縋って足掻いて揃えて捨てた

【おかあさんへ 早く元気になれるように祈っています。(次男)くんも(長女)ちゃんも(四男)も、お母さんと会いたいって言っています。】
【お父さんへ 衣食住をどうもありがとう。】

「​──────これは現在行方不明の陽火くんが一年生の頃に書いたとされる母の日と父の日の手紙です。家庭内の詳細が未だ公表されない中で、専門家はこれらの手紙からある兆候を読み取っています」

「まず母の日の手紙には、『祈っています』という言葉が使われています。小学校低学年の男の子が祈りという形で母の回復を願う。……これはかなり慎重な表現です。
こちらでは個人情報の点で伏せられていますが、さらに注目すべきはきょうだいの名前を明記している点です。
子どもは通常、『みんな』や『お兄ちゃんたち』と簡略に表現します。これは『誰が母を恋しく思っているかを明確に伝える必要がある』と感じていた可能性が高い。母親が不安定だった、あるいは周囲から隔絶されていた状況を暗に示しているようにも感じます」

「年齢に対してかなり大人びた子供という印象ですね、父の日の手紙についてはどうでしょうか」

「父の日の手紙は、異質です。『衣食住をどうもありがとう』という言葉選びは、極端に客観的で感情のない内容です。『大好き』『がんばってね』といった典型的な子どもらしい愛情表現が一切なく、あくまで『生活の基盤を提供してくれてありがとう』という、まるで報告書のような敬語に近い文章。彼の背景を考えると、違う言葉が出るのが一般的ではないでしょうか。父親がNo.2ヒーローです、忙しさから関われる時間が少なくとも活躍は伝わるはずです。『応援している』……何も書くことがなくても、この一言が出てきそうなものだと思いませんか?
これは、『感謝はするが、親しみや甘えは許されない存在』として父親を認識していた心理が表れていると思われます。
つまり、『父親に好かれるには機能としての感謝を示すしかない』という学習があった可能性があります」

「非常に印象的なのは、母への手紙には『感情』があり、父への手紙には『敬意』のみがあるという明確なコントラストですね。
しかも、『父への愛』ではなく、『生存への感謝』に近い表現。これは、父を安心させるために感情を排除したとも読めます。
子どもがここまで感情を使い分けているという事実は、かなり異常です。家庭内での言っていいこと言ってはいけないことを、明確に理解していた証拠です」

 テレビの向こうの真面目な大人たちの話を薄目で聞いていた。直視できない。隣で燈矢くんが「そうなの?」と聞いてきたが、あの……別に……俺そこまで考えてないです………。

 俺の文集が流出している件について大変遺憾です。そういやあれ、原本は両親へおくったけど進級の時に国語の授業まとめで文集にされてたんだよなあ……。

 一年生のお手紙なんて意味なんてないって~……! 両親ともそんなに関わりなかったら入院中の母親の方がネタがある分ちょっと文量多くなるし、本当に関わりのない父親ならもう生かしてくれてセンキューくらいしか言うことないって……。

「ごめんな陽火くん、俺がいないからってお父さんに虐められたんだろ。可哀想に、これからは俺がちゃあんと守ってやるから」

 俺が父さんエンデヴァーに悪感情持ってる方が都合の良い燈矢くんがうっきうきで俺を後ろから抱きしめてぐりぐりと顔を押付けてくる。金具が食い込むので痛いし、そういやその顎後付けされたものだから取れない? 治す手段が今のところないから無茶しないでくれ。3年っぽっちで完全にくっつくなんて信じられないんだ俺は。

 逃亡生活が一週間を超えたが、俺たちはまだ見つけられてない。たぶんこのまま原作時間軸まで行くんだと思う。
 燈矢くんは打倒エンデヴァー&焦凍を胸に、毎日よく分からない鍛錬をしては夜中に体温爆上げしてフラフラで帰ってくる。死ぬのでは? 俺の存在が本来ならいた支援者との出会いイベントを奪っているのでは?

 年々母さん側の体質が強くなってきたから、炎への耐性は減っても体内を冷やす力は増していたのかもしれない。じゃないと汗腺壊れてほとんど汗がかけてない状態でいままで無事な理由がないもんな 。

 これ……上手いことやったら、工夫次第でエンデヴァーより強い火力を出せるようになったんじゃないか……? 諦めるの早すぎたんじゃないか父さんよ……。普通に、ヒーローにはなれただろ……。燈矢くんはNO.1ヒーローじゃなくて「お父さんみたいなヒーロー」になりたかったんだから。

「え、考えてみたらマジでムカつくなエンデヴァー」

「ははっ陽火くんも分かってくれるんだな! そうだ、あいつは悪いヤツなんだ! まともなフリしてヒーローやって、結果はこれだぜ。自分の子供犠牲にしてなにが正義だよ、俺たちぜんぜん幸せじゃねえよなあ。夏くんだってうんざりしてたぜ、まともな家庭じゃねえんだ」

「あの男愚直すぎる、許せん、はあ~~……?」

陽火くんが怒ってんの珍しいな、初めて見た」

 背中に体重をかけて燈矢くんを背もたれにして見上げると、感情が濁ってどろどろした眼で俺を見下ろしてる。つぎはぎになった皮膚と無理やり固定するための金具。はあ……はあ~~~……??
 

「燈矢くんは俺のヒーローだったのに」

「もうヒーローになれないからダメ? 陽火くんまで俺を見捨てるのか俺の事選んでくれたって言ったのにずっと一緒にいてくれるって嘘ついた? 嘘ついた? 嘘ついた? おい、嘘ついたのか? なんで騙したのなんでなんでなんで」

「俺のメンヘラにより強大なメンヘラで立ち向かうな。メンヘラが動詞になってるなコレ」

「動詞ってなに」

「…………!」

「違う、知らないんじゃなくて忘れちゃっただけだから」

 「名前は知ってる」と絶対あまり知らないだろうという口調で燈矢くんが言ったので、気づいた。そうだ……燈矢くん13歳で学びが停止してる……!

 戦闘はこのままでも順調に強くなるのはわかるんだ。本人が意欲的だしセンスもいい、感覚派なところも都合が良い。でも、一般教養13歳程度で終わってるやつが原作みたいな活躍できるか……!? 最低限、物理と数学はやっておかないと『なんか勘で動いて何とかなってるだけ』の奴になる……!

 メンヘラVSメンヘラで至近距離に来ていた燈矢くんの頭を押さえつけて「勉強しよう!」というと、「なんで」とかえってきた。なんでだと、なんでっていうのがなんでだ。

「頭悪いヤツは弱いから」
「勉強する」
「よし、道具貰ってくるから先に寝といて」
「俺も行く」
「寝とけ~」

 立ち上がって上着を羽織ると、着いてこようとした燈矢くんが立ち上がれずにベッドに落ちている。そう、彼いま体温44度超えてんだよな。人間の身体って普通は話すことも出来なくなるもんだぞそれ。ちょっと動けないな……くらいで済んでるのは異常だからな……。

「すぐ帰ってくるからこれ食べて先に寝てて」
「10分……」
「確約できません」
「かくやくってなに」
「おっけー、国語の資料も探すしなかったら俺が作る」

 冷凍庫から出した氷を皿に入れて渡してから、なにやらぐずっている声に「いってきまーす」と聞こえないフリをして拠点を出た。

 この辺りは治安が悪いけど、俺の個性を使えば生き延びれないこともない。あと夜だからちょっとした灯りになって歩きやすいし。

 まともな人間はこういう街では夜に一人で歩かないので、まともじゃない境遇の今だと逆に安全だ。住民の質が悪い街では古紙回収じゃない日にも本が捨てられてるから、その中でまともそうな……出来ればなんかの参考書とか捨てられてないかなあ。ダメだったら古本屋とかで個性使って『お願い』するけど。

 靴の裏が、濡れたアスファルトをぴちゃりと鳴らした。
街灯はとうに切れていて、明かりといえば遠くのマンションのライトが見えるだけ。この街はどこかすえた臭いがしているが日中よりマシだ。夜は空気が冷えてる分臭いが抑えられている気がする。

 ここらへんで一番近くて、でかいマンション。あそこのゴミ捨て場ならなにかいいのがあるだろう。服もあったらいいな……古紙回収の日って資源ごみで一緒に出されてるし……。

 そんな淡い期待を抱いてたどり着いたゴミ捨て場は、宝の山だった。

「大学用だけど数学と英語のやつだ。やった、漢検のテキストもある! こっちは……フラワーコーディネータとチャイルドマインダー? 危険物取扱者、筆記、ニュース時事能力検定……? 第二種電気工事士もある……? 個人が出したゴミか、これ……?」

 総合の専門学校とかありました……? 周囲のゴミに比べて、きちんと整えられて同じ高さに揃えて捨てられていたテキストたちは、市役所が出す『古紙はこう捨てろ』のお手本のように綺麗に縛られていた。

 あまりにも多種多様なので複数人のものをまとめてるのかもしれないと思ったが、名前を書いている部分はマジックでひとつひとつ丁寧に塗りつぶされていて、適当に開いたどのページにも書き込みがいれられている。ありがたい……助かる……。これだけで勉強になるやつだ……。ノートじゃなくてテキストに書き込んで情報をまとめる人だ……。落書きも一切されてないし、この治安の悪い街にも真面目な人間っているんだなあ……。

「おいガキ、何してんだよ」
「ひえ」

 夢中になってしまったのが悪かったのか、真後ろに立っている人の接近にまったく気づくことが出来なかった。
「ああ”?」と威圧バリバリで見下ろしてくるひと目でわかる治安の悪いお兄さんの登場に、か弱い俺は『灯火』を震わせて「ごめんなさい、『お願い』みのがして」と可愛い顔をするしかできなかったのであった……。きゅんきゅん。みのがして。俺かわいい未成年だよ。