世界にとってのバッドエンドでも

「広がりを見せる《あかり》。その“光”を受け取った人は180万人を超えたとされ、街中でも所持者の姿が多く見られるようになりました。
しかしその正体は依然として不明なまま、《あかりさま》と呼ばれる存在への信仰めいた動きが、一部で懸念を呼んでいます。本日は、この現象についてスタジオで議論してまいります。社会構造に詳しいジャーナリストの玉木理恵さん、そして経済評論家の篠崎重善さんです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」
「どうもよろしく。ま、今日はまた大げさな話になりそうで楽しみですね」

「さっそくですが、篠崎さん。《あかり》を実際にお持ちだそうですね?」

「ええ、これこれ。娘からもらったんですよ、“お父さん、これあると落ち着くって流行ってるよ”ってね。もう、素直に嬉しかったですよ。可愛いもんです。
夜中に仕事してるとき、ふとこれが目に入って──“ああ、見ててくれてるんだな”って思うと、やっぱり頑張れますよね。……でもね、それは《あかりさま》のおかげじゃない。娘の思いやりが嬉しかっただけです。
そこを勘違いして、“これは思想だ! ”“洗脳だ!”なんて言い出す人が出てくると……。
いやいや、ちょっと落ち着きましょうか? って言いたくなりますよね。カルト? 洗脳?それ、本当に自分の目で見て言ってます?って。何ができるんですか? このちっぽけな《あかり》ひとつで」

「篠崎さん、気持ちは理解します。でも重要なのは、その感情が《あかり》という“構造”によって生まれた可能性を無視できない、ということなんです。現在、《あかり》に関する報告はどれも“肯定的”です。“悩みが消えた”“前向きになれた”“人間関係がよくなった”
ですが、これほど大量のポジティブ事例だけが揃うというのは、情報操作がなくても奇妙です。“悪い話が一切出てこないこと”こそが、最大の危険ではないでしょうか」

「いやぁ、すごいな。“悪い話がないから危険だ”って、もはや哲学ですね。それってつまり、“人間は必ず不幸じゃないといけない”ってことですか?誰かが救われてると、裏があるって勘ぐりたくなるんでしょう。でも、残念ながら、私の家でもどこにも“裏”なんてなかったですよ。
娘がプレゼントをくれて、私は嬉しかった。それだけの話を、“危険な構造だ!”って言われる筋合い、正直ないですね」

「“誰も困っていない”と仰いましたが……。“困っている自覚すら持てない”状態が、もし構造的に生まれているなら。それは“良いことだからいい”では済まされないと思います。
《あかり》がなくなったとき、初めて依存に気づく人が出てくるかもしれない。その可能性に目をつぶってはいけないんです」

「だったらそのとき騒げばいいでしょう。今は何も起きてないのに、心配ばっかりして人生が楽しいですか?
誰かの優しさに“裏があるかも”なんて言い出したら、もう誰とも向き合えませんよ。私はね、こういう風に、“人の優しさ”をわざわざ“疑う視点”で見たがる風潮が、むしろ怖いと思ってるんです」

「お二方とも、ありがとうございました。
《あかり》──それは小さな光に過ぎないのか、あるいは見えない影を伴っているのか。今後の社会の中でどう位置づけられていくのか、引き続き注目してまいります」

 キャスターの言葉で番組が締めくくられるあいだ、画面の端では険悪になったジャーナリストと評論家が無言で睨み合っていた。──その映像を最後に、ニュースは終わった。

 リモコンを握ったまま、俺はしばらく動けなかった。でも隣で、パチパチと手を叩く実兄の動きが目に入って、ようやく金縛りが溶けた気がする。

 とりあえず……とりあえず、だ。

「エッッッッ、180万人超えたの!!?」
陽火くん凄いね、立派だ」

 ニタニタ笑いながら両手ぱちぱちして褒めてくれる燈矢くんだが、この凄いね立派だという言葉には凄いね立派だという意味しかない。煽ってるようにみえるのはただのパッシブスキルだ。
 俺の知らないところで俺の知らない会報誌が作られているだけでも怖いのに、俺の知らないところで俺の知らない俺を神と崇める宗教が180万人規模に!? 前、もっと少なくなかったっけ!?

 確かに拠点としてる団地には各部屋に配布してたけど、たぶん感染源ここからか……? 感染って言うと嫌だな、俺はただメンタル安定してる人しか住んで欲しくなかっただけなのに。

 ここまで行くともう実感も何も無いので、「凄いな……」しか言えない。俺の『灯火』がなんだか大変なことをしているようで申し訳ないな。これ、俺がいまあかりを強める方で個性使ってるからプラスに働いてるんだけど、あかりを弱める方に使ったらどうなっちゃうんだろう。

 個人個人の設定は目の前にいる相手にしか出来ないから、大元の灯火を消したら一気に全員分消えちゃうのかな。イレイザー・ヘッドの個性とか食らったらどうなっちゃうんだろう、180万人。

 最近の新聞でヘドロ個性のやつが捕まり、学生二名が救助されたニュースがあった。それを見て思い出したが、原作のはじまりくらいだ。ということは、もうすぐ受験……いや、その前になんか……特訓エピソードがあった気がする……。
 正直、自分の記憶力がこんなに悪いとは思ってなかった。冷静に考えたら漫画と現実だと、描かれていない空白の方が多いもんな。その時間の分だけ俺の記憶は薄れるし、でかい事件を見て「なるほどね思い出した」と脳みその奥から引っ張り出してくるくらいしかできない。

 ​───────俺の原作知識、役に立たなくないか!?
本当に、なんでギャグ漫画日和とかにしてくれなかったんだ……。いや、あの世界はあの世界で俺が病みそうだけど。

「俺は出かけてくるけど、陽火くんは今日どこか行く? 門限までに帰れるか?」と、燈矢くんが年々甘ったるくなる声で言うので「ちょっと散歩にでも行こうかな。門限間に合いそうになかったら連絡するよ」とこたえておいた。

 ドロっとかデロっとでも言えるくらいに、燈矢くんの声は俺にだけ甘ったるいし言葉遣いも幼い。13歳のお兄ちゃんが、可愛がっている5歳の弟へ向ける口調と全く変わっていないのだ。怖いな。

 何が怖いって、元々そんなに喋らない燈矢くんは俺にはよく話しかけてくることで、なんか与し易そうなぬるい野郎に見えてしまうらしい。見た目は厳ついが、話し方は柔らかくて優しいお兄ちゃんだから仕方ない。
 ヴィランという生き物の中でも弱いやつは、そういう優しそうな人間を搾取して生き残ってきたせいで、獲物を誤認して勝手に燈矢くんを舐めてかかって勝手に死ぬやつが年々増えてきた。あとついでに俺のことを舐めてかかった結果、燈矢くんの怒りに触れて勝手に死ぬやつも増えてる。自分が舐められた時は秒で燃やすが、俺が舐められた時は「陽火くん、こいつ陽火くんに酷いこと言うんだぜ。許せねえよなア」と両手両足だけ燃やしたやつを蹴り転がしながらニタニタ報告しに来たりする。凄惨な褒められ待ちだ。ありがとう助かるそれはそれとして可哀想だからトドメ刺してあげて……。

 燈矢くんは燈矢くんで原作が進んでいるらしく、俺の知らない交友関係が広がって怪しげな人間たちとの横の繋がりができている。
 原作でちょっと見た事のあるおじさんと話してたのを知ってるので「あの人と会うの? 友達?」と聞いたら「協力者」と悪く笑っていた。そのあと「嫉妬すんなよ、あとでぜーんぶ教えてやるから。陽火くんはなにもかも、俺に任せとけばいいんだよ」と何か企んでることだけしかわからない不穏な言葉だけ伝えて頬を撫でて拠点を出ていった。我が兄ながらびっくりするほど言動がエッチなお姉さんだ……。俺の育て方が悪かったのか?

 ええと、英雄だか雄英だかの入学式っていつだったっけ。あの入学テストって部外者禁止だから映像データが無いんだよな。どうにかしてテストの映像が欲しいから、誰か『お願い』を聞いてくれるひとを用意しなきゃな。

 なんかだんだん自分の中の善悪も歪んでいるような気がする。
 前世の俺って、確か人を殴ったことも無かったような気がするけど、今の俺は必要があれば暴力もできるし、実兄に「可哀想だからトドメ刺してあげて」なんて殺人幇助もしてしまうし、今みたいに必要な情報を取るために他人に罪を犯せようとしてしまう。ヴィランだ。息子二人が最悪なヴィランになってしまったことで実父曇らせが冴え渡りそうだが、原作より最悪なことになるのかな。

「とりあえず、外でも歩くか」

 ずっと地下にいたら健康に悪いからな。最近団地に引っ越してきた騎士みたいなお兄さんが、俺の代わりに青年団の役員引き継いでくれたし、暇な時間が増えた。暇な時間って原作時間になるのか?
 これからどんどん世界が『原作』に染まって、忙しくなるのか。嫌だな。燈矢くんが死ぬことだけ知ってんだよなあ、俺。なんか、こんなにズブズブの関係になるとは思ってなかったから軽い気持ちで「死ぬまで一緒にいてあげる」なんて言っちゃったけど、凄く……凄く嫌だな……。あの頃はまだ燈矢くんは『原作キャラ』だったけど、今の俺にとってはそんなんじゃなくて、『現実』の人でしかないから……。

 原作崩壊させたい。ダメか? 原作ほとんど知らないけど、俺というノイズで崩壊してくれ。頼む。燈矢くんに死んで欲しくないだけなんだよなあ……。