恋人になって数日が経った頃、上鳴は俺の人生の選択に自分が関係していた可能性を探し始めた。
きっかけは、雄英へ入る前の話だった。課題を終えた上鳴が俺のベッドを占領し、俺は床へ広げた携帯端末でサポートアイテムの制御系統を確認していた。
発目が試作した装置は、本人の説明によれば「対象へ撃ち込めば勝手にいい感じに追尾してドカンと仕事するベイビー」だったが、実際の仕様書には未記入の項目が多く、通信規格は途中で変わり、制御プログラムには使われていない命令が大量に残されていた。あいつアレで個性由来じゃないからずるいよな、素で天才が感性で傑作を作るから、俺みたいな努力型が必死こいて辻褄を合わせるしかない。
ハードウェアだけなら優秀なのに、人間が読む資料を作る気がまったくない。パワーローダー先生に提出する前に最低限動作だけ確認してくれと押しつけられたものを整理していると、暇になった上鳴が俺の足へ自分の足をぶつけ始めた。
「理人ってさ、いつからサポート科行こうと思ってたの?」
「中学入った頃には決めてた」
「へえ」
返事が妙に短かった。顔を上げると、上鳴はベッドの上で横向きになり、枕を抱えながらこちらを見ている。
「俺がヒーロー科行くって決めたの、いつ話したっけ」
「小学校の時から言ってただろ。町内パトロール中のヒーローにまとわりついて、将来同業者になるんでよろしくって勝手に挨拶してた」
「あれちゃんと覚えてたんだ」
「毎日付き合わされておりましたもので」
上鳴は幼い頃からヒーローになると言い続けていた。自分の個性に強く自信を持ち、格好いい必殺技も作れる、オールマイトみたいになると騒いでいた。
実際には出力を上げすぎると自分の脳まで一時的に機能を落とすという問題が判明し、一時期は家族からかなり心配されていたが、本人は進路を変えなかった。強い個性だから簡単にヒーローになれると思っていた時期が終わっても、自分が扱えるようになればいいという方向へ切り替えただけだった。俺がいない中学の間もその考えが変わらず、雄英という名門校にまで“ヒーロー科”を目指して本当に合格したんだから、こいつは凄いよなあ。初志貫徹というやつを、本当に実行出来てる。
俺が今更ながら尊敬の気持ちを抱いていると、上鳴はしばらく黙り、何か思いついたように勢いよく起き上がった。俺の枕は胸元に抱えたままだった。
「も、もしかしてさあ! 俺がヒーローになるって言ってたから、サポート科選んだの!? 俺に会えるかなってちょっとは思ってくれた?」
期待していることが顔に出ていた。
離ればなれになった幼なじみがヒーローを目指していたから、再会を期待しいずれその隣に立つためサポート科へ進む。恋愛ものとしては綺麗だろう。だが残念ながら、俺の進路はもう少し金と血筋に寄っていた。
「いや、うちサポート器具のシステムメンテナンス企業してるから。跡取りとしての義務」
上鳴の顔から期待が消え、代わりに別の驚きが浮かんだ。
「待って突然社長令息って言われて震えてる。え、知らない……理人の家ふつうの大きさだったじゃん……」
「小学校までは公立で色んな人と関わりなさいって、あの家は俺が生まれた時に貰ったやつだから名義的には俺のものらしい。別荘?」
我ながら説明しながら、家の扱いが曖昧だった。父親が会社を継ぐことを決めた際、祖父が将来の資産管理の一環として俺名義にしたらしい。住む場所として使っていたので、子供の頃は普通に自宅だと思っていた。本来の家は別にあり、中学進学と同時にそちらへ移ったので引っ越しになった。
小学生の頃住んでいた家は別荘と呼ぶほど豪華ではないが、会社の資産でもなければ両親の持ち物でもないので、分類として何が正しいのか今でも分からない。
上鳴は枕を抱いたまま固まっていた。考えても答えが出なくて完全にフリーズしている顔をしている。俺が発目の設計図を最初に見る時と同じ顔だ。ここから情報を全て理解できる形に引き直すのか……という絶望混じりの顔。
「理人、自分の家持ってんの?」
「書類上はな。税金とか管理は親がやってる」
「会社継ぐの?」
「大きな問題がなければ。だからサポート科で基礎を覚えてる。現場も製造も知らない奴が上に立つと面倒だろ」
サポート科を選んだ理由はそれだけではない。個性を使って戦うより、装備やシステムを調整する方が性に合っていたし、ヒーローが前線で動くための仕組み自体には興味があった。
自社の業務は派手な新製品の開発より、導入済みのサポート器具を安全に使い続けるための点検や制御システムの更新が中心だ。発目のように何もない場所から発明を作る才能はないが、壊れる前の異常を見つけ、使う人間に合わせて調整し、事故が起こらない状態を保つ仕事なら向いていると思った。
ただし、そこに上鳴は関係していない。
上鳴は深刻な顔で俺を見た。
「別れませんよ」
「なんで別れ話」
「生まれと立場が違うから引き離されるかなって……」
「時代錯誤かよ」
俺の家は企業経営者ではあるが、政略結婚で事業を拡大するような家ではない。
そもそも俺の父親は、会社を継ぐ前に母親と大学で知り合い、普通に交際して結婚している。上鳴がヒーロー科の成績不振で退学し、無職のまま俺の家へ転がり込み、会社の金で一生遊び暮らしたいと言い出せば反対されるだろうが、それは身分差ではなく本人の問題だった。
「うちの親、お前のこと昔から知ってるだろ」
「知ってるのと、息子の恋人ですって紹介されるのは違うじゃん!」
「母親にはもう言った」
「は!?」
「付き合うことになったって連絡したら、「あー。電気くん? 仲良かったもんね」って返ってきた」
上鳴は俺の枕へ顔を埋めた。叫び声が布に吸われ、よく分からない音になる。小学校の時は明るくて元気な上鳴が俺と一緒にいてくれて安心する、とよく家庭内の話題に出ていた。普通に好感度が高いので、そんなに気にしなくていいのに。
ひとしきり悶えたあと、上鳴は枕から顔を上げた。頬に布の跡がついている。
「俺んちにも言わなきゃ」
「好きにしろ」
「いや一緒に言おうよ! 俺だけだと絶対、知ってたって言われる! 良かったね理人くんのこと大好きだったもんねって生暖かい目で見られる!」
「良かったねえ大好きな理人くんと恋人になれて」
上鳴はなんとも言えない顔をしていたが、俺の家が知らないうちに会社を持っていた衝撃は多少薄れたらしい。しばらく枕の端を指で摘みながら黙り、それから急に姿勢を正した。
「恋人同士になりました」
「はい」
「遠慮がいらないという関係です」
「上鳴が俺に遠慮したことあったか」
「一旦話聞いて」
「はい」
妙に改まっている。上鳴がこういう話し方をする時は、ろくでもない要求を通そうとしている時だった。ヒーロー科の実習で負傷した際も、まず「俺はいま怪我人です」と宣言してから、売店まで飲み物を買いに行かせようとしたことがある。いちいち理由をつけなくても、甘える時になにか理屈をこねないと恥ずかしいらしい。
上鳴は膝の上へ俺の枕を置き、両手を添えた。
「これ欲しい、から、ください」
「まくら」
「理人くさくて欲しい」
「くさい!?」
自分の服や部屋の匂いは分かりにくい。枕となれば汗や皮脂もつくだろうし、毎日使っている以上、完全な無臭ではないだろう。しかし恋人になって初めて要求されたものが、枕だとは思わなかった。しかも臭いやつ。嘘だろ、傷つくが……?
俺の顔をみて自分の発言が失敗したと気づいたのだろう、慌てて言い直した。
「言い方間違えた。理人の……なんだ……エキス的な……」
「本格的にきしょかった。絶対やらん。なんか前から人の枕に執着してるなとは思ってたんだよ、俺の枕くんをいやらしい目で見やがって」
上鳴は俺の部屋へ泊まるたび、なぜか枕の位置を確認していた。俺が先にベッドへ入っていれば隣へ頭を置き、俺が机で作業していれば勝手に抱えて寝る。単に高さが気に入っているのかと思っていたが、いまの説明では別の目的があったことになる。俺が枕へ手を伸ばすと、上鳴は体ごと抱え込んだ。
「待って洗わないで!! 育ててたの! 理人のにおいつくまで毎日確認してたんだって!」
「やめろよ俺の理解できない性癖に巻き込むの」
「性癖じゃないって!インフラ的なほらあのなんかそんな感じのあれ」
「何言ってんだこいつ」
インフラは生活を支える基盤であり、恋人の使用済み枕を定期的に嗅ぐ行為ではない。上鳴の中では俺の匂いが電気や水道と同程度に必要なものとして分類されているのかもしれないが、そうだとしても説明される側の恐怖は変わらなかった。
恋人になったことで所有権を主張出来ると思ったらしい。だが枕は俺のものであり、恋人間でも個人資産は勝手に移動しない。上鳴は抱え込んだまま、買い取るからと条件を変えた。
「そんなキショい理由だと定価以外不可だから」
「おいくらまんえん……」
「四万くらい。寝具は良いもの使えって方針で」
「非現実的な金額出された~~」
上鳴が枕へ顔を埋めた。
フスーー、と長い音がした。
「嗅いでんなよコラ」
「お持ち帰りできないんだからこれくらい許して欲しい」
もう一度、鼻から深く吸い込む音がする。寝具を選んだ職人も、まさか使用者の恋人に育成物として扱われるとは思わなかっただろう。俺が引き剥がそうとすると、上鳴は個性を使わず腕力だけで抵抗した。毎日ヒーロー科で鍛えているだけあり、こういう時ばかり無駄に強い。
枕へ頬を押しつけ、満足そうに目を細めている顔は、恋人の私物を手に入れた人間というより、気に入った毛布を離さない犬に近かった。
「こわ……」
凄いな、これみても特に嫌いにならないんだから……。フスフス聞こえる音に、どのタイミングで引き離そうか悩むしか無かった。こいつ……どうしようかな……。

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