デッドエンドラブストーリー

 ボーは愛されることに渇望していた。一番愛されたかったのはママだったが、二番目は誰でもよかった。ママじゃないなら、もうどうでもよかった。女でも男でも、年上でも年下でも、自分を見て、触って、好きだと言ってくれるなら、それだけでよかった。しかし悲しいことに、彼を愛してくれる人間はなかなか現れなかった。もっと悲しいことには、その原因の大半がボー自身にあったことだ。

 物心がついた頃から、あるいはそれよりずっと前から、ボーは自分の気持ちを伝える方法をほとんどひとつしか知らなかった。
 喚いて、怒鳴って、蹴りつけて、殴りつけて、気に入らないものを叩き壊し、ときには刃物で切り裂いた。そうしてようやくママはボーを見てくれた。名前を呼ばれるのも、腕を掴まれるのも、顔を覗き込まれるのも、たいていは何かをしでかしたあとだった。とびきり暴れた日には、ママはボーを椅子に縛りつけた。嫌がるボーを押さえ込み、手首に縄を巻きつけ、逃げ出さないよう何度も確かめる。そのときだけはずっと傍にいた。ボーだけを見ていた。ボーに触れていた。

 だから、寂しくなると暴れた。怖くても暴れた。悲しくても暴れた。抱きしめてほしいときにも暴れた。ほかのやり方なんて誰も教えてくれなかった。そのまま身体だけ大きくなった。
 子供の癇癪なら大人が取り押さえてくれたものも、大人になったボーが同じことをすれば、人は逃げるようになった。怒鳴れば顔を背けられ、物を壊せば店を追い出され、殴れば殴り返されるか警察を呼ばれる。昔よりずっと力が強くなった分だけ、昔より誰も近づいてこなくなった。
 それでもボーは、自分が寂しいのだとはもう思わなかった。俺はこういう人間だ。そういうものだと思っていた。そして一層頑なになり、愛されたいと願うことを忘れた。そう思っていた。

 ところが、極めて珍しいことに、他所の街へふらりと流れ着き、何の気なしに入ったバーで、ボーはひとりの男と意気投合した。
 男はメリックと名乗った。ボーは何も知らずに立ち寄っただけなのであとから気づいたのだが、そこはどうやら男同士がパートナーを探すのによく使う店だったらしい。だから一人客へ声をかけること自体は珍しくなかったのだろうが、それにしたって、ボーを選ぶ男はそうそういない。
 何しろその夜のボーはカウンターの隅で一人、見るからに機嫌が悪かった。ジョッキを置くたびにドン、とテーブルが鳴る。店員が一度注意しようとして近づき、ボーの顔を見てから何も言わずに引き返した。隣に座っていた男もいつの間にか席を移している。

 そんなボーの横へ、メリックは何のためらいもなく腰を下ろした。最初からだいぶ酔っていた。笑うたびに身体がぐらぐら揺れ、座っているくせに今にも転びそうだった。明るいブロンドの髪は整えてきたのだろうが、今では前髪が額へ張りついている。目尻は酒のせいで赤く、やたらと人懐こい笑顔を浮かべていた。

「いやあ、いい飲みっぷりだねえ。そんな怖い顔して飲んでたら、酒のほうが怯えちまうよ」

「なんだてめぇ」

メリック。きみは?」

「聞いてどうすんだ」

「仲良くする」

 即答だった。ボーは眉間の皺を深くした。普通ならそれで会話が終わる。相手が離れていく。ところがメリックは、まるでその顔がおもしろかったとでもいうようにケラケラ笑った。

「俺ねえ、酔うと陽気になるたちなんだ」

「見りゃわかる」

「前もこうやってさあ、不機嫌そうな男に話しかけたんだけど」

 そう言いながらメリックはシャツの裾をめくった。脇腹に、まだ新しい縫い跡が残っている。治りきっていない傷は酒で血の巡りがよくなったせいなのか、端のあたりにうっすらと赤いものが滲んでいた。

「ここ刺された」

「安静にしておいたほうがいいんじゃねぇか」

 自分で言っておいて、ひどく似合わない台詞だとボーは思った。メリックも同じ感想だったのか、一瞬きょとんとしてから腹を抱えて笑い出した。

「はははは! きみ、見た目より優しいねえ!」

「うるせぇ」

「でもさあ、だって寂しいんだもんよお」

 笑いながら言う。それだけの言葉だったのに、ボーの手が止まった。

「付き合ってた子と別れてさあ。ここ刺されたときに。お見舞いにも来てくんなかった。んで、一人になったら寂しいじゃん? だから出会いを求めにきたらあ、好みのタイプがさあ、いたから。シメシメと」

 メリックの頭がまたぐらんと揺れた。

「好み? 俺がか?」

「そうそう」

「どこがだよ」

「寂しそうな人が好きさあ。寂しい人は愛されるのが好きだろ。俺は愛したいタイプだからねえ。相性ばっちり」

 酒臭い息が顔にかかった。メリックはひどく楽しそうだった。ボーは何も言えなかった。自分が寂しいなんて、もう何年も考えたことがなかった。けれど、愛されるのが好きだろ、と言われた瞬間、胸の奥へずっと押し込めていたものが、ひどく幼稚な形のまま顔を出した。

 ボーは愛されることに渇望していた。一番愛されたかったのはママだったが、二番目は誰でもよかった。ママじゃないなら、どうでもよかった。それが女でも男でも、特に問題はないのだ。

「なあ、メリック。俺を愛せるのか」

 メリックは目を瞬いた。それから、ぱっと笑った。

「もちろん! 俺は真摯な男さあ。きみを世界でいっしょー、真実こころから、愛し続けるとお……誓います! 宣誓! 不肖ワタクシことメリックは……えーっと、君の名前ってなんだい」

「ボー」

「ワタクシことメリックは! 生涯ボーを愛し続けると誓います!」

 立ち上がろうとして椅子から半分ずり落ち、それでも片手だけは立派に掲げていた。そしてまたゲラゲラと笑い、ボーのジョッキへ勝手に手を伸ばし、半分以上テーブルへ零しながら残りを一気に飲み干した。

 メリックは、良い。ボーはそう思った。

 何を言っても嫌な顔をしなかった。怒らなかった。怖がらなかった。ボーの顔を見ながら笑っていた。しかも優しい。それどころか、帰る頃には頬へキスまでしてくれたのだ。柔らかな唇がほんの一瞬触れただけだったが、ボーはその場所をしばらく手の甲で擦ることもできなかった。

 生まれて初めてだった。こんなふうに、誰かから自分へ好意を向けてもらったのは。それにメリックは、ママと同じブロンドだった。これはもう、運命というやつなのかもしれなかった。

 店を出た頃には、メリックはまともに歩けなくなっていた。ボーが肩を貸してやると、すっかり安心したように体重を預けてくる。

「ボー、やさしいねえ」

「うるせぇ」

「好きだよお」

「……そうか」

 車の助手席へ乗せるころには、メリックはもうほとんど目を開けていなかった。それでもボーが顔を近づけると、ふにゃりと笑った。だからキスをした。唇にもした。拒まれなかった。胸の奥が妙にむず痒くて、どうしていいか分からないほど嬉しかった。

メリック。俺んち来いよ」

「いーよお……」

「ずっといていいからな」

「うん……」

 メリックは眠そうに笑って、それから完全に目を閉じた。ボーはしばらくその寝顔を眺めた。起こすのが惜しくなった。こんなに無防備に自分の隣で眠る人間なんて、今までいなかった。頬へ触れてみる。温かかった。メリックは起きない。

「痛くないようにシテやるよ」

 ボーはそう囁いた。それからは、とても静かだった。

 帰り道でメリックが目を覚ますことはなかった。ボーは上機嫌で車を走らせた。途中で信号に引っかかるたび助手席を見て、眠り込んでいる恋人へ話しかけた。返事はなくても構わない。さっきまで散々喋っていたのだから疲れているのだろう。

 家へ着くと、ボーはメリックを助手席から降ろした。引きずったりはしなかった。そんな乱暴なことを恋人にするものではない。きちんと背負った。まだ温かい身体はぐにゃりとしていて、ときどき背中からずり落ちそうになる。そのたびに足を止め、丁寧に背負い直した。

 笑いながら屋敷の扉を蹴破った。乱暴に扱わないよう、いつになく気をつけた。大事なものだから。恋人だから。

 これから毎日、メリックとキスをしよう。朝になったら、おはようと言ってキスをする。夜になったら、おやすみと言ってキスをする。抱きしめるのもいい。一緒にテレビを見るのもいい。飯を食うときは向かいへ座らせよう。それから毎日、「愛してる」と言う。
 今まで言われなかったぶんまで、何度でも言う。答える声がないことに、不安は欠片もなかった。なにしろメリックは、生涯ボーを愛し続けると誓ったのだから。約束した。宣誓までした。だったらもう、どこにも行かない。

「おい化物、こいつを一等上等な人形にしろ! 俺の恋人だ!」

 酔っ払って眠り込んだ隙に、「痛くないように」と一撃で頭へナイフを突き立てられた死体がひとつ。クリスマスにサンタからプレゼントをもらった子供のような笑みを浮かべて、殺人鬼は無邪気に背負っていた。

 

送信中です

×

※コメントは最大3000文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!