あかり教会報誌『ともしびのつどい』No.436

こんにちは、編集部の山本です!
今回は、鳥取県のKさんご夫婦から届いた、胸の奥がじんわり温かくなるような体験談をご紹介します。

おふたりの物語は、一見すると偶然の出会いから始まったものに思えます。しかし、その背景には、まだ幼かった頃から続く、ひとつの小さな光との長い付き合いがありました。
それは、災厄の日に手渡された《あかり》という名の光。言葉を持たぬ赤ん坊の頃から、人生の節目や孤独な夜に寄り添い続けてくれた、不思議で優しい存在です。

素敵なおはなしをありがとうございました!

どうかこのお話が、あなたやあなたの大切な人の心にも、優しく光を灯しますように。


 

体験談「ふたつの光が結んだ縁」

20代夫婦/K 連名投稿

 私たちが初めて出会ったのは、ごくありふれた友人同士の集まりでした。互いの名前も知らないまま、紹介されて交わした最初の一言。その瞬間、なぜか胸の奥に微かな温かさと懐かしさが芽生えたのを、今でも鮮明に覚えています。あの日は特別な出来事などなかったはずなのに、帰宅してからも相手の笑顔が心に残り、理由もなく安心感を覚えていました。

 話を重ねていくうちに、私たちの境遇には驚くほどの共通点があることが分かっていきました。幼い頃に両親を失い、孤児院で育ったこと。親戚や里親を経ることなく、自分の足で歩くしかなかった道のり。似たような経験をしてきた者同士だからこそ、言葉にしなくても通じる感覚があったのかもしれません。夜遅くまで話し込む日が増えるたび、距離は自然と縮まり、やがて交際が始まりました。

 結婚を決めたある日、互いの部屋を片づけていたとき、思いがけない発見がありました。
 ――ふたりとも、同じ形・同じ色をした小さな光るキーホルダー、《あかり》を持っていたのです。まるで鏡写しのようにそっくりなその光は、どちらにとっても孤児院に入る前からの、唯一の「自分だけの持ち物」でした。

 気になって記憶を辿り、古い書類や関係者の話を探すうちに、思いもよらない事実が明らかになりました。私たちは、赤ん坊の頃に同じ事件に巻き込まれていたのです。
 あの日、街の大型デパートでヴィランによる破壊事件が発生しました。買い物に来ていた私たちの両親は、混乱の中で命を落としました。私たちは、デパート内の保育所に預けられており、避難を手伝ってくれた保育士の女性が、それぞれの小さな手に《あかり》を握らせてくれたのだといいます。

 以来、この小さなあかりは、私たちを見えない糸で繋ぎとめてきたのかもしれません。孤児院の寂しい夜、布団の中で《あかり》の光をじっと見つめていると、不思議と「大丈夫」という声が胸に響き、泣き止んで眠ることができました。誰にも祝ってもらえない誕生日や、行事の帰り道で感じる心細さも、この光があれば負けずにいられました。

 別々の道を歩み、別々の人生を過ごしてきたはずなのに、同じ光を手にして再び巡り会った私たち。それは偶然の一致ではなく、《あかり》が長い年月をかけて導いてくれた必然だと、今では信じています。

 これからは、その二つの光を並べ、同じ歩幅で進んでいきます。どうかこれからも、あの日から続くこの灯りが、私たちを見守り、時には導いてくれますように。
 二つの《あかり》は、これからもひとつの道を照らし続けます。