ドアベルが激しく叫ぶ音と、言い争っているんだなあとわかる怒気混じりの声が荒い足音と一緒に飛び込んでくる。
珍しく実兄が他人と共同で仕事に行ったなあと見送ったら、帰宅と同時に喧嘩をしていた。というか、喧嘩をしながら帰ってきたらしい。
いいんですか? そのような目立つ行動を……。一応ここって隠れ家なんですよ、隠れ家的BARって名乗ってるけど実質本当に隠れ家的拠点なので……。
「あかりくん、聞いてください! 荼毘くんが酷いんだよ、私ちうちうしてたのに!」
「……うるせえなチクるな死体啜りイカレ女」
「まだギリギリ生きてました! みた? あかりくん! 荼毘くんわるくちいうんだから酷いです!」
「おかえりおかえり、どうしたの2人ともご機嫌斜めじゃん……。怪我してない? 無事?」
楽しそうで何よりですこと……と、全面受け流しの姿勢で二人を迎え入れる。俺は荼毘くんに女子高生(年齢換算)と軽口言い合えるくらいのコミュ力が残っていることが嬉しいよ。俺との会話だけだとずっとポヤポヤしたやんわり優しいオニイチャンだからさ……。
そんな俺にだけ優しいヴィランたる荼毘くんは、「おれわるくないよ」の目をして俺をじっと見つめている。俺が無条件で味方になってくれるかのチェックですね。
二人とも言い争うだけで何がどうしてこうなったかは教えてくれないが、少し焦げてるトガちゃんの発言から察することが出来る。
きっとさっさと帰りたい荼毘くんが、トガちゃんの“ご機嫌! 確殺ちうちうタイム”をキャンセルするためにソレを焼却処分して、巻き込まれてちょっと燃えたトガちゃんが怒っているんだろう。
どっちが悪いかって言ったら……同じくらいだからなんとも言えないな……。強いて言うなら処理する相手がトガちゃんのお眼鏡にかなってしまったという運が悪い。そうじゃなければ荼毘くんが証拠隠滅焼却処分してあっさり終わってたはずなので。
トガちゃんは荼毘くんに謝って欲しいが、荼毘くんは全く謝る素振りがない。悪いことしたと思ってもないので当然だろう。ごめんね、いいよ! で仲直りしたいというトガちゃんの可愛いところは荼毘くんには伝わってないようだ。伝わってて無視してる可能性も十分にあるが。
「もう!」と声を上げて、トガちゃんが俺のところに駆け寄ってくる。そのまま座ってる俺の首に腕を回して、背中から抱きついて肩から顔を覗かせた。頬についていた返り血が俺にも新鮮に擦り付けられております。おお……やめて……。
「あかりくんのことちうちうしたことないクセに! 私はちうちうしました! いーでしょ!」
「は?」
「トモダチの両想い、いーでしょ!」
俺を盾にしたら荼毘くん特攻のライン越え暴言を安全に投げつけられると対策されているらしい。
ぎゅうっと抱きつかれた腕を軽く叩いて「いちばん弱い俺を盾にしないでくださ~い。だびくんは拠点を溶かさないでください。焼くレベルの炎じゃないんです地下でそれはやめて」と盾の仕事を全うする。
俺を挟んでバチバチにやりあうのはやめて。俺の実費で拠点にはある程度防火処理をしたけど、荼毘くんの蒼炎に耐えられる強度のものはこの世にあんまり無いので……。
荼毘くんは「は? 何それ俺聞いてないんだけどあかりくんなんでそういうこと言わないの報連相って大事ってあかりくんが言ってたのに可笑しいだろ変なやつに変なことされたらちゃんと言わないとダメだろこの不審者に暴行されたって言ってくんないと俺助けに行けないからちゃんと助けてって言ってくんないと困るしいや違う俺が悪い俺の知らないところでやばい事になってたの気づけなくてごめんねあかりくん可哀想」とノンブレス鬱読経に入ってる。安定の荼毘くんだ。トガちゃんは1ミリも聞いてないので「私とあかりくんのこと羨ましいんだあ」と煽ってる。
トガちゃんにとっての吸血は“良い事”だけど、俺たちにとっては別にそうでもないことだというのを思い出して欲しい。
尚、この醜い争いの間も普通に他のメンバーは俺が作ったオムライスを食べながら平和に観戦している。なんかもう特に珍しい光景でもないし、比較的思考がまともなスピナーも「フレンドコード送るからログインだけしてくれないか? 招待でSSR貰える」と交渉するために近づいてきて、俺の背中に張り付いてるトガちゃんにもちょっと足元燃やしてる荼毘くんにも何もコメントしなかった。最初の頃は2人の“暴”にドン引いていたスピナーも、だいぶ慣れてくれたようで嬉しいよ。あとでアプリダウンロードするね……。
「喧嘩しないで落ち着いて、俺を挟んで争わないで」と両者を宥めつつ仕事の成果を聞き取りして情報をまとめて弔くんのPCへ転送。やることがあまりにも多いが、トガちゃんが先に飽きて「お腹すきました。あかりくん、ご飯食べたいです! 私のオムライスある?」とおねだりしてくる。「あるよ、あっためるから椅子に座って良い子で待っててね」と伝えると、「わあい!」と歓声をあげてカウンター席に座ってキチンと“待ってます”の姿勢になった。
トガちゃんってたまに所作が妙に綺麗なところがあるから、幼少期とか躾が厳しい家庭で育った感があるな。我が家もそうなので結構こういうのってわかるもんだ。
いちばん遠い席に座った荼毘くんが「クソイカレボケガキ女が……」と憎々しげに威嚇すると、「みてあかりくん! 荼毘くんが知ってるわるくち全部足して酷いこと言います! 叱って!」と正面から俺にチクる。「2人とも喧嘩やめてくださ~い」と受け流しながら、はらぺこあおむしに取られないように隠しておいたチキンライスを温め直すことにした。
「俺のは」
「弔くん、夜ご飯ならさっき食べたでしょう」
「俺は今の話をしてんだよ、何勝手に過ぎたこと言ってんだ」
「米炊いてて良かったな……」
おかしいな、さっきまで「うるせえ死ね」と言いながら喧嘩してる2人を避けて部屋に籠っていたボスがど真ん中の席で権利を主張している。
まあ、俺も自分の分食べたいから丁度いいか。冷凍保存するために持参した土鍋で炊いた米を冷ましておいたが、少しここから米を拝借することにする。俺が毎日せっせと備蓄飯を増やそうとしているのに、それを上回る勢いで消費されているので全く追いつけない。
もう本当に調理人採用で誰か入れようか交渉しようかな……いや、毒でも盛られたら終わりだしみんな食べなくなっちゃうから駄目か……。気軽に命握れる立ち位置だもんな、調理人って。
弔くんが「おーれーのーは」と暇な子供のように机をバンバン叩くので「いまから作るから暴れないでくださーい」と炭酸水を差し出すことで黙らせる。作るか……と、フライパンに火を入れる前に一瞬だけ計算した。白米を二膳分、およそ三百グラム追加。ケチャップは一人あたり大さじ三だから、単純に六プラス。
冷蔵庫にしまっていたケチャップを取り出して計量スプーンで測り、甘みが強くなりすぎないようにウスターソースを小さじ一だけ混ぜて中和。鶏肉を細かく刻んで具にしていたがこれじゃ足りないので、一緒に取り出したソーセージで補う。斜め薄切りにして、全体の肉量をそろえるように投入。油が跳ねて、ソーセージの脂が赤く染まった米に艶を与える。中途半端に残しておくのもなんだし、ソーセージは全部使うか。添えるように薄切りにしないものも3本端で焼いておく。
火を少し強めて、木べらで全体を押し広げながら混ぜて、ライスが均等に色づいていくのを確認してから、塩をひとつまみ。一旦これでチキンライスは完成として、別のフライパンでたまごを焼く。これは俺の好みで少しかために焼いて、チキンライスに巻き付けるかたちにする。ふわふわのとろけるタイプのたまごは俺の技術では火加減が難しかったので仕方ない。
俺の分をいれて4人分、完成したので端から渡して自分の分を持って荼毘くんの隣に座る。きょうだい揃っていただきますと手を合わせると、それを見たトガちゃんも一緒に手を合わせて「いただきます!」と元気に言った。もちろん弔くんは特に何の挨拶もなく既にモグモグ食べている。
「あかりくんだけこれ無い」
「足りなかったからね、その分鶏肉ちょっと多いよ」
俺の皿にソーセージが無いことに目ざとく気付いた荼毘くんが自分の分を俺に譲ってくる。別にいいのになあと断ろうとしたが「あかりくんいっぱい食べな。大きくなれないよ」とやわやわな口調でオニイチャンの配慮を見せられたので、ありがたく受け取って置くことにした。
荼毘くん、貴方の弟は貴方より頭一つ大きく成長しております。これ以上大きくなったらちょっと困るんだよな。嵩張るし。
ほのぼのとしたきょうだいの会話なのに、反対隣に座っている弔くんはオエッと吐く真似をして手の甲でシッシッと追い払うジェスチャーをしてきた。食事中に吐く真似はやめましょう。日々新しい角度で最悪を更新するから面白すぎるんだよな、この男……。
皆の腹をオムライスで満たし、帰ってきた構成員の報告をまとめ、解散という運びになった。俺と荼毘くんはいつも通りに黒霧ワープで即帰宅。風呂に入りパジャマに着替えて完全にオフの状態でソファに寝っ転がっていた。あとはもうなんの仕事もしない。その覚悟でどこかの誰かから奪ったアカウントで映画を見ていたところ、視界に燈矢くんがログインしてきたので終わりです。
「俺だけ陽火くんの味、知らない」
「その話まだ続いてたんだ……」
燻ってたんだ、その話……。
トガちゃんが俺をちうちうしたの、そんなに重要事項か? 確かにちうちうの姿勢は最悪だった。ミスターによる正義の執行で処されるギリギリだった。悲しい事件になりかけたが、誤解は解けたのでたいした問題ではないだろう。
燈矢くんはソファの前で膝立ちになって、俺の腹に頭を乗せて「なんであのイカレ女だけ特別扱いすんの」とぐずっている。髪を乾かしてください。俺の服が貴方の髪の水分を吸収してお腹が冷えております。もうだめだこのパジャマは諦めた。仕方が無いのでヨシヨシと頭を撫でながら、次怪我したら呼ぶから……出血したら権利を譲るから……そもそもトガちゃんのあれは個性由来である種の抗体があるだけで、実際血液はめちゃくちゃ汚いものだからテイスティングくらいにしとこうな……と宥め続けて夜は過ぎていった。寝かせてくれ。
───────
そんなそこそこ最悪な夜を過ごしてから数日後の今日、調理中に指が切れた。痛い。うわあ、久しぶりに切ったな……。
おもむろに傷口を反対の指で広げる。熱を帯びた皮膚がわずかに軋み皮膚が裂け、指先から零れた血が赤く光って落ちた。
「だびくん、おいで」
ソファでスマホをいじっていた実兄が、気怠げに顔を上げて寄ってくる。油断した瞬間、俺はその口へ指を差し入れた。
息が止まる。柔らかく閉じられた唇の内側は、思っていたよりもずっと熱く、湿り気を帯びて動いている。驚いたように目を見開いたまま、荼毘くんは動かない。
舌先が指に触れた。ざらりとした感触が傷口の縁をなぞる。じん、と痛みが脈打つたび、熱い呼気が指の関節をかすめた。
「ちうちうしていいよ」
どうぞ、フリーちうちうの時間です。
舌を押さえていると、唾液がゆっくりと増えていく。呼吸のたびに水気が絡まり、体温が伝わる。火傷の跡が奥に見え隠れして、そこから滲む熱が、舌の動きに重なっている。
指の根元まで唾液で濡れる。飲み込む動作が間に合わず、口の端から血の混じったピンク色が漏れている。
息が詰まって数秒止まるが、それでも舌を動かして指先に触れ続けている。傷口を撫でるように舌の先端が動いているし、荼毘くんの目は嬉しそうにドロドロに溶けていた。こんなんで喜ばれても……という気持ちと、まあこの程度で喜んで貰えるなら……という気持ち半々で現実逃避しそうになる。
唾液腺は生きてるんだな、と他人事のように考えながら、頬の内側を指でなぞった。金属が擦れるような感触。
口腔内にあるのは2箇所くらいかな、あとは頬骨の方に干渉してる? 下顎は取れたけど、それ以外は無事だった感じかな。それかここら辺を丁寧に治療されたから、他の部分の治療が間に合ってない状態で脱出してしまったのか……。まさか治療完了の状態でこれって訳では無いだろうし……。
「てかやっぱ指の傷って痛い。もう終わり」
「あっ、」
ジンジンする。おしまい。荼毘くんの口元がべちゃべちゃになってるのをハンカチで拭ってあげると、息継ぎみたいな声を出しながら「美味しくねえ、ね」息も絶え絶えに感想をくれた。ね、美味しくないからやめといた方が良かっただろ。ちうちうはトガちゃんだから美味しく出来ることなので今後羨まないようにしような。
「ビーフシチューができるの待ってんのに」
俺と荼毘くんの目の前に座っていた弔くんの、妙に悲しい声が聞こえた。はいはい、今から作りますよと答える前に、弔くんの顔を見てギョッとする。
はじめから座っていた弔くんの目の前で、地獄のきょうだい愛(吸血)が発生したせいで、弔くんがバグっちゃった……。
「キショすぎて涙出てきた。俺、お前らのこと怖いのかもしれない」
「ほんとに涙出てる……」
「なんで俺がこんな目に……許せねえ……」
「やば。それってもしかしてオールマイトのせいじゃない!?」
空が青いのもポストが赤いのもビーフシチューがまだなのも俺たちがキショいのも、全部オールマイトが悪いんじゃない!? 俺が悪いんじゃないのでその怒りを俺に向けないでください。怒れば怒るほど強くなる我らがボスの負の感情を、ちゃんとラスボスに向けような……。俺たち目線だと、オールマイトがラスボスになるんで……。
「くそ……許せねえ……オールマイトを、ころす!」
「 ふう、危ないとこだった……」
何一つ解決しないし、弔くんも俺の言葉を真 実と思ってる訳ではないだろうが、とりあえずミリも悪くないトップヒーローにヘイトをずらせてセーフとする。危ない危ない。俺たちの平和な生活のために、今日も悪役になってくれオールマイト。頼んだぞ。
