自分の成長具合から「そろそろ原作って始まる頃では?」と思わなくもないけれど、いまいち実感がない。あまりにも平和だからだ。俺の知らないところで物語が進んでいるのかもしれない。
燈矢くんも昔よりずっと背が伸びて、「原作の荼毘ってこんな感じ」というイメージにすっぽり収まっている。でも俺に対しては相変わらずベタベタに甘くて、冷静な目で見るのが難しい。煤と血のにおいしかしない、綺麗なお札を「お小遣いやるよ……♡」なんてドロリとした密みたいな声で渡してくる。絶対にどこかで暴力沙汰を起こして手に入れた金だ。
そんな実兄の邪悪な献身にたっぷり慈しまれて、俺はすくすくと育った。育ちすぎた。父親譲りの成長因子が身長に全振りされた結果、初対面では「20代くらい?」と年齢を誤認される不穏な年齢不詳者になってしまった。
これでもう、「未成年の行方不明者・轟陽火」は見つからないだろう。顔だってもう、前世の自分とそっくりになってしまった。チビの頃はまだ目つきだけ父親似だったけど、今となっては父さんが俺を見ても気づけないと思う。
最近では、GPSを帽子から靴底まで全身に10個仕込まれ、位置共有アプリと厳格な門限のもとで、一応誘拐監禁されているはずの俺も、ちょっとした平和を得て外を歩き回れるようになった。ちなみに門限を破ると、すべてを破壊する兄が迷子の弟を心配して徒歩で迎えに来る。周囲の者は死ぬ。俺は他人の命を守るため、高潔な精神で日々生きている。
毎日街では、ヴィランが現れたりヒーローが出動したりと賑やかだ。そんな騒がしさを眺めながら、ふと「世界が明るすぎる」と、しんみりした気持ちになる。世界から少しだけ浮いているような気がして、足元がぐらついたような錯覚を覚える。
少し疎外感を抱えつつ歩いていると、喉が渇いた。コーヒーでも買おうと自販機を探すが、財布には1万円札しかない。小銭がない。
どうしようかと考えながら、近くのゲーセンに吸い寄せられるように入った。ここなら崩せるだろう。ゲームに特別な興味はないけれど、小銭に崩したお金を少しだけでも還元しないと申し訳ない。一応、自分はヴィランのつもりではあるが、倫理観のかけらくらいはまだ残っている。
ゲームも好きだけど、こういうところのやつよりパソコンでやる方が好きなんだよな。顔の見えないフレンドと通話しながらゲームの中で車を盗んだりコンビニ強盗する方が楽しい。いろいろおかしいけど、でも楽しいんだからしょうがない。
数年前から一緒に遊んでるモンちゃんというハンドルネームの子と遊ぶのが楽すぎて、ゲーセンのゲームはあまり興味が持てない。いつかオフで会おうねと言いたいけど、たぶん名前からいって女の子だからナンパに思われたら終わる。俺は数年仲良くしていた友達に性欲に負けたカスと……思われたくない……!
クレーンゲームもあんな運次第のやつ、特別欲しいものが無い限り興味無いし……。どうしよっかなあと、うろついていたら、壁一面にガチャガチャが並んでいた。やはりヒーロー社会、オールマイトが多いけどミルコも人気だ。
おかしい……No.2のはずの実父がほとんどない……。あの人、人気……ない……? No.2なのに……? あの、一応、一生懸命働いてるから……。家庭を顧みないレベルで働いてるから、一般市民の皆様は轟家の犠牲の分だけ評価してくれないか? 踏み躙ってきたものの分だけ、せめて立場にふさわしい人気くらいはあってくれよ頼むから……。
ちょっと悲しくなったので見なかったことにして、なにかひとつくらいはやるかと機体を眺める。最近のガチャガチャは高いなあ、500円以上のやつもあるじゃん。と、視線をうろつかせていると見つけた。ミニフィギュアシリーズのひとつに、ギャングオルカがいる。
「え、欲しい」
好きなのに何故かあまりグッズ出ないんだよな、ギャングオルカ。格好いいのに。スーツに身を包み、仁王立ちしてこっちを見ている。無骨で強そうで、でもどこか理知的。オルカの頭もいい。
見れば見るほど欲しくなって、五百円玉を二枚、機械に押し込んだ。千円ガチャはさすがにレベルが高いから期待が膨らむ。
回すのは一度きり。それで出なきゃ、縁がなかったってこと。
ガコン。
ドキドキしながら通常より大きいカプセルを開くと、ギャングオルカではなく、すやすや眠っているオールマイトがいた。
……なんで寝てんの?
いや、可愛い。確かに可愛い。けど、俺の狙いはそうじゃなかった。えー……と思ってラインナップを見るも、乗ってない。混入か? と思ったけど、たぶんこれシークレットだ。
カプセルを手の中でころころ転がしながら、俺はふぅっとため息をついた。中身を取り出し、少しだけ眺めて、カバンに入れようとしてやっぱやめて。
「まあ、いっか」
近くにあったゴミ箱に手を伸ばす。
持ち帰ったってなあ。実父を焼いた炎みたいな存在だし、あんまり好きじゃないんだよな。見る度にちょっとゲンナリするのは精神衛生上よくないし、燈矢くんだって「なにあれ」って聞いてくるだろうし、それに返答するのもかったるい。
ポイッと投げ入れたその時。
「それを捨てるなんてとんでもない!!!」
爆音とともに現れたのは、どこから飛んできたのかわからない、緑色の髪をした少年だった。勢い余ってゴミ箱のフタがガン! と跳ねあがる。
思わず手を引くと、ゴミ箱に落ちる前にキャッチしたオールマイトのフィギュアを奪うように抱きしめながら床に倒れていた。
「えっ、ちょ、大丈夫……?」
「シークレットのすやすやオールマイトは実在が危ぶまれているくらいのレアリティなんだよ!!? な、なにかの間違いで捨てたのならお返ししますからどうか大切にしてそうじゃなかったら何かと交換しない!? 欲しいものあったら全部あげるからどうかな!!?」
なんだこの人、圧がすごい。
オールマイトのファンボーイだ。俺は思わず一歩引いて、それでも空気を読んで適当に言った。こういう手合いは刺激しない方がいい。
「ギャングオルカのミニフィギュアある? あったら交換しよ。なかったら普通にあげるよ」
「この12個のギャングオルカと交換だね……!」
「ごめんひとつにしてもらっていい? 1個を大切にしたい主義だから」
それじゃあ申し訳がない、ひとつのオマケに11個つけようか……!? と絶対に興奮しすぎてバグってる少年を宥めつつ、このガチャ高いから大変だったんじゃない? と聞くと、澄み切った瞳で「うん。貯金が致命傷だよ」と力強くこたえてくれた。
ランダム商法はヴィランだよ。俺、来世ヒーローになったらこういう犠牲者から救いたいな……。
話を聞くとやっぱり重度のヒーローファンらしい。オールマイトは最推しだけど、基本的にヒーロー箱推し。突っつくといろんな知識が出て面白いから話を聞いてたけど、濁流のように話したあとピタッと止まって真顔で「ごめん、オタクは語り過ぎてしまう……」と我にかえるので、その度に「面白いからもっと教えてよ」とスイッチを連打しておいた。
最近のヒーロー事情全部この子からわかるな……エンデヴァーってまだ三男の捜索続けてるんだ……。
「僕も陽火くんを探してるんだ、いつか見つけて家族の元にかえしてあげたい! 同い年だし、きっと寂しい思いしてるだろうなって思うんだ。僕だったら、家族と離ればなれは辛いから……」
お、同い年なんだ…………? ちっちゃ……いや、俺がでかいだけか……?
「君って良い奴だな、陽火ってやつも探して貰えて嬉しいと思うよ」
何も考えずに出た本音だった。皮肉でも、軽口でもない。ただ、彼がこのまま優しさを失わずにいてくれたらいいと願っただけだ。
「うん、そう言ってもらえると心強いよ。こういう事件って忘れないことが大切だと思うから!」
「いいね、早くヒーローになって見つけ出してあげてくれよ」
軽口の応酬がピタッと止まり、どうしたのかと横を向いたらその子は失敗したというような、本来は話を繋げるべきだったのに咄嗟にミスったというような顔をして固まった。たった一言のセリフの直後に、場の空気が凍る。この沈黙の意味を、俺はすぐに察した。
あ、なんか失敗したんだな俺。
「僕、無個性だからちょっと難しいかも」
口元に浮かんだ笑みは、たぶん作り物だった。精一杯の平静を保つための、言い訳のような表情。声のトーンは変わらなかったけど、その奥には確かな諦めがあった。
個性社会だし、憧れるけど、やっぱり現実的に考えると難しいかも。オールマイトみたいになりたいけど、出来ることと出来ないことってあるよね。貰えなかったものをいくらねだっても、どうしようもないよね。
自分に言い聞かせるように言うので、俺は普通に不思議になった。こちら火力第一主義の地獄の轟くんち出身者だけど、ヒーローってそんな、力さえあればOKってものか? 力はもりもりあるけど地獄と形容される家庭で生まれた者なのでよくわからない。
「無個性でも、陽火を見つけようとする気持ちは君が憧れたオールマイトの精神と一緒なんじゃない? 別に資格とか力とか関係なくても、ヒーローになりたいと思って行動できてるからいいじゃん。俺にとって、今の君はいまのままでもヒーローだよ」
たぶん彼が彼のままでいたら、きっと救われる人がいるだろうな。誰にも潰されずにいてほしい。
「…………あり、がとう。……そう、そうだよね! ちょっと弱気になってたみたいだ」
ぐしゃぐしゃに笑った顔が、妙に印象に残った。嬉しさと照れくささが入り混じった、まっすぐな子供の顔。俺と同い年なのに、ずっと幼く見える。守られて生きた年相応の子供ってこういう顔をするんだなあ。
「俺が授けたすやすやオールマイトをお守りにして精進しろよ」
「うん、本当にありがとう」
頑張るから! と別れ際に手を大きく振られて軽く答える。やっぱりお礼には足りないからとクレーンゲームで乱獲したお菓子を大量に貰いながら、門限に合わせて団地に戻りながら、ふと気づいた。
───────あれって緑谷出久じゃないか?
今さら思い至る。見たことある顔だった。髪型も鼻の上に散ったそばかすも、それっぽい。でも、まさかこんなところで原作のメインと会うなんて思ってなかったから頭が全然回らなかった。
そういえば会話の流れでお互いに自己紹介なんてしてなかったから助かった。向こうも俺の名前を名乗ってない、ただの通りすがりだ。
まあ、俺のことなんてそのうち忘れてくれるだろう。
すやすやオールマイトを大切そうに胸に抱えた笑顔が、夕日の中で鮮やかな夢みたいに遠ざかっていった。
