静かなゴミ捨て場、俺渾身のかわいこぶりっこを治安の悪いお兄さんはタバコを吸いながらジッと見下ろしてくる。効かないタイプか……? じっとりと嫌な汗が一気にでてきた。消しかける方の『灯火』は俺が弱者の立場であればあるほど庇護欲ブーストがかかって効きやすくなるが、今現在ゴミ荒らし現行犯のクソガキでしかない……! 被害者力が足りないか……!?
「放火か」
お兄さんは携帯灰皿にタバコをしまいながら俺にそう聞いてきた。なんの事かと一瞬思ったが「ん」と顎で俺の胸あたりを示す。……あー……そうですね、これ炎だわ。燃えますね、紙類……。
「参考書とか……欲しくて……。ごめんなさい」
「なんで」
「兄が退院したから、入院してる間の勉強できなかったから……学校行けないから、本見て勉強したいって……」
子供らしく聞こえるようにわざとたどたどしい口調でいうと、「ふうん」と興味のなさそうな相槌が頭の上から降ってきた。
「兄貴何歳だよ」
「13歳」
「ガキ向けじゃねえだろ、そんなもんもわかんねえのか」
「……」
みて、お兄さん! 俺のこの悲しそうな顔を。かつて13歳でいま16歳なんですって言っても説明が面倒なので諸々省略する。幼いきょうだいの方がウケがいいし。
個性が効いてるのか効いてないのか全く分からないのが怖い。案外お坊ちゃん育ちなもので、治安の悪いお兄さんとこんなに話したことないんだよな。
最悪の場合どうやって切り抜けるか、まだ全力で個性出したことないから試すか? 悩んでいるとお兄さんは積まれた本の山を緩慢に蹴り倒して「こっち持っていけ」と俺の方に転がしてきた。教員採用免許のテキストの束、その中に中学生用の教科書が一通り一緒にまとめられている。
「先生って子供用の教科書も一緒にみるんだ」
「ンなわけねーよ」
自分がガキの頃とどう変わったか気になっただけだ。と独り言のように言うので、この几帳面な本たちはこのお兄さんの捨てたものだという確信ができた。
「なにおまえ、浮浪児か。親は」
「そんなかんじ、お兄ちゃんと逃げてきたんだ」
「殴られてんの」
「他のきょうだいはよく殴られてたよ」
鍛錬で焦凍がぶっ飛ばされてましたね……。お兄さんはまた「ふうん」と相槌を打った。
「かわいそ、これやる」
手に持っていたコンビニの袋をポイと渡されて慌てて受け取る。その間に、お兄さんは革靴でアスファルトを踏みながら立ち去っていった。
「明日もくればいいんじゃねえの」
「いいの?」
「知らねー」
これは……なんかくれる人だ……! 慈悲深いぞこのお兄さん……! たまにいる持続型で優しくしてくれるタイプだ!
袋の中には夜食で買ったのだろう、サラダチキンと野菜スティック、フルーツヨーグルトが入っていた。意識が……高い……!
意識高いとニュースとかよく見るか? となると全国でほぼ垂れ流されてる俺の顔もバレるかな。若干不安だが、髪の色を変えてるから大丈夫か。夜は人相が違って見えるものだしな。
とりあえず、お兄さんが階段を上がっていく音を確認してから必要そうなものを片っ端から貰っていくことにする。医学書もあるのがありがたい、漢検のテキストも貰っとこ、前世で一級取ってたけどもう忘れてるし。中学生用の教科書は本当に気になるから買っただけらしくてこっちには書き込みがない。ほぼ新品だ、ありがたい。
綺麗に捨てられていたおかげで選別に時間はかからなかった。荒らすだけ荒らして放置したのでゴミ捨て場の治安は俺のせいで悪化したが、あのお兄さんが几帳面なだけで住民のレベルとしては俺が荒らしたくらいが丁度いいので良しとしよう。
お土産をたくさん貰ったのでニコニコで帰ったが、拠点の玄関を開けたら目の前に実兄が落ちていた。玄関のタイルって冷たいから気持ちいいのかもしれない。前世で飼ってた猫がよく寝てたな……。
「遅せぇ……」
「ごめんて。ただいまとやくん、このまま寝てる?」
「なんでだよ、ベッド連れてけ」
「さては動けなくなってるな……」
触ると家を出た時よりも体温が高く感じる。普通なら脳が煮えて致命的なダメージを受けてるくらいの体温だ。そろそろ全身発火するのでは? これ、水風呂にぶち込んだ方がいいんだろうけどさすがに持ち上げてぶち込むほどの力はまだないな……。
「とやくん歩いてくださ~い」
「…………」
燈矢くんは脇に手を入れてずるずると引っ張っていく俺の腕を無言で掴み、絶対に歩かないぞという強い意志を感じさせていた。自分の意思で歩かないのか、身体が動かなくなってるのか判断つかないな……メンヘラ彼女(実兄)の試し行為な気もしなくない。
「とりあえず冷やさないとな……」
家を出る時に皿にいれておいた氷は全て無くなってるから、ちゃんと食べていたようだ。燈矢くんは体調が悪いとか辛いとかは何も言わないし、表情もあまり動かなくなっているから実際にどこまで辛いのか分からない。体質的に実はそれほど辛くないのかもしれないし、実は血反吐吐くほど辛いのを痩せ我慢しているのかもわからない。普通なら死んでてもおかしくないような体温だけど、この『個性』で様々な無理を通す世界だとどうにかなるものなのか? そもそも人間が炎出してるってなんだよ……いや、俺も炎出してるけど……なんか出たから……。
ベッドに転げ落とすと非常に嫌そうな顔をしてうつ伏せから仰向けになり、じっとりと俺を睨んでくる。ここら辺で体力の限界っぽい。本当なら水風呂が1番楽なんだけど、体力使うからなあ。鍛錬から帰ってきた時にシャワー浴びてたし、1回入ったのになんでもう1回って理屈で嫌がるだろう。なんでも何も身体を冷やさないと下手したら死ぬからだよという理屈は通じない。何故なら燈矢くんはいま俺に甘えているので。
親切なお兄さんに貰った本を机に置いて、冷蔵庫に食べ物をしまう。バケツに水と氷を入れてタオルを用意した。
「身体拭くよ」
「なんで」
「冷やす必要があるからです」
ついでに新しく用意した食べる用の氷を口に突っ込んであげたが、ずっと指突っ込んでたら低温やけどくらいはしそうな温度だった。これで生きてるんだから人間って凄いよな。人間の枠にいれておいていいのか? これ……。
秒で溶けていく氷に「ぬりぃ」と不満気な顔をしているが、氷ってぬるくはないんですよね。もうほんとこれどうにかしないと原作軸まで生き残れないのでは? そうするとおじさん曇らせが不発に終わってしまうし世界が大荒れしなくなってしまう……! 良いことでは?
「…………」
「なんだよ」
「……いや、とやくんがいなくなるのは嫌だなあって」
「はは、陽火くん寂しがりだ。俺がいなくてずっと寂しかったんだろ。置いてってごめんな、最初っから陽火くんだけ信じて、陽火くんのヒーローになるって切り替えてたら良かったんだ。間違えたけど、陽火くんは俺の事信じてずっと待っててくれた。嬉しかったんだぜ、本当に!」
こっちの燈矢くんはどうなんだろうか、普通に昔から知ってる兄の発言のような気もするし、普通に昔っから漏れ出ていたメンヘラ彼女(実兄)の発言のような気もする。昔から情緒めちゃくちゃになってたからおかしな発言かどうかわからないんだよな……。
俺には原作を遵守する義務なんてないし、そもそも半端にしかわからない。自分で読んでいたところも半端だし、詳しく知ってるような気がする箇所も第三者のおじさんに対する歪んだ愛情で1回濾された情報だ。現世の実父が前世の友人に性欲を向けられていた可能性に今気づいてなんとも言えない気持ちになってきた。ちょっとおじさん曇らせの性癖がないのでわからないんですけど、あれって性欲由来ですよね? 怖い……。
横になったままご機嫌に俺の頬を撫でくりまわしてくる手を掴んで止めた。ジッと目を見ると、「なんだよ」と甘えたようなドロっとした声で先を促してくる。
「……死ぬまでとやくんと一緒にいてあげる」
「知ってる。約束しただろ、嘘ついたら針千本だ!」
いままでの軽口とは重さが違うんだよ、と言っても伝わるわけが無いので針の千本二千本飲んでやりますよと適当をいいながら燈矢くんの服を脱がした。そのまま軽く絞ったタオルで身体を拭くが、あっというまにぬるま湯くらいの温度に変わる。
「これ、汗腺もほとんど壊れてるから熱を余計逃がせなくなってんのか、ここら辺は移植してるっぽいな……もうほとんど自分のとこないじゃん。可哀想に」
ツギハギの皮膚だが、白い方は完全に移植してるな。ケロイドになってる部分が再利用できたギリギリの自分の肌だ。つまり全面焼け焦げてたってことか……。
痛かっただろこれ、可哀想すぎる……。そういえば燈矢くんの身体がいまどうなってるかなんて見てなかったな。風呂は各々勝手に入ってたし、どちらかというと厚着の服を着ていたから見る機会なんてなかった。
俺が身体を拭く前はよく喋っていた燈矢くんは、疲れてるのかなんなのか寝てるわけじゃないけど抵抗もせずにじっと俺を見上げている。
「下も拭くから腰上げてくださ~い」
「ん」
もう全部身体みてやろ。この感じだと、顎から下、両腕と下腹部くらいが一番酷かったのか? 足はどうなってんだろう。歩き方はスムーズだから皮膚の癒着とかはないと思うけ……
「ちんこどこ落とした!?」
「ははっ 驚いただろ」
ケラッケラ笑ってるけどオイ! 無いよ! ちんちん!
俺がびしょびしょのタオルを持って動けないまま右往左往しているのをみて、燈矢くんは非常に愉快そうに笑いながら足にひっかかっていた脱ぎ掛けのズボンを蹴っ飛ばした。よかったね両足はそこまででも……いや違うなコレ、移植してるってことは被害が大きかったんだな。
「顎が落ちるくらい燃えてんだぞ、こんなとこ真っ先に燃え尽きただろうよ」
「再形成手術しとけよ医者~……」
再形成は二次課題かつ本人が三年目覚めないから昏睡状態の生命活動維持を優先した結果だろうけど、突然あると思っていたものがないと突きつけられたら驚くだろこれ。
「全部無い……」
「まじまじ見てんなよ、陽火くんのえっち」
「そういう感情は無い……」
ここらへん全部移植らしくてケロイドもないから面と点の状態が無駄に目立つな……。燈矢くん成長遅かった上に鍛錬に取り憑かれてたから性欲とかあまり身近に感じてなかったっぽいし、不幸中の幸いか……? テストステロンは95%睾丸で作られてるんだっけ……? 男性ホルモンが足りなくなることによる弊害ってなんだ……? 医学の……医学の知識が足りない……!
この構造を維持してるかつ三年昏睡状態なら排尿はカテーテルだったろうし、完治したから退院ってわけでもないだろ。これ排尿できてるか? 医学わからん……! ほんとに分からん! ただ排尿が滞ると人は容易く死ぬということだけはわかるんだ俺は!
こんなにも真剣に心配と混乱をしているというのに、なんにも無くなった股間を凝視されていた燈矢くんはさっきまで笑っていたくせに居心地悪そうに下半身を両手で隠して「……陽火くん、すけべだ」と繰り返したので「違う、本当にそういうんじゃない」と真面目に訂正しておいた。
助けてくれ治安の悪いお兄さん、医学書持ってましたよね? 医の心得持ちと信じてお話伺いたいんです。
