ちゃんと病院に行けば、たぶん名前が付くのだと思う。けれど名前が付いた瞬間、それがただの傾向や癖ではなく「事実」になってしまう気がして、どうしても足が向かなかった。変わるもの────変化が、苦手だ。環境も、人も、正義も悪も、昨日までの常識も、すべてが息つく暇もなく更新されるこの世界が、どうにも肌に合わない。休みがちになりながらも、なんとか義務教育だけは終えた。その先は……なんとか、なんとか、生きている。
一度、山に籠もったこともある。人に会わず、時間の流れを薄められる気がしたからだ。でも山には山で所有者がいるし、何年か前、山で個性事故が起きて中学生が焼け死んだと聞いた瞬間、怖くなって下山した。焼け死んだ子供の幽霊が出たら怖い。人の営みの中でも、自然の中でも生きれない。人として生きるのが向いていないのかもしれない、と初めて本気で思った。
死ぬのも怖い。死ぬのは最大の「変化」だ。九相図みたいに崩れていく自分を想像するだけで、喉の奥が詰まる。どうせ俺の死体の発見は遅れて、最後はグズグズになる未来しかないのだろう。だから今日も、できるだけ同じ道を歩き、同じ時間に同じものを食べ、同じ場所で息をする。変わらないことを祈るみたいに、修行者のような生活を続けている。世界は相変わらず忙しなく動いているけれど、せめて自分の半径一メートルだけは、凍らせておきたい。そんな願いを、誰にも言えないまま抱えて。
山から降りたあと、いつの間にか戸籍上では死んでた。死亡届が出されていたらしい。たぶん、俺と似た特徴のやつが死んで、それが俺だと誤認されたのだろう。実家に連絡する気はなくて、死んだままでいいなという気持ちだった。変化ばかりの世界は、こういう感じで誰だかわからなくなった人間が多い。
結果として己の身分を証明するものが何もなくて、役所に相談し、いくつもの窓口をたらい回しにされた末、どうにか滑り込むように入れてもらえたのが『すみれ平団地』だった。家賃は安い。その代わり建物は古く、階段はきしみ、壁には補修の跡がいくつも残っている。少し前までは廃墟だったらしい、という噂を後から聞いた。だが実際に足を踏み入れてみると、その言葉から想像していた荒涼とした光景はなく、拍子抜けするほど空気は穏やかだった。
団地の前には小さな公園があり、午後の時間帯には子供たちが当たり前のように遊んでいる。笑い声があって、ブランコが軋んで、誰かの叱る声も混じる。どれも懐かしいのに、どこか現実感が薄くて、夢の中を歩いているようだった。1階には何軒か、住居ではなく店が入っていて、通りがかると焼きたてのパンの匂いが鼻をくすぐる。腹が鳴りそうになるのを、慌てて腹を押さえて誤魔化した。
「いいところでしょう?」
そう言って微笑んだのは、案内をしてくれた管理人の老女で、深い皺の刻まれた顔は不思議と怖さがなく、俺は言葉を探すより先に素直に頷いていた。
パン屋の軒先には、小さなランプが吊るされていた。昼間だというのに消されることなく灯っていて、そのやわらかな“あかり”は陽光に溶けるみたいに、境目もなくきらめいている。強すぎず、弱すぎず、ただそこに在るだけの光。変わらないことを前提にしたような、その控えめな存在感が、胸の奥を静かに撫でた。綺麗だと思った。風が吹き抜けて、花弁を出す個性の子供がいたのだろう。色とりどりの花びらが舞い上がり、その子の母親が「こら! 外で個性使っちゃダメ!」と叱る。きゃあきゃあと、騒がしかった。次々に変わっていく光景があるのに、なぜかこの瞬間、生まれた時から持たされていた重い荷物が足元に置けたような……そんな気がした。
個性を使って壊れないように「保存」していた古いノートパソコンで、細々と日銭を稼ぐ生活を続けていた。型落ちで、普通ならとっくに動かなくなっているはずのそれは、俺にとって数少ない“変わらないもの”で、世界と最低限つながるための命綱でもあった。けれど、すみれ平団地に住み始めてから、その綱は少しずつ太くなっていった。
住所がある、安定した寝床がある、同じ場所に帰ってこられる。その前提が整っただけで、不思議なほど仕事は回り始めた。短期の雑用が、定期の依頼になり、気づけば「またお願いします」と言われるようになる。生活が、わずかにだが安定する。
団地だから、新しい人が引っ越してくる。それ自体は確かに環境の変化だ。以前の自分なら、それだけで胸がざわつき、逃げ道を探していただろう。それでも今は、昔ほど苦ではなかった。団地全体が、揺らがずにそこに在るからだと思う。多少の入れ替わりがあっても、土台が動かない。
ここでは、子供たちのはしゃぐ声は聞こえてくる。笑い声や呼びかける声が、風に乗って届く。でも、悲鳴や混乱や、誰かを傷つける罵倒の声は聞こえてこない。それだけで、胸の奥に溜まっていた緊張が、少しずつほどけていった。
やっと、居心地のいい椅子を見つけた。世界の隅に置かれた、俺のための、ぐらつかない一脚に腰を下ろせた。そんな気持ちだった。立ち上がらなくていい理由が、ここにはある。それはなんて……これは、なんて幸せなんだろう。
「みんなでさーあ、ここの日々直してさ。そんで、存保がさーあ、『保存』したらさあ。団地、ずっと壊れないんじゃね?」
人の部屋に押しかけてきてパスタを食べている友人(そう、俺にも友人ができた)が、いつもの独特な、語尾の伸びる口調で言った。思いつきをそのまま空に放るみたいな言い方だった。
俺の個性は確かに「保存」だが、保存枠は五つしかない。それに、これほど大きなものを対象にしたことは一度もない。深く考えもせずに「無理だろ」と返したら、友人はぐぐっと首を傾げて、「なんでぇ? 自分ちだろ。ずっと住むだろ、長持ちさせようぜ」と言った。その言葉が、不意に胸の奥に落ちた。
確かに。……確かに、そうだ。ここは俺の家だった。逃げ場でも、仮の寝床でもない。俺の“大切”な日常を包んでいる、確かな入れ物だ。
「やろう」
自分の口から出た言葉に、少し驚いた。「そういうと思った!」と友人は即座に笑う。そこからは早かった。俺たちだけじゃない。修理や改築が得意な個性を持つ人、個性がなくても腕のある人、黙々と作業するのが好きな人たちが集まって、団地を少しずつ、丁寧に直していった。
直す。記録する。最新の状態を上書きして、保存する。それを繰り返す。壊れかけていた壁は安定した壁になり、軋んでいた床は安心して踏みしめられる床になる。その“今”を、俺は保存した。
気づいたときには分かっていた。俺の個性には回数制限はあっても、サイズ制限はなかったらしい。なら、守れる。変わっていく世界の中で、ここだけは。変わらない日常を、俺の手で、確かに留めておける。
団地は、少しずつ、しかし確実に変わっていく。かつての俺なら身構え、逃げ道を探していたはずの「変化」だ。でも不思議と怖くはなかった。この変化は、誰かに押し付けられたものじゃない。俺が、俺の仲間と一緒に考えて、手を動かして作り上げているものだからだ。より良い形に、より長く共に在れるようにと、同じ方向を向いた結果としての変化だった。
部屋の中に置いたランプの“あかり”が、ちらちらと揺れながら輝いている。まるで「よくやってる」とでも言うみたいに、静かで、やさしい光だ。胸の奥が、少しだけあたたかくなる。明日もきっと、すみれ平団地は変わらない。外から見れば何かが更新され、手が入って、形を変えているのかもしれない。それでも、変わらない平穏が、ここには確かにある。
ゲームでしか使わないテレビをつけると、保須市でテロが起こったらしい、というニュースが流れてきた。キャスターは深刻な顔で言葉を選び、画面の向こうでは世界が相変わらず壊れ続けている。でも、もう怖くはなかった。リモコンを押してテレビを消し、毛布を頭まで引き上げる。外の世界がどれだけ騒がしくても、ここには入ってこない。
きっともう、怖い夢は見ないだろう。ここは平和で、安心できる場所だ。変わらない椅子に腰を下ろし、変わらない呼吸を続けられる。ここは俺の家なのだから。
