武力には乙女心をぶつけよう!

 グレゴリーが不機嫌そうな顔をしている。正確には、あれは少し悲しんでいる時の顔だとバリーは知っていた。

 眉間に皺が寄っているのも、口元がへの字になっているのも普段と大して変わらない。何なら黙って座っているだけでも、これから誰かを殴りに行く前とほとんど同じ顔をしている。ただ、本当に腹を立てている時のグレゴリーは相手をまっすぐ見るのに、落ち込んでいる時だけ妙に視線が低い。今も応接室の卓上へ置かれた焼き菓子を睨みながら、三つ目を食べるかどうか真剣に迷っている。

 三度目のお見合いを断られたらしい。しかも、その報告を受けた翌日に、わざわざ実家へ帰ってきた。グレゴリーは騎士団の兵舎へ部屋を持っている。休みになれば実家へ顔くらいは出すが、用もないのに長居する男ではない。それが今日は昼過ぎに帰ってきて、母親が学園へ出勤中だと知っても帰らず、バリーとイマンが使っている客間へ来て茶まで飲んでいる。つまり、慰められに来たのである。本人は絶対に認めないだろうが。

 幸いというべきか、長兄のロバートはいない。最愛の妻と一緒に四年目八回目の新婚旅行へ出かけていた。結婚して四年も経つのに何をもって毎回を新婚旅行と呼んでいるのかバリーにはよく分からないが、本人たちが新婚だと言い張っているので、もう誰も訂正しなくなった。あの長兄がいれば、弟が三度目の見合いを断られたと聞いた時点で、遠慮なく原因を十個くらい挙げただろう。弟への配慮というものを、生まれる前に母親の腹の中へ置いてきたような男である。だからこそグレゴリーも、兄がいないことを確認して帰ってきたのかもしれない。

 バリーはともかく、イマンは優しい。

「でも、グレゴリーお義兄様は、とても立派な方ですわ。男らしく凛々しいお顔をしていますし、声も低くて素敵です。お仕事にも真面目ですし、ご自分が損をする時でも、間違っていると思ったことにはきちんと意見なさいますでしょう。
それに、一度引き受けたことは途中で投げませんもの。以前もバリーが困っていると知ったら、遠征から戻ったばかりなのに駆けつけてくださいましたし」

 イマンは本気で慰めようとしているらしく、指を折りながら一つずつ挙げている。どれも別に世辞ではない。バリーも隣で頷いた。

「そうだよ。兄さんは頼りになるし、騎士としても立派だと思う。僕だって何度も助けられているからね」

「だったら何故三回も断られるんだ」

「そこなんだよなあ」

 グレゴリーがぎろりとこちらを見た。怒ってはいない。これも家族なら分かる。たぶんちょっと傷ついた。バリーは茶を一口飲み、どう説明したものかと考えた。

 グレゴリーの良いところなら、いくらでも知っている。外から見れば、体格に恵まれていて、剣の腕もあり、騎士団で真面目に勤めている頼れる男だろう。しかし弟であるバリーは、その立派な姿が出来上がるまでの過程まで知っている。幼い頃、初めて大人用の馬へ一人で乗ろうとして見事に反対側へ落ちたこともある。剣の稽古で手の皮が剥けたのを隠し、そのまま続けて母親に見つかり、三日間木剣を取り上げられたこともある。庭の塀を飛び越えようとして尻から生垣へ落ち、枝が服に引っかかって一人では出られなくなったこともあった。

 それでも、バリーが池へ落ちた時には何の迷いもなく飛び込んできた。まだ二人とも子供だったのに、泣いてしがみつく弟を片腕で抱えて岸まで泳いだ。自分も怖かったはずなのに、バリーを岸へ上げてから初めて震えだした。強いから誰かを守れる人ではない。怖くても、痛くても、困っている相手がいればそちらを先にする人だった。そういう兄が、バリーはずっと好きだった。

 ただし。

「僕たちは付き合いが長いから、兄さんが本当に良い人だって知っているんだよ。格好いいところだけじゃなくて、子供の頃に失敗して泣きそうになってたところも、僕を庇って一緒に叱られたところも知ってる。だから多少怖い顔をされても、ああ兄さんだな、で済むんだけど……」

 バリーはそこで一度言葉を切った。向かいのイマンと目が合う。イマンも、少し困ったように眉を下げた。

「コミュニケーションが高速ピッチングなんだよ……。何か気になることや言いたいことがあると、相手が受け取る準備をしているか確認する前に、顔面へ向かってボールを投げ続けるところがあるんだ。僕は兄さんのそういうところに助けられてきたし、本当に悪気がないことも分かってる。でも、まだほとんど関係のない女性に同じことをすると、怖がられるんだよ」

「私たちには素敵だと分かる長所でも、まだグレゴリーお義兄様を知らない方には、威圧感として受け取られてしまうのかもしれません」

「俺の性格は元からこうだ。今さら取り繕って結婚したところで、あとから違う人間だったと思われる方が困る。結婚するなら、俺のありのままを受け入れてくれる女性がいい!」

 フン、とグレゴリーは鼻を鳴らした。拗ねている。これもバリーには分かる。十四歳の頃、父親から新しい剣を買うのは来年だと言われた時とほぼ同じ顔だった。家族だから、拗ねているなあ、兄さんにもこういう可愛げがあるんだよなあ、と思える。初対面に近い若い女性から見れば、おそらく激怒している大男である。難しい。

「どうしたらいいかな。何か親しみの持てる趣味とかあったっけ?」

「狩りと馬術と鍛錬が、グレゴリーお義兄様の主なご趣味ね……」

「男らしさの塊すぎる。今からパッチワークとかにハマってくれないかな」

「やらん」

 声が低い。顔も怖い。やっぱり難しい。イマンは笑うのを堪えるように口元へ手を当てた。グレゴリーはますます不機嫌そうな顔になり、残っていた焼き菓子を一つ口へ放り込んだ。

 それでも帰り際には気を持ち直したのか、表情を緩めて少しだけ振り返った。

「まあ……話を聞いてくれたことには感謝する。茶もうまかった」

「兄さん、またいつでも来ていいからね」

「次はグレゴリーお義兄様がお好きな肉料理を用意しておきますね」

「わざわざ用意しなくていい。お前たちは仕事で来てるんだろう。余計な手間を増やすな」

 現在、バリーとイマンは1週間ほどテイラー家へ滞在していた。
 チェリー家とテイラー家の間で、新しく川沿いの運送路を共同で整備する話が進んでいる。テイラー家が土地と河川周辺の管理を受け持ち、チェリー家が倉庫や荷車、商人との契約を担当する予定だった。

 婿入りしたバリーは当然チェリー家側の人間になっているが、テイラー家の事情にも詳しいので両家の間を取り持つ役に向いている。イマンの父親もまだ当主として元気に働いているため、若夫婦には比較的自由があり、こうして二人揃って数日ずつ双方の領地を行き来することも珍しくなかった。

 おかげで落ち込んだ兄を慰める機会にも恵まれたわけだが、グレゴリー本人としては、その幸運を認める気はないらしい。最後までフンとした顔のまま、兵舎へ戻っていった。

 そして、その翌日。

「三回断られたそうだな」

 訓練を終えたグレゴリーは上官の執務室へ呼び出され、開口一番そう言われた。

「誰から聞いたんですか」

「三回目は俺が紹介した家だ」

「そうでしたっけ」

「忘れるな」

 机の向こうで、ハーグレイヴ隊長が呆れたように息を吐いた。グレゴリーは騎士としての能力について、この男から不満を言われたことはほとんどない。

 命令を守り、訓練を怠らず、いざという時には前へ出る。部下の面倒もそれなりに見るし、酔って揉め事を起こすこともない。

 ただし私生活となると、なぜか周囲が頻繁に口を出してくる。放っておいてほしいと思っているのだが、父親からはそろそろ結婚を考えろと言われ、母親からはせめて女性を怯えさせない話し方を覚えなさいと言われ、昨日は弟夫婦に高速ピッチングと評された。誰も彼も好き勝手である。

「それでだ。俺の娘はどうだ。二十二で、まだ婚約者はいない。馬にも乗るし、剣こそ使わんが弓も多少やる。お前みたいな男でも、少なくとも悲鳴を上げて逃げることはないだろう」

「紹介の仕方が酷くありませんか」

「お前が結婚相手を探している。娘もそろそろ縁談を考えなければならない。会ってみて嫌なら断ればいい。それだけだ。ただし、頼むから最初の半刻くらいは尋問をするな」

「したことはありません」

「お前の中ではな」

 不本意だった。しかし、ここで断る理由もない。こうして四度目のお見合いが決まった。

 

 数日後、グレゴリーは王都の落ち着いた料理店で、エディス・ハーグレイヴと向かい合っていた。最初に思ったのは、背の高い女性だ、ということだった。女性としてはかなり長身で、細身でもある。肩や腰にもあまり丸みがなく、濃い栗色の髪は顎へ届かないくらいに短く切られていた。流行の巻き髪でもなければ、宝石を散らした髪飾りもない。服も装飾の少ない濃紺で、袖口から見える指には乗馬で出来たらしい薄い硬さがある。ただ、顔立ちは綺麗だった。涼しげな目元とすっきりした鼻筋に、笑うと柔らかく形を変えそうな唇をしている。

「父から聞いております。グレゴリー様は、とても男らしい方だと。私も女同士で流行の服や恋の話をするより、馬や猟の話をしている方が気楽ですから、きっと話は合うと思います。細かいことをいつまでも引きずるのも苦手なんです。昔から、サバサバした性格だと言われていて」

「そうですか。俺も回りくどいことは苦手ですが……女性が何を好むかは人それぞれでしょう。話したいことが違うなら、無理に合わせる必要もないと思います」

 言えた。グレゴリーは胸の中で自分を褒めた。かなり柔らかい。昨日のバリーなら、たぶんこのくらいの言い方をする。
 いきなり本当にそうなのか、自己紹介というより設定を並べているみたいだな。なんて言うのは駄目だ。まず相手の話を聞く。否定しない。共感する。俺は成長している。そう思いながら茶を飲んだ。

 しかし、そのあと街の話になり、最近出来た店の話になったところで、少し気になった。エディスは新しく出来た馬具店の話には楽しそうに答えた。弓具を扱う店も知っていた。
 だが、窓の外を若い娘が通った時だけ、ほんの一瞬視線がそちらへ向いた。娘の髪には、大きな花の飾りがついていた。少しして給仕の女性が卓上へ菓子を運んできた。砂糖で作られた小さな薔薇が添えられている。エディスはそれを見たあと、何でもないように皿の端へ避けた。

「甘いものは苦手ですか」

「いえ、好きです。ただ、こういう飾りは可愛らしすぎて、私には似合いませんから。昔から兄たちにも言われていたんです。私がそういうものを喜ぶと、お前には似合わないって。だから今さら可愛いものを好む柄でもないんですよ」

「食べるものに、似合うも似合わないもないでしょう」

 言ってから、少し強かったかと思った。だがエディスは怒らず、むしろ困ったように笑った。

「そういう意味ではないんです。兄が何人もいる家の末娘でしたから、子供の頃はずっと一緒に走り回っていました。木に登ったり、馬に乗ったり、泥だらけで帰ったり。私が一度だけ人形を欲しがった時なんて、それまで散々男みたいな遊びをしていたのに、と皆で笑って……」

 エディスは笑った。グレゴリーは笑わなかった。何となく、その笑い方が気に入らなかった。楽しかったことを話している人間の顔ではない。

「それで、人形は買ってもらえたんですか」

「いいえ。恥ずかしくなって、いらないと言いました。それからは私も、女の子らしいものなんてくだらないって言うようになったんです。兄たちは喜びましたよ。さすが俺たちの妹だ、普通の女とは違うって」

「それは嫌でしたね」

 グレゴリーは言ってから、内心で少し満足した。共感。優しく。かなり出来ている。エディスも意外そうに目を瞬いてから、しばらく黙っていた。

「……ええ。嫌でした。でも、兄たちも悪気があったわけではないんです。私を仲間外れにしたわけではありませんし、むしろ可愛がってくれていました。私も男勝りに振る舞っていれば兄たちと仲良くいられましたし、父も活発な娘だと喜んでくれて。でも、大人になって女性の集まりへ行くと、今度は私の方が、刺繍や服の話をする方をつまらない女だと笑ってしまうんです。本当は少し羨ましいのに。今さら交ざり方も分からなくて」

 エディスは指先で茶器の取っ手を撫でた。

「男の側にも女の側にも入れない、中途半端な人間になってしまった気がします。家族は今でも、男勝りでさっぱりした私なら好きでしょう。でも、私が本当は何が好きなのか、自分でももうよく分からなくて」

 グレゴリーは黙った。共感。優しく。相手を否定しない。バリーならどうする。たぶん、まず気持ちを受け止める。それから家族にも事情があったのだろうと言い、少しずつ自分の好きなものを探せばいいと─────。

「貴女の兄達は馬鹿なんですか?」

 駄目だった。

 エディスが目を丸くした。

「えっ」

「妹が好きなものを笑い続けて、嫌いだと言わせた結果、本人が自分の好みまで分からなくなっているんでしょう。
悪気がなかったから何だというんです。相手が傷ついているのに気づかなかっただけなら、それは無罪ではなく鈍感だったという話でしょう」

「い、いえ、でも、兄たちは本当に私を可愛がってくれて」

「可愛がっているなら何を言ってもいいわけではないでしょう。そもそも男勝りというのも何なんです。馬へ乗れば男になるのか? 弓を引けば女性でなくなるんですか?」

 完全にいつもの調子へ戻っていた。しかし一度腹が立つと、グレゴリーにはもう止められない。何より、目の前の女性は自分のことを中途半端だと言った。どこがだ、と本気で思う。身長は高い。確かに細身で、一般的な女性より身体の丸みも少ないだろう。髪も短い。だから何だというのか。

「貴女はどこからどう見ても、美しくて可愛らしい女性に見える。背が高かろうが髪が短かろうが関係ないでしょう。自分の好きなものまで嫌いなふりをして、貴女を笑った人間にいつまで合わせるつもりなんです」

 エディスの顔が赤くなった。

 グレゴリーはそこでようやく口を閉じた。またやったかもしれない。昨日バリーに言われた「高速ピッチング」という言葉が頭をよぎったが、一度投げた球は戻ってこない。しかしエディスは怯えている様子もなく、真っ赤な顔で俯いたまま、しばらく何も言わなかった。少なくとも激怒しているわけではなさそうだ。やはり彼女は、本質からして『サバサバした女』というわけではないのだろう。

 学生時代にも、自分をサバサバした性格だと言っていた女子がいた。本人が「自分なんて男みたいなものだから、遠慮しなくていい」と言うのでその通り遠慮なく話していたら、ある日大泣きされ、それきり口を利いてもらえなくなった。その後、彼女を慕っていた男たち六人ほどに闇討ちされたので、全員まとめてぶん投げた。
 あの時はさすがに少し悪いことをしたかと反省したものだ。本人が男みたいなものだと言っていても、言葉通りに受け取ってはいけないらしい。グレゴリーにとっては、学生時代に得た数少ない苦い教訓の一つだった。

「……グレゴリー様は、そういうことを何のためらいもなく仰るんですね」

「何か失礼でしたか」

「いいえ。……その逆です」

 よく分からない。グレゴリーは首を傾げた。エディスは口元へ手を当て、一度小さく息を吐いた。

「でも、今さら可愛いものを持って帰ったら、家族は驚くと思います。兄たちにはきっと笑われます。お前がそんな似合わないものを、どうしたんだって」

「貴女の好きなものを馬鹿にする相手に忖度してどうするんです。よし、街へ行きましょう。馬には乗れますか?」

「え? はい、乗れますけど……」

「なら早い。俺も馬で来ています」

 何が早いのか、エディスにも分からなかったらしい。それでも断らなかったので、二人で店を出た。
 預けていた馬を出してもらうと、エディスは慣れた動作で鐙へ足を掛け、そのまま軽やかに鞍へ収まった。手綱の扱いも自然で、人通りへ入っても馬を落ち着かせたまま進んでいる。

「上手いですね」

「ありがとうございます。十二の頃から兄たちと遠乗りをしていたので。これは……好きなんです。本当に」

「なら、それはやめる必要がないでしょう。馬が好きなのも、可愛いものが好きなのも、両方貴女の好みです。一つしか選ばなければならない決まりでもあるんですか」

 エディスが隣の馬上からこちらを見た。そのあと、少しだけ笑った。

「ありませんね。たぶん」

「でしょう」

 これについては、正しいことを言った自信がある。

 二頭の馬を街の預かり所へ任せ、二人は歩いた。最初に入ったのは小物を扱う店だった。エディスは入口でかなり躊躇した。店内には刺繍入りの巾着や、花を模した留め金、小さな香水瓶、色鮮やかなリボンが並んでいる。明らかに彼女が普段一人で入る店ではないらしい。

「何か欲しいものはありますか」

「いえ、別に─────」

「今、あれを見ていたじゃないですか」

 エディスが黙った。どうしてそんなに申し訳なさそうな、悪いことでもしたような顔をするのだろう。華やかな小物や装飾品に興味がないグレゴリーだって、見れば「綺麗だな」「キラキラしてるな」くらいは思う。
 年頃の女性が興味を持って、それの何が悪いというのか。悪いことだと思わせるような環境だったのかと考えると、ほんの少し話に聞いただけのエディスの兄たちが、普通に嫌いになってきた。どうにか向こうから、正当防衛が成立する程度の喧嘩を売りに来てくれないだろうか。そうしたら上から順番に一発ずつ入れてやりたい。何人いるのかは知らないが。

 そんなことを考えながら、グレゴリーは棚に置かれていた小さな刺繍の巾着を手に取った。淡い色の布地に白い兎が縫われ、その周りを小さな花が囲んでいる。

「これですか」

「……可愛いとは思います」

「では買いましょう」

「待ってください、会ったばかりのお見合い相手からそこまでしていただく理由がありません!」

「今日俺と会わなければ、貴女はこれを買わずに帰ったんでしょう。なら俺のせいでもある」

 理屈としては少しおかしい気もしたが、グレゴリーは気にしなかった。次の店では薄桃色の手袋、その次では花模様の小さな鏡、さらに香油と、鳥の刺繍が入った布入れを買った。最初のうちこそエディスは何度も止めていたが、三軒目くらいから少し様子が変わった。棚を見る時間が長くなり、四軒目では自分から薄青いリボンへ触れた。

「こちらと、隣の白いものなら、どちらがいいと思いますか」

「青です。貴女の髪ならそちらの方が目立つ」

「では……青にします」

「白も買います」

「どうしてそうなるんですか!」

「迷ったということは両方気に入ったんでしょう」

「グレゴリー様は極端です!」

 少し怒られた。しかし笑っている。なら問題ないだろう。荷物は途中から持ちきれなくなったので、それぞれハーグレイヴ家へ届けてもらうことにした。
 エディスは何度か代金を払おうとしたが、今日はこちらから誘ったのだからとグレゴリーが断った。見合い相手へ贈り物をすること自体は礼儀の範囲だと思う。量については途中から店員にも妙な顔をされた気がするが、あれもこれも好きだと言うなら仕方がない。

 最後に入った店で、エディスが足を止めた。髪飾りだった。細い銀細工で作られた蝶に、小さな青い石が三つ留められている。長い髪をまとめるためのものではなく、短い髪にも留められる小ぶりな飾りだった。エディスはしばらくそれを見ていた。

「これも好きなんですか」

「……はい。でも、もう十分いただきました」

「では、これは俺が欲しいので買います」

「グレゴリー様が髪につけるんですか?」

「俺が持って帰ってどうするんです」

 エディスがとうとう声を立てて笑った。店員から髪飾りを受け取り、グレゴリーは少し考えた。どうやってつけるのか分からない。店員が教えてくれたので、その通りに留める。大きな手で髪を引っ張らないよう気をつけながら、耳の少し上へ蝶を置いた。栗色の短い髪へ青い石がよく映えた。

「似合いますね」

 エディスがまた赤くなった。

「……ありがとうございます」

「これからは髪型だって、貴女が好きなように選べばいい。もちろん、今の髪もよく似合っています」

 それは慰めでも世辞でもなかった。グレゴリーは本当に、今の短い髪も彼女によく似合っていると思っている。ただ、今日一緒に歩いていて、エディスが何度か髪の長い女性を目で追っていたことにも気づいていた。
 本人は意識していないのかもしれないが、きっと本当は伸ばしてみたいのだろう。人付き合いが上手いとは自分でも思っていないし、実際バリーには昨日散々な言われようだったが、観察力だけならそれなりに自信がある。

 エディスは髪飾りへそっと触れた。指先が蝶の羽をなぞる。嬉しそうだった。それなら買った甲斐はあった。

 帰りも二人で馬へ乗った。ハーグレイヴ家の門が見えてきた頃、エディスが少し不安そうに髪飾りへ触れる。

「兄たちは、何て言うでしょうか」

「何か言われたら、俺が勝手に贈ったものだと言ってください。文句があるなら俺に言うようにと。殴り合いなら自信があります」

 グレゴリーは笑った。エディスは一瞬ぽかんとしたあと、馬上で肩を震わせた。

「そこは話し合いではないんですね」

「もちろん最初は話します。向こうが聞かないなら戦うしかない。いつでも挑戦を受け入れます」

「ふふ……父が、グレゴリー様は本当に真っ直ぐな方だと言っていましたけれど、意味が少し分かりました」

「褒められている気がしないんですが」

「褒めています。私には……今日のことは、とても嬉しかったです」

 最後の声だけ少し小さかった。グレゴリーが横を見ると、エディスは前を向いている。耳が赤い。髪飾りが揺れ、そのたびに青い石が夕方の光を弾いた。

「次にお休みが合いましたら、今度は私からお誘いしてもよろしいですか? 行きたいカフェがあるんです。今日のお礼に、私が案内したくて……」

「構いません。俺も今日は楽しかったです」

 エディスはそれ以上何も言わなかった。ただ、門の前で馬を降りたあと、使用人が受け取った大量の荷物を見て少し恥ずかしそうに笑い、最後まで蝶の髪飾りを外さなかった。

 

 

 そして翌日、グレゴリーはまた実家へ顔を出した。バリーは兄が扉を開けた時点で嫌な予感がした。先日慰めたばかりである。まさか四回目も駄目だったのか。展開が早過ぎないか。情状酌量の余地とかは貰えなかったのだろうか。

 イマンも同じことを考えたらしく、読みかけの書類から顔を上げる。共同事業の契約書を確認するため、今日も二人はテイラー家の応接室を借りていた。

 グレゴリーは先日と同じ椅子へ座った。グレゴリー用に、ひとつだけ丈夫に作られているものなので、自動的にグレゴリーはこの椅子に収まるようになっている。

「今日もたぶん駄目だったな」

「もう結果が出たの?」

「いや。だが途中から、だいぶ強く言ってしまった」

 バリーは額を押さえた。やっぱり。

「何を言ったの」

「兄たちに可愛いものを好むことを笑われて、自分でも何が好きなのか分からなくなったと言うから、その兄たちは馬鹿なんじゃないかと聞いた。悪気はなかったらしいから、悪気がなければ人を傷つけてもいいのかとも言った」

「兄さん……」

 高速ピッチングだ。あれほど言ったのに。バリーは頭痛がしてきた。しかし、続きを聞くにつれて少しずつ表情が変わった。

 グレゴリーはエディスが可愛いものを本当は好きらしいと気づき、街へ連れ出した。一緒に店を回った。彼女が気に入ったものを買った。馬術が好きならそれも好きなままでいいし、可愛いものが好きならそれも好きでいいと伝えた。短い髪にもつけられる蝶の髪飾りを買い、その場でつけてやった。家族に何か言われたら、自分が勝手に贈ったことにしておけばいいとも言った。場合によっては殴るとも言った。最後だけ武力が出ている。

「それで、帰り際に向こうから次の休みに誘われた。たぶん社交辞令だと思う。大量に物を買わせたのを気にしているんだろう」

 そこまで聞いて、バリーは黙った。イマンも黙った。二人で顔を見合わせる。先日までとは違う意味で、どう言えばいいか迷った。

「……相手次第だけど、九十点だよ」

「受け取り方によっては三百点にもなりますよ」

「なんでだ? 途中から俺がだいぶ怒ってしまったぞ。家族の悪口は冷静に考えて言い過ぎだったな……」

「そこじゃないんだよ、兄さん」

 バリーは笑った。困っている人間を見たら放っておけない。相手が何年かけて押し込めてきたものだろうと、それはおかしいと思えば真正面からぶつかっていく。加減ができない。言葉も強い。
 本人なりに柔らかくしようとしても、途中で腹が立てば全部忘れる。それでも、誰かが自分を小さくして周囲へ合わせている姿を見たら、その周囲の方へ怒れる。

 グレゴリー兄さんのこういうところが好きなんだよなあ、とバリーは思った。横を見ると、イマンも同じことを考えているような顔で笑っている。二人に見つめられたグレゴリーだけが、何一つ理解できない顔で眉間へ皺を寄せていた。

 

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