いきてきたるif②

 冬美と夏雄をメンタルクリニックに連れてきたら、俺が一番重症だった今日この頃です。ええ、そうなの……?

 診察後に冬美と夏雄だけ看護師に連れていかれて、俺が話を聞くのかと思ったらハチャメチャに詰められた。アニメでしか見たことの無い鋭利なデザインのメガネを煌めかせた女医が、キビキビとした声で診察結果を突きつけてくる。いつの間に俺も診察を受けていた……!?

「あなたね、未成年でしょ。いくら背が高くて落ち着いて見えても、誤魔化したって分かりますからね。声変わりの途中で、肩の線もまだ丸いし、手首が細い。疲れているときに頬の肉が落ちる感じも、成長期の子のそれ。大人の消耗とは違うの。だから最初に言っておくけど、妹さんと弟さんを連れて自由診療で支払いをする未成年は“当たり前”じゃないの、おかしな事なのよ」

 言葉尻は厳しいが、責められている感触はなかった。むしろ、事実を事実として切り分けられている感覚に近い。いや、俺はホラ、前世の記憶があるから……。いや、言った瞬間に“症状の追加”としてカルテに載る未来が見える。黙っておこう。

 そして、俺に下された診断は【発達性トラウマに起因する複雑性PTSD相当。併発して解離症状と慢性的な過覚醒】でした。
 わからんわからんわからん。説明は聞いた。聞いたはずなのに、右から左へ流れていった。脳が拒否したのか、単に容量オーバーなのか、たぶん両方だ。
 ただ一つだけ、身体の感覚でストンと落ちたことがある。俺がコーヒーを飲んで夜は眠れませんねってなってるの、カフェインをとってるからという当たり前の可愛い話じゃなくて、過覚醒由来のバグだったらしい。俺の体、仕様が悪い。
 ちなみに冬美と夏雄は「陽火にいがいるから大丈夫」判定で、取り返しの効く不安症で済んでいるらしい。それならまあ、全部チャラかなという気持ちだ。

「あなたの脳と身体がずっと警報を鳴らしっぱなしなのに、あなた自身はそれを理解できていないの。これってよっぽどよ。わかる? あなたは通院。投薬も開始。ここは自由診療だから十割負担ね。逃げ道も言い訳も、こちらからは用意しない。分かった?」

 はっきりと重症の烙印を押されたので、俺だけ通院が決定しました。投薬も開始です。自由診療なので十割負担が痛いね……だがその代わり、自由診療を売りにしているちょっとグレーめなこの病院は、俺がNo.2のとこの子供だとしても何も言わない。沈黙は金。金がかかるって意味だ。

 はい、ちゃんと通院します。診断書お願いします。これ、絶対手記【No.2の長男に生まれて】に載せます……。

 

 ……で。ここまでが「診断された」話。ここからが「ようやく俺が現実に追いついた」話だ。

 燈矢の件で、俺はようやく本気で反省した。これは創作の中の悲劇でも、物語上の必然でもなく、紛れもなく轟家の中で起きていた現実だ。俺は当事者で、しかも一番近い位置に立っていたはずなのに、「距離」という言い訳を盾にして、安全な場所に立っていた。ゲロを吐くほど吹っ飛ばされていたのは俺の弟だったのに何もしなかった。焦凍だって、俺の弟なのにな。しかも九歳も下の末っ子だ。

 生活するスペースが違ったし、父さんからは必要以上に関わるなと言われていた。言われていた、で済ませていい話じゃないのは分かってる。だが当時の俺は、その言葉を無意識で免罪符にしていたんだろう。下手に関われば燈矢が癇癪を起こして、めちゃくちゃになる。そうやって理由を積み重ねて、結果的に一番静かだった焦凍が後回しにされていった。優等生が放っておかれる、あの現象だ。問題を起こさない子は、問題がないと誤解される。声を上げない子は、苦しんでいないことにされる。

 今はもう燈矢はいない。いなくなってしまった。取り返しがつかないって、こういう感触なんだなと思う。だから今更だけど、今更だからこそ、焦凍との関係をまともなものに変えていきたい。
 それと並行して、鍛錬の名を借りた児童虐待については、全部きっちり診断書を取らせてもらう。感情論じゃなく、記録として、誰が見てもわかる事実として残す。
 「鍛えてやった」「強くするためだった」と言い逃れできない形で。絶対に逃げられないように、俺たちきょうだいが全力で“可哀想な被害者”になるようにしてやるからな。

 焦凍とは、正直なところ、これまでまともに向き合ったことがなかった。焦凍がこの世に爆誕してまだ五年、しかもその五年の大半は生活空間が分断されている。同じ屋根の下に生まれたはずなのに、実態としては「同じ両親を持つ他人」くらいの距離感だと思う。冬美は様子を見に行ったり、話しかけたりしていたらしいけど、男兄弟たちはそれぞれ、その……精一杯だったからさ。俺も、夏雄も、どう接すればいいのか分からないまま時間だけが過ぎて、気づけば「話さないこと」が平常運転になっていた。

 だから本来なら、これから少しずつ慣れていく、距離を測り直す、そういう段階を踏むべきだったはずなのに、現実はそんな優しい進行を許してくれない。実父の空気を読まないところと、自己満足善意だけが全力疾走する悪癖が同時発動して、ある日突然、焦凍は俺たちきょうだいと同じ空間へ“お引っ越し”させられた。燈矢がいなくなったことで、物理的な危険は消えた、と判断したんだろう。理屈は分かる。分かるけど、それとこれとは話が別だ。だいぶクソジジイ度高い判断だと思う。

 ただ、完全に否定しきれないのが腹立たしいところで、実父なりに「きょうだい間の交流が大切なのでは」と考え直した可能性もゼロではない気がする。だからこそ、頼むからフォローを入れさせて欲しい。段取りを踏ませろ。思いつきで配置換えをするな。母さんは病院、父さんはNo.2で仕事の都合であちこち派遣されていることが多い。それなのに、焦凍だけを俺たち側に放り込んだら、どう考えても完全アウェーだろうが。焦凍が五歳って忘れてますか? 数年前まで胎児だったんだぞ思い出せ。

 せめて、せめて俺たちをそっちに引っ越させろ。無駄にでかい日本家屋なんだから、子供三人くらい詰め込めるだろうが。畳の部屋がいくつあると思ってるんだ。大人の都合で子供を動かすなら、せめて負荷の少ない方向にしろ。
 部屋の移動なのに、焦凍の荷物なんて着替えくらいしか無かった。好きな絵本も、おもちゃもない。五歳なのに? えっ、俺が思ってたよりやばいことになってませんか!? えっっ! 五歳児を一人部屋にさせるんですか?? 何年人の親やってんだこの人……。
 話す度に落胆を更新させていく奇跡の実父に震えが止まらない。化け物かよ。焦凍は表情が固くて口数も少ないチビだった。赤ん坊の頃はもっとふにゃふにゃ泣いたり笑ったりしてたんだけどな、と思ったけど、俺も焦凍の顔を“赤ん坊”から更新できていなかった。俺も大概、酷いよなあ。

「焦凍の部屋、日当たり悪いから、兄ちゃんと一緒の部屋にしよっか」
「……にいちゃん?」
「そう、俺が陽火兄ちゃんで、こっちが夏雄兄ちゃん。冬美姉ちゃんもいるよ」

 しゃがみこんで目線を合わせても、やっぱり焦凍は小さい。小さいのに、妙に整った無表情で、ほんの少しだけ困った色を目の奥に浮かべている。どうしていいか分からないけど、拒否するほどの判断材料も持っていない、そんな顔だ。
 正面から、いきなり触れないように気をつけながら、ゆっくり頭の上に手のひらを掲げると、焦凍は途端にガチガチに身体を固めて、落ちてくるかもしれない何かを見るみたいに俺の手を凝視した。
 叩かれるかもしれない、押さえつけられるかもしれない、その手が何をするのかわからないという緊張が、五歳の身体をそのまま石にしている。

「……焦凍は良い子だから、撫でてやろうな」

 自分でも驚くくらい、声を低く、ゆっくり出した。命令でも評価でもない、ただの事実みたいな響きになるように。ちっちゃい頭を、触れるか触れないかくらいの力で、そっと撫でる。
 温度も、重さも、存在を伝えるだけの接触。焦凍は一瞬ポカンとしたあと、ゆっくり俺の顔を見上げて、「かあさんとおなじ」と、ほんのり笑った。酷い話だ。火傷の跡は酷いし、環境だって歪んでいるのに、焦凍は母さんのことを嫌いになっていない。
 頭を撫でられる、という行為を母さん以外で知らない五歳。何やってんだ実父。狂ってんのか……?

「ほら、焦凍。抱っこしてやる。部屋の中、探検しような」
「……」

 返事はないけど、拒否もない。だから続ける。抱き上げると不安定なのに無抵抗で大きく揺れるから「ぐにょんぐにょんしない、掴まってくださ~~い」と、わざと少しふざけた声を混ぜると、「わかんない」と小さく返ってきた。

「抱っこ慣れしてないなあ……」

 ここにつかまる、と手を誘導して、尻を支え直す。焦凍の身体は軽くて、でも変に力が入っている。
 燈矢は、俺が両手を離したって落ちないくらいガッシリ掴まってきた。求める、という行為を全力でやる子だった。対して焦凍は、人に抱きかかえられるやり方を、覚えそこなったというより、忘れてしまったみたいだった。頼っていい、身体を預けていい、という経験が、どこかで途切れている。その事実が、腕に伝わる重さよりもずっと重たい。これが、俺が見て見ぬふりをした結果だ。焦凍は言われた通りに俺の服をぎこちなく握りながら、じっと息を殺している。だから俺は、落とさないように、揺らさないように、でも過剰に守りすぎないように、ゆっくり歩き出す。俺がいるから、夏雄も話しかけやすくなったんだろう。俺の後ろを追いかけながら「あとでボール遊びしよう」と誘ってくるのを、焦凍はこくんと頷く事でこたえていた。
 こうやって少しずつ距離を縮めて、まともなきょうだいになりたい。

 

 

 

 だがしかし! そうはいかなかったのであった!

 焦凍の鍛練、という名の虐待にしゃしゃり出た俺は、案の定というか当然というか、実父の逆鱗に触れて派手に吹っ飛ばされた。たぶん父さんは俺の脆さを知らなかったんだと思う。知らないよな、見た目だけなら無駄にデカいし落ち着いて見えるし。しかし、俺は母さんより弱いし、五歳の焦凍よりも脆いぞ! あと受け身の取り方も知らない。身長があるくせに体重が軽いから、力学的にめちゃくちゃよく飛ぶ構造をしている。こう見えて中学生なものでね。

 物凄い音を立てて壁にぶち当たった。肺の中の空気が一気に抜けて、視界が白く弾ける。痛い。これは痛い。あとで絶対診断書取ってやる、という思考だけが妙に冷静に浮かんだ。被害者面する為に無抵抗決め込んだら本当にやばい角度で突っ込んじゃったな。
 正直、いつこうなってもおかしくないのは分かっていたので、事前に冬美と夏雄には「俺に何かあったら、迷わず救急車呼んでくれ……」と頼んである。だからこのまま、ちょっと気絶したふりをして倒れておこう、と床に転がったままぐったりしていたら、ドタバタと足音が近づいてきた。

 

 次の瞬間、空気を引き裂くみたいな泣き声が響いた。「うあああん」という、鬼気迫るやつ。すぐ分かった、夏雄だ。重なるように冬美の悲鳴も聞こえる。父さんの怒鳴り声も確かにあるんだけど、殴られた衝撃で鼓膜をやったらしくて、何を言っているのかまでは分からない。片方の耳は完全にアウト、もう片方は床に押しつけられる角度になっていて、音がひどく歪む。

 目を閉じたまま、悟られないようにほんの少し姿勢を変えると、夏雄の泣きじゃくる声がはっきり聞こえた。 

 

「おれが……おれが陽火にいをまもるんだ!!」

 

 声が裏返っている。泣いているのに、叫んでいる。
 やばい。
 状況を確認する前に、気絶のふりを即座にやめて跳ね起きた。視界に飛び込んできたのは、俺を庇うように前に立つ、夏雄の小さな背中だった。肩は震え、足元が定まっていない。それでも、一歩も退いていない。

 両手が、前に突き出されている。

 包丁だった。

 台所から持ってきたのが一目で分かる、いつものやつだ。刃先がわずかに揺れて、光を反射している。夏雄の手は震えきっていて、指先が白くなっているのに、それでも柄を離さない。
 怖くて仕方がないのが顔に出ている。血の気が引いて、唇が紫がかって、呼吸が異様に大きい。それでも、その視線は父さんから逸れていなかった。

 完全に、盾になる位置だった。
 勝てるとか、刺せるとか、そんな計算は一切無い。ただ、後ろにいる俺だけは守る、という一択だけで立っている。
 反射で、夏雄の背中を抱きとめた。

 

「下がってろ! 殺されるぞ!」  

 

 声が荒れる。お前よりでかい俺が吹っ飛ばされてんだぞ!? 受け身も取れない、戦闘訓練もしてない夏雄が同じことされたら、冗談抜きで死ぬ!!

 夏雄は喉が引き攣るみたいな泣き声を上げたまま、必死に腕を突っ張っていたが、俺に抱き寄せられた瞬間力が抜けた。
 包丁を握っていた両手が震え、柄から指が滑り落ちる。金属が床に当たって、乾いた音がして、そのまま夏雄は俺にしがみついてきた。爪が食い込むくらい強く、離れまいと掴みながらしゃくり上げて叫ぶ。

 

「お、おれが……みんなを守るんだ……っ! 燈矢にいと、約束したんだ……俺がっ、俺が、まもるんだ、あ!」

 

 言葉が途切れ途切れに崩れて、意味だけが必死に飛び出してくる。その瞬間、頭の奥で、見てもいない記憶が、やけに鮮明に形を持った。

 ​─────焦凍が生まれる前、燈矢と夏雄だけの時間。長男の俺は弱いから、冬美は戦えるような性格じゃないから。きっと、そんな前提が、当たり前みたいに置かれた場所で。

『俺がいない時は夏くんがみんなを守ってやれよ!』

 笑いながら、軽い調子で。『陽火くんも冬ちゃんもだめだめだからさ、夏くんが守ってやんなきゃだめなんだ。夏くんの方が、強いんだから』​─────そんな言葉が、冗談みたいに交わされたんだろう。家族を守る、子供同士の、口約束。ただそれだけのはずの言葉が。

 それが、これになるのか。

 泣きながら包丁を持つ、選択肢を失った姿になるのか。守らなきゃいけない、俺がやらなきゃいけない、そうしないと全部壊れる、という呪いになるのか。

 狂ってるだろ、こんなの。

 腕の中で震える夏雄は、もう何も守れていない。ただ必死に、守ろうとした結果だけが、ここにある。理解した瞬間、背筋が冷たくなった。夏雄は震えながら俺の服を掴んでいて、怒りも恐怖も全部混ざったくちゃくちゃの顔をしていた。

「大丈夫! 大丈夫!」

 声が裏返る。全然大丈夫じゃないのに、言葉だけが条件反射みたいに口から溢れる。
 俺は夏雄を抱え込むようにして強く引き寄せた。夏雄の身体はすっかり固まっていて、子供の体温で、怒りと恐怖がそのまま脈打っているのが分かる。遅れて飛び込んできた冬美を背中側に庇うように押しやった、その瞬間だった。

 視界の端で、床に倒れていたはずの焦凍が動いた。小さな身体で、這うみたいに、必死に前へ出てくる。泣いていない。声も出していない。ただ、俺たちの方を見て、よろよろと立ち上がる。転びそうになりながら、でも逃げない。俺たちの前に立って、父さんを睨みあげている。その姿があまりにも異様で、心臓が嫌な音を立てた。

 俺は反射的に腕を伸ばして、バランスの悪い小さな身体を後ろから引き寄せる。夏雄と一緒に、焦凍も抱き込む。三人分の重さが一気に身体に乗って、呼吸が詰まる。それでも離す気はなかった。離したら、何かが終わる気がしたからだ。

 

 その光景を、父さんは見ていた。

 信じられないものを見る目。呆然、という言葉が一番近い顔。怒りでも困惑でもなく、ただ理解が追いつかない人間が、目の前の現実を拒否するときの表情だった。
 自分の支配が通じていない。自分の想定した役割配分が、音を立てて崩れている。
 ​─────そんな「計算外」を突きつけられた人間の顔。

 

 

 ……ハァ?

 

 思わず、喉の奥から乾いた音が漏れた。
 なんだその顔。
 被害者みたいな顔をしやがって。

 その瞬間、頭の奥で、何かがぷつりと切れた。
 我慢とか、理屈とか、折り合いとか、そういう薄い膜みたいなものが一気に剥がれ落ちる感触。代わりに、ずっと積み上げてきた理解だけが、むき出しになる。

「お前のやった結果だろうがよおお!!」

 自分の声が、やけに大きく聞こえた。鼓膜の内側で反響して、喉が擦り切れる。息を吸うたび、肺の奥が焼けるみたいに熱い。声量を調整する感覚が消えていて、吐き出した音がそのまま刃になって跳ね返ってくる。

「なんだその顔は! てめえが! てめえのガキに! 殺されるくらいなら、殺してやるって思われてんだよ!!!」

 言葉が止まらない。止める理由が、もうどこにも無い。理屈で繋ぎ止めていた最後の糸が切れて、抑制も段取りも一緒に床へ落ちた。

「被害者面してんじゃねえぞ!! 全部全部! お前がやったことだろうが!!」

 燈矢の顔が浮かぶ。山。火。戻らなかった時間。お父さんお父さん、と呼び続けた声。見てもらいたくて、それだけで走り続けた弟。無視して、見ないふりをして、拒否したのは誰だ。

「話は聞かねえ! 独善的で対話は拒否! だから燈矢も死んだんだろうが!! お前が殺したんだぞ!!!」

 燈矢は生きている。身体だけは。俺はそれを知っている。でも、そんなのはどうでもいい。心は、あの日あの場所で確実に焼き殺された。生きているかどうかじゃない。戻らないものがある。それを作ったのは誰だ。

「じゃあ俺たちも、いつか殺されるかもなァ!!?」

 喉の奥が笑いそうになる。乾いた、最悪の笑いだ。理性が引き攣れた音だけが残る。

「夏雄がやる前に俺がやってやるよ! なあ父さん!!」

 腕の中で、夏雄と焦凍がびくりと震える。冬美の細い腕が、強く背中に抱きついてくる。その重さと体温が、逆に頭を冴えさせた。ここで離したら終わる、という確信だけが鮮明になる。

「俺と心中しよっか!!」

 言葉にした瞬間、妙に現実味があった。

「俺は弱個性だけどさあ! 社会的には一緒に死ねるよ!」

 診断書。記録。実名。証言。頭の中に、具体的な項目が整列する。出版しような、手記、実名で。今世の人生がここで終わっても構わない。俺の診断書は実名付きで付録にして、冬と夏のは黒塗りで載せる。焦凍の身体のアザは全部写真に撮ってある。売名だなんだと言われて社会的に死ぬ? いいよ。だったら一緒に心中しようね、お父さん。

 

 ここまで言っても父さんは、俺たちから目を逸らそうとする。殴りかかってきた現実を視界から外せば、なかったことにできるとでも思っているみたいな動きだった。その瞬間、胸の奥で怒りがもう一段階、深いところに落ちた。逃げられると思ってんのかよ。いまさらだぞ。

 「俺を見ろ!」喉を裂く勢いで叫ぶ。「てめえの息子をちゃんと見ろ! お前が壊したもん、全部見ろよ!!」

 一歩、踏み出す。腕の中の重さが増す。夏雄の肩が強張り、焦凍の身体が小さく縮む。背中に回った冬美の腕が、必死に離れまいと食い込む。その全部を連れたまま、逃げ場を塞ぐ位置に立つ。

「これがヒーローの家か!? どう見たってヴィランのご自宅だろうが! 父親にぶっ飛ばされてボロボロのガキ! 泣きじゃくるチビ共! 正しいのかよこれがよ!」

 声が掠れても止めない。肺が痛い。喉が焼ける。それでも、逃がさない。破けた鼓膜は自分が何を言ってるのかも正しく伝えてくれない。

「じゃあ滅べよ! 要らねえだろこんな世界! 目え逸らすな! 見ろ!!」

 顎を掴む代わりに、言葉で顔を引き戻す。視線が、無理やりこちらに戻される。

「お前のガキを、見やがれ!!」

 その瞬間、ようやく目が合った。濁った瞳が、腕の中の現実を映す。震える弟たち。必死に縋り付く妹。焦げた匂い。壊れた空気。
 喉の奥で、怒鳴り声がほどけた。代わりに出てきたのは、掠れた息みたいな声だった。

「……燈矢がいるときに、こうしときゃ良かった」

 悔恨でも赦しでもない。ただの事実だ。あんなことになる前に、こうやって見せつけていれば、呼び続ける声に目を向けさせていれば、少なくとも“見なかった”とは言わせなかった。ひとりで、焼かれることはなかった。

 弟妹達の泣き声が止まらない。ごめんな、ごめん。本当はもっと上手くやるつもりだったんだ。なんで俺はいつも詰めが甘いんだろう。
 冬美の「陽火にい、置いてかないで。わたしたちのこと、おいてかないで」という聞き取りにくい涙声に「置いていかないよ」と繰り返した。届いているかはわからない。俺がどこかに行ってしまうと、そう思わせたんだろう。ごめんな。

 

 

 

 

 

「……悪かった」

 ​───────嘘だろ、謝れんのかよ父さん。ビビった。