特に前提もなく「おい、行くぞ」と言われたので、まあお散歩ですワンねえ……とノコノコついて行った結果、死穢八斎會の事務所に向かうことになりました!! なんで?
「弔くん、俺何のために同行するかんじ?」
「護衛」
「護衛!? 俺が!!? 俺の弱さ舐めてない? 腕相撲大会でトガちゃんに完封された男だよ! はいこれ俺が把握している限り最後のひとつ」
あかりくん弱い、可哀想……と、ずいぶん深刻な顔で哀れまれたことのある男ですよ俺は。物理的には本当に役に立たないという自負があります。
会話をしながら案内役の男に、身につけていたGPSや盗聴器をひとつずつ外して渡していく。ぽい、ぽい、と手渡し続けると最終的には心底ドン引いた声で「なんで21個もつけられてるんだ」と言われた。俺だって知らないよ。実兄の心配性と愛のせいかな……。これで安心を買えるんだから安いものだと思って欲しい。
あとほんと、今回はちゃんと全部外さないと「あかりくんが変なとこいる!」と迎えに来てしまう可能性がある。俺だって本気で外してるんだから、そっちも本気で残りがないか探せよ! 検知器あるだろ出せ!! 生きる努力をしろ!!
案内役の男は、心底うんざりした顔で俺の言葉を聞いていた。失礼だな、脅しじゃなくて注意喚起なんですが。
なんとか冗談で言っているわけではないのが伝わったらしく、男は舌打ち混じりにもう一度確認を入れた。胸元、袖口、ベルトの裏、靴の内側。俺の把握していない3つを探し当て、ようやく「行くぞ」と顎で先を示す。最初からそうしてくれ。
そうして通された先は、意外なほど普通の景色だった。
呼び出された場所までは、ぱっと見は普通の一般家庭にしか見えない組員の家を経由した。生活感のある玄関、見慣れた靴箱、“他人の家”という現実的な匂い。そういうものを抜けた先の倉庫、その床下に隠すように設置された階段を下りる。そこから先は、打って変わってひたすら無機質だった。
地下へ、地下へと潜っていく。
湿った空気と、わずかに埃っぽい匂い。照明はあるのに明るい感じがまるでしない。延々と続く通路はどこを見ても似たような景色で、曲がっても曲がっても変化に乏しく、うっかりしたら方向感覚ごと置いていかれそうになる。ミノタウロスでも住んでそうな、やたら既視感のある造りだった。
というか、すごい既視感どころではない。これ、我が家と同じ構造だ……。同じ業者使ってたのかな、うちも前からあったものちょっと改造しただけでそこまで弄らず使ってるし……。
黙って歩いているだけでも退屈なのに、景色が変わらないせいで体感時間だけが無駄に長い。
十分を過ぎたあたりからもう飽きていたし、二十分を過ぎた頃には、最近ちょっと前より我慢強くなった弔くんですら「飽きた」と言い出した。おい、うちのボスが飽きたと仰ってるぞ! と、案内役に「車椅子とか無い?」と聞くと、弔くんが素早く「舐めんな」と腹パンしてきた。きゃいん。地下道に小気味よく響く音だが、そんなに痛くは無い。俺には優しいんスよ、うちのボスって。
一応敵地なので、あまり個人的なお喋りはできない。とはいえ、俺がここに連れてこられた理由はまず間違いなく護衛ではないことくらいは分かる。
あれはただのジョークで、実際のところは“交渉事の場で隣に立たせておくと映える”とか、“見届け人”とか、たぶんそういう役割だ。
自分で言うのもなんだけど、交渉の場で高級スーツを着た長身の男が黙って横に立っているだけで、舐められにくい感じは出るからな。
綺麗な置物としての俺の価値は高い。
あとは口の上手さと、死穢八斎會を前にしてもブチ切れなさそうなとこ。
加えて、相手から見れば戦闘能力は低いのにそれに反して影響力だけはやたら大きいという、その妙なアンバランスさ自体がひとつの脅しになる。
黒霧は同行を禁じられているし、あの強さは向こうにも知られている。他のメンバーは、マグネが殺された現場にいたぶん敵意が強すぎる。スピナーはその場にはいなかったが、それでも『仲間がやられた』という事実だけで十分に敵意が強い。我が実兄に至っては、そもそもナチュラルに危険人物だ。
なので消去法で考えてひとりだけ“護衛”を許されるなら俺しかいない。
表向きは無害で、必要なら喋れて、必要なら黙っていられる。敵意を剥き出しにもせず、かといって侮りきるには薄気味が悪い。要するに俺は、この場でいちばん安全そうに見えて、いちばん安全かどうか分からない札として置かれている。全くもって舐められているものだ。
しかし! 残念ながら!!
普通にめちゃくちゃキレているので、今の俺はわりとウキウキで参戦している。
表向きは大人しくついて来ている顔をしているが、内心はそれどころではない。
へえ~~~~内部ってこういうルートで入れるんだァ……。
堂々と敵の拠点構造を知る機会なんて、そうそう転がっているものではない。せっかく案内してもらえるならありがたく覚えておきますよ。
ここにこの道があるってことは、他にも入口があるよな、と思う。こういうのはだいたいひとつでは回らない。我が家にもそういう入口が沢山あるし、そのへんはなんとなく分かる。
正面の出入り口が潰れた時用、人目につかず物を運ぶ用、逃走経路、幹部だけが使う近道。用途ごとに分けてあるのが定番だ。ひとつ見つかったからといって、それで全部だと思うほど素直ではない。この道はたぶん、1番どうでもいい道だ。すぐにでも使い捨て出来るルートだろう。
あとで地図見て確認しよ♪
上から見ると違和感あったりするから航空写真見てみよ♪
結局、目的地までは計三十分ほど歩かされた。
ようやく通された先で出迎えたのはどうやら幹部格らしい男だが、まず目についたのは顔を覆うペストマスクだ。かっこいいですねえ。もっとも、特有のハーブの匂いはしないので、実用ではなく形だけのものだろう。分かるよ。俺も子供の頃、ああいうの好きだったし。マスタードくんなんかも絶対気に入る。仲良しグループでおそろッピして、なかなか可愛らしい感性の極道だこと。
そんなこちらの内心など知りもせず、我がボスは開口一番、事務所のレイアウトに文句をつけた。そして流れるように「地下をグルグル歩かされた、蟻になった気分だ!」移動方法にまでまとめてケチをつける。いつもの弔くんだ。敵陣の中でも肩の力を抜いている我らがボス、頼れるね。
「仕方ないよ、弔くん。無駄に体力を消費させて少しでもこっちの判断能力を減らしたいんだろ、許してあげよう?」
「は? だっせ。しょうがねえな、あんまり怖がんなよ」
オーバーホールは反応を返さなかった。視線も、声色も、ほとんど揺れない。こちらの挑発を無視した、というよりは、その程度の音を最初から会話に数えていない感じだった。この程度なら受け流せる、ということだろう。舐められたら即キレるというタイプではないか。
ただし、部下の方はそうでもない。分かりやすすぎるくらい苛立っていた。視線の棘も、張りつめた気配も、どれひとつ隠しきれていない。随分と飼い主が大好きらしい。空気がぴりつくほど露骨ではないにせよ、殺意だけはきちんと形になって滲み出ていた。手をかける許可さえあれば、たぶん今すぐにでも飛びかかってきたいのだろう。唸るな唸るな、うるせえな。
基本的に、俺は話し合いには参加しない。だからソファには座らず、少し斜め後ろに立つだけだ。交渉の席に同席はしていても、あくまで立場としては背景に近い。必要があれば口を挟めるし、必要がなければ綺麗な置物のままでいられる。そのくらいの位置がちょうどいい。
一方で、ドサッとソファに腰を下ろした弔くんは、間を置かずテーブルに足を乗せた。軽い挑発、というより、最初から相手に礼を尽くす気が一切ないという意思表示に近い。
実際、それにはオーバーホール本人がはっきり不快感を示していた。表情の動きは小さいが、それでも分かる。なるほど、事前情報どおり“潔癖症”なんだろう。
とはいえ、こっちからすると、あんな古臭いローソファを応接間に置いている方にも問題はある気がする。
うちのボスの足が長すぎて申し訳ありませんね。うちではやらないので、そちらの設備が問題ですねコレは。
弔くんがこういう交渉の場で前に出て、実際に場を回しているところを見るのは初めてだった。
だいたいこの手の仕事は俺が出向くか、あるいは黒霧が今の俺みたいな位置に立っていることが多い。
お互い、必要な結果だけを持ち帰る形で回してきたから、こうして同じ場にいて、その手際を横から見られるのはなかなか貴重な光景だと思う。
“先生”に交渉術でも習っていたんだろうか。もともと弔くんは頭の回転が悪いわけじゃない。むしろ必要な時にはきちんと相手を見て、嫌がることを選んで、言葉を置く順番まで考えられる男だ。ただ普段はそんな面倒くさいことをわざわざ丁寧にやる気がないだけで。なんて頼りになる男なんだ、我らのボス。
途中、弔くんが胸元へ手を入れた。次の瞬間には風圧が来て、幹部格の二人が弔くんを押さえつけ、銃口を突きつけていた。
わあ、早い。早いけど、浅いなとも思う。
胸元に手を入れる動きひとつで即座に『武器だ』と決め打ちするのは、警戒心が強いんじゃない。ただ雑なだけだ。
銃を抜く手つきと、そうでない手つきの違いも分からないのか。
ヤクザ者のくせに。ずいぶんと、お行儀のいい素人判断だこと。あまりに反応が素直すぎて、「怖かったんだねえ」とすら思ってしまう。
一生懸命威嚇しているけど、弔くん本人は視線だけ向けてまるで反応していないので、あまり意味はない。反撃の必要すら感じていない顔だった。
ああいう時点で、力量差ってわりと露骨に出る。飼い主が反射で殺さないよう自制しているのに、俺まで横から噛みつく必要はない。
とはいえ、このまま放置しても話が面倒になるだけだ。俺は軽く、場違いなくらい明るい音が鳴るように、パンパンと手を叩いた。わざとらしく注目を集めるための音だ。実際、視線はすぐこちらへ向く。
「ご主人様の前でキャンキャン吠える係? えらいね。褒めてもらえるといいね。でも飼い主たちはいまお話し合いしてるから、いい子で伏せてな」
空気が、薄く切れた。
たぶんこの一瞬で、向こうの殺意は俺に向いた。もっとも、俺に向いたからといってどうこうできるとも思っていないけれど。少なくとも噛みつく相手を間違えたまま場を壊されるよりはましだ。
そして、案の定というべきか、俺にヘイトが向いたその瞬間、オーバーホールが二人を制した。同時にボスから「ステイ、シット」とおすわりを命じられたので、「わおん」とひとつ鳴いて、そのまま素直に床へ座る。別に叱られたわけではない。その証拠にすぐ頭を平手で軽く撫でられた。俺はこいつらと違って良い犬なんでね。
その瞬間、向こうの空気が変わった。俺が黙ったからじゃない。弔くんの一言で俺が止まること、その自然さが効いたのだ。
最近ちょっと、自認犬度が増してきた気はする。自ら人権を投げ捨てている感じがしなくもないが、実際その方が生存率は上がるし、なにより楽しいので良しとしよう。
それに、死穢八斎會側は俺の肩書きを知っているはずだ。『あかり教』の象徴。俺の知らないところで肥えて、俺の手を離れた場所で信仰じみた形を取って、それでも世間が俺のものとして扱うなら、もうそれで構わない。こんにちは、教祖様です!! 対戦、よろしくお願いします!! 影響力と感染力には自信があります!!
この場で、
この俺が、
ヴィラン連合のリーダーに犬みたいに扱われて、
何の迷いもなく従っている。
その意味が分からないほど、馬鹿じゃないだろう。
俺を撃つのは好きにすればいいよ。でも、撃ったあとに誰が困るかくらいは、先に考えといた方がいい
いいか。二度とヴィラン連合を、死柄木弔を舐めるなよ。
俺の“不用意な一言”で、おまえらの商売を終わらせてやってもいいんだからな。
