乱反射の果てで待ち合わせ ​

 そんなわけで、付き合っていないのか付き合っているのか自分でも説明できないまま卒業が近づいた。二人ともナイトレイブンカレッジから入学許可が黒い馬車と共に届いた日、エースは封筒を握ったまま朝から俺のところへ走ってきた。隠す気もないくらい嬉しそうで、その顔を見た瞬間だけは、俺も普通にちょっと嬉しくなった。

 

エリオ見ろよ! オレNRC入るから! お前もだろ!? ミドルスクールからそのまま一緒とかあり得なくね? 運命じゃん!」

「いや、それは俺がめちゃくちゃ優秀だからだが……」

「そこ普通に喜ぶとこだろ!」

「いってえ! 腹殴んなよ!」

「オレ今ちょっといいこと言ったじゃん! お前、付き合ってる時もっと優しかったよな!?」

「付き合ってるごっこしてた時な」

「オレじゃなかったらホント号泣してるからそういうのやめろ。やめて。ふつーに傷つくから」

 

 悲しげな声を出しているが油断はならない。ためらいのない一発がまた来たので逃げた。

 ただ、まあ、うん。本当は俺も嬉しかった。悔しいことに、という気持ちだ。エースと同じ学校へ行くことなんて、考えたこともなかった。たぶん別々になるんだろうと思っていたし、それでいつの間にか、ミドルスクールの時にちょっとつるんでいた相手、として記憶の奥底に行くものだと思っていた。
 それが同じ場所へ行けるらしい。運命じゃん、と言った時の顔が明るかったので、その言葉ごと覚えてしまった。本人には言わないけど。

 本当に二人揃ってナイトレイブンカレッジへ入学し、しかも同じハーツラビュル寮へ入った。闇の鏡から俺の寮名が告げられた瞬間、少し離れたところからエースの「マジ!?」が聞こえ、すぐ教師に睨まれていた。笑いそうになって俯く。こういうところはミドルスクールの頃から何も変わっていない。

 

 しばらくして、エースがデュース・スペードを連れてきた。見るからに真面目そうだったので、エースとつるんでいる以上たぶん何かあるんだろうな、とは思った。俺が普通に挨拶しようとしたところで、エースが先に口を開く。

 

「こいつエリオ。ミドルスクールから一緒で、オレが嘘告してからかったら、オレのこと好きって嘘ついて半年くらい騙してきたひでえ奴」

 

 今年のどの面下げて大賞、開催早々に優勝候補が現れた。俺は何も言わず片手を上げ、親指を掌へ折り込んで、その上から残りの指を握る。助けてくれ。初対面の相手へ送る合図としては重い気もしたけれど、こっちも長いこと困っている。

 

「つまり、エースが悪いって話で合ってるか?」

「違う。こいつは最初から知ってたのに半年ずっと付き合って、オレが本気になってから『知ってたよ』って笑った極悪人。俺が被害者」

「俺は罰ゲーム終わるの待ってただけなんだけど。途中で本気になったなら申告してほしかったよ」

「かわいそう」

「分かってくれてありがとう」

エリオはオレのこと好きだよ。だってコイツ、オレより力つえーし。本当に嫌ならオレなんか普通にぶん殴って逃げられるじゃん。それでも許してんだから嫌いじゃないってことだろ」

「エース、『嫌いじゃない』は『好き』という意味じゃないと思う」

「うっせえ~~!!!! 知らねえ~~!!!!」

 

 正論は勝てないんだよな、こういう時。まあ、本当に嫌ならとっくに殴っているのはその通りで、友達としてなら最初から普通に好きだった。
 だからといってエースの雑な計算式を認める気にはならないので、俺はデュース側の顔をしておくことにする。後に、デュースはデュースで結構やばい男ということも発覚したので、この中でまともなのは俺しかいなかったが。

 それからもエースはしょっちゅう「そろそろオレのこと好きになった? 」と聞いてきた。「今日の態度次第」「さっき俺のプリン食ったから遠のいた」と返すたび騒ぐくせに、数日するとまた聞く。その頃には食堂で隣を空けるのも、面白いことがあれば最初にエースへ話すのも普通になっていて、ある時ふと、なんとなく流れでキスをして、それが特別なイベントという訳でもないなと気付いた時に思った。

 

 あ、じゃあ好きか。

 

 別に問題なかった。もともと男でもいいし、相手がエースなのも今さらである。さっきまで散々噛みついてきたくせに、キスしたあとだけ少し赤くなった目元も、まあ普通に可愛いなと思う。

 エースはしばらく俺の上に乗ったまま動かなかった。そのうち肩口へ額を押しつけてきて、ぐりぐりと何度か擦り寄る。
 普段は前髪が少し乱れただけでもすぐ手で直すくせに、今は俺の服に押しつけて好き放題崩していた。せっかく朝からちゃんと整えていたのに、もう横の毛まで跳ねている。あとで鏡を見た時に絶対嫌な顔するだろうな、と思いながら見ていたら、さらに一回ぐりっと頭をぶつけてきた。

「なあ、エリオ。そろそろオレのこと好きになった?」

「うん」

 肩口にあった頭が止まった。しばらく何の反応もないので、聞こえなかったのかと思って顔を覗こうとしたら、ものすごい勢いで起き上がる。耳まで真っ赤だった。髪もぐしゃぐしゃである。

「……は?」

「うん。好き」

「ちゃんと言えよ!! オレから聞かせんな!!」

「自分で聞いたのに」

「ちょっとオレ一回部屋出て戻ってくっから! 仕切り直して! いい? 今度はちゃんと言えよ、準備しとけよな!」

 ガチャ、と扉が閉まった。何なんだあいつ。俺はしばらく扉を見たあと、さっきまでエースが頭を押しつけていた肩を払った。髪の毛が一本ついている。あれだけぐりぐりやればそりゃつく。

 ガチャ。エースが戻ってきた。さっきまでぐしゃぐしゃだった髪が、ちゃんと元通りになっている。わざわざ直したらしい。扉の前でじっと俺を見るので、俺も見返した。さっきまで人の肩へ頭を擦りつけていた奴が急に格好つけて立っていると思うと、ちょっと笑いそうになる。

 

「……ポッキー食っていい? 机の中の」

「いいええよおおおお!!!! 」

「いていていて」

 

 腹を殴られたあとで、仕方なくちゃんと「エースのこと好きだから付き合おうぜ」と言う。すると散々俺を追い回してきたくせに今さら真っ赤になって、「……遅えよ」とニヤニヤするので、ちょっと面白かった。

 

 

 翌日、デュースと監督生へ報告すると、二人ともまず俺を見た。

「本当にエリオも納得してるのか?」
「問1、親きょうだいペットなどを人質にされている?」

「納得してるし人力アキネイターしないで。家族とペットは無事です」

「ほらな! オレずっと言ってたじゃん、エリオはオレのこと好きだって!」

「結果論だろ」
「問2、それはストックホルム症候群ですか?」

「最終的に合ってたんだからよくね!? 監督生おまえ、オレの知らない単語だしてるけどそれって悪口だろ、ニュアンスでわかるんだよ!」

 

 なにもよくはないと思うし、ストックホルムなんとかも少しくらい当てはまりそうな気はする。でもまあ、恋人になったからといって俺が困ったことは特になかった。
 強いて言えば、エースが前より堂々と恋人面するようになり、いままでのアレでも本人なりにだいぶ遠慮してたんだな……と少し絆され、俺の方も遠慮なくエースのこと好きだなあと思えるようになった。それくらいである。

 まあ、たいして変わらない。嘘から始まったものでも、はじめから破綻していたので大きな波風なく、二人の若者が恋人同士になりました、めでたしめでたしというだけの平和な話だ。

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