これは聞き流していただいていいんですけど、私は《あかり教》というものに入信していまして、ええ、ああ、いえ、本当に勧誘ではないんですよ、そこはどうか安心していただきたい、見ての通りでしょう、《あかり教》特有の……“あかり”? ええ、そのガラス玉とかに入れられてぽわっと灯るやつです、持っていない、でしょう、触ってもいいですよ、どうぞ、ほら、何もない、信じられないのならばここで全裸になることも私は辞さない覚悟がありますが、さて、あなたの方はどうでしょう、公衆の面前で私を全裸にする覚悟はおありですか、無い? ではお互いの尊厳と社会的信用のためにその話はここで終わりにしておきましょう、賢明です、ええ、とても、ああそれで何の話でしたっけ、火星でしたか、火星が実はもう空間移動系個性の持ち主たちによって静かに、でも着実に占拠されているという話でしたか、それとも古代ラルティエマ王朝の復興計画が地下で進んでいる件でしたか、違う、ああ、そうでしたね、そうそう、ですから聞き流していただいていいんです、最初からそう言っている、《あかり教》、私、あかり教に入信しているんです、いえね、よくあるでしょう、ここにサインして、全財産寄付して、家族とも縁切って、みたいな、ああいう分かりやすくて親切なシステムではないみたいなんですよ、少なくとも私の理解では、だから私は何も差し出していないし、何も受け取ってもいない、ただ、そう思った、それだけです、信じたいと思った、それだけで、もう立派な教徒なんだそうで、便利でしょう、ええ、とても、胸を張って言えますよ、私はあかり教徒ですって、もっとも胸を張ったところで、そこには灯りは無いんですけどね、空っぽです、からっぽ、でもそれが悪いことだとは誰も言っていない、少なくともあの人は言わなかった、深淵を見つめていたら深淵もこちらを見返してくると言いますが、あれは両思いというやつでしょう、なら私は狂っているのかもしれない、ええ、そうかもしれない、でも、私が狂っていない確証はありますか、あなたに、私に、誰に、私でさえ分からないのにね、だから大丈夫なんです、問題は何もない、そうでしょう、聞き流していただいていいんですよ、最初からずっと、そう言っているじゃありませんか、いえね、実際のところ私は《あかり教》そのものを信じているわけではないのです、だって、どう考えても、わけが分からないでしょう、この“あかり”さえあればみんな穏やかに心安らか幸せに、争いも不安も消えます、なんて、出来すぎじゃありませんか、物語としても倫理教材としても、あまりにも都合が良すぎる、裏に脚本家がいるんじゃないかと疑うレベルです、でもね、それでも私は、火継が好きでして、ああ、今のは名前でしたか、それとも蔑称でしたっけ、ヴィランネームでしたよね、これを言うと怒る人もいるので気をつけたほうがいい、ええ、ですから訂正します、“あかりさま”が好きなんです、個人的に、信仰としてではなく、好意として、ええ、実際に会ったこともありますよ、奇跡的に、偶然に、たぶん、あれは私が神社で鳩に混じって豆を食べていた時でした、混じって、というのは比喩ではなく、本当に、しゃがんで、鳩と同じ目線で、同じ豆を、はい、食べていました、理由ですか、ええ、聞き流していただいていいんですけど、「鳩は神の使いだから」って言う人もいるじゃないですか、なら同じものを食べていれば、少しは神に近づけるかなと思いまして、浅はかですね、分かっています、でも声をかけてくれたんですよ、長身の男性が、ああ、今思えば、あれが火継でした、あかりさま、地面に撒いた豆は汚れているし、鳩の食い扶持を奪うのもんじゃない、お腹を壊すかもしれないから、こっちを食べなさいって、わざわざ、ですよ、わざわざ神社の売店まで行って、新しい豆を買ってきてくれて、優しいでしょう、優しすぎる、普通そこまでしません、人間、ましてや見知らぬ、鳩と豆を分け合っている不審者に、そこまでしない、売店、って言うんでしょうか、あの、銀杏とか御札とか、交通安全とか縁結びとか、そういうものを売っているコーナー、私は出禁なので詳しくないんですけど、ええ、出禁です、理由は聞かない方がいい、神社側も悪気はなかったと思いますし、私も怒ってはいない、ただ相性の問題ですね、そういうものです、ああ、それで何の話でしたっけ、そう、人間関係ですね、私は見ての通り、いえ、喋っての通り、こういう感じでしょう、人間関係構築に向いていない人間でして、でも誤解しないでほしいのは、努力はしたんですよ、ちゃんと病院にも行きました、検査も受けました、問診も、長いの、三日も通いました、ええ、でも診断結果は“性格”だったので、ああ、世界は広いな、人類の可能性って、こんなところにも残っているんだな、って、感動しましたよ、人類の可能性の絞りカスみたいなものなので、お気になさらず、ええ、本当に、気にしないでください、私は私で勝手に生きていますから、話を戻しましょう、豆です、豆をくれたんですよ、あかりさまが、手渡しで、鳩には内緒だよと笑って、ああ、鳩に言葉が分かるかはさておき、あの人はそういうことをする人で、信仰かどうかは分からないけれど、私はそれで十分だったんです、だってね、世界を救う理屈より、鳩と私の胃袋を同時に心配してくれる方が、よほど現実的でしょう、だから私は《あかり教》を信じていない、でも、あかりさまは好きなんです、矛盾しているようで、していない、そういうことも、この世界には、案外、たくさん転がっているんですよ、聞き流していただいていいんですけどね、ええ、最初から、ずっと、あの人は案外、そう、本当に案外なんです、ご自身のことをね、「あまり情がない人間だと思う」なんて、わりとさらっと評価していらっしゃるんですが、いえ、それはたぶん、私がこういう感じだからこそ、逆に安心している部分もあるんじゃないかと、勝手に、ええ、これは完全に私の推測ですけど、思うわけです、だってほら、私みたいなのに情を示しても、期待も誤解も生まれにくいでしょう、便利なんですよ、私という存在は、なので、たまに、本当にたまにですけど、ぽつりと、本心みたいなことを言ってくださるんです、独り言みたいに、確認も同意も求めずに、私はそれが嬉しくてですね、ああ、この人はいま、人に向かって言葉を落としたんだなって、拾い物をした気分になるんです、ほら、私はこんなんですけど、特に問題は無いんですよ、ちゃんと調べてもらいましたし、診断名は“性格”ですから、“普通”のレッテルが貼られているんです、公式に、公的に、こんなんなのに、面白いですよね、世界、なんの話でしたっけ、ああ、そうそう、あかりさまがご自身を客観視できていない、という話でした、自分のことを利己的で、流されやすくて、その場の感情で動く人間だと思っている節があるんですが、私はそうは思いません、断じて、真実、優しい人です、本当に、だってね、あなたにも、たぶん分かるでしょう、私ですよ、私、こんな、会話がどこに着地するか本人にも分からない、私みたいな人間を、否定せず、切り捨てず、矯正しようともせず、ああ、これは能力としての個性じゃなくて、性質としての個性の話です、ややこしいですね、でもその“個性”として、丸ごと受け取って話してくれる人間が、この世にどれだけいると思いますか、稀有ですよ、とても、統計を取るまでもない、優しいでしょう、優しすぎる、まるで神様みたいですね、ええ、ですから私は、あの人は神様だったんだと思っているんです、少なくとも私にとっては、信仰とか教義とか奇跡とか、そういう大きな話じゃなくて、私という、誰にとっても扱いづらい存在を、存在としてそのまま置いてくれた、ただそれだけで、十分すぎるほど、神様だったんですよ、それでですね、何の話でしたっけ、ああ、そうだ、そうそう、あかりさまが、火継という名前をあまり好いていなかった、という話でしたね、センスの問題とか、期待の押し付けだとか、そういうものが詰まっている名前だからでしょうか、でもまあ、世間がそう望むのなら、それを背負って生きようと、ヴィランとして振る舞おうと決められたそうで、立派ですよね、ええ、本当に、嫌いな名前を名乗る覚悟って、なかなか出来ることじゃない、だから私は思ったんです、せめてそんな人の助けになりたいと、ええ、ただの好意です、信仰でも、忠誠でもなくて、個人的な願望として、私は彼の役に立ちたいんですよ、なので言いました、では私をお使いください、と、きっとお役に立ちますよ、と、まあ、一か八かという気持ちでした、聞き流していただいていい前提のやつです、押し付けがましいのは違うじゃないですか、でも、助かるって言われまして、仲間と言われたので、そう、私のラベルが増えたんです、私はあかりさまの“仲間”で、“ヴィラン”です、劇的に生活が変わるということはなかったですね、ただ、嬉しくて、私でも所属できる居場所というものが、手に入って、仲間がいるんですよ、私に、変な人たちですけど、良い人ばかりですよ、なんの話しでしたっけ、ああそうだ、私の個性、これですね、この一枚の皮、白くて、薄くて、でも意外と丈夫で、これを相手の顔に被せると、相手を自分に出来る、一時的な乗っ取り、と言うと語弊がありますかね、一時的に自分を他人に上書き印刷する、そんな感じです、ええ、元の人の個性は使えませんし、身体能力もそのままです、私が増えるだけ、私が一人、二人、三人、増える、増えたところで世界は特に困らない、だって私ですから、でもですね、増えた私が見たもの、聞いたこと、触れた情報は、ちゃんとそのうち“私”に返ってくるんです、そして私の顔に乗っ取られていた人も、前後の記憶を失うんです、不思議でしょう、便利なんですよ、情報収集とか、潜入とか、あと、そうですね、学生時代は試験勉強に使っていました、複数人で同じ講義を聞けるので効率がいい、大卒なんですよ、凄いでしょう、あまりそうは見えないでしょうけど、私はほら、男でも女でも、どっちでも良い顔をしている、主張がない、記憶に残らない、なので増えてもあまり問題がないんです、街に私が二人いても三人いても、誰も気にしない、世界の処理能力の隙間に滑り込める、優秀でしょう、いえ、自画自賛ではなくて、仕様の話です、ただしですね、本体の私の方は、顔を移している間、のっぺらぼうになります、目も鼻も口もない、のに、なぜかそれも特におかしく思われない、誰にも通報されない、写真にも残らない、影が薄い、存在感がない、その勝利です、ええ、私はそういう人間なので、あかりさまのお役に立てると思ったんです、使っても罪悪感が少ないでしょう、壊れても惜しくない道具、ではなく、最初からそういう形をしている人間、便利ですよ、安心でしょう、聞き流していただいていいんですけどね、最初からずっと、私はそうやって生きてきただけなんです、聞き流していただいていいんですよ、また忘れますから、じゃあよろしくお願いしますね。
