「おら死ねーー!!」
「ぎゃああああああ!」
「きゃっ」
怒鳴り声とともに俺の運転する大型バイクが唸りを上げた。
前傾姿勢のまま、ハンドルをがっつり握りしめ、アクセルを限界まで捻る。目の前のゴミは、逃げようともせず─────いや、逃げる暇すらなかった。
ガッシャアアアン!!
乾いた衝撃音。肉が潰れる。数メートル進んだ後、丁寧に方向転換して弾けとんだゴミをもう一度轢いてから戻った。
「なあ“お姉さん”、俺で悪いけどデートしてくれない!?」
「…………ええ、“私”、海が見たいわ」
人様の善意にタダ乗りして借りた大型バイクは殺人の凶器になったし、俺は今明確な殺意を持って人を一人殺したが不思議だ……全く後悔していない……反省すべき点がひとつも無い……。
今日の夜にでもこの街を離れるつもりで、なんとなく最後に街を見て回っていた。
昨日お兄さんと話していたから、バイクに乗りたくなったというのもある。いつもは燈矢くんがいるから車移動が基本だけど、前世ではツーリングが趣味だったから懐かしい。
最初にひっかけた潰れかけた宗教団体の人は拠点をくれたし、治安の悪いお兄さんはこれからの生活に必要なアレコレを融通してくれた。案外いい街だったな……と思いながら、走っているとお兄さんがいた。昼間にもいるんだ。そりゃ居るか。ついでだから挨拶しようかと止まった時に、お兄さん以外の誰かがいるのがわかった。やっべ、ガキがこれ乗ってたら通報される。慌てて隠れようとした時、聞こえてしまった。
「うっわ……お前、マジで言ってんの? 自分が“女”のつもりでオレに惚れた?……ははっ、最悪。冗談にしてもキモすぎ」
話の前後はわからないけど、なにやら穏やかではないことはわかった。お兄さんは俯いて動かないし、男の方は早口でまくし立てている。
「お前まさかそんなツラで誰か抱いてくれるとでも思った? キッショ、男にも女にもなれねぇ半端モンが、オレのこと好きって……気持ち悪ぃ。お前がこっち見てたと思うだけで、鳥肌立つわ。こっちは人間が好きなんでな? 性別どころか人間ですらねぇだろ、お前みたいな化けもんは、死───────」
そして俺の「おら死ね」アタックへ続くのだった。
「なんだよこのバイク、どっから盗んできやがった」
湿った声がいつもの“お兄さん”の口調なので、俺もそれに合わせる。
「これ? 親切な人に貸してっていって借りてきたヤツ。なんか聞こえたらムカつきすぎて無理になった」
「丁寧に二回轢いてんじゃねーよ」
「好きな人殺してごめんね」
「いいよ、嫌いになったから」
「良かった。あと人を見るセンスほんとに無い。アレは無いって、悪口いってゴメンだけどアレだったら俺の父親よりギリマシってぐらいだからな」
「アレより最悪の父親かよ」
「身内だから最悪になってんの、他人ならあいつの方が嫌かも」
「ふふっ」
背中が濡れてきてる感触がするけど、そこは何も言わない方が良い男なので黙っている。
海沿いの道を走って走って、崖までのデートだ。崖から海へバイクを不法投棄したあとはそこらの車に『お願い』して街までとんぼ返りからの逃走再スタート予定。
「…………水平線、綺麗ね」
「あんたの方が綺麗だよ」
「やっすい言葉、ありがと」
私ね、女の子なのよ。本当は、女なの。生きにくくて嫌ね、どこにも居場所なんてないわ。
選択肢も可能性も、どれだけ集めたって一番なりたいものになんてなれなかった。女の子になんてなれなかったわ。
治安の悪いダウナーお兄さんはお姉さんだった。昨日ちょっとそんな感じしたんだよな。あれ? 可愛いなって思ったんだよ、年上の治安の悪いお兄さんのこと。
『可愛いな』の種類が女の子へ向ける、ああこの子所作可愛いなとかそういう種類の『可愛いな』だった。
「お姉さん、あいつってはじめて好きになった人ー!?」
速度を上げたせいで伝えずらくなって、無駄に声が大きくなる。
「そう! 初恋!」
返事も同じように大声だ。
「女は男で変わるって言うからさあー! もっといろんな男に惚れてみたらー!? あれハズレだよ! ハズレ引いて諦めるのは惜しいって!」
「次の恋なんて出来るかしら! 私って恋に臆病なのよ!」
「出来るって、だってあんた可愛いから!!」
お、ここから見る水平線もなかなか綺麗だ。
「生きれるまで生きて、頑張ろうぜ! やれること全部やってさ! 生きにくい世の中ぶっ飛ばしていこう!」
「ええ、そうね、私たち。……もっと自由に生きたっていいのよね……!」
派手にバイクを不法投棄して、治安の悪いお兄さん改めお姉さんと「また会いましょうね」と握手をして、そのまま手を繋いで『お願い』して譲られた車で元気に帰宅。
帰宅予定時間を大幅に超えた結果、拠点周りが灰燼に帰してメンがヘラっておしまいの燈矢くんが「陽火くんが嘘ついたかと思って悲しかったから」と言い訳をしてるのを車に詰め込み、俺たちは次の街へと向かったのだった。
それから数日後かな、最近のやばいヴィランのニュースでお兄さん、改めお姉さんが出まくるようになったのは。
へえ、ヴィランネーム『マグネ』っていうんだ。 なんか……いた気がするな……。敵連合に……いた……なあ…………?
