなくても、俺たちの世界はもう、この丸いベッドの上だけで、とっくに完結しているのだ。

「いいよ。今度はもっとたくさん、何もかも分かんなくしてあげる」

 俺が微笑んで覆いかぶさると、燈矢くんは満足そうに目を細め、またその欲張りな口を開けて、俺の指を迎え入れる準備を始めた。夜が終わっても、ずっと一緒にいようねという約束。そういうのを燈矢くんは言葉にできないので、身体を使って操作しようとしてくる。可哀想で、可愛いなあ。

 

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