喝采よりも近く

 電気が初めてヒーロービルボードチャートへ名前を載せた日の夜、本人はコンビニのフライドポテトを食べながら、テレビに映った自分へ文句をつけていた。

「この映像使うなら先に言ってほしかったわ。俺めっちゃ髪へたってんじゃん」

「倒壊現場で十二人救助した直後に髪型を気にするヒーローはいないだろ」

「いる。ここに」

 目の前のヒーローは自分を指さした。テレビ画面の中にも同じ顔が映っている。現場の粉塵で頬を汚し、前髪は汗で額へ張りつき、コスチュームの右肩には焦げた跡があった。記者に囲まれても疲労を見せず、停電した建物へ電力を回す際、付近の住民に協力してもらったことをどこか誇らしそうに真っ先に話している。

 現在のチャージズマは、学生時代のように周囲へ無差別に放電することはほとんどない。
 腰の発信機から射出した照準器へ電気を誘導する昔の装備を土台に、今は複数の対象を同時に指定出来る。電力を一時的に蓄えて出力を調整する補助装置、本人の神経反応と放電量を照合する制御器、万一の暴発時に地面へ逃がす経路も増えた。
 全部を身につけるとそれなりの重量になるが、本人は昔より遥かに筋肉がついているので、文句を言いながら普通に走る。

 その一式を定期的に分解し、摩耗した部品を交換し、電気の成長に合わせて設定を更新しているのが俺だった。

 俺は実家の会社へ入り、サポート器具の整備と改良を専門にしている。父親から会社を継いだ訳ではなく、いまのところは技術部門の一社員だ。
 ただし、チャージズマ事務所との契約に限っては最初から俺が担当者をしている。

 電気が独立して自分の事務所を構えた時、専任契約を結びたいと言い出した。
 うちの会社としても、成長中のプロヒーローを継続して担当出来るのは悪い話ではない。個性と装備の癖を学生時代から知っている人間が整備する方が事故も少ない。契約書には業務上もっともらしい理由がいくつも並んでいるが、要するに電気が、自分の装備は俺に見て欲しいと希望を出したというのがいちばん大きな理由になった。

 その発言を社内の会議で堂々としたため、専任契約が決まってしばらく、俺は先輩達から妙に優しい目で見られた。学生時代から、関係のことは何も隠していない。俺自身も自分でいうのはなんだが、電気の好意というコネひとつでなんとかしていた訳では無い。
 クラスメイトだった発目明にも負けず劣らず、と言っていい程度には技術を磨いた自信がある。
 少なくとも、毎日風呂に入っている分は俺の方が上だ。三年間もあいつと同じクラスにいたせいで、遠慮というものはだいぶ早い段階でなくなった。女性に向かって「臭え !」と怒鳴りつけ、真正面からリセッシュを噴射出来るのは、たぶん発目相手だけだと思う。天才だから全てが許されている女、無敵すぎる。

 

 電気が独立する頃には、耳郎も自分の事務所を構えるための土地を探していた。二人とも地域密着型の活動を考えていたため、住宅地と繁華街のどちらへも出やすく、災害時には緊急車両を入れられる広さがある土地を見つけた時、その場で相談して隣り合う区画を押さえたらしい。

 結果として、チャージズマ事務所の隣にはイヤホン=ジャックの事務所が建っている。

 事務所同士の提携はかなり楽だった。音による広域索敵と帯電を使った制圧は相性がよく、大規模停電が起きれば電気が電源を確保し、耳郎が建物内部の生存者を探す。合同訓練をするにも道路を一本挟む必要すらなく、貸した機材は職員が歩いて返しに来る。電気が会議資料を忘れた時には、耳郎が隣の窓から投げ込んだこともあった。

 ただし、男女の人気ヒーローが事務所を並べて建てたという事実は、一部のマスコミにとって業務提携ではなく恋愛の証拠になるらしい。
 電気本人が記事の存在に気づくより先に、定期整備で顔を合わせた耳郎から「そっちの恋人なんだから、ちゃんと管理して。ウチまで巻き込まないで」と俺が文句を言われた。

 男と女が並んでいたらラブラブだと思い込む、視野狭窄の人間が多いことの方が問題ではないでしょうか。頑張れヒーロー、ついでに世間の偏見も倒してくれ。

 

 現在はどちらの事務所も所属ヒーローと職員を増やし、建物の中は設立当初より随分手狭になった。それでも電気は俺が定期整備へ行くと、代表用の椅子を回転させながら待っている。回しすぎて気持ち悪くなったことも一度ではない。 

 

 そして今日、チャージズマはヒーロービルボードチャートへ初めて入った。

 順位だけなら、雄英時代の同級生にはもっと上がいる。卒業した直後から注目されていた者も、早い段階で上位へ食い込んだ者もいる。電気はそのあたりを気にしていないように見せるのが上手かったが、まったく意識していなかった訳ではないだろう。

 発表の瞬間、画面へ自分の名前が出た時には一度だけ呼吸を止めた。

 その後、事務所の職員に囲まれ、花束を渡され、記者の前でいつものように笑っていた。俺も専任技術者として会場へ呼ばれていたが、前へ出る必要はなかった。少し離れた場所から、電気が大勢の中心にいるのを見ていた。

 高校生の頃、個性を使いすぎて廊下へ転がり、ウェイしか言えなくなっていた男だ。

 その男が自分の事務所を持ち、人を雇い、守り、名前を呼ばれている。

 帰宅した後は二人で祝うことになった。といっても電気は明日の午前から取材があり、俺も研究室へ出るので、外へ飲みに行くほどの余裕はない。酒と夕食を買い込み、俺の部屋でテレビをつけただけだった。

 チャート発表の特別番組は、順位を紹介した後も本人の過去映像を何度か流した。電気は映るたびに姿勢を変え、最後にはソファへ横向きに寝転がって、クッションで顔を半分隠していた。

「もう消してよくね? 俺ずっと褒められてんだけど。家で見ると恥ずいわ」

「外では嬉しそうだったのに」

「あそこではヒーローだからな。いまは一般男性、上鳴電気さんです」

「ランキング入りした夜に恋人の家でポテト食ってる一般男性」

「至って健全だろ」

 テーブルには缶の酒と、持ち帰りのハンバーガー、ポテト、唐揚げが並んでいる。祝い事にしては茶色が多い。洒落た店の料理も候補に挙げたが、最終的には量を優先した。

 俺は二本目の缶を開けた。普段より飲む速度が速かったのか、顔が少し熱い。電気は明日の仕事を考えて一本で止めている。学生時代なら真っ先に騒ぐ側だったのに、いまは自分で加減するようになった。

「よくやったな」

 テレビを見たまま言うと、隣が静かになった。

 画面では次の順位が紹介されている。電気の出番はもう終わっていた。それでも番組の隅には今日の順位表が表示され、チャージズマの名前が残っている。

「事務所を持って、仕事を増やして、あれだけ人を抱えて、事故も起こさずここまで来た。普通にすごいと思う」

 改まって言うほどのことでもなかった。だから視線はテレビへ向けたまま、缶を傾けた。

 電気は何も答えない。

 横を見ると、ポテトを一本持ったまま止まっていた。耳が赤い。酒のせいではない。一本しか飲んでいない上、飲み終えたのは一時間近く前である。

「なに」

「いや……お前がそんな真っ直ぐ褒めんの珍しいから」

「酔ってるんだろ」

「もっと飲む? 俺買ってこようか?」

「調子に乗るな」

 俺が缶を押しつけると、電気は笑いながら受け取って、残量を確認した。酔っている人間の酒を管理するつもりらしい。酒の味を覚えたばかりの頃は俺が電気へ水を飲ませていたのに、長く付き合えば役割も少しずつ入れ替わる。

 テレビの中で、チャート入りしたヒーロー達の活動歴が簡単に紹介されていた。初々しいデビュー映像から現在までを並べ、成長を演出する構成になっている。

「俺も昔の映像出されんのかな」

「雄英の体育祭から出されるんじゃないか」

「若すぎんだろ。せめて仮免取ってからにして」

「アホになってる映像は人気出そうだけどな」

「プロになってからは、ほぼなってねえから」

 電気は胸を張った。

 実際、最近の電気が許容量を超えて思考を飛ばすことは滅多にない。出力そのものが学生時代とは比較にならないほど増え、体も個性へ順応した。装備が放電量を監視し、限界へ近づけば警告を出す。本人も戦況を見ながら出力を調整出来るようになった。

 学生時代には全力放電のたびウェイしか言えなくなっていた男が、いまは周囲の電力網へ干渉しながら複数の敵を制圧し、そのまま避難誘導まで出来る。アホにならないことは、積み重ねた訓練の結果だった。

「今は全然見れないけど、あのアホの電気も可愛かったなあ」

 口から出てから、電気がこちらを向いた。

 褒めるつもりで言った訳ではない。ただ昔の映像という話から、自然に思い出しただけだった。俺を見ると人間の言葉を取り戻し、両手で手を繋ぎ、顔が見えなくなるほど近づいてキスをしてきた電気。賢く戻った後、自分自身に寝盗られたと泣いていた電気。学校内で俺達のことをすべて喋ろうとして、爆豪に爆破されていた電気。

 当時は面倒だったが、いま思えばずいぶん可愛かった。

 電気は持っていたポテトを静かに容器へ戻した。

「その時言えよ! 報! 連! 相!」

「なんで怒るんだよ」

「なんで一番必要だった時に黙ってんの!? 俺、めっちゃ恥ずかしがってたよね!? 理人に嫌われると思って、放課後まで引きずらないよう死ぬほど訓練したんですが!?」

「知ってる。だから強くなった」

「めっちゃ頑張ったから今となっては大ピンチにでもならない限りアホになれないんですが!? もう滅多に見られない限定仕様なんだけど!? 可愛いなら可愛いで先に教えてくれれば、俺にだって配分というものが!」

「可愛いからアホのままでいろとは言えないだろ」

「それはそうだけど! もっとこう、あるじゃん! 『昔の電気も可愛かったけど、頑張ってる今の電気もかっこいいよ』とか!」

「自分で正解を言うなよ」

 酒が回っているせいか素直に笑ってしまった。
 電気は本気で不満らしい。どこに出しても誇らしいみんなのヒーローは、十年近く前に俺から可愛いと言われなかったことで今更プンスカと拗ね続けている。

「つーか俺、あの状態でどんな顔してた? 自分じゃほとんど覚えてねえんだよ。映像も残ってないし」

「へらっへらで、ぐにゃっぐにゃ」

「最悪」

「俺を見つけると嬉しそうだった」

「それは今もだろ」

「そうだな」

 さらりと返すと、電気の勢いが少し止まる。昔より照れなくなったと思っていたが、正面から肯定するとまだ弱い。耳だけでなく、首まで少し赤くなっている。本人は誤魔化すようにハンバーガーを持ち上げ、大きく口を開けて齧った。そのまま食べながら、まだ文句を続ける。

「俺だけ知らない情報多すぎんだよ。アホの時の俺、俺よりお前との思い出あんじゃん。勝手にキスしたり、抱きついたり、可愛いと思われたりさあ。いまさら聞かされても取り戻せねえんだけど」

「全部お前だって何度説明したら分かるんだ」

「記憶にない俺は、ほぼ他人なの! そいつばっか得してんの!」

 電気は口元へケチャップをつけたまま騒いでいる。
 さっきまで画面の中で大勢の人間に称賛されていたプロヒーローと、同じ人物には見えない。ランキング入りしたヒーロー、事務所の代表、災害現場で電力を繋ぎ、市民を安心させるチャージズマ。どれも電気だが、俺の前でポテトを食べ、昔の自分へ嫉妬しているこいつは“みんなのヒーロー”じゃなくて、“俺の恋人”だ。なんだかしみじみと愛おしいな。

 俺は手を伸ばし、電気の口元についたケチャップを親指で拭った。

 電気が話を止める。

 そのまま指についたケチャップを舐めた。

「いまも可愛いよ、毎日更新し続けてるから安心しろ」

 テレビの音だけが部屋へ流れている。先ほどまでの勢いはきれいに消え、頬から耳まで赤くなった。ランキング入りを発表された時より、よほど分かりやすく動揺している。

「……あざっす」

 小さな声だった。素直に照れている姿を見ながら、やっぱりこいつ可愛いよなと思った。

 テーブルへぶつからないよう肩を押し、ソファへ仰向けに倒す。電気は抵抗せず、持っていたハンバーガーだけを慌てて皿へ戻した。それから両腕を広げ、俺に押し倒されてくれる。

「酒入ってる理人、すげえな」

「喋るな」

 赤いままの耳へ髪がかかるのを指で避け、笑いの残っている口へ、そのままキスをした。唇を離すと、電気は追いかけるようにわずかに顎を上げる。期待を隠す気もない目が、酒のせいとは違う熱を帯びて潤んでいた。
 そういう顔をされると、明日の予定も、いま何時なのかも忘れさせて、声も出なくなるほどめちゃくちゃにしてやりたくなる。ランキング入りした夜くらい、何も考えられなくなるまで甘やかしても罰は当たらない気もした。

 けれど、明日は電気に朝から取材があり、俺も研究室へ出なければならない。

 祝われる本人を寝不足と掠れ声で送り出すのは、専任技術者としても恋人としても管理が甘い。名残惜しそうな口元へもう一度だけ噛みつくようにキスをして、伸びてきた腕をほどほどのところで押し戻した。加減が必要なのは分かっている。分かっているからこそ、今夜は電気が後悔しないぎりぎりまでにしておこうと思った。

 

送信中です

×

※コメントは最大3000文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!