仕事内容は事務・調理・人事・メンタルケア・あと全部

 俺と燈矢くんの重要な個人情報である自宅拠点の座標を黒霧に渡すことにより、通勤はワープゲートで徒歩ゼロ分となった今日この頃。理由は俺がそこらへんをうろうろ歩いて出勤してたら、戦闘能力皆無なせいで速攻とっ捕まる未来しか見えなかったからだ。名目としては保護、なのかもしれない。

 弔くんと「ヒーロー社会って最悪よね」と言い合って死亡フラグを折り、ワープゲート帰宅をしてドアを開けたら、ワープゲートよりも真っ黒な燈矢くんが「陽火くん俺に全部説明して」と地獄みたいな声で詰問してきてから数日。詳細は省くが、最終的に俺が押し勝ちして燈矢くんを黙らせ、何事かにキレながら「カス! ゴミ! ザコ! クソ!」と分かりやすく怒り狂ってる弔くんを宥めたり、毎食レンジであたためて食べられるご飯を用意して空っぽの冷凍庫に詰め込んだり、数年前で止まってる事務作業を「もうこれ無かったことにしてくれ~~!」と悲鳴をあげながら処理してる俺です。これで給料一銭も出ないどころか食費は俺の財布から出てるって本当ですか? ブラック連合すぎる。俺が弔くんのこと好きで良かったよな。良いか? なにもわからん。

 そんな俺の今日の仕事は、採用面接。一次選考後の本選考、採用確定の人だけ呼んでるので今日はひとりだけだ。部屋の空気はしんと静まり返っていて、まるでブラックな企業説明会の会場に俺一人だけ取り残されたような錯覚すらする。

「はい、お名前と自己PRをお願いします」

 古びたソファに腰かけていた男が立ち上がり、背筋を伸ばした。鱗の浮いた皮膚がライトに照らされて鈍く光る。声は意外とまっすぐで、胸の奥に熱を孕んでいた。同姓同名の偽名かと思ったけど、やっぱりこれは俺の勘違いではなさそうだ。

「俺はスピナー。ステインの思想に心を撃ち抜かれた一人だ。あんたたちのやり方は、ステインの意志と同じ匂いがする。現代の誤ったヒーロー共を裁く、その先にある『正しさ』を探すために、俺はここに来た。
手を血で汚す覚悟はある。俺を利用してくれて構わねえ。どうせ俺は、この歪んだ社会じゃ必要とされなかった存在だからな。やれることならなんでもしてやる!」

 すごい熱意だなと内心でうなずきながら、俺は形式通りに質問を続けた。

「好きなゲームを3つあげてください」

 面接官らしい真顔で聞くと、スピナーは一瞬固まって、鱗の下の顔がなんとも言えない色に染まった。

「は……? LOLとGTAとVALORANT……」

 おお、いいラインナップだ。チーム戦略ゲー、犯罪ごっこ、競技シューター。楽しいよな。さて、そのゲーム全てでフレンドになってる俺です。そろそろ気付くかなと思いつつ、笑わないようにキリッとした顔を続けてみる。

「ハンドルネームのSyuuは本名由来?」

 俺がそう聞いた瞬間、スピナーの眉間に皺が寄った。

「こわ……」
「マジの『怖』じゃん」

 耐えきれなくなって笑うと、スピナーは分かりやすく身を仰け反らせた。異常者と遭遇した時のただしい反射だと思います。怖がらせるだけなのは問題なので、ポケットからスマホを取り出す。画面にdiscordのアイコンが浮かび上がり、通話ボタンを押した。

 次の瞬間、彼のカバンの奥から音楽が流れ出す。思い出したように顔を青くしたスピナーががさごそと中を探る。

「どうも“おとうと”です。Welcome to the Underground」

 俺が名乗ると同時に、彼の表情は崩壊した。

「はああ!? な、なんっ、こわっっお前、はあああ???」

 動揺で鱗がわずかに逆立ち、掴んでいた椅子をガタガタいわせるスピナー。面接どころじゃない。
 俺はにやにや笑いながら、心の中で採用決定のハンコを押した。原作にスピナーがいたってことは覚えてるから縁故雇用ではないんだけど、俺が知ってる分彼にとってもちょっとくらいは得になるんじゃないかな。

「え、お前、ええ……!?」と語彙を失って俺を指差していたスピナーは、一通り驚いたあとに「お前もステインの仰る主張に感銘をうけたんだな! ああ、お前なら分かってくれると思ってたんだ!」と喜んでくれた。ごめん、俺は完璧に縁故雇用なのでそこまで崇高な意思はないんだ。あとステインステインいいすぎるとうちのボスご機嫌ななめになるから程々にしたほうがいいかも。

「そういえば……お前、俺になにか言いたいことないのか」

 いままでニコニコだったのに、突然シリアスな顔をされて温度差で腕が冷えた。なにか『当然』みたいな顔をしているが、なんのことかわからない。そんな突然『俺が何考えてるかクイズ』を出されても困りますよ。

「この前GTAで俺にホットドッグ200万で売りつけたことを謝って欲しい」

 ゲーム内で空腹で死にそうだからなにかちょうだいとおねだりしたら、全力で金ヅルにされた図だ。直前まで仲良く銀行強盗してたのに酷い裏切りだよ。そのあとハンドルネーム変えて絶縁宣言されかけたので若干根に持ってる。

「いやそれはほんとタイプミス、悪かった」
「あのあとすぐログアウトした」

 俺の恨みがましい声に、スピナーが目を逸らす。そう、ログアウトしたんだ。あろうことか、俺を二百万のホットドッグと共にひとり置き去りにして。

「タイミング悪かったんだって、次インした時に気付いたから。こんど色つけて返すから許せ」

 じゃあ他になにもないが……? としばらく悩んでいたら、スピナーは自分の顔を指差して「異形型だろ」と言った。ええ、そうですね……?

「けっこう好みの顔してるなとは思うよ……?」
「は!?」
「俺はハッキリした顔立ちの人が好みなので……」
「顔の問題じゃないだろ!」
「性格も数年前から知ってるけど、好きだよ」
「好きぃ!?」
「でもごめん、俺って職場内恋愛するとめちゃくちゃ依怙贔屓しちゃうから付き合えないんだよね」
「いったいなんで俺は振られてるんだ……」

 会話の方向が迷子になったまま、俺は心の中で肩をすくめた。たぶん、彼は異形型の容姿に複雑な気持ちを抱えているんだろう。けど、気付いた時点で俺はもう振っていたので、どうしようもない。

 ほんと俺、職場内恋愛だけは無理だった人なので……。前世で付き合ってた相手の異動先がちょっと危ない土地だったから、依怙贔屓して俺が変わりにいって──たぶんそのせいで死んだくらいにやらかすタイプだ。もし付き合ったら、そこらの子供より弱いのに勝手に肉盾になって早々に死ぬだろう。そして燈矢くんがヤバくなって、この世はおしまいです。俺は世界のためにも職場内恋愛だけはできないのだ。

 スピナーはしばらく頭を抱えたあと、また思い出したように吹き出して「お前らしいな」と緩く笑った。

「“おとうと”じゃ呼びにくいな、他の呼び方あるんだろ?」
「あかりと呼ばれることが……多い……」
「不本意な顔してるな、良い名前じゃないか」

 率直に褒めてくれるスピナーの言葉に苦笑いしかできない。そうだよな……名前としてみたら別に悪いものではないんだよな……。ちょっと謎の宗教の裏ボスにされてるだけで……。めちゃくちゃ不本意だけど、ミリ単位マシな方を選んでるので諦めるしかないんだろう。

「にしてもよ……俺たちのオフ会ってこれなんだな。訳わかんねえ」
「ほんとだよ。君に会う時はもっと普通、ファミレスとかカラオケとか……そういうとこだと思ってた」
「俺もだ。こんなとこでネットの知り合いと会うってだけでも、特殊イベント過ぎるって」

 互いに半笑いで言い合い、場の空気がようやく和んできたところだった。スピナーが水のペットボトルをあけてひと口あおり、ふと眉をひそめる。

「……あー、一応聞くんだけどさ」
「ん?」
「お前の後ろにいる微動だにしないツギハギの男って……俺にだけ見えてるタイプのやつだったりする?」

「俺の実兄の荼毘くんです。スピナーが変な動きをしたら最悪焼き殺されてたね」

「即死トラップを設置するのやめろ」

 いや、スピナーだろうなとは思ってた。でもインターネット越しにしか知らない相手だ、万が一同姓同名の別人で、か弱い俺が襲われでもしたら大ごとだろう。だからかけておいた保険です。怪しい動きをした瞬間に発動するタイプのトラップカード、実兄。

 じっとりとした雰囲気で街角のパフォーマーみたいに一切動かず、石像のように立ち尽くしていた燈矢くんは、この部屋にきてはじめて動いた。椅子に座る俺の背後からにゅっと身体を乗り出し、スピナーの眼前に腕を伸ばす。鼻先にボワッと蒼炎が吹き上がり、スピナーが椅子から転げ落ちた。

「どーも、オトウトが世話になってます」

 ぎゃあぎゃあ騒いでるスピナーに「これがヴィラン連合の洗礼です。なんと! 我ら上澄み部分の兄弟。もっとわけわからんやつが沢山いるから、これから一生懸命頑張ろうな!」と声援をおくる。

 突然鼻先焼いてくる友達の兄ちゃんよりヤバいやつ、沢山いるからな! 頑張ろう!