荼毘くんへ
〇月〇日
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俺は元気です。証拠になるかは分かりませんが、とりあえず今日のバイタルをかいておきますね。ドクターからは「つまらん数値」と罵倒されるくらいには普通に元気です。毎日悪口を言われるなと思いましたが、単にナチュラルに邪悪なだけの老人なようです。もう何の矯正も効かないので、寿命までこのまま突っ走っていただきたいですね。俺の人生に掠っているのが最悪ですが……。
ドクターという悪の老爺により、俺からの一方的な連絡しか許されない環境になってから、十日以上が経ちました。そちらはお元気でしょうか。荼毘くんは個性を使うごとに体力もエネルギーも消費するタイプなので、とにかく高カロリーを意識して食事をとってください。痛覚が鈍くなっているので無頓着になってしまうのは分かりますが、俺は荼毘くんが怪我をしたり痩せていたら悲しいし心配になります。俺のために、食事と治療は忘れないで。
ずっと一緒だったからこんなに離れると寂しいね。邪老の優秀な監視技能のおかげで、荼毘くんの動きはなんとなく把握しています。
弔くんたちもだいぶ大変そうですし、そちらの仕事が片付き次第、合流していただけると嬉しいです。幸いです、だと少し他人行儀なので、正直に言っておきます。
父さんにはよろしくとお伝えください。できれば荼毘くんも、怪我と無茶はほどほどに。愛しているよ。
弔くん with 愉快な仲間たちへ
ドクターのせいで俺からの一方的な連絡しかできない状態になっており、申し訳ないです。
俺は今、邪悪な老人の引き継ぎと謎の検査をしながら、どうにかこうにかやっています。五体満足なので安心してください。
ギガマキくんの情報はどうにかぶんどってきましたが、体力と回復能力がアホすぎるので、正攻法でどうにかする無茶は非推奨です。なので当面の方針は、まず死なないこと、生き残ること、なるべく欠員を出さないこと、以上です。そこが最優先でお願いします。ギガマキくんは弔くんだけを狙っているので、ある程度距離を取りつつ様子を見てください。邪老が何やら訳知り顔で見ているので、攻略方法のないクソゲーというわけでは無いと思います。
なお、全力で駄々を捏ねた結果、支援物資を送れることになりました。携帯食と簡易医療器具ですが、使える場面はそれなりにあると思うので、遠慮なく使ってください。無くなり次第何度でも駄々を捏ねてみせます。
俺は最近、ハイエンドの世話を任されています。ジョンちゃんは、柔らかく煮たほうれん草を食べます。おたまじゃくしみたいだなと思いました。慣れると案外可愛いやつです。ベッドの中に入ってくるのは最悪ですが。
こちらでやれることは引き続きやっておきます。また連絡します。頑張って。
ここに来てから日課になっている一方的な連絡を済ませて、さて、今日もそこそこ最悪な一日が始まるぞ! と気合を入れる。
悪の処置室としか言いようのないこの場所にも、さすがになんとなく慣れてきた。清潔ではある。機材も揃っている。衛生環境だけを見れば立派なものだ。
それら全部を台無しにする勢いで、モニターの前に陣取った老人が椅子をくるり、くるりと回しながら上機嫌に笑っているものだから、安心感より先に不穏さが勝つ。嫌だなあという気持ちが尽きないが、それも含めて、まあ慣れた。
俺の服装が完全に囚われの被験者そのもの、という一点さえ除けば、まあ許せる環境だ。
いや、やっぱり駄目だな。許せない。これまで散々ファッションセンスを罵倒されて生きてきた俺だが、それでも断言できる。今の俺よりは絶対に良かった。
なんかもう可哀想だもんよ、このつんつるてんの入院着。
足も腕も中途半端。文句を言ったら、「規格外の体格をしておる方が悪かろうよ」と返された。現代社会の多様性とかそういう概念を無視している邪老、老害の鑑だ。
だいたい、それを言うならドクターの服だって腹囲のあたりがかなり規格外だろうに……!
俺がうんざりしながらドクターの方へ歩いていくと、老人はぴょんと椅子から飛び降り、機嫌よく何かの紙束をばさりと広げた。
ペーパーレス社会に牙を剥き、大事な情報ほど紙に印刷して手元に置きたがるあたり、妙なところで俺と似ている。嫌だなあ。
「おお陽火! いやあ、おまえは実に愉快じゃのう、愉快愉快! 見れば見るほど、調べれば調べるほど、ようこんなものが自然発生したものじゃと感心するわい!」
白衣の裾をひらひら揺らしながら、ドクターはばん、と机を叩いた。
机の上には紙の資料が何枚も散っている。脳波、血流、個性活動の推移、各数値の比較表。そこへ混ざるように、ガラス容器へ収められた小さな灯がいくつも並べられていた。どれもビー玉ほどの大きさしかなく、その奥で揺れている火も、吹けば消えそうなくらい弱々しい。
けれど、数だけは異様だった。棚にも、引き出しにも、専用の保管ケースにも、まるで標本のように収められている。一体どこから集めて来たんですかねえ……。俺がここに来てから提出したのは、一つだけだったはずだ。どこで何やってたんだろうこの爺さん。
「機嫌が良さそうで何より」
俺の合いの手なんか存在しないものみたいに、今日もテンション高く、自分の言いたいことだけを喋り続ける。
対話が苦手なタイプなのだろうか。いや、苦手というか、そもそもする気がないのかもしれない。この世にはこの老人を上司として運用している可哀想な人間もいるのだろうなと思うと、素直な同情が浮かぶ。罰ゲームが過ぎるだろ。
「おまえが死柄木と接触した時、最初はワシも思ったとも。
ああ、これは出来損ないじゃとな。惜しいのう、惜しいのう、とな。
じゃが、調べていくうちに分かった! おまえは轟焦凍と同じじゃよ、本来ならばな。ちゃあんと、父親の望む通りのものを持っておる! 失敗作の果てに、成功作がふたつもできておったのじゃ!
おまえはちゃんと、複数の系統を同時に抱え込めるだけの、頑丈で都合の良い器じゃった。
火と氷、相反するものをひとつの肉体に成立させるための土台、その素質自体はおまえにもある。兄弟じゃからの、まあ、そこまではよい。じゃがな、おまえはそこで、まったく別のばけものになってしまった!」
また今日も俺への悪口が絶好調。ダークネスマッドサイエンティストは、モニターに映った数値をやけに愛おしげな手つきでなぞっていた。
俺にはわけのわからないこの数字たちは、なにか素晴らしいものなのだろう。知らんけど。
そしてこの老人にとっては、俺の人格だとか都合だとか気分だとか、そういうものは本当にどうでもよいんだろう。意思疎通がしやすいラット的な存在と思われる。
というか、今さりげなく燈矢くんたちのことを失敗作って言わなかったか? 許せねえよ、このカスジジイ……。
「おまえの弟は分かりやすい。大きな出力口をふたつ持っとる。右から氷、左から火────見たままじゃ。
派手で、強くて、使い勝手も良い。対しておまえはどうじゃ。
出力口がちいと小さすぎた。
いや、小さすぎるなどという話ではないな。針の穴、ゴマ一粒、浜辺の砂。まともな火力など出せん。
出るのはせいぜい、こんな、指先に乗る程度の小さな炎だけ。戦闘向きでもない、破壊にも向かん、見栄えも悪い。普通ならそれで終わりじゃ。失敗作として片付けられて終わる」
そう言って、ドクターはガラス容器のひとつを摘み上げた。中で揺れる小さな火が、ゴーグル越しの濁った瞳に、ちろちろと映り込む。
「……じゃが、おまえはそれで終わらなかった。そこが良い。実に良い。出せぬなら溜まる。溜まれば壊れる。壊れぬためには、逃がすしかない。
ここまでは、ほとんど生理現象に近い。じゃがな、普通の人間は、逃がしてもせいぜい熱として散るか、暴走して自滅するか、その程度で終わるんじゃよ。
自己で処理できん熱は、いずれ自壊に至る。
おまえは本来、自分の熱に呑まれて死ぬはずじゃった。ある日突然、体内で熱が飽和し、溢れ返る。
────人体発火現象。それが、おまえの本来の死に方だったはずじゃ。じゃが、おまえは違った。無意識じゃろうな。生きるための進化をした」
愉快そうに、ドクターの声が弾む。俺はとりあえず、ドクターが立ち上がった椅子に腰掛けた。
話が長くなるのでね、もう慣れました。膝にジョンちゃんが飛び乗ってきたので、今日も元気にグロいなあと思いながら背中を撫でつつ背凭れに体重を預ける。
俺の死因、人体発火現象だったんだあ……。まあ、燈矢くんを見ていたら納得もいく。もし俺が燈矢くんみたいな性格で、負けん気を出して必死に個性訓練をしていたら、体内に蓄積された炎が溢れて裏返り丸焦げの俺が完成していたかもしれない。向上心のない転生者意識の人間で助かった。
「分かるか、陽火。おまえは火を出したのではない。火を置いていったのじゃよ!
残り火のように、名残のように、種火のように。世界のあちこちへ、自分の個性因子を薄く、薄く、薄く引き伸ばして配置していった。出して、戻さなかった!
人に差し出したのではない。与えるという形で押しつけ、その先でさらに分散させる。自分で処理しきれぬ炎を、他者へ散らし、預け、増やしていく。繁殖のようじゃないか!
実に悪質で、実に美しい。これを怪物と呼ばずして何と呼ぶ!」
また悪口を言っている……。
止まらない講義を半分聞き流しながら、ジョンちゃんにお手を教えつつ、「はあ」「へえ」「ほう」と適当な相槌だけは打っておいた。
こういうのは、ちゃんと聞いていますよという顔だけ作っておくのが大事だ。内容については全然よくない。この人俺の事、化け物とか怪物っていう……。
「おまえが広めた“あかり”は、とうに百万を超えとる。世界中に拡散されたビー玉程度の“灯火”
────その全てが、おまえの個性の残り滓であると同時に、おまえの許容量そのものなんじゃよ。
普通の個性保持者は、肉体ひとつが器じゃ。脳があり、神経があり、血が巡り、そこに個性因子が乗る。じゃから複数を押し込めば壊れる。改造、補強、継ぎ足しが要る。器が浅いからの。ところが、おまえは違う。おまえの器は、もう肉体の中だけにない」
ドクターは芝居がかった大仰な動きで両手を広げた。
その仕草は講義中の教授にも見えたし、舞台の上で喝采を浴びる役者にも見えた。どちらにせよ、観客の都合を一切考えていない顔だった。 この段階で、ジョンちゃんは完璧にお手を覚えた。歯をガチガチ鳴らしながらおやつのほうれん草を食べる。はは、はしゃぐなはしゃぐな。本当にグロいな……一瞬愛せそうになるけどやっぱ無理だ……。
「おまえの器は外へ増設されておる。世界中に散らばっとる! ひとつひとつは小さい、取るに足らん、豆粒のような火じゃ。じゃがな、それが百万ある。百万個の外部補助器官じゃ。臓器と言い換えてもよい。
おまえの個性は、もはや単体の肉体に閉じたものではないのう。分散し、拡散し、他者の手元に預けられ、しかもそのまま機能し続けておる。こんなもの、後天的改造をせずに複数個性を保持できる理由として、これ以上なく美しいではないか!」
美しい、というところにだけ、妙に力がこもっていた。
そこに倫理は一粒も入っていない。ただ、現象としての完成度に酔っている声だった。
やっぱりこの爺さん、学会とかで嫌われてそうだなと思う。いや、追放なんて年会費の払い忘れくらいでしか起きないのかもしれないが、少なくとも懇親会で隣の席にはなりたくないタイプではある。
そんな俺の評価など知るはずもなく、機嫌よくくるくる回ったドクターは、机の端にぶつかって書類の束をずらし、ついでに何か小物を床へ落としながらも、まったく勢いを止めなかった。
やめなよおじいちゃん、転んだら骨折しちゃうよ。老人の大腿骨は思ったより簡単に折れるんだから……。
「ブラックホールじゃよ、おまえの中身は。大きな器ではない。深いのじゃ。底が見えんほど深い、空っぽの皿を抱え込んどる。
普通の器なら、いっぱいになれば溢れる。じゃが、おまえのそれは違う。注いでも、注いでも、まだ沈む。まだ入る。まだ呑む。しかも足りん分は、外へ外へと皿ごと増やしていく。なんと貪欲で、なんと効率的で、なんと都合の良い構造か!
ワシが何十年もかけて欲しがってきたものを、おまえはのう、半ば自然に、半ば生き方の果てに、自力で出来上がってしもうたんじゃよ!」
モニターには脳の活動域が映し出されている。肉体の内側だけでは説明のつかない負荷分散の波形。回収された灯火に反応し、微細に同期していく生体信号。常人なら拒絶反応で焼き切れていてもおかしくない数値が、何事もなかったみたいに均されていく不気味なグラフ……らしい。この調子で説明をされているが、本当に分からない。分からなすぎて、「今日もドクターは元気だなあ」と諦めのような気持ちになっている。
たぶんこれが、俺がここ十日間ずっと受けさせられていた意味の分からない検査の結果なのだろう。
ドクターはそれをびし、と指さして、子供みたいに笑った。
「見ろ! ここじゃここ! 個性負荷が閾値を超える直前で、綺麗に落ちるじゃろう。どこへ行ったと思う。消えたのではないぞ。散ったのでもない。逃がしたんじゃ。外へ、すでに繋がっておる無数の灯へとな。
これがある限り、おまえは単一個体でありながら単一個体ではない。ひとりで立っとるように見えて、実際には百万の端末を持つ巨大な群体じゃ。くくっ、おぞましいのう。たまらんのう!」
ついにドクターが踊りだしたので、俺は普通に引いた。ぷりぷりと弾むような足取りは、興奮で身体が軽くなっているのだろう。
こんな状況で連想するのもどうかと思うが、ちょっと燈矢くんに会いたくなった。燈矢くんもテンションが上がると、くるくる回って踊るタイプだからだ。
まあ、あっちは結構優雅で格好いいんだけど。学校の授業でダンスでもやっていたせいか、基礎がしっかりしているので、見ていて普通に様になる。
俺が現実逃避をしているあいだも、ドクターはひとりで勝手に盛り上がり続けていた。
「だからおまえは、改造手術なしに複数個性を載せられる。いや、正確には、“載せられる可能性がある”ではないな。もう載るように出来上がっておる。ギガントマキアと同じ才がある。 おまえの弟が“ふたつを扱う傑作”なら、おまえは“いくつでも抱えたまま壊れぬための器”として変質した失敗作じゃ。失敗作などと呼ぶのも、もはや失礼かもしれんな。亜種、突然変異、逸脱進化────呼び名はどうでもよいが、とにかくワシの好みじゃ。
大好きじゃよ、おまえみたいなのは! 長く生きて良かった、オール・フォー・ワンの慧眼に感謝じゃな!」
「俺はオール・フォー・ワンじゃなくて、弔くんに選ばれた存在ですが?」
「同じようなもんじゃろ」
「違うが」
き、キレそう……!
よくわかんないけど、俺は凄いんだな!? よしそれは分かった。分かったが、それは弔くんが俺を引きずり込んで連合入りさせたからであって、“先生”は関係ないですよねえ!? 弔くんの手柄なら弔くんを褒めろよ……!
ぎょろりとこちらを見たドクターの目は、ひどく爛々としていた。
老人の愉悦には、もう隠す気さえない。見つけた。拾った。理解した。そういう顔だった。 猫に睨まれたネズミってこんな気持ちなのかもな。
「本来、おまえは双子の弟と同じ────いや、火力だけで言えば父親をも上回る才があった。
じゃが悲しいことに、出力口の奇形のせいで本来の力は出せんかった。
無自覚のまま死に向かう状態で、おまえの個性は火力へ行かなんだ。威力へも行かなんだ。代わりに、溢れ、零れ、拡散へ行った。循環へ行った。保持へ行った。配布へ行った。火を放つのでなく、火を住まわせる方へ進化した。これが【灯火】じゃ。
名付けも見事なものよ。ただ燃やすだけの炎なら、こんなに面白くはならんかった。灯す、という性質が入り込んだからこそ、おまえは他者の中に居場所を作り、自分の容量を世界中へ分けて置いてこられた」
老人は笑いながら、ふいに声音を落とした。その落差が、かえって気味が悪い。はしゃいでいたものが不意に真顔へ戻ると、それだけで人は少し怖く見えるものらしい。
「つまりのう、おまえの体は、もう中身が本体ではないのじゃよ。中心に見えるだけで、実際には芯にすぎん。
ろうそくの芯じゃ。おまえの本体総量は、もう外にある。配った灯、残した灯、拾われた灯、祈るように持たれた灯、その総数、その総量、その繋がりこそが、おまえの“器”そのものなんじゃ。
人間ひとりの体に複数個性を入れれば壊れる。じゃが、おまえはもう“人間ひとりの体”ではない。とっくに分散済みなんじゃよ」
その結論がよほど気に入ったのだろう。最後にはまた機嫌を持ち直し、ドクターは腹を抱えて笑った。
「ははは! 傑作じゃ、傑作! ワシは何度でも言うぞ、おまえは実に都合が良い!
それも、ただ便利なだけではない。理屈の上でも美しい!
小さな炎しか出せん弱さが、そのまま異常な許容量の理由になっとるんじゃからのう。出力不足が、巨大な受容構造へと反転しとる。
なんと皮肉で、なんと鮮やかか! いやあ、おまえを見ておると、神というものの性格が悪い理由もよく分かる!」
一通り腹を抱えて笑ったあと、今度は前触れもなく、その声が嗚咽に変わった。
「ここにあの方が……オール・フォー・ワンがいてくださったら! これほどの素材があるというのに、口惜しい。早くお見せしたい……!」
「今、俺のこと素材って言いました?」
「言っとらん」
カスジジイ……。
オール・フォー・ワンの収監は、この先代宰相を自称する邪悪老人にとって、深刻にメンタルを破壊される出来事だったらしい。
観察していて分かったのだが、この人は会話の途中で平然と情緒のギアを入れ替える。上機嫌で踊る。興奮して叫ぶ。急に泣く。何もなかったみたいに話を戻す。見ているこっちが疲れる。
いやまあ、ドクターって一応、プロの医療従事者ではあるので……。
医者の不養生とは言うけれど、もう少しこう、同業者の力を借りるとかさ……。今回は本当に、ちゃんとメンタルクリニックへ通っていただいて……。患者として……。
感情がローの方へ切り替わったのか、ドクターは急に静かになった。声音まで妙に落ち着いていて、下手をすると優しそうにすら聞こえるのが嫌だ。
「陽火よ、そろそろ考えてはくれんか? ワシはおまえを大切に思っておる。全てを継がせても良いと判断したほどじゃ」
「いやです」
「全部言わせてから断ってもいいじゃろが!」
「養子になれって言うんでしょ。嫌っすね……」
「何故だ!? いらんのか、財!」
「実の孫を脳無にした義父はちょっと」
「ツバサをハイエンドに出来なかったせいで……!」
あ、お孫さんツバサって名前なんですね。飛行系の個性だったのかな……。毎秒嫌なところを更新しているドクターだが、1番嫌なのはこういうところだ。まるで愛していたかのような話し方をするのが、嫌だなあ。絶対違うだろ、数日しか一緒にいない俺でもわかる。“愛している”のロールプレイを惰性で続けているだけだ。
「ドクター、戸籍なんて飾りですよ。そんな紙切れ一枚で、俺たちの関係を保証なんてできません」
「陽火……!」
「どうせ積み上げた財とかも、表に出てる分だけじゃないでしょ。俺はそれだけで十分です」
「なんて謙虚なんじゃ……」
実父があれで、義父がこれになるのは、右の馬糞から左の牛糞へ移動するだけだ。改善ではない。せいぜい匂いの種類が変わるだけでしかないし、燈矢くんがパニックになる危険もある。
良いです……俺の戸籍、汚れちゃうから……。リスクにリターンが見合ってないので……。
