「あかりくん、ただいま。お土産」
「おかえり~、ありが……随分かわいくなってるね?」
拠点で作業中、別仕事から帰ってきた荼毘くんが全ての報告を無視して真っ先に俺の元へ来て焦げ臭い財布を机の上にボトボト落とす。
挨拶を返そうと顔を上げた俺の言葉に、荼毘くんはゆっくり首を右に傾けて、頭上にあるものに触れた。茶色い三角。絵に描いたような猫耳。
「やられた」
「なんらかの稀有な才能の持ち主をこの世から消したのでは……」
かつあげ(出会い頭に焼き殺して財布を奪うことの意)していたら、被害者が咄嗟に個性暴発させてちょっとだけ影響を受けて帰ってきたらしい。
途中ドクターのところに寄って診断は受けてきて、財布を指さして申し訳なさそうに「ちょっと使っちゃった。ごめんな」と謝罪する。いいんですよ、それはそもそも、哀れな被害者のものなので……。
ドクター曰く、個性発動した当人が灰になっているので、時間経過で戻ると診断が出されたらしい。
「影響がどうでるか分からないから、治るまではちゃんと休んでね」と言うと「うん」と素直に頷く。椅子に座っている俺に擦り寄って姿勢を下げ、小さくごろごろと喉がなる音を出してきたのはちょっとかわいかった。
しっぽは長くてこっちも茶色。腕に絡めるように動いてるのは本人の意志のものなのか、自動でこうなるのか分からないな。
荼毘くんが攻撃を避け損なったというには、きっとそこそこ強い人だったのかもしれない。商売になりそうな個性の持ち主が財布ひとつと引き換えに死んだらしい……。惜しい……。なんかそういうコンカフェとか作れそうだったのに……。
荼毘くんの猫耳猫しっぽは見た人全員に笑いを提供したが、俺が「可愛いね」と褒めた一言だけ受け取って、あとは雑言だと全く気にせず堂々無視して過ごしているうちに見慣れられた。
現在三日目だ。いつになったら効果がなくなるんだろうと思うが、分かりやすい外見的特徴が出てるので逆に良いな。後ろから見ると火傷が見えなくて、普通に異形型個性の人ってだけに思える。デフォルトで変装しているようなものだ。
そうやって受け入れていたが、問題が出てきた。
外部組織との連携について、ボスと真面目な話し合いをしている俺の膝に乗りあげてゴロロロガーゴン! ガーゴン!と爆音喉鳴らしでずっと肩に頭突きをされているんです。痛い。何故かいつも同じところ攻撃してくるんだけど、たぶんアザになっている。
目の前の弔くんに「たすけて……」と懇願するも「うるせえな!! もう後でいいからお前らどっか行け、失せろ!」とキレられて頭に書類をバシンと叩きつけられた。ボスは助けてくれない。荼毘くんは気にせず、肩に頭突きをしたあとに抉るようにぐりぐりと頭を押し付け続けている。
猫の執着行動を人間がやるとめちゃくちゃ大変というのが、この三日でよく分かった。パソコンの上に乗られて破壊されるし、腹の上に乗られるし、首筋舐められてるなあと思ったらおもむろに齧られる。そして一番の問題は、喉が鳴るという人間の構造上ありえないなというもの以外は個性事故由来かどうかわからないところ。
なんか素でやりそうなことばかりだし、「俺は可哀想な個性事故被害者」という自認で当然許されると思ってわざとやってそう。
根本的な加害者は自分であることを忘れているか、忘れたフリをしていそうだな……。その個性、死後強まる念みたいなものなので、あなたが殺した怨霊ですよ……。
激怒の弔くんは失せろと言いつつも、自分からさっさと逃げたので、ひとりだけご機嫌にゴロゴログルグル喉を鳴らしている荼毘くんの腰をぽんぽんと撫でる。
そのまま手を滑らせて、尾の少し上を叩くとわかりやすくビクリと腰が跳ねた。
叩くリズムを少し早めると、荼毘くんの喉を鳴らす音が「グルッ、……ぁ」と湿った吐息に混じり始めた。続けるとどんどん声が甘ったるくなって、俺の肩に額を押し付けたまま、身をよじるようにして膝の上で腰を浮かす。喉の音が途切れて、代わりに浅い呼吸が耳元で揺れた。
「……あかりくん。家、……帰ろ」
続きやろ、と掠れた声で強請りながら、尾を腕に絡みつかせて熱を帯びた吐息が首筋にかかる。猫の習性か、ちょっとえっちになってしまったオニイチャン本人の欲求なのか分からない。まあ、今日のお仕事はだいたい終わらせてるので良しとします。ご帰宅!
四日目の朝、慣れてしまった猫仕草で首筋を甘噛みされて目が覚めたがいつもの爆音喉鳴らしはなかった。目覚めたばかりの視界ではよくわからないから手を伸ばして、燈矢くんの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「俺に甘えてんだあ、かわい……」と全肯定オニイチャンの笑い声が聞こえるが、感触が足りなかった。猫耳がない。完治である。まさかセックスが解除条件か!? と一瞬思ったが、昨日以前にも普通にやってるからそれは無いだろう。無いよな。無かったらやばい。
「呪い? 殺すぞ……」
「先に殺しておいた」
「てめえに言ってんだよオニイチャンよォ……」
連合拠点についたら、開幕大激怒で待ち構えていた弔くんにも猫耳と猫しっぽが生えてる……。
なに、なんで……? 本当に死後強まる念という概念の個性……?
「なんでいちばん絡まれてたあかりは無事なんだよ死ね」
全力で不機嫌にブチ切れながら、中指を立てつつソファにどかんと横たわる。
これ俺が謝った方が良い案件だろうか。謝った瞬間「謝罪したということはお前のせいなんだな」といういちゃもんが飛んでくることが目に見えているが、詳細はわからないが原因は実兄にありそうではある。俺にはなんらか抗体があったのか……?
ちょっと個性発動した本人がこの世に居ないのでわかんないですね……。本当に稀有な存在がこの世から失われた気がする。
当人である実兄は弔くんの姿を嫌そうに眺めて「きっしょ……」と罵倒している。そんな、昨日まで貴方に同じものがついていたんですよ……。
弔くんはいつも通りムッとした不機嫌そうな顔をしているが、小さく喉が鳴っている。横たわって俺を見上げたままの状態で自分の服を雑に捲り上げ腹を見せて、ゆっくり瞬きをする。
数日前から実兄により何度も与えられた、猫の愛情表現です。おなかをみせてゆっくり瞬き。えっ! 弔くん俺に愛情表現してくれるの!?
ぱち、ぱち、と繰り返されるゆっくりとした瞬きと、俺の懸命な食育により少しだけ健康的になったお腹。
だが俺はわかる。わかってしまう。これは罠なので、おなかを撫でたら「セクハラかテメェ!!」と引っ掻いてくるだろう。なので鑑賞のみです。
「なまごろしすぎる……」俺がなんとか言葉を絞り出すと、弔くんはニヤニヤ笑って「ざまあみろ」と機嫌良く喉を鳴らしながら、もう一度中指を立てた。
触れた相手に、特定の動物の特徴や行動を一時的に与える個性。
耳やしっぽなどの外見の変化が現れることもあるが、本当の効果は「その動物の本能的な行動」を人に起こさせることにある。例えば猫の影響を受けた場合、相手は無意識に頭を擦りつけたり、喉を鳴らしたり、特定の人物に執着するなど猫の愛情表現や習性を取るようになる。効果は時間経過で自然に消えるが、周囲の人物を対象にまれに二次的に似た症状が広がることもある。
