【極秘指定】公安心理分析部提出書類

件名:九鬼結人(コード:K-03)における信仰的転化傾向(反転信者化)についての臨床観察報告

分類:反転信者化兆候
記録番号:PF-K03-REV

■ 対象者

氏名:九鬼 結人

年齢:28歳

個性:透見
対象の感情の“向き”と“濃淡”を視覚的にとらえる個性。
誰が誰に好意・不信・関心を抱いているかを色や風のような流れで知覚できる。

所属:公安警察庁 第六分室

職務:精神影響系個性対象への潜入観察・分析任務(任務番号:AKR-06-K03)

状況:潜入先共同体《すみれ平団地》における長期滞在後、任務報告文にて“対象の正当性を擁護する言動”が顕著となり、反転信者化の疑いが浮上

■ 行動傾向・心理兆候

九鬼はもともと強い倫理意識と観察能力を持つ一方、自己主張を抑制し、「誰かの役に立ちたい」という承認欲求と救済願望を根幹に持つ人物である。
子供の頃から「正しい行動をしても疎まれる」という経験を繰り返しており、それにより形成された「正義への疑念」と「信じたい気持ち」の両極が、潜入任務中に揺らいだ可能性が高い。

対象団地における住民の非攻撃性・互助性・否定なき共同体構造は、九鬼にとって「否定されずに在れる社会モデル」として強い心理的快をもたらしたと考えられる。
特に、「正義を語らずとも行動だけで評価される」空気は、彼の過去のトラウマと真っ向から対話するものであり、
報告終盤には、明確な“共鳴”あるいは“共依存的帰属意識”の傾向が観察される。

■ 反転信者化の判断理由

観察項目傾向概要
1. 観察者としての中立性【崩壊】
任務最終報告において「ここは良い場所だ」「怖れるには惜しい」など、感情語・主観的擁護が多発。
2. 対象個人への感情移入【高】
異形型住民、元犯罪者、精神的脆弱者への理解・共感を繰り返し記述。特に青年団員(通称ハタヤマ)への言及に感情の揺れが顕著。
3. 組織方針との乖離【明確】
当初の潜在危険性報告から「洗脳の道具ではない」「誰のことも拒まない優しい火」など、明確に対象共同体の正当性を主張。

■ 個性《透見》における認識の偏向リスクについて

《透見》は、対象の感情の“向き”と“関係性の流れ”を視る高度な観察個性であり、
潜入捜査においては人間関係の把握と異常検知に極めて有用である。

しかし本個性には、「全体が統一された穏やかな環境」において、それを即ち“安全”と認識してしまう傾向があるという落とし穴がある。

特に《あかり》を媒介としたすみれ平団地のような共同体において、
・全員が友好的
・関係性が穏やかに連結
・争いの兆候が皆無
という状況が長期に継続すると、個性の感知結果として「疑う理由がない」と確信される。

これは個性の精度の高さゆえに、“見えないもの”への警戒を捨ててしまうリスクでもあった。

■ 総評(心理分析部)

九鬼結人は“洗脳”というよりも、“構造的な帰属欲求”によって共同体と同調していったケースである。
彼は強い正義感と理想を持ち、それを否定されて生きてきた人物であり、すみれ平団地のように「正義を語らなくても役に立てる」空気は、彼にとってあまりにも理想的すぎた。
特筆すべきは、“指導者的存在”である《火継》との直接的関与が明確でないにもかかわらず、彼の構築した構造全体に対して帰属感を覚えている点である。
これは、個人崇拝型ではなく、構造信者型の信仰転化と考えられる。

■ 対応案(提言)

強制的引き戻しによる精神的解離・拒絶反応の危険性あり

派遣時点では信仰傾向ゼロ、個性による精神汚染なし(透見により自他観察可能)

対象団地構造に強く共鳴した“理想同調型”ケースのため、再潜入による中立回復は見込めない

本人を糾弾するよりも、構造自体の再解析と“なぜ共鳴されるのか”の社会学的解明を優先すべき

備考:
現在の九鬼は「自分が信者になった」という自覚を持っていない。
彼にとって《あかり》とは、信仰ではなく“必要とされる場所での道具”であり、むしろ「この光のどこが危険なのか」を本気で理解できていない可能性がある。

彼は今も、誰かの役に立とうとしている。
それが、公安のためではなく、“団地”のためであるというだけの話だ。