心配の方向性が非情

「おれぺっとじゃないよ、やだよ、いじわるやめて」と掠れた声で抵抗してる燈矢くんの両足を押さえつけて閉じないようにしつつ、本気で心配なので「もしかしてマジで出ない……? いままでどうやってたの? 普通に排泄出来てる? お腹押さないと出ないとか?」と詰めまくってたら「えーん」としか言わなくなってしまった。

 ぐしょぐしょに濡れた髪の毛が額に張りついて、泣きべそをかく燈矢くんの顔は年齢不詳に幼く見える。わかるよ……突然弟が狂ったこと言ったら怖いもんな……きっと情緒が飽和して訳わかんないことになっているんだろう。しかし泣くな長男。俺は本気で心配してるんだ。
 散々氷を喰わせて水分供給過多にしてるから、そろそろ普通に膀胱に尿が溜まってるはずなのになぜ出ない……?

 やっぱ導尿とかした方がいいのかなあと、全部焼けたせいで真っ白な肌に穴だけがある状態の股間を手のひらで押す。「やめてってぇ”……っ!」という悲鳴と一緒に足を閉じようと頑張られるが、「閉じないでって!」と言うと、また泣き声と一緒に自分から足を開いた。えらい!
 この状況で、ちゃんと指示に従おうとするのは偉い。本人なりに、理解しようとしてくれてるんだ。

「女のとも違うからわかんないんだよなあ……」と観察を続けながら押しても、やっぱ穴だけだからなあ……。医学の知識がないからわかんない……。垂れ流しになってないから括約筋は生きてるってことだろうけど……。

「とやくんおしっこしてってば」
「やだって、やあ、でるからぁ! トイレいけ、ばっ、でるから……!」
「やでしょトイレで俺が仁王立ちして観察してるの。ほらさっさとここでやって」
「トイレの方がマシだろ!」
「え、そう?」

 あれ、そうなんだ?
 てっきり、逃げ道を塞がれてるから仕方なくここで……という図式の方が気が楽だと思ってた。こうやって逃げられないという理由を作って俺に見られる方が、恥を薄められると思ってたのに。
 言えば普通にトイレのドア開けさせてくれたの?

「じゃあ次からそうする」と言ったら「つぎぃ!?」と引きつった声がひっくり返った悲鳴が上がる。そりゃまあ……今回だってなかなか出ないし、ランダムで観察作業入らせていただく予定ではある。
 だって俺たち保険証ないから、何事においても早期発見して早めに病の芽を潰さないと死が近い。

 命に関わることに甘えは許されないし、見て見ぬふりは最悪の結果を招く。いざって時に誰も頼れないなら、こういうのも兄弟の義務ってことで……たぶん。

 医療の心得があるのが丸呑み診断のアレしかいないのがネックなんだよな……。敵連合に入ったら保険証とか作ってもらえるかな……。
 そんな冗談めいた思考で現実逃避しながら、俺はさらに状況を把握するため、いつもより膨らんだ下腹を両手でぎゅっと押してみた。すると「ぐぅう”っ」という濁った悲鳴が燈矢くんから漏れる。
 触れて分かるほどに張っていて、ちょっとでも圧をかけると苦しそうだった。表情も青ざめて、手が震えている。

「痛い? 可哀想、早く出るといいね」と頬を撫でると、一生懸命に頬ずりしてか細い声で「陽火くんやめて」とお願いしてきた。
 おこんないで、やめて、いじわるしないで、をランダムで繰り返すことしか出来なくなってしまってる燈矢くん、可哀想に……。
 これだけ膀胱が張ってるなら普通におしっこしたいだろ。なんで我慢してるんだ……?

「……もしかして俺がこの位置にいるから?」

 真正面、ダメか? 俺がそれに気付いたら、燈矢くんの濁った瞳がキラキラして何度も強く頷いた。
 あ、そういう……なるほどな……! 羞恥か……。

 なるほどな! 配慮足らなかったな。悪いことしたなあと反省しながら、壁によりかかっている燈矢くんを少しずらして壁の間に潜り込む。後ろから抱きしめる姿勢にして、燈矢くんの腹に両手を置いた。この体勢の方が安心できるのかもしれない。俺の顔も見えないし、何より“見られている”感覚が薄れるんだろう。

 ただでさえぐったりしていた燈矢くんは俺に体重を預けながら、ボソボソと絞り出すような声で「ごめんね」を繰り返している。
 弱々しい声が胸に刺さる。

「とやくんは何も悪いことしてないから謝らなくて良いんだよ」としっかり伝えると、緊張していた身体から力が抜けた。その瞬間を狙って膀胱の上を強く押す。

 ぐっ──と腹圧をかけた瞬間、硬く張り詰めていた感触が震え、わずかに沈む。

「あっ」

 短い悲鳴が漏れた。

 反射的に肩が跳ねた兄の背に、俺は呼吸を合わせるみたいに手を置いて圧を一定にキープした。ここで緩めたらまた出なくなるかもしれない。

「なるほど、こういう感じかあ」

 声に出すことで、状況を確認した。陰茎がないと狙いが定まらないからこうなるかあ。前世で付き合ってた女性はいたけど、さすがに排尿は見たいと思わないし見せられることもなかったから女と同じかはわからない。勢いがあるからってのもあるかも。腹を押すと水量が増して、手を離すと緩やかになる。

 氷食べさせまくって水分多めだったから色は薄いな、腎臓がちゃんと機能してると思っていいのかなコレは。
 淡い色。臭いも強くない。ちゃんと“濾過”は機能している。よし。
 ペットシーツ何枚か重ねといてよかった、布団はたぶん無事だろ。一度決壊してしまったせいで止められなくなったのか、燈矢くんは「えーん」とまた子供のような声をあげながら辛うじて上げられる両腕で自分の顔を覆って泣いていた。

「大丈夫だって、俺もとやくんにオムツ替えてもらったことあるしさ」

「あ、あがちゃん”のっ、おむ、と、ちげぇだろっ!」

「同じ同じ。はい足閉じないで全部出してくださ~い」

「うわぁあん」

「とやくん、いい子いい子」

 ちゃんと膀胱も腎臓も機能しているみたいだし、いまのところ問題は無さそうで安心した。本当に、本当に排尿関係は命に差し障るから……俺の前世の祖父はそのせいで死んだからな……。
 水分をとって出す。これが大事なんだと前世の幼心に焼き付いていた。覚えといてよかった、危ないところだった……。
 生き物は“出せなくなる”と詰む。その単純な真理が、俺の中では最優先事項だ。

 全部だしきったらしく何度腹を押しても何も出なくなったし、膀胱の膨らみが消えて腹筋のでこぼこしか無くなったお腹を撫でて「お疲れ様」といたわる。呆然と足を投げ出してる燈矢くんを転がして拭くとろころをウエットティッシュでちゃんと拭き、ペットシーツの始末や布団の無事の確認作業をしていると、転がされたままの燈矢くんが「陽火くんはおれのこときらいになったからいじわるすんの?」とこの世の絶望を全部煮詰めたような声で聞いてきた。なんの誤解が発生してるんだ。

「ちゃんとあやまるからきらいになんないで、おれちゃんといいこにしてるから」

「とやくん、誤解」

「やめてっていったのにきいてくれなかった、いじわるやめてって、いっぱいいったのに」

「泣かないで思い出して説明したでしょ。俺だって趣味で実兄の放尿シーンをみる性癖は無いよ。これは全てとやくんの身体の機能を心配しての行動です」

 俺が改めて説明するのを、燈矢くんは無言できいている。変な誤解されかけてしまったか……危ないな……。

「嫌いで意地悪したいなら逆に何もしないよ。そのうち死ぬかもなと思っても放置するでしょ、絶対に死んで欲しくないから確認したの。わかる? 嫌いじゃなくて好きだし、意地悪はしていません」

「…………」

「わかる?」

「……わかんねえ、けど、陽火くんがおれのこと、きらいになってないなら、いい」

 疲れきった顔で少し表情を緩めて微かに笑ったので、良しとする。大事な部分は伝わってくれたようで何よりだ……。
「次はもうやめてね」の言葉には「ダメだよランダムで確認するから」と断りをいれると、また悲しげな声で泣き声をあげたが、弟を安心させるのも兄の務めと思って諦めてほしい。
 次はさっき言ってた通りにトイレの前で仁王立ちする方式にしてあげるから。