「おい、ゴミ」
「悪口?」
今日の弔くんも絶好調だなあとしみじみ悪口を受け入れていたところ、「めんどくせえな」と軽く殴られながらグミの空袋を渡された。
本当にゴミだった……。仰せつかって、ありがたく捨てさせていただきました。弔くんが『捨てよう』という意識を持ってくれたことが嬉しいね……ゴミ箱に貼られた黒いテープも、もう必要ないかもしれない。
連合に来たばかりの頃は大変だった。弔くんは崩壊で処理しないゴミは全て床にぶん投げる。その結果が巨大ゴミ箱と化していた彼の自室です。俺が全て片付けました。ほぼ特殊清掃だった。
まずこの拠点、ゴミ箱という文化が存在していなかったのだ。だから何個か設置して、それだけでは「妙なオブジェクトが増えたなあ」と思われるだけで意味がなかったので、黒いテープで“100”と書いて視線誘導。
弔くんがゴミをポイ捨てする度に「ハズレ」と言ってキレさせつつ、ゴミ箱に命中したら100点ですね……というミニゲーム方式をとった。これをすることで狙いが定まり、例えゴミ箱から外れてもだいたい同じところにゴミが溜まるから掃除が楽になった。ちなみに崩壊で処理されたゴミは普通に塵になるのでこっちの方が掃除が面倒くさい。舞うんだよ塵は。
食事関係はさらに難航した。嫌いな食べ物はすべて床にぽいぽい捨てるので、俺が来てからは“乾いたグミ”から“すぐ腐る現実的な料理”に変更。床の汚染は進む一方。
弔くんの身の回りを担当している黒霧が、無言のまま「どうにかしてくれ」という目をしてきた。俺がいない間の拠点の衛生管理は黒霧がするし、さすがに腐った食い物まみれの床は嫌なのだろう。一応このBAR、営業中ではあるから……客が来てるのは見たことないけど。
「わかった、わかった。弔くん、食べたくなかったら俺の皿に入れていいから……」
この件に関しては俺が速攻で折れた。「捨てないで全部食べて」と言った瞬間、「俺様は気分を害した罪」でハンストする。そういう人間だとわかっている。弔くんを変えようとするのではなく、俺が工夫するべきなんだ。そういう思考じゃないと仲良くできないし、俺がここにいる理由は弔くんのこういうところが『おもしれえ男』に見えてめちゃくちゃ好きだからってのもある。俺の好きな弔くんは自由に傲慢に生きてる人間だからよ……。
弔くんの食育は失敗していたらしく、幼児期で終わらせておくべき『たのしくたべる』『すききらいをへらす』から頓挫していた。俺が変わりに育てるんですか? この推定成人済男性を? 腕が鳴るな……。
分析すると、彼は“食べる”という行為そのものに愛着がない。姿勢は崩れ、出した料理は「後で食う」といって放置。いままで一緒にいただきますをいっておいしいねと食べてくれる実兄とばかり食事を共にしてきたから「こ、こんな悲しい気持ちになるものなのか……?」といらん気づきを得てしまった。できたての……いちばん美味しいときを……たべてほしくて…………別に料理は得意でも無いけど、調べて作って……。
急かしたら余計食べなくなるので見守ることしか出来ず、刻々と悪くなる料理を見守る日々。食べてねと言って出した皿が翌日も机の上にあることも多かった。
その頃の俺は悲しみを癒すために、仁くんとトガちゃんに料理作って褒められチヤホヤタイムを満喫してメンタル回復に勤しむしかなかった。だから今も食事の配給を趣味でやってる節がある。
普通にいつもお腹減ってる2人だから、向こうはタダ飯が食えてハッピーだし、こっちは喜んで食べる人を見れてハッピーだしで両思いだ。
弔くんに言っても無駄なので、黒霧に放置されてダメになったものは回収して破棄をお願いしたが、数日後にふと思い出したのか「この前置いといた俺の、どこやった」とかいってきやがる。
もうそれは死んだよ。食べるつもりのものが無くてどちゃくそご機嫌ななめになったらしいが、腹痛で寝込む無駄時間が減ったので黒霧的には楽になったらしい。いままで腹痛で寝込んでたの? 可哀想。そんな辛い日々も、ゆっくりと少しずつ改善していって今がある。
「弔くんはこれからもっともっと偉くて凄くなるんだから、人前でご飯食べてるだけでも相手を威圧できるようになろうよ」と、言葉を選びまくってある程度まともな食事がとれるようになった。
結果として『出来るけどやらない』という最悪を更新する姿勢が顕著になったが、できるなら……いいか……。最近は付け合せの野菜もちゃんと味付けしてるので不味いものではないんだな……と理解してくれたし。
しかしどうしてもミックスベジタブルだけは全部避ける。全部俺の皿に流し込んでくる。
「これが使えるといろいろ楽なんだけど、なんで食べたくないの」とおはなししたら、弔くんは『なにもわるいことしてませんよ』という可愛い顔をしていた。この顔をしている時は、本当に悪意がなく素でやってるのでおしまいです。瞬間的に諦めたが話だけは聞いておいた。
「最終的に食ってるからいいだろ」
「俺が食べてるね、俺の皿にいれてくるから」
フォークでミックスベジタブルのバター炒めを突き刺しながら、分からない俺にわざわざ丁寧に説明してくれる。
「緑と黄色と赤だろ」
「そうだね」
「自然界に有り得ない色だ、たぶん毒」
「自然界代表選手たちなんだそのビタミンカラーたち」
「都会育ちだから知らない」
「だめだ、俺が悪かった。諦める」
やっぱり対話じゃ無理だこれ。別にミックスベジタブルを食べなくても死ぬわけではないのでいいか。弔くんは始終、キョトンとした顔をこしていた。
野菜はスープか何かにして、俺が目の前で美味そうに食べてたら欲しがると思うから、奪ってきたらそのまま食べてもらおう。という作戦をたてて特に問題なく見事成功。「なんでお前だけ具が多いんだよ、俺にもよこせ」と奪ってきたので「いっぱい食べて太ってね……」と日々優しく眺めている。
こうして俺の地道な努力の結果、過酷なダイエットに勤しむ思春期女子よりも食が細い弔くんは過去になりました。3食グミで済ませていたダウナーお姉さん(偽)とは思えない。
お腹ぺこぺこだとご機嫌ななめになり、みんなで食べる用に買っておいたドーナツを勝手に食べ始める食い尽くし系に! いいよ、食べないより食い尽くしになる方がマシだ。
絵本のはらぺこあおむしみたいに、食べすぎてお腹が痛くて泣く夜を何回か過ごさせたら適量を学んでくれるだろう。本来なら幼少に理解しておくはずの食育が完成されてないので親か保護者の責任だ。弔くんの場合は『先生』のせいか。両親いなそうだし。
弔くんはお腹が減ると不思議そうに下腹部に手を当てたあと、因果関係を理解して「お前のせいで腹減るようになった」と文句をつけてくるようになった。俺が取るべき反応はひとつ。万感の思いで「ざまあみろ!」とピースをしておく。
「なんだその言い草。てめえ俺に何した」
「栄養たっぷりの美味しいものを好きなだけ食べさせた?」
「よくもやってくれたもんだ……」
憎々しげに舌打ちされたが、俺はなにひとつ悪いことをしていないし、弔くんの身体も健康になったのでハッピーでしかない。文句を垂れながら食べてるプリンは俺のお手製のものです……太れ……肥えろ……! どうせ取ったカロリー以上に動き回ってんだから……!!
「弔くん、前より顔色とか良くなったけど太れた?」
「知らねえ、体重測ったことない」
「そんなまさか」
「先生のところにはそういう記録あるかもな、8歳くらいの時の」
「意味が無さすぎる……仕方ないな……」
座ってる弔くんの脇に手を入れて持ち上げる。猫背だから持つと伸びるあたり、本当に猫みたいだな。意外と長い。「は?」と言いながら無抵抗で伸ばされていく。割と身長差があるから少し上げるだけでなんとなくの重みはわかった。
「おい」
「だいたい60キロか」
これ脂肪じゃなくて筋肉だから、やっぱりまだまだ薄いな……。必要最低限の重みしかないと言ってもいいくらいだ。弔くんの戦闘スタイルはスピードタイプだけど、それにしてもって感じ。
俺が持ち上げて下ろした形のまま弔くんは固まり、数秒の沈黙の後、スプーンを口に入れて、食べかけのプリンをもそもそと咀嚼した。その間、視線は俺を睨みつけたまま少し頭を傾げている。キレてる猫の姿勢だ。やんのかステップ(停止)。
「きっしょ……怖、……なんか抱かれた……セクハラ……」
「抱き上げただけです~~」
「子猫のように持ち上げられた……キショすぎる……」
「自認子猫のボスの方がキツイだろ」
「お前俺が優しいからって調子に乗りやがって」
「自覚してるんだ……」
自覚済みの依怙贔屓だったんだコレ……。俺の言葉に気分を損ねた弔くんは食べ終えたプリンカップを乱暴にゴミ箱にぶん投げて「100点」と言ったあと、俺様は不機嫌ですと言わんばかりにわざと足音を立ててBARの外へ向かった。
「どこ行くの?」
「うるせえ、ばーか」
「そんな小学生みたいな罵倒を」
「いいんだよ幼稚園中退だから」
「こんど最終学歴底辺バトルしようね」
「は? 負けねえ」
絶対に勝つと宣言してドアベルを鳴らしながら出ていった弔くんは、俺への返答がめんどくさいだけで何かしら元から用事があったんだろうなと思っていた。先生への連絡とか、悪巧みとか。しかしそんな考えに反して、20分くらいでビニール袋いっぱいのチョコエッグと共に帰還。BARの近くにあるドラッグストアに行って帰ってきたみたいだった。
そして開口一番「きっしょ!」と俺を指さして宣言。なに? 外の空気吸って俺のキショさを再認識する何かがあったの……?
「マツキヨに体重計あるから乗ってきた」
「お、そういえばあそこなんか色々調べられるコーナーあったね」
「60キロだった」
「当たった」
弔くんは再度俺を指さして「キショすぎる」と丁寧に重ねる。そんな……確かに……ちょっと言い逃れ難しいな……。もしかしたらこれ、いままで知らなかった才能かもしれない。あとでみんなの体重も予測しよ……。
