餐島 祈利という女の話をしよう。

 母は、美しい人だったのだそうです。
 そして私は、その母によく似ているのだと、何度も言われてきました。

 それが褒め言葉だったのか、それとも「男受けのいい顔をしている」という皮肉や嘲笑だったのか​─────正直なところ、今でもよく分かりません。ですが、わざわざ問い返すほどのことでもないので、私はいつも分からないふりをしていました。
 口角をほんの少しだけ上げて、眉を下げ、首を傾ける。
 その仕草をすると、不思議と相手は満足したように頷いたり、あるいは急に居心地が悪そうな顔をして、話題を変えてくれたりするのです。

 とても便利でした。
 深く考えなくてもいいですし、誰かを否定する必要もありません。そうして穏やかに受け流していれば、だいたいのことは、何事もなかったかのように過ぎていきました。

 ですから私は、今日も同じように微笑んでいます。
 母に似ていると言われるこの顔で、何も分からないまま。

 私はいわゆる愛人の子でありましたから、本妻様と、そのお嬢様方には、随分と酷い扱いを受けました。
 ですが、お父様は優しくしてくださいました。いえ​─────正確に申しますと、男性たちは、でしょうか。

 男の人は、総じて私に優しくしてくださいます。

 子供の頃には、彼らが何を求めているのか本当に分かりませんでした。ただ、皆さん笑顔で、声を低くして、頭を撫でてくださる。それだけのことだと思っていました。
 成長するにつれて、さすがに気づきはしましたが……私は、彼らのような異常な欲求を持ち合わせておりませんでしたので、たいそう困ってしまいまして。

 ですから、仕方なく個性を使って、なんとか回避していたのです。大事にならないように。傷つかないように。できるだけ穏やかに。
 そのとき、相手の表情がふっと和らぐのを見るのは、いつも不思議な感覚でした。私が何かをしたというより、最初からそうであったかのように、自然に。

 その結果、お家が断絶の危機に陥ったわけですが……それも、仕方のないことなのでしょう。
 あのときの私は、悪気なんて、本当に少しもありませんでした。
 悪意も、憎しみも、ありません。

 ただ、なるようになってしまった。
 それが、正直な感想です。

 弁護士の先生の前で泣き崩れていらした本妻様方に、
「この悪魔」
「あんな側女から生まれた分際で」
「母親と同じように、のたれ死ねばよかったのに」
「復讐のつもりなの」
と、次々に言われまして。

 そのとき、私は思ったのです。
 ああ、そんな発想は、ありませんでした……と。

 復讐、だなんて。
 そんな物騒なこと、考えたこともありませんでしたから。
 ですが、あまりにも皆様が口を揃えておっしゃるものですから、まるで新しい道を示していただいたような気持ちになりまして。
 ​─────では、そのように復讐しようかな、と。

 でも、それって、悪いことでしょうか。
 だって、教えてくださったのは、あちらなのです。

 まだ気持ちがかたまる前に、私はお父様のお見舞いをしておりました。
 お家に不幸が続いてから、心労のせいか……それとも、四度、五度と繰り返した私の個性のせいか。
 お父様は、起き上がることもできないほど弱っておいででしたので。
 私、とても心配でした。

 病室の中は、腐りかけた果物の、甘ったるい匂いでむせかえっておりました。
 本妻様は、ほとんどお見舞いにいらっしゃらなくて。
 誰にも剥かれないままの果物が、いくつも積まれていたのです。

 もったいなくて。
 悪くなってしまう前に、いただこうと思っただけでした。

 どうか、食いしん坊だなんて笑わないでくださいね。
 私、甘い果物が好きなのです。

 リンゴと、キウイフルーツの間でした。
 ぼんやりとした小さな《あかり》が閉じ込められた、オルゴールが置かれていたのです。

 どなたからのお見舞いなのかは、分かりませんでした。
 ですが私、一目見た瞬間に、すっかり夢中になってしまいまして。
 思わず、お父様に「くださいな」と声をかけておりました。

 お返事は、ございませんでしたけれど。お父様は、反対なさるときには、きちんと仰る方でしたから。
 いつも「お前の望むとおりにしなさい」と言ってくださった、優しいお父様ですもの。
 きっと、快く譲ってくださることでしょう。

 いえ。
 もし、私が遠慮してしまったら​─────
 それこそ、お父様は悲しまれるのではないかと思ったのです。

 ですから私は、ありがたく譲り受けることにいたしました。
 とても静かで、やさしい《あかり》でした。

音楽は……何でしたでしょうか。
 エリーゼのために、だったか。あるいは、別れの曲……でしたかしら。
 ごめんなさいね、どうにも曖昧なのです。

 私が惹かれたのは、《あかり》でしたので。
 オルゴールの仕掛けの部分は、すぐに取り外してしまいました。音は、もう必要ありませんでしたから。

 ええ、これです。
 ペンダントにいたしましたの。
 ……きれいでしょう。

 こうして眺めておりますと、不思議と気持ちが落ち着いて。
 まるで、《あかり》が私の夢を応援してくれているような、そんな気がするのです。

 そう考えますと​─────
 あなたと《あかり》は、私にとって同じものなのかもしれませんね。
 だって、あなたは「私の夢を応援している」のでしょう?

 ……でも、聞いてください。
 ひどいのです。

 ようやく、最後のひとりにまで辿り着いたというのに。
 その方、士傑高校にいらっしゃるのですって。
 期待のプロヒーロー候補、だなんて。

 そんな……
 それでは、本妻様に示していただいた「私の夢」が、叶わなくなってしまうではありませんか。

 悲しいですわ。
 本当に。

 私が間違っているのかしら、と一瞬だけ考えました。でも、その答えを決めるのは、私ではありませんもの。

 あなたなら、許せませんよね。
 「私の夢を応援している」あなたなら。

 ねえ。
 一緒に、ヒーローに仇なす生き物に、堕ちてくださいますでしょう?

 ……ね。
 「私の夢を応援している」あなた。

 

同じ部屋で飲食を共にし、互いに一口以上口をつけた状態で5分以上過ごした相手に、存在しない記憶を植え付ける個性。発動には相手の顔と名前(通称可)を正確に認識している必要がある。人数制限はなく、会食の場で同時に複数人へ行使可能。記憶は5W1Hを満たす必要があり、内容の重複は不可。屋内限定で、屋外や食べ歩きでは発動しない。