実質デート回

「あかりのお願いを聞いたから、俺のお願いも聞いてくれるよな?」

 拠点に戻り、いつものマスクと仮面を被って顔を隠した圧紘くん。もといMr.コンプレスはカウンター席で肘を着いて上目遣いで俺をみた。あら可愛いお顔。

「出来ることならお願い聞いちゃおっかな」
「スカロッピーネ・アル・リモーネ作って♡」

 俺がキッチンにドーナツを運んだタイミングで言うから、たぶん食べ物だろう。聞き覚えのないオシャレ飯だ……どこの国のものなんだよそれは。

「まーた知らない名前の料理言ってくる。調べるから待って……冷蔵庫の材料でできるなコレ……今食べる?」
「いただきます」
「はいよー」

 調べた感じ、これは薄く叩いた肉を小麦粉でまぶして焼いてレモンと白ワイン、バターで作ったソースを絡める料理だ。肉は豚でも牛でも鳥でもいいらしい。冷蔵庫の中には明日使おうと思っていた豚肉があるからこれでいいか。無駄に大量に仕入れたし、明日の分が足りなくなることはないだろう。

 肉を均一で切り分けて、肉叩きで軽く叩いて薄く伸ばす。広げ終えたら全体に薄く小麦粉をまぶし、余分な粉はしっかりとはたく。ここを丁寧にやると仕上がりがきれいになる……とレシピに書いてあるので、逆らわない。
 俺は別に料理が得意なわけでも好きな訳でもないが、レシピに忠実に作れば失敗するわけが無い。何事においてもマニュアルって大事だからな、だいたいのメシマズはアレンジできるほどの実力がないのにマニュアルを軽視した結果の事故ってことだ。

 フライパンを中火にかけると、バターがじわじわと溶け出し、甘い香りがキッチンに広がる。バターの匂いだけで俺もお腹が減ったので、俺も食べようと肉の量を増やした。暇そうなミスターにビニール越しに肉を叩いて伸ばしてもらいつつ、バターが泡立ち始めたら最初の肉を並べる。触らずに焼き、片面に焼き色がついたら裏返す。両面がこんがりと焼けたところで、一旦皿に取り出す。
 フライパンに白ワインを加え、底についた焼き汁をこそげるように混ぜる。アルコールが飛んだらレモン汁を加え、軽く煮詰める。ソースが少しとろみを帯びてきたら、肉を戻して全体に絡める。火を止めて、仕上げにもう少しバターを加え、余熱で溶かしながら全体になじませる。皿に盛り、パセリを散らして完成。レモンとバターの香りがはっきりと立ち、肉はしっとりと仕上がっている。うん、美味しそう。美味しそうだけど弔くんが食べるかどうか微妙だから半分生姜焼きにしとこ。

「ミスター、先出来たほう食べてて」
「いや、次のやつ焼いてるだろ。せっかくだ、一緒に食べよう」
「なんか今日のミスターかわいいね、俺のこと好き? 職場内恋愛無理派でごめんね」
「なんだこのおガキ様、付け上がる速度が凄まじいな」

 待っていただいてるので適当に高そうな酒を渡しながら自分の分と、そのうち帰ってくるだろう弔くんのための分を作る。作っている途中でドアベルが乱暴に鳴り、ずんずんという効果音にふさわしい速度で我らがボスが登場しながら「俺のは!?」と開幕キレていた。お腹ぺこぺこでごきげんがわるいみたい……。俺が育てた空腹感だ。もう二度とグミで生きる生活は無理だろう。ざまあみろ!!

「二種類あります、どっち食べる?」

 小皿に取り分けたスカロッピーネ・アル・リモーネと生姜焼きを箸と一緒に出すと、両方食べてから「そっち腐ってんぞ」とスカロッピーネ・アル・リモーネくんをディスってから生姜焼きを選んだ。
 酸っぱいのはね、レモンバター使ってるからだね……。 ミスターが食べたいものは尽くボスの好みとズレている。弔くんは果物以外の酸味を全て腐敗だと思っているのだ。腐敗だと思ってるのにそれしかないと食べるので、やっぱり目が離せない男だ……ほんとに腐ってても食べちゃうからな……。
 食べたい料理が腐ってると言われたミスターは「リーダーには分からないか」と、何故か負け惜しみのようなことをいっていた。仕方ないよ。若者とおじさんの好みってズレてるって言うし。

「美味しかった! ご馳走様!」
「はいはい、ミスターはおなかいっぱいになるとわんぱく坊やみたいになっていいね。いまデザートにリンゴでも剥いてあげますからね……」
「俺のは」
「ボスは特別に兎さんにしてあげようね~~」

 満腹だとご機嫌になるという、仲間しか知りえない可愛げを惜しげも無く出してる自称おじさんは、マスク越しにでもわかる勢いでニコニコしている。おなかいっぱいで伸びをしながら「あかりみたいな調理人がいてくれてよかった」とご機嫌だが、聞き捨てならんぞ。

「薄々わかってたけど、ミスターはたぶん誤解をしています」
「誤解?」
「実は俺、調理人採用じゃないんだよね」

 たぶん、たぶんミスターは俺のこと、裏方って言っても食事担当とかそこら辺だと思ってる。事務全般もやってるなあとは思ってるけど、メインが飯作りだと……!

 案の定「え、違うの」と驚いてるので「実はこれ業務内容に含まれてないんですよ」と真実を伝えた。業務内容に含まれてない内勤なので、当然お給料に値する物はなにもありません。材料費諸々全て俺からの持ち出しです。この前ミスターと一緒に買いに行ったクソデカ業務用オーブンも、俺が金を出しました。正確には荼毘くんが人狩りで稼いで俺に貢いだもので支払いました……。

「つまりおじさんは年下に飯をたかってた……? なんかリクエストとかしちゃって本当にごめん、図々しかった」
「弔くんのついでだからいいよ。リクエストも弔くんからだと何も出ないし、これからも食べたいもの教えて欲しい」

 弔くんからだと全てのリクエストが『なんかうまいの』になるからな。ミスターは何が食べたいってはっきり言ってくれるし、知らない料理がでてくるから楽しい。ちょっとへこんでいたみたいだが、ふと顔を上げたミスターは「調理人採用じゃなかったらなに採用?」と聞いてきた。なん……だろう……なんか……戦闘以外の『全て』をしてる……。

「俺も分からない……分かんないけどだびくんより2時間くらい先輩だから……なんなら主要メンバーの中で最古参だから……」
「あかり先輩……?」
「ミスターの履歴書みて書類選考通したの俺だから。俺がいなかったらタイミング次第で弔くんとのステゴロで生き残ったら採用のパターンだったかもだよ」
「その節はご縁をいただき、本当にありがとうございます。まだまだ未熟な点も多いですが、精一杯努力し、早く戦力になれるよう頑張ります」

 仮定のはなしでミスターを震え上がらせた弔くんは、奥の簡易キッチンで冷凍予定のスカロッピーネ・アル・リモーネをフライパンにいれたまま食べている。食べたら意外と美味しいと思ったんだろう、いつもこうなので冷凍保存ができないんだよな。

……。

…………。

「やば!! ドーナツ!! 弔くんそれみんなで食べるやつだからひとりで食べないの!」
「バレた。うるせー」

 満腹のリミッターが壊れてるはらぺこあおむしがドーナツ100個食べちゃう!!ミスター持ってって! そして明日になったら戻ってきて!!
 個性発動でドーナツ達を守ったミスターの「雑に使われてるなあ」というボヤきが通り過ぎるのを聞きながら、弔くんがわんぱく食いしん坊のごとく両手に持ってるドーナツだけで今は許して貰えるように交渉をはじめた。明日ね、明日みんなでお肉食べたあとパーティしようね……好きなの最初に選ばせてあげるからね……怒んないで、見えるところに置いてた俺が悪かったから…………。