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燈矢が拠点に戻った時、弟のそばになんの脈絡もなく白い毛皮と人の顔の長身異形型個性の人間がいたのは事件でしか無かった。反射で攻撃をするより先に「とやくんちょっと丸呑みにされて」と言われて「なんで?」の疑問が口をついて出て、攻撃はキャンセルされる。
「彼は俺の協力者、一回体内に入れたら身体をスキャンできる個性なんだって。一回ちゃんと調べよう!」
「中に入れて、診ます。個性です。嚥査」
「は?」
「動かないで抵抗しないで言うこと聞いてて。俺の言うこと聞いて」
燈矢は陽火に怒られるのが怖い、見限られるのが怖い、なのでちょっとでも強い口調で言われると途端に弱くなって無条件に了承の返事だけを返す癖がついていた。
目の前のよくわからない第三者、毛皮に覆われた獣のような巨躯。立ち上がる動きは緩慢でいて滑らかだった。地を踏む蹄の音は聞こえない。質量を感じさせないその挙動が、却って質量を圧しつけてくるようだった。
胸が割れた。
何の予兆もなく、ぴしりと縦に、胸の中央……心臓に相当する部位が裂ける。内側は臓器だった。蠢く湿潤な膜が、ぬめりと光を反射していた。
それは生きていた。確実に。
赤紫の糸のようなものが束になって絡みつく。血管、と思った。ぬめりとした器官が触れた。皮膚を撫でるように滑り、導くように包み込む。飲み込むのではない、抱えるのでもない、ただ粘膜の奥へ導かれていく。
そして閉ざされた。
ベッッチャッッツ
数分後、粘液まみれで吐き出された燈矢は呆然としながら「……なんで?」ともう一度陽火に問いかけた。俺、陽火くん怒らせることしたか? なんかもう怖い。なに? なにに対する罰だこれ。
いつも優しい大好きな弟は「これ、消毒と微弱な治癒効果と傷口の保護と美肌効果があるらしいよ」と、良かったねみたいに言ってくる。陽火くんは頭がいいけど、説明を省く。俺にもわかるように言って。説明して。なんにもわかんない。怖かった。燃やさなかったことをまず褒めて欲しい。
「熱、あります。しかし……個性利用にて、深部、冷却。脳への影響、ほぼ、ありません。すごいです。胃腸、すこし炎症。けれど、これは……たぶん、固形物。久しぶりに食べた。びっくり、体が。
───肉体、損傷。とても大きい。痛み、あります。でも、動いてます。立ってる。気力で、生命力、つなげてる。医学的に、説明、むずかしい。ほぼ、オカルト。すごいです。ほんとうに」
「やっぱ後遺症大きいか……膀胱、膀胱どう? 破裂寸前とかじゃない?」
「問題、あまりなし。でも水、足りないです。飲むより、使う。身体の中、冷やすのに使ってる。なので、今より飲むべき」
「足りないと膀胱炎とかになるよな……」
「なる、あぶない」
この会話はどこからどう見ても医療相談なのに、全体に漂う異常さが消えないのはなぜだろう。視界の端に、まだ毛皮がぬるりと蠢いていた。
「陽火くんお願い、俺にも説明して。─────誰、それ……?」
「仲間」
なんにもわかんない。弟の友達として変なやつが来たことしか分からない。ただでさえ鍛錬で体温が上がりきって疲れていた燈矢は、考えることをやめた。寝て起きたらいなくなってるだろう。たぶん、きっと、おねがい。頼む。
