勝手に戦え! カスの炎上主VSゲスの自称粛清系YouTuber
その日も男は誰にも気づかれぬよう、住宅街の裏路地をうつむいて歩いていた。炎上は過ぎた。ちょっとしたジョークを理解しないくらい世間がアホだっただけ。あれはもう過去の話だと、そう思い込もうとしていた。
だが、世界は忘れていなかった。
背後から、ぴたりと肩に手が置かれた。振り向くと、すぐそこに、黒いカメラのレンズがあった。瞬間、心臓が跳ね上がる。周囲に気配。静かな足音。四方を取り囲む人影。全員顔を隠しているが、軽薄な雰囲気は伝わっている。軽薄で、残忍な、飢えてもないのにネズミを甚振る猫のような目をしていた。
「こんにちはぁ〜! ジャスバズでぇ〜す!!」
明るすぎる声が、脳の奥を揺らした。聞いた事のない名乗り、人の名前ではないだろう。まるでテレビのインタビューのようだ。視線の先にいたのは、滑稽なほど装飾された仮面をかぶった人物。その顔のどこにも素の表情はなく、目だけがこちらを射抜いている。
「いたいたぁ〜! やっと見つけたぁ〜!」
口調は芝居がかった冗談めいているが、笑ってはいなかった。周囲には黒衣のスタッフたちが立っている。顔は見えない。誰も何も話さない。ただ、静かに男を囲っている。男は一歩、また一歩と後ずさったが、背中に別の人物の肩がぶつかる。
「今日はですねぇ〜! 以前、あなたが匿名掲示板で開催された“お祭り”について、インタビューさせていただこうと思いまして〜!」
言葉の意味が脳に届くより早く、男の顔が引きつった。「あれは、違う」と口の中で呟くが、声にならない。逃げ場はない。
「まず、質問ひとつめ!!」
仮面の人物が声を張った。
「いま! まさに! 子供の命が危険にさらされているという自覚はありますかああああ!!!」
怒鳴り声に、男の体がビクリと揺れる。直後、仮面の下から伸びた手が紙束を取り出し、バサバサと宙に広げた。
「こちら〜、あなたが送った“映像”のプリントでぇ〜す! 記憶にございま〜すかあ?!」
そのコピー用紙には、彼が掲示板で拡散したスナッフフィルム風映像の一部が印刷されていた。虚構の死、血に見せかけた演出、陽火に酷似するように加工した少年の顔。
「エンデヴァーの自宅まで行ったっていう噂、本当ですかぁ? じゃあ〜第二の犯行はいつ行うご予定で〜?」
仮面の下の目が、笑っていなかった。冷たい熱に男の背筋が凍りつく。
「ち、違う……オレは……動画はネタで……演出で……」
「ネタでねええぇぇぇえぇッ!!!」
地面を靴が強く叩きつける音が響く。その衝撃に、男は思わず一歩退いた。
「あなたがはじめた“お祭り”のせいで! 陽火くんは死んじゃったかもしれませんねえ〜〜〜?」
その声には嗤いがあった。だが、それ以上に重たくて、冷たくて、深く染みついた怒りがあった。
「だってね? “初動”って、ほんっと〜〜〜に大事なんですよぉぉぉぉ〜〜! あなたが匿名掲示板で“似せて作った映像”を送りつけて! みんなが“これフェイクじゃね?”って混乱してる間に!! もし陽火くんが誰かの手にかかって、もう戻ってこなかったら! それ、あなたが殺したってことになりませんかねええええ!?」
男はその場に膝をついた。顔面蒼白、唇は震え、口を開くことすらできない。そんなつもりは無かった。何も考えてなかった。世界中から責め立てられてアカウントを消した時に何度も言った言い訳を、口に出すことが出来なかった。
「No.2ヒーローのエンデヴァーの息子! つまりね? ごく普通の、一般市民なんですよ! ヒーローの子供は、ヒーローではない! やさしくて! 人の痛みに敏感で! 大人びた子だったそうですよぉぉぉ!! 困ってるお友達にはさり気なく手を貸すような、そんな!立派なお子様ぁぁああ!」
ばらまかれた紙が舞う。男の頭や肩に降り注ぎ、足元を白く染めていく。紙の中で切り刻まれて殺されている子供の写真が自分を責めたてる錯覚にのみこまれる。
「みーーんなが、彼の帰りを待っています!! あなたいがいの!! みーーーーんなが!!!」
笑っていた。仮面の男が、明るく、陽気に、まるで舞台のラストを告げる司会者のように。
「あなたが邪魔をしたせいで、陽火くんは死んでしまったかもしれないんですよぉ〜? だってねえ、お父さんはNo.2ヒーロー、エンデヴァー事務所はこの国でもトップにある素晴らしい事務所だ。抱えるヒーローもとうっっても多い! なのに! なぜ! Why!? なぜいまだに陽火くんは見つからないのか───────お前が邪魔をしたからだ」
男は完全に動けなくなっていた。自分がまき散らした“ネタ”が、自分を取り囲んでいく。
そして仮面の男は、くるりとカメラに向き直り、両手を大きく広げる。
「では!画面の向こうの皆様も、ご唱和くださいッッ!!」
手を打つ音がひとつ、またひとつと重なっていく。
「ひっとご〜ろしッ!」
「ひっとご〜ろしッ!」
「ひっとご〜ろしッ!!!」
カメラがぶれた。カメラマンも手を叩いているのだ。映像は揺れ、叫び、拍手、笑い、沈黙が混ざり合いながら、男の顔が遠のいていく。
男はその場にしがみついたまま動かない。誰も手を触れていないのに、もう壊れていた。
仮面の奥から、明るい声が最後に響いた。
「以上、ジャスバズからでした! みんなも拡散、よろしくね!」
画面は真っ黒にフェードアウトする。音もなく。
