珍獣パレード

珍獣パレード

飯津間 しゅんという男のはなしをしよう。

通りから一歩外れた細い路地に、小さな店がひとつある。看板は色あせて読みづらく、昼でも薄暗い場所なのに、どういうわけか客足が途絶えない。吊り下げられたランタンのあかりだけが、店の入口をやわらかく照らしていた。 揚げ油の音が、今日も規則正しく弾...
珍獣パレード

跡月 纏人という男のはなしをしよう。

跡月纏人あとつき まとりは、夜に歩くのがわりと好きだった。大好きってほどでもないし、別にロマンを感じてるわけでもない。ただ単純に、昼間より楽だからだ。人が少ないし、目も合わないし、大ヒーロー社会に蔓延る、なんかよく分からない正義感とか説教臭...
珍獣パレード

堂寺円と堂寺音という姉妹のはなしをしよう。

夜の道は、昼より音が少ない。車も少ないし、人の声もしない。だから足音がよく聞こえる。自分のぶんと、音のぶん。円は、その音がちゃんと二つあるのを、歩きながら何度も確かめていた。 円はもう、ランドセルを背負っていない。赤くて、少しだけ角がすれて...
珍獣パレード

燻琉 朔という男のはなしをしよう。

古着屋の名前は “ASH & QUIET”。看板に書かれたその単語に、店としての公式な意味はない。 灰と静寂だとか、燃え残りの比喩だとか、人生哲学だとかそういう解釈は、だいたい客のほうが勝手にしていく。 外観は正直、入りやすいとは言えなかっ...
珍獣パレード

小居底乃という男のはなしをしよう。

これは小居底乃おい そこのと名乗る男の話だ。 おい、そこの。そう呼ばれ続け、それとしか呼ばれなかったので、なんとか覚えた漢字を当て嵌めて名前のかたちをとっただけのものを後生大事に抱え込んでいる。 名前とは本来、呼ばれるたびに少しずつ輪郭を得...
珍獣パレード

善積あいという女のはなしをしよう。

善積よしづみあいは奮起した。 後輩が、講義終わりの薄暗い廊下で、あまりにも軽い調子で持ってきた噂話を、あいはなぜか笑い飛ばせなかった。 怪しいよ、変だよ、普通じゃないよ​─────そう言う声が周囲からいくつも重なっていたのに、「でもそこって...
珍獣パレード

歪皮 まっしろという男の話をしよう。

これは聞き流していただいていいんですけど、私は《あかり教》というものに入信していまして、ええ、ああ、いえ、本当に勧誘ではないんですよ、そこはどうか安心していただきたい、見ての通りでしょう、《あかり教》特有の……“あかり”? ええ、そのガラス...
珍獣パレード

留目 存保という男の話をしよう。

ちゃんと病院に行けば、たぶん名前が付くのだと思う。けれど名前が付いた瞬間、それがただの傾向や癖ではなく「事実」になってしまう気がして、どうしても足が向かなかった。変わるもの────変化が、苦手だ。環境も、人も、正義も悪も、昨日までの常識も、...
珍獣パレード

温森 恒一という男の話をしよう。

生きるべきか、死ぬべきか。 たぶんそんな感じの二択だったと思う。正確な文言はもう忘れた。シェイクスピアだっけ、ゲーテだっけ。海外の偉い作家の何かだった気がする。なんだっけ、忘れた。この言葉を思い出した時も、人生の岐路、みたいな大げさな言い方...
珍獣パレード

餐島 祈利という女の話をしよう。

母は、美しい人だったのだそうです。 そして私は、その母によく似ているのだと、何度も言われてきました。 それが褒め言葉だったのか、それとも「男受けのいい顔をしている」という皮肉や嘲笑だったのか​─────正直なところ、今でもよく分かりません。...
珍獣パレード

尤坂 了という男の話をしよう。

にゃん、という気持ちだ。 言葉としては無意味だが、今の心境を言葉にするならこれ以外に思いつかない。さっきまでの熱がまだ身体の中に残っている。 マッチングアプリで引っ掛けた男は、プロフィールに二十五歳と書いていたがたぶん違う。もっと若い。とい...
珍獣パレード

猪狛可 子子という少女の話をしよう。

ちゅう、ちゅう、ネズミがチュッ。ネズミがネズミが、チュッチュッチュッ。 笑いを含んだ軽やかな少女の歌声が、湿った裏路地に弾むように広がっていく。跳ねる足取りが汚水の溜まった水たまりを遠慮なく踏み、ぴしゃりと濁った水音を立てるたび、腐った臭気...
珍獣パレード

蓄ヶ谷 洸希という少年の話をしよう。

忘れられない記憶がある。両親に手を引かれて歩いていた、あの春の日のことだ。 藤まつりの季節には町全体が薄紫の呼気をまとい、風にふるえる花房が天から垂れる光の糸のように揺れ、通りゆく人々はその下で自然と足を遅らせて顔をほころばせ、両親も例外で...
珍獣パレード

月城リラという女の話をしよう。

議題:これからどうやって生きるか?「こうなるのは初めからわかっていたはず」「貯蓄はどうだ? 1人しか食べていないのだからまだ残っているだろう」「1200万とちょっと」「びみょ……」「10年くらい食べられる?」「いや家賃もあるし税金も取られる...
珍獣パレード

サイーダ・アル=ハーリスという女の話をしよう。

この荒れ果てた大地にどこにでもいるはずの孤児兵と同じような、取るに足らない人間だ。 ただし彼女には、最初から「存在を証明する紙」がなかった。両親にすら国籍証明がなかったのだから当然だろう。 砲撃と飢餓が支配する土地で、他のきょうだいたちは母...