「そんな事ないよね? 俺は素直で良い奴を自認してるんだけど。はい仁くん、タバコに火をつけてあげたよ……♡」
「半分以上吸ってんじゃねーーーか!! ふざけんなよ助かるぜ!!」
「あかりくん、人を食ってますねえ」
弔くんは言いたいことを言って満足したのか、午後からどこかに出かけていった。入れ替わりで夜の仕事から帰ってきた仁くんとトガちゃんに買っておいたパンをあたためて出して、先程までの話をして今に至る。
そのまま食べても美味しいけど、焼くとチーズの溶ける匂いが広がるし食感もよくなるからな。ひと手間掛けても美味しいものを食べてもらいたいって、愛ですよこれは。受け取りな、俺の無償の愛をよ。
仁くんはギャンギャン言いながら、俺が渡したタバコをこれ以上取られないように急いで吸っていた。
アメスピは火が付きにくいし、燃えるのも遅いから急がなくていいのに。ライターのオイルが切れたと困っていたから助けただけなんだけどなあ。
「かわいいじゃれ合いだと思うんだけどなあ……」
「おい!! 2本目吸うな! おかわりどうぞ!」
「喫煙者いてくれてほんと助かる……仁くん、好きだよ……」
「お前が好きなのは俺じゃなくてタバコ!!」
「タバコに嫉妬しないで」
自宅拠点だと健康に悪いし法律違反だからという理由で、荼毘くんから禁煙・禁酒の厳命が出てるんですよ。もう、こうなっちゃったら人助けのついでに吸うしかないんだ。法律違反に関しては都合の良い時だけ日本の法を遵守する荼毘くんの姿勢について、今後話し合いの場を持ちたい。殺人以下は誤差だから許してくれ。
「どうしてくれんだよ、あと2本しか無くなっちまった。やったぜ禁煙成功か?」と言いながら、じっとりとした眼で睨んでくる仁くんはマスクを外している。
どうやらいまは頭が痛くないようだ。精神的なものもあるんだろうけど、頭痛って辛いもんな。
俺たちが騒いでいる横で、おなかいっぱいになったトガちゃんは机に身体を預けてまぶたの重さと闘うみたいに何度も瞬きをしていた。
手のひらで頬を支えたまま、口を小さく開けて息をこぼす。あくびを噛み殺すたび、少し乱れた前髪がふわふわと揺れている。「寝ておいで、夜ご飯できたら起こしてあげる」と軽く肩を叩くと、素直に伸ばされた手のひらに猫のキーホルダーを目印につけた鍵を落とした。
上に部屋を借りたんですよ。このBAR、ビルの地下にあるけど柄の悪い輩が出入りする邪悪なBARのせいで上に空きテナントがあったんで、会社名義で借りました。
AIチャットアプリが順調にバズり、俺は表向きそこそこ儲かっている新進気鋭のIT会社社長ということになっている。
それの下請け会社という名目で、また別の架空の会社を作り間に何人か実在の人間や架空の人間を挟んで、公安に突っつかれても真っ直ぐ俺まで届かないようにしつつ、連合構成員の仮拠点という形にした。
前世で培ったノウハウが役に立って良かったです。マグネや仁くんやミスターは元から自宅拠点を持っているから仮眠室代わりにしてるけど、スピナーやトガちゃんは家出をしてきたり元から放浪してたりで定住先が無いので、よく活用してくれてるみたいで嬉しいよ。
俺は友達が家無しだと不安でストレスが溜まるタイプだから、俺が解決できることならどんどん利用して欲しい。本来なら弔くんがやるべき事な気がするけど、あの人もあの人で俺がソファの搬入をするまで積んだ紙くずの上とか机に突っ伏して寝てるような生活の人だったから……。 グミ食ってそこら辺で転がって気絶するみたいに寝てる人に、他人の生活を支えさせるのは酷なことだろう。俺がやりますよ。実兄に攫われてから数年、人の善意に寄生して何一つ苦労せずぬくぬくと生きてきたこの俺がね。
目元をくしくしと擦っていたトガちゃんが、「ありがとお」と笑って立ち上がる。
そのまま夢の途中みたいな足取りで、俺の方を一度だけ振り返って「ちゃあんと起こしてくれなきゃヤぁですよ」と手を振り、子どもが眠気の中で毛布を握るように、そのまま鍵を握りしめて出口へ向かった。
BARの入口横にあるエレベーターからなら表を歩かず移動できるから便利だ。いつかこのビルまるまる欲しいな……いや、そうなると一般人がいなくなるから、ガサ入れされやすくなっちゃうか。やめとこ。
さて、教育に悪いことを聞かせられない相手は健やかおねんねタイムに突入。何も知らない仁くんはトガちゃんがいなくなったあとの扉にひらひらと手を振り続けて「子供はすぐ眠くなるよなあ、俺は徹夜なんて余裕だぜ!」とちょっと眠そうな口調で言っている。
傾向として、最初に言った言葉の方が本心っぽいのと、後に続く言葉が矛盾するようになってる事が多いから、仁くんも眠いのかもしれない。眠さより喫煙をとってる状態だな、これ。
「じ~んくん♡」
「…………」
俺の渾身の媚び♡を聞いて、仁くんは迷いなく自分の吸ってたタバコを反転させて俺に吸わせた。うめえ~~ありがてえ~~。奪った2本目もとっくに吸いきっちゃったし、ちょうど欲しかったんだよな。 ……じゃなくて、甘えて寄るのはもう警戒されるようになっちゃったな。次から違う方向で媚びよう。
前までは結構友好的に受け入れられたけど、俺が日々やらかしてきたせいで、このテンションで呼ぶと荼毘くんは「……なぁに」とやわやわな声で覚悟完了の硬い返事をするし、ボスは「なんだァ……おまえ……?」と経験則で開幕MAXブチ切れで対応してくるようになってしまった。
ミスターは乾いた笑いを漏らして「こっわ」と素直に言うし、スピナーは一旦聞こえなかったふりをするし、仁くんはこうだ。無言で俺の口に何かを詰めて黙らせようとしてくる。
トガちゃんとマグネは「はあい♡」と同じノリで返事してくれるけど俺のオネダリはあまり通用しないし、黒霧は「どうしましたか」といつも通りの返事をくれるけどこっちも別にオネダリは通用しない。日頃の行いは結構いい方だと思うんだけなあ。
仁くんが快く譲ってくれたアメスピを肺いっぱいに吸って、灰皿に押し付ける。「もったいねえ! あと2回は吸えただろ、いいぜリッチってこんなもんだよな!?」俺が捨てたタバコを掴みあげて「あぢぃ!!!」と悲鳴をあげているのを見ているとちょっと悲しい。こんどカートンで買ってきてあげるからね……自宅へ持ち帰りできないから買えないけど、買う金はあるから……。
「なんなんだよお前は、なにかオネガイでもあんのか? 話なんか聞かねえよ、さっさと失せな!」
「聞いてくれてありがとう、オニイチャンからマチアプ禁止令出されてしまいましてね」
「お、おお……?」
「マチアプでワンナイトの出会いでハッピー性生活をしていた俺の日々が終わったんです」
「言われて辞めるから偉いよな。反逆しろよ、無視して続けりゃいーだろ」
「反逆した場合、実兄直々に死の制裁で「あかりくんが俺の言うこと聞かないからこの人は死にました。あーあ。」って死体見せられるよ」 「お前ら兄弟関係大丈夫? 俺ちょっと心配になってきた。話聞こっか?」
俺、人から相談されてもまともに応えらんないぞ。と言いつつもしっかりと話を聞いてくれるので、仁くんは人がいい。その人の良さに付け込みたい。
「一生のお願いだから個性で増えたひとり頂戴。穴があればいいから……」
「なんだそんなことか。いいぜ、ちょっと待ってろよ」
え、すごいサラッと了承が取れた。どうなだめすかして言いくるめるか考えていたのに、仁くんはどこからともなくボロボロの手帳を取り出して「どれにするよ? ぜってーやらねえ」と中身を見せてくれる。
貼り付けられた写真と、詳細なデータ。これはたぶんお手製カタログなんだろう。これオススメと言われて出されたのは、綺麗な顔をした女性のページだった。「これやだ? じゃ、こっちは」とペラペラとページを捲る。結構在庫が多いんだな、汎用性あっていいと思います。
妙に小綺麗な顔してる人が多いのは、プロのお姉さんだからだろうか。仁くんの私生活が透けて見えてちょっと申し訳ない気持ちになってきた。というか─────── 「俺、仁くんがいいんだけど」
ビッと正面を指差すと、一緒にノートを覗き込んでいた仁くんが俺の指に視線を合わせたあと、仰け反るように飛び退いた。
「はァ!? 何言ってんだお前、俺? おれえ??」
「倍に増やした複製とはいえど本人の同意のないセックスは犯罪だよ……こういうのやめなよ……」
「俺が悪いってか!? ゴメンゴメン!? おいおい、捨て鉢になんなよ! ちゃんと自分の好みに合わせな! 好きなタイプどーなん!?」
「好きなタイプ……? ギャング・オルカ……?」
「それがそうならマジで穴だけでいいんだなオイ!!!」
ギャング・オルカは全体的にムチムチしていて普通に抱き心地良さそうだし好きなタイプではあるけど、これはファン心の方が大きいから。まだ性的な眼ではみてないので誤解しないでほしい。
穴だけでいいって、まあそうだけど。それだけではないよ? 変な誤解を放置して、案外自己評価低めの仁くんが『俺の身体目当てなのね!』となっても困る。身体目当てだけどそれだけでは無いというのは理解していただきたいですね。
案の定「俺じゃなくてもいいじゃねえか、ほら選べ」と視線をきょどきょどと揺らして動揺しながらノートをもう一度見せてきてので、ページを抑える手を上から握る。
逃げるように自由な片手で無理やりマスクを被った仁くんは「なんでこんな目付きの悪いオッサンをわざわざ選ぶんだよ! あ、ミスター使うか? ミスター出せるぜ!」と速攻でミスターを売る方を取った。
繰り返しになりますが、本人に同意のないセックスは複製であろうともなんらかの法にぶち当たるのでやめた方がいいと思います。あと流石にミスターにぶん殴られそう。迫さんだって怒る時には怒るので。
「俺が仁くんが良いってのは、親しさと性格と何かあってもだびくんが即殺しない有用性があるから。あと自分の顔をそんなに卑下しなくていいよ。俺好きだよ、仁くんの顔。目付き悪いってそれ、悪口いうやつの言葉に騙されてるよ」 「この顔で31年間生きてるのに、今更言われても困っちまうな……?」
マスク越しでもわかる困惑で、なんとなく嫌な気持ちになってきた。仲間の欲目抜きにしても、仁くんの顔って悪くはないだろ。目付きが悪いというか、それは彫りが深いからそう見えるだけでこれくらいの目付きの人なんてそこら辺にいる。ただしい意味で“個性”の枠に収まる程度の特徴でしかないし、なんなら俺はそこをチャームポイントにしていいと思うくらいだ。魅力的な目元してるだろうが。
俺がしばらく黙り込んでいたら、仁くんは俺の目の前で手を振って「電源切れたか?」と茶化した言葉でいままでの流れを変えようとしていた。
「たぶんね、俺、仁くんが自分のここが嫌いだと思ってる部分が好きだよ」
「なんで口説くんだ??? おかしいだろ、惚れちまうじゃねーか!!」
「俺は好きなんだけどなあ。誰が仁くんに仁くんを嫌いにさせたんだろ。見つけ次第酷い目に合わせてやるからね」
なにか答えようとしたのか、何度か口をぱくぱく動かしてから疲れきったように椅子に背を預けて「……一身上の都合で俺は俺を増やせないから、俺じゃあダメだなあ。悪ぃな、役に立てねえ」とお断りされてしまった。
いいよいいよ。善意につけ込もうとは思っていたけど、傷口抉るつもりは無いからさ。いまは性欲より、思ったより苦しい何かを背負ってそうな年上の友人へ同情でいっぱいだ。
俺の知ってる仁くんは“トゥワイス”だけど、支離滅裂にとっちらかった発言の中でも仲間に対する情の深さや人としての善性が感じられる『好ましい人』だ。
こういうタイプがこうなってしまったのは、だいたいいつも、どの世界でもどの国でも一緒。助けてくれる人がいなくて、助けを求める方法も知らなくて、搾取され続けてこうなる。
「仁くんは運が悪いよね、俺より先に生まれたのが運悪いよ。もう少し歳が近くてさ、同じ学校とかだったらこんなに寂しがりにならずに済んだのにね」
「お前いま個性使ってる??」
「素で口説いてる」
「口説くんじゃねえ………………」
口説かれちゃえば楽になるのにね、と言ったら「あと15年遅いんだよ」とボソリと呟かれた。
15年前、仁くんが16歳だった頃にこうなった何かがあったのか。過去回想なんて現実世界に存在しないから分からないけど、間に合わなくてごめんな。多分その頃俺、産まれたばかりのベビか日付次第ではまだ焦凍と一緒に母体の中にいた頃なので……。
机に突っ伏した仁くんの、聞き取りにくくて特に聞かせる訳でもないだろう言葉が途切れ途切れに耳に入る。聞いてないよ、というアピールで撫でやすい位置に降りている頭をゴム製のマスク越しに撫で続けた。
それ16歳だった頃の俺に言ってくれよ。そうしたらマシだったかもな、人生。たくさんの自分たちの王様になるよりもたった一人のトモダチがそばに居てくれるだけの、ありふれた人生ってのがあったのかもな。ねえだろ、無かっただろ。バカが。だからこうなってんだ。こうなっちゃってんだから、やめろ。
別に傷つける気はなかったけど、傷口に指を突っ込んでしまったらしい。ごめんな、俺の性欲のせいで酷い目に合わせて。
「来世では早めに迎えに行くね」
「……あかりとの付き合いなんて、今世で充分だ。地獄で待ちあわせしてデートしようぜ、お前の奢りでな!」
戦闘力的に俺の方が先に死にそうだから、地獄でずっと待っててあげる。と、口に出したら俺のノンデリで仁くんをまた傷つけそうなので賢い気持ちでお口にチャック。
俺も仮眠する、と鍵を受け取ってエレベーターへ向かった背中を見送って夕食の準備をはじめようと立ち上がった。
「あのなあ、予約取れたから明後日あけとけ」
いつの間にか帰ってきたのか、自室から顔を出した弔くんが、前提の言葉なく何かを宣言する。なに? なんの予約? 映画とかの流れじゃなさそうだよ?
「なんの予約?」
「お前の去勢」
「待ってください何が起こっているんですか」
「俺はあんまり気にしてなかったんだけどさ、やっぱ飼い主として去勢は義務だよなって思い直した。そこらでガキ増やされても飼えねえし、そうならないように事前に対策するのって俺の責任だよな」
「俺のアホさで弔くんに“自責”という概念が発生したのは素晴らしいことですが、俺って実際は犬ではなく動物界脊椎動物門哺乳網霊長目ヒト科ヒト属ホモサピエンスの中の『アホ犬』っぽいだけの人間なんですよ……基本的人権を有しております……」
俺は必死に実兄への緊急連絡ボタンを連打した。数分後に駆けつけた実兄が間に入ってくれたが、去勢案を聞いたあと「そうか…………持ち帰り、検討する」と、なんかワンチャン去勢もありだなという空気を出したので全力で泣きついてギリ生き残れました。
俺がさ、この世から少しでも減ったら悲しくない? 去勢されたぶんの質量がこの世から消えるけど、俺が減るという事実は変わらないよねえ!?
これでいけた。あの、本当にもう悪さしないから許して欲しい。対応策また別に考えるから。ちゃんと品行方正に生きるから。ゆるして。
