「わあああミスター!! 会いたかった!!」
「うわああああ危ねえこっち来るな!!!」
待ち合わせ場所で久しぶりの再会に浮かれて、親愛のハグをかまそうとしただけの俺は、ものすごい勢いで突き飛ばされた。なんで……ミスター……ひどいよ……。
「あっぶねえ……」
「ひん……迫さん、どうして……?」
「いや、本名で呼ぶのやめて。お前の気軽なハグひとつで、俺は荼毘に殺されるんだよ。順番を間違えるな。“最愛の恋人”との抱擁を済ませてから、握手でもしような」
何かを諦めたかのような声音で言われると、それもそうかと納得してしまう。ミスターの隣から長文読経恨み節が聞こえる前に、今にも蒼炎をぶちかましそうな荼毘くんの方へ歩み寄り、そのまま覆いかぶさるように抱きついた。
「だびくんのにおい懐かしい~~……」
「俺のとこ、1番先に来てくんなかった」
「嫉妬する顔が一番好きだから……。会いたかったあ、寂しかったなあ」
ぐりぐりと懐いた猫みたいに頭を擦りつけていると、荼毘くんが喉の奥で満足そうに笑った。その向こうで、ミスターが「え、俺、当て馬にされて殺されかけた?」と、ずいぶん納得のいかない声を出している。ごめんなさいね、こういう気軽なうざ絡みに飢えていたので……。
「あかりくん、頑張ってきて偉いな。俺も会いたかったけど、我慢できた」
「我慢できてえらい!」
「イライラしても、そこらへんのやつ燃やすだけで済ませたし。連合では暴れなかったぜ」
「凄い……自制心がある……」
「まあな」
得意げに言うのが面白くて、思わず顔をみる。荼毘くんがほんの少し背伸びをしたところで、ちゃんと意図に気づいて俺も顔を近づけた。
ちゅ、ちゅ、と軽いリップ音を立てながら頬と唇に口づけられる。ご褒美みたいな、機嫌のいい獣が自分のものを確かめるみたいなキスだった。そうしてから、もう一度ぎゅっと抱き寄せられる。俺も同じだけの力でこたえて、もう一度「寂しかった~~……」と甘ったれたことをいった。敵地に1人っきりって、思ってたよりストレスでした~~!!
アウェイな環境でも好意的関係性の積立が前提ならどうとでもなるけど、逆に“仲良くなってはいけない”が前提にされると動きにくいったらない。油断したら仲良くなっちゃうだろ、普通。ずっと緊張状態でした。
気が済むまで労られて甘やかされたあと、今度は荼毘くんを引きずったまま弔くんのところへ向かう。ちょっとまだ手放したくなくて、いや本当に、俺は寂しかったので……。
「おう、お帰り。向こうは居心地良かったか」
「よ く な い゛。ガラの悪いオッサンに囲まれた生活、心の潤いがどんどんなくなっていきました。俺は大変がんばったので褒めて!」
「なんて図々しい奴だ、調子乗んなよ」
「きゃいん」
べしっと頭を叩かれたあと、頭が揺れるほど雑に撫でられる。なんだかんだで俺のこの図々しさに対応してくれるあたり、ありがたいなあと思う。
適宜、義爛を通して情報は送っていたが、改めて最新のものをまとめて提出する。
USBの中身はクスリのデータだ。もちろん全部ではないだろう。そこまで間抜けではないはずだから、情報は分割して保管しているはずだが、怪しげなファイルは片っ端からかき集めてきた。
俺はずっと提唱しているんです、パソコンのデータは抜かれるって。やるならちゃんとその道のプロをつけなきゃだめなんだよ。味方にハッカーを抱え込め!
弔くんは受け取ったUSBを片手でぽんぽんと放りながら、「ふうん。まあ、ドクターなら分かるだろ」と言って、そのままポケットに突っ込んだ。
「あと、地下の大まかな地図と、八斎會本部の間取り図。粛清だと思われる死者のリストに、表で動いてる組員の一覧。
オーバーホール周りの構成員についてはもう充分なくらい情報が集まってるだろうから、それ以外の連中を中心に洗っておいた。
個性増強の方は効果の高いクスリも一応できてるみたいだけど、所詮は素人仕事だから副作用が重いし、持続時間も短めっぽいね。無駄撃ちさせれば問題ない程度。個性を消す方も、永続効果っぽいものはあるみたいだけど、まだ量産には至ってない。試作品って感じ? 漁らせたけど現物は無かったからオーバーホールか近い奴が持ってると思う」
個性を消す弾丸で世界が変わる、みたいな空気になっていたけれど、俺としては別に、そこまで大袈裟な話でもないんじゃないかと思っている。
いや、だって、うちの実父とか個性がなくてもステゴロでだいぶ戦えるだろうし、結局あんまり変わらなくないか……? 普通に徒手空拳で最強クラスの人体してるし……。という気持ちだ。
戦闘職現役20年以上の約2メートル約110キロの肉体言語爆盛りオッサン、無個性だとしても怖いし強いだろ。身内でも目ぇ合わせたくないよ。
ヒーローって個性だけで戦ってるわけじゃなくて、個性抜きでも戦闘訓練を積んでるから、むしろサポート器具の破壊とかの方がまだ効く気がする。
イレイザーヘッドだって、あの……包帯みたいなの? 布? でぶら下がったり飛んだり捕まえたりしてるけど、あれ、本人の技術と布の強度でどうにかしてる部分が大きいから……。
だからまあ、脅威ではある。脅威ではあるんだけど、世界がひっくり返るかっていうと、そこまででもないんじゃないかなあというのが正直な感想。めちゃくちゃ量産できるなら話は別だけど、個性人口と生産力が見合ってない。商売としてやっていけるかといえば、無理だろ。ちょっと世界を荒らす程度で終わる。
地道にドラッグの密売でもしていた方が、長い目で見ればよっぽど稼げたんじゃないか?
日本、まだ“麻薬王”みたいなやつはいないし。植物栽培系の個性持ち、木っ端組員の中に数人いたから、そういうのを上手く使えばよかったのに……。
まあ、俺が考えても仕方ないか。オーバーホールは、堅実にこつこつ積み上げるのが苦手なんだろう。一回社会人経験して、リスクヘッジ研修とか受けたら良かったのにな。俺はやったよ。前世にな。
大局でみれば俺たちにとって死穢八斎會はそんなに重要な存在ではない。せっかく作っていただいたのでそのクスリはありがたく貰っておきましょうね、というのと、舐めた真似しやがったから制裁しますよの気持ちが大きい。向こうだって俺たちを利用する気で上から目線だったので、お互いに協力関係にはならなかった。
丁寧に敵対しただけなので、やっぱり最初から躓いてたよな。ミスターの腕を取ったりマグネを殺してなかったらルート分岐もあっただろうに。なにか焦ってたのかな。
「あ、始まったっぽい」
周囲の監視カメラの映像をジャックしていた画面を、みんなにも見えるようにパソコンに表示する。丁度警察が良いパンチを貰って空を舞った瞬間だった。
「弔くんはこれ、どれくらい時間かかると思う?」
「あー? 1時間いかねえんじゃねえ? 昼飯前に終わるだろ。使えるコマの数が少ねえ、逃げるルートが足りねえ、隠し弾がもう見えてる。来られた時点で詰んでんだよ」
「クスリ売るだけなら八方斎本部捨てて、身軽になればいいのに。拠点が固定されてるからやりにくそう」
「オヤジがオヤジがうるせえから、オヤジのおうちから離れたくないんだろ。そろそろ親離れしねえとな」
最近強制親離れをさせられた推定成人男性がこう仰られております。あ、リューキュウが変身した。胸のあるドラゴンって、なんか人の性癖拗らせそう。
「部位破壊したら良い素材でそう」
「モンスターハンター視点。あ、薬物関係の令状しか出せなかったか……これ見つけられなかったらめんどくさくなるから、頑張って欲しいね」
どっちがヤクザだか分からないなあ。一瞬、主人公御一行様が見えたし、これはもう正義が勝つルートで確定だろう。
うちのトガちゃんとトゥワイスも、オーバーホールくんきらーい! の気持ちで地下にいますからね。あとは上手いこと物語を回してくれることでしょう!
ドアを開けて部屋に入ってきた影に顔を上げ、俺はすぐに声をかけた。
「スピナー、ただいま~~。運転行ける?」
「あかり、帰ってきてたか! よくやったな、おかえり!」
スピナーだけだよ、俺の無事な帰還をこんなに真っ直ぐ喜んでくれるのは。
怪我がないか確かめるみたいに肩や背中を軽く叩いてから、「俺のドライビングテクニックは完璧だ、任せろ!」と笑う。
ええ、一緒に山道で練習したもんな。三回ほど横転はしたけど、高速道路は山道よりは運転しやすいから大丈夫……だろう、たぶん。
絶対シートベルトをしなさそうな弔くんと、ほぼ貨物みたいな扱いで積まれる俺たちが大変なことにならないよう、ここはもうスピナーの技術を信じるしかない。
