定例報告会──という名目の「人の奢りで美味いもんを食べようの日」が、いよいよ明日に迫っていた。
この場合の「人」とはもちろん俺のことである。適当に肉を焼いてワイワイやる予定だ。ちなみに材料費その他諸々は、俺にお小遣いをくれる実兄、つまり荼毘くんの財布から出ている。
もっとも、その財布も正確には彼の持ち物ではない。訴える被害者が居なければ犯罪は存在しないというヴィラン論法により、無辜の民から回収したものです。最近は同じヴィランが喧嘩を売ってきてくれることが多いらしくて、一般人の被害は減ったらしい。全て本人の供述なのでなにもかも信じられないが、一旦俺を挟むことで資金洗浄されたと思っておこう。
俺の炊き出しで食生活を支えられている皆様には「実質だびくんの奢りだから、感謝するならだびくんに言ってね~」と伝えてある。これを伝えた日は、何も知らない荼毘くんは拠点に帰ってきた瞬間にみんなから一斉に「ありがとう!」コールを浴びる羽目になった。
突然雨のように浴びせかけられる感謝に、荼毘くんは露骨に顔をしかめ「キッショ……」とぼやきながら一度ドアをバンッと閉め、しばらくして再びドアを開けた。悪い夢かと思ったのかもしれない。途端、より激しくなる感謝コール。諦めたのか、側頭部の横で指をくるくる回しながら「頭イかれてんのか」というジェスチャーをしつつ、最終的には俺のところに避難してきた。
人からの感謝なんて滅多に受け取れるものじゃないし、貰えるものはタダなのだから、せっかくだし胸を張って享受していただきたいものである。
人が少ない静かな時間、自分の作業も一休みに丁度いい区切りをつけてスマホの時計を見て、ふと思い出す。
そういえば、ミスドにドーナツを予約していたんだった。受け取り時間もそろそろだ。ぼんやりそんなことを考えていた矢先、スマホが震えて着信音が空気を破った。電話の向こうは案の定で、ちょうど予約のものを受け取れるようになったらしい。
ラッキーだ。Mr.コンプレスが拠点で作業の日らしい。ミスターはソファに浅く腰掛け、机の上にマジック道具をずらりと並べて手袋越しに細やかな整備をしていた。道具を一つひとつ確認する姿は職人そのもので、玄人だけがもつ格好良さに満ちている。何をしてても絵になる男だなあ。
その背後へ、俺は音を立てないようススッと忍び寄った。息を吸い、できるだけ丁寧な声で呼びかける。
「お忙しいところ失礼いたします、迫圧紘さん。少しお話、よろしいでしょうか」
ミスターの肩がビクッと動いて、仮面とマスクの二重構造で隠してる奥の目が表情豊かに『いやだなあ』の色になる。集中を途切れさせたことではなく、俺が丁寧な声かけをしたことで嫌な未来が連想されたのかもしれない。そんな……家具家電の搬入の時とか便利に使ってただけなのに……。
「わかった、スッピンの俺が必要なんだな!? でも突然本名言われると怖いからやめてね」
「ミスドでドーナツ100個予約したの用意できたって連絡来たから同行よろしく」
「なんでそんな買っちゃった……?」
「パーティしたくて……あと余ったら冷凍出来るやつもあるし。圧紘くん10個食べていいよ」
「おじさんもう1回で3つくらいしか食べられない身体になってるんだ」
「なんで?」
「『なんで』???」
ミスターは悔しげに「あかりも30を超えたら覚えてろよ、俺の気持ちがわかるようになるからな」と、よくわからないことを言いながら仮面とマスクを剥がしてくれる。スッピンの迫圧紘さんは顔が良いから眼福だなあ。やっば原作キャラって作画に時間かけてんだろうな。
そんなに遠くないから徒歩でいくことになり、「デートだね♡」と手を繋いだらしおしおの顔で「命懸けすぎる……」と嫌がられた。俺の背後に、ここにはいないはずの実兄の影が浮かんで見えているんだろう。存在感あるから。
「マジシャンの手を拘束するのは重罪だからな」
「振り払わない圧紘くんは優しいね」
「俺の優しさに感謝しなさい」
Mr.コンプレスこと圧紘くんは、案外身内には心が広いお兄さんだ。自称おじさんだが、自分で言うには良いけど他人に言われたらムカつくくらいの繊細なお年頃なのだろう。実年齢は知らないけど、30前半くらいじゃないか? 前世の俺より少しばかり年上ってだけな気がする。
「ドーナツの割合どういうかんじ? 期間限定のやつ結構好きなんだよね」
「期間限定のやつ少しだけにしたから圧紘くんが食べちゃって」
「なんで、あんま好きじゃない?」
「美味しかったから。弔くんがハマったら期間限定終わったあとに癇癪起こす」
「……リーダーの理解度が高いな」
なにせ1度気に入ったらずっと同じものを食べるような人だ。下手に期間限定にハマらせたらいけない。もう弔くんは一生ポンデリング食べててくれ。もきゅもきゅしながら食べてるの可愛いし。
そんなことを言いながら店舗まで辿り着き、ダンボールにまとめるという見たことの無い渡され方をしたドーナツたちは圧紘くんの個性で無事にちっちゃくまとめられたのだった。この個性ほんと便利すぎる。
