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 結局、ピノック用の服は見繕えなかった。オレの服はオレに似合うし、デュースの服はデュースに似合う。じゃあピノックに似合う服はどこにあるんだよって話なんだけど、部屋中ひっくり返しても答えは出なかった。
 消灯時間を過ぎても興奮でぜんぜん眠れなくて、同室者に五分おきくらいで明日のデートの話をしていたら、十分目でひとりがキレた。十五分目でふたりめがキレた。二十分目でデュースが「寝たくなるまで外走ってくるか? それなら付き合うけど」と、脳筋の解決策を出してきたので、大人しく寝たフリをした。走るくらいなら寝る。絶対に寝る。そう思って目を閉じていたら、いつの間にか本当に寝ていた。スマホもいじらなかったから、結果的にいつもより早く寝たことになる。

 なんか腹立つけど、コンディションはかなり良かった。肌も体調もいつも以上に整っている。「オレ今日格好よくね!?」と聞いたら、同室者全員が目を逸らして逃げていった。なんでだよ。こういう時は嘘でも肯定しろ。あいつらが恋した時は絶対に手え貸してやらねーと心に誓った。友達がいのないヤツら。

 

 

 待ち合わせの場所、麓の街へ行く手前のガードレールに身体を預けて立っていたピノックが、オレを見るなり軽く手を挙げた。

「なんで!」

「ええ……なによ」

「ババアの乳首色のジャージはぁ!?」

「公道でババアの乳首色とか叫ぶなよ……」

 渾身のおしゃれをして待ち合わせ場所まで来たオレを待っていたのは、垢抜けた今どきの格好をしたピノックだった。話が違う。ババアの乳首色のジャージしかないって言ったじゃん。
 誰だよ、その服選んだの。オレがコーディネートしていい流れだっただろ。せめて一回くらい、噂の最悪ジャージで来いよ。こっちはそれも込みで受け止める覚悟をしてきたんだけど。

「絶対手持ちの服じゃないだろ、オレが選びたかったのに」

「これねえ、イグニハイドのキメラ。俺一人に12人分の私服が組み込まれてカスタムされております」

「全員の名前出せよ一人一人お茶会の招待状送ってやる」

「的確に貫通攻撃与えてこようとするじゃん。似合わない?」

「似合う~~~」

「エース、私服に赤が多いだろ。だから俺も差し色を赤にしてみました」

「しゅき…………」

 実質ペアルックじゃん。街でそういう格好してるカップルみたときはめちゃくちゃキモいなと思ってたけど謝るわ。超嬉しい。
 今日のために、オレのために考えてくれたってこと? オレが喜ぶと思って? はあ……? しゅき……。

 てか、昨日までトラッポラって呼んでたのに! エースって呼んだ!

「……ニール

「なあに」

「ひん」

「変な声」

 オレが頭をぐらぐらさせながら名前を呼んだら、ニールはふっつーな顔で手を繋いできた。
 こっちは手汗がやばいのに。反射で変な声も出た。なのにニールは笑うだけで、そのままオレの手を引いて歩き出す。自然すぎる。昨日の流れで仕方なく付き合ってくれてるだけのはずなのに、こういうことをされると勘違いしそうになる。
 いや、勘違いも何も今のオレは惚れ薬でニールは俺のわがままに付き合ってくれてるだけって分かってんだけど。最初から全部間違ってるんだけど、それでもだめだった。
 名前を呼ばれて、手を繋がれて、オレの色に合わせた服で隣を歩かれる。それだけで感情が忙しい。嬉しいし、恥ずかしいし、悔しいし、好きだし、もう全部まとめてどうにかしてほしい。

「全部借りもんだからさ、エースが俺の服選んでよ。お前センス良いから楽しみにしてたんだ」

「ひぃ」

「今日の服、格好いいな。俺が黒好きだから差し色黒にしてくれたの? 同じこと考えてたんだな。嬉しいよ」

「ひょぇ……」

「いつもハーツラビュルのメイクをしてたから気づかなかったけど、素顔だと目元が柔らかくなってこっちもかあいいね」

「まっっって!」

 繋がれた手をはなす理性は動かなくて、必死に顔の前に腕を出してガードした。
 あぶ、あぶない。あぶない。心臓の動きがやばい。オレ、ニールに恨みでも買ったか? え? 殺される?

「たたみかけんな! 忘れんな思い出せ、オレはいま惚れ薬浴びてんだぞ! ときめきすぎて死ぬ!」

「だからだろ。何のために昨日徹夜でギャルゲー履修したと思ってんだ。もう26人は落としてやったわ」

「ざけんなデータ全部消せ。二度とオレと他の女比べんな次やったら刺すからな」

「ヤンデレルートかよ……」

「お前がオレを病ませてんだよ。普通にデートさせろ」

 ニールがまさかここまで出来るやつだとは思っていなかった。やばいことをしてしまったかもしれない。
 こんなことになるなら、さっさとあのマッズイ解除薬でも飲んでおけばよかったか? いや、でも今さら飲むのも負けた気がする。誰に負けるのかは分からないけど、少なくともニールには負けたくない。もうだいぶ負けてる気もするけど。

 呼吸を整えて、どうにかオレが落ち着いたころ、ニールが「じゃあ歩こう」と優しく手を引いた。それだけで「オレのこと待っててくれた」「優しい」ってなる。なるけど、惚れ薬の効果が切れたら、たぶん「全部てめーのせいだろ。なに現実のデートをギャルゲーで履修してんだよ陰キャがよ」って思える。
 よし。まだセーフ。ちゃんと後日のオレが怒れる余地は残っている。

 さりげなく車道側に立ってくれるのも、どのゲームで覚えたんだ。どういう女の攻略を思い出しながらオレと話してんだよ。
 オレ、本当に恋をしたら簡単にメンタルがボロボロになる厄介なやつだったっぽい。先に知れてよかったとは思うけど、だからといって対処法とかなさそう。てか、単にギャルゲーしてきたってだけで非実在人物に嫉妬してるのキモくね? なんらかの病名つくやつだろこれ。

「エース、落ち込んじゃった?」

「んー、ちょっと。お前がギャルゲーしてきたとか言うから、いないやつに嫉妬してる自分に引いてんの」

「嫉妬したんだあ」

「笑うな」

「俺の事好きなんだねえ、かぁいい」

「うぅ……」

 こいつ、マジでオレのこと攻略しようとしてやがる。にやにやしやがって。しかも恋心フィルターがかかっているせいで、その顔まで「いじわるな笑い方かっこいい~!」みたいに見えて全肯定してきてムカつく。許すなこんな横暴を。

「デュース」

「ん?」

「デュースとニール、幼なじみなんだってな」

「あ、知ってたんだ。そうそう、0歳からの付き合い」

「ずるい」

「ふふ。あいつ当て馬ポジにされてんの。おもしろ」

「オレはほんとにずるいって思ってんの。薬のせいだから仕方ないだろ」

「んふふ、そうだねえ。俺とデュース、同じベッドで寝た仲だもんねえ」

 お泊まり会たくさんやったからね、とニールは付け足した。普通に考えたら、子供の頃に雑魚寝しただけだって分かる。分かるけど、理解より先に感情が勝手に動いて、また目に涙が溜まった。

「う”~~、いじ、めんなあ……っ」

 涙腺がゆるゆるになってサイアク。ニールが、何かのアニメの絵が描いてあるハンカチでオレの目元を押さえてくれる。オレのこと泣かせてるのはこいつなのに、優しいなあってほわほわする。感情めちゃくちゃ。そのダセェハンカチさっさと捨てろ。

「エースって恋をするとかあいいなあ。俺、お前みたいなめんどくさい子だいすき」

「効果切れたら覚えとけよ。ぜってえボコボコにしてやっからな」

「できるかなあ」

 舐めんな。やってやんよ。今は惚れ薬のせいで手を繋がれただけでぐらついてるけど、効果が切れたら絶対に覚えてろ。次はお前に惚れ薬引っ被せて、オレと同じ気持ちにさせてやるからな。
 泣いて、怒って、相手の言葉ひとつで足元がぐちゃぐちゃになるこの感じを、ぜんぶ分からせてやる。