おばけは嫌い 死なないからさ

 昔は良かった、と懐古主義に染まったことを思ってみる。特にテレビだ。もちろん今の鮮やかに映る画面も捨てがたい。暗い場面でも奥までよく見えるし、薄くて軽くて場所も取らない。
 便利になったと言われればその通りなのだろう。それでも俺は、あの重厚感のあるずんぐりむっくりしたスタイルのテレビが好きだった。
 土産に貰った用途不明の民芸品を置くのにあれほどベストなポジションはないし、猫だって寝られる。冬場にはほんのり暖かかったものだから、猫もよく上に陣取っていた。映画のいいところでしっぽを垂らして画面を隠すという猫特有の嫌がらせも、なかなか愛らしくてよかった。

 そして何より、昔のテレビには根性があった。鉈を叩きつけても半分までは耐えてくれていた、あの頃が懐かしい。

 先日買ったばかりの薄型テレビが、ぱちん、と嫌な音を立てた。続いて画面の中央から火花が散り、小さな爆発を起こす。
 映っていた女の顔が一瞬だけ七色に歪んで、そのまま真っ暗になった。俺はソファに座ったまま、その一部始終をポップコーンを食べながら見守った。もう驚きもしない。あーあ、とは思う。そこそこ高かったし、買ってからまだ日も浅い。しかし四度目ともなれば、家電量販店でテレビを選ぶときにも耐久性の項目を気にするようになる。もっとも、商品説明に「鉈による衝撃に強い」と書いてあるテレビにはいまだ出会ったことがない。

 ポップコーンはキャラメル味だ。ソルトよりキャラメルが好きな彼に合わせたのだが、やはり俺には少し重い。最初の数口なら美味しいものの、映画一本を付き合うには甘さがくどくなってくる。
 一緒に用意した飲み物も彼好みの甘いココアだったのが、さらに拍車をかけていた。俺はコーヒーでよかったかもしれない。いや、キャラメル味には合わないか。グリーンティーかな? 次回は試してみよう。

 そんなことを考えながらポップコーンをひと粒高く放り、口で受け止める。もうひと粒。今度は少し右へ逸れたので、身体ごと傾けてどうにか拾った。なかなか楽しい。
 俺がポイポイとポップコーンを口でキャッチする遊びに興じているその隣で、キャンプに来たティーンエイジャーを執拗に追い詰める時もかくやといった勢いで肩で息をしているのが、我が愛しのダーリンである。

 片手には鉈。目の前には完全に沈黙したテレビ。床には飛び散ったプラスチック片。これで四回、俺のテレビを破壊した。

 逆に言うなら、四回も俺の趣味に付き合う努力をしてくれたということなのだ。
 一回目で嫌だと断ってしまえばそれまでだったのに、テレビを買い直すたび俺が誘うと、なんだかんだ隣に座ってくれる。そして毎回、途中までは頑張る。限界を迎える時間だって少しずつ伸びている。愛おしいね。

「ジェイソン」

「……」

 返事の代わりに、ホッケーマスクの奥から荒い呼吸音が漏れた。大柄な背中を丸め、鉈を握ったまま、ジェイソンは沈黙したテレビを警戒している。画面はもう割れているし、電源だって落ちている。それでも何かが這い出してくる可能性を捨てきれないらしい。

「ジャパニーズホラーはそんなに怖いのかい?」

 しばらくして、大きな身体がゆっくりと頷いた。

 けっこう昔に作られた、女がテレビから出てくるという物語だ。血しぶきが景気よく飛ぶわけでもなければ、人間が派手に千切れ飛ぶわけでもない。けれどジェイソンは、ジャパニーズホラー特有のジワジワとした薄暗い雰囲気が大層苦手らしい。
 来るなら来い、出るなら出ろ、殺すなら殺せ。そういう性格なのだろう。暗い廊下の奥に何かがいた気がするとか、鏡の向こうに知らない女が映っているとか、気づくたび少しずつ距離が縮まっているとか、そういういつ襲ってくるのか分からないものには滅法弱い。

 派手に現れ、派手にぶった切る主義はここからなのか。

 俺はこの島国特有といってもいい陰鬱とした雰囲気と、何を考えているのか分からない女優の平坦な顔が好きなので率先して集めているが、ジェイソンとの鑑賞会はいまだ最後まで成功したことがない。
 最初はオープニング直後だった。次はもう少し進んだ。その次はさらに長く耐えた。そして今日は半分。こうして考えると、きちんと成長している。

 自分自身がクリスタルレイクのホラーであるという自覚がないのだろうか。湖畔でホッケーマスクを被った大男が鉈を持って追いかけてくるのだって、普通の人間からすればテレビから女が這い出してくるのと同じくらい嫌だと思う。少なくとも俺なら、旅行先で遭遇したくないものランキングの上位には入れる。

 だがしかし恋は盲目というもので、俺はこんなところにもメロメロなのだ。

「怒って無いよ、さあこっちにおいで。ポップコーンを食べよう」

 テレビを壊した事を反省しているのであろう、ジェイソンはしょぼんと肩を落とした。手招きするとこちらを見て、それから壊れたテレビを見て、もう一度俺を見る。
 叱られないと分かってもまだ少し警戒しているらしい。やがて大きな身体を妙に小さく縮めるようにしてやってきて、伺うように少しだけ間をあけて隣へ座った。

 俺はその間を自分から詰める。肩へ寄り添い、まだ強張っている逞しい背中を宥めるようにゆっくり撫でた。
 数え切れないほど人間を追い回してきた男を、おばけが怖かったね、と慰めている現状については多少思うところもあるが、それはそれ、これはこれである。ポップコーンの箱を彼の膝へ置けば、ジェイソンはまだ恨みがましく壊れたテレビを見ていた。

「今日は半分まで我慢できたね」

 最初はオープニングから鉈が振りかぶられたのだから、すごい進歩である。

「次も頑張ろう?」

「……」

 ホッケーマスクの下で、嫌そうに顔が顰められた気がした。

 

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