ガシャン・カシャン・キャアキャア・グチャリ

 

 いつも通り奇妙な夢を見たあと、目が覚めて最初にやることは下着の確認だった。セーフ。これもいつものことだ。
 あれだけ好き放題された夢を見ておいて、現実の身体には何ひとつ痕跡がない。毎度ながら、どういう仕組みなんだろう。

 まあ、夢なんだからそんなものか。そう納得してから布団を捲り、今度は足元を確認する。丸く盛り上がったシーツを見た瞬間、ため息が出た。ああ、またか。

「どうしてオスなのにたまごを生めるんだ?」

 硝子を爪で引っ掻くような声を上げながら、俺の相棒であるヨノワールは、「知らない」とでも言うように首を傾げた。
 というか、そこ首なのか? 腹にある亀裂が口なら首はどこだ? 頭と胴体の境目らしい場所はあるけど、それを首と呼んでいいのか? いや、考えたら余計に混乱しそうだ。やめておこう……。

 俺の足の間には、子供なら両腕で抱えるくらいの大きさのたまごが転がっていた。
 表面はつるりとしていて、ところどころに薄い灰色の模様が浮いている。触るとほんのり温かい。ヨノワールのたまごだ。
 この家で暮らしているポケモンはヨノワール一匹だけなので、それ以外の選択肢がない。一応、最初に見つけたときは俺も混乱して、「これ、お前のたまご?」と聞いた。するとこいつは妙に嬉しそうに深く頷いたので、たぶんそうなのだと思う。
 基本的にヨノワールとの意思疎通は、俺が話しかけて、それにこいつが身振りで返事をする形で成り立っている。今さらそんなところで突然俺を騙す理由もないだろう。

 普段からボールには入れず、家の中でも外でも好きにさせているけれど、よそのポケモンとつがいになっている様子はない。そもそもこの辺りではゴーストタイプ自体が珍しいし、何よりこいつはオスだ。
 最初にたまごを見つけたとき、さすがに何か病気なんじゃないかと思ってポケモンセンターへ連れていったが、診てもらった結果は健康そのものだった。
 オスのポケモンが自らたまごを生むのは非常に稀ではあるものの、絶対にないわけではないらしい。
 身体の性質や、特殊なエネルギーの影響やら何やら、いろいろ説明されたけれど途中からよく分からなかった。とにかく病気ではないならいい。つまり、こいつはそういう体質なんだろう。

 たまごを両腕で抱えて流しへ運ぶ。ヨノワールは俺の後ろ斜め上を、いつものように音もなくふわふわとついてきた。別に止めようとするわけでもない。ただ俺の肩越しに、抱えられたたまごをじっと見ている。一つしかない赤い目が、たまごと俺の顔をゆっくり往復した。

「朝ごはん作る前に処分するから待ってろって」

 流し台の脇、歯ブラシやコップの並ぶ場所にはどう考えても不釣り合いなハンマーが置いてある。これも今ではすっかり常備品になってしまった。柄を握り、たまごを流しの中央へ置く。
 最初の頃はかなり抵抗があったけれど、何個目かも分からなくなった今となっては慣れたものだ。何かが孵る気配もないし、ヨノワール本人も処分を嫌がらない。それなら溜め込んでおく理由もない。

 できるだけ一思いに、ハンマーを振り下ろした。

 ガシャン、と硬い音がする。

 殻が大きく割れ、隙間から透明な中身がどろりと流しへこぼれ出した。
 白身ともゼリーともつかない半透明の液体に、細い糸みたいな赤がほんの少し混じっている。これが怖いんだよなあ……。何度見ても慣れない。

「うへぇ……」

 情けない声を出しながら水を流し、割れた殻を一枚ずつ拾って、汚物用の黒いごみ袋へ詰めていく。透明な袋で捨てる勇気はない。事情を知らない人間が、ゴミ捨て場に叩き割られたポケモンのたまごが何個も入った袋を見つけたら、まず間違いなく通報するだろう。俺だって通報する。
 ポケモンセンターへ持っていけば適切に処分してくれるらしいけれど、これだけ頻繁に持ち込んでいたら、そのうち受付の人に顔を覚えられそうで嫌だ。「またあのヨノワールのたまごの人だ」とか呼ばれ始めたらなんか嫌だ。

 当のヨノワールといえば、自分が生んだたまごを目の前で叩き割られているというのに、どこ吹く風だった。
 悲しむでも怒るでもなく、俺のすぐ後ろをふらふら、ふわふわ漂っている。ただ、割れた殻にはもう一度も目を向けなかった。代わりに、流しを片づけている俺の背中をしばらく眺め、それから冷蔵庫のほうへ視線を移す。たぶん、お腹が空いたのだろう。

「今作るから待ってろって」

 声をかけると、ヨノワールは一つ目を細めるようにして器用に笑った。そのまま嬉しそうに空中でくるりと一回転し、いつもの定位置である俺の背後へ戻ってくる。大きな身体がすぐ後ろに浮かんでいるせいで、冷蔵庫を開ける俺の肩越しから中を覗き込む格好になった。

 まったく、こいつは手がかかる奴だ。

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