前世の経験が冴え渡る

「私、昔より老けちゃったもの」
「大人っぽくなって綺麗だよ」

 彼女は少し気恥ずかしそうに視線を逸らした。電灯の白い光に照らされた横顔には、かつての鋭さと、年月が重ねた柔らかさが同居している。

「まさか、ここで会うなんて思ってなかった……もっと綺麗にしておけばよかった」
「十分すぎるよ。むしろ、不意打ちで会えたからこそ嬉しい。飾らないあなたが一番綺麗だ」

 言葉を選ぶ間もなく、心が勝手に口を動かしていた。数年という空白を飛び越えて、そこにいるのは──あの日と変わらず強がりで、人間味に溢れた「治安の悪いおねえさん」だった。

「ねえ、名前を教えて。あの時は、お互い……名前も知らなかったから」
「ここでは『あかり』だ」
「私は『マグネ』……本名は、お互いに秘密にしましょうか」
「そうだね。秘密がある方が楽しい」

 偽名を交わした瞬間、なぜか互いの素顔に一歩近づいたような錯覚があった。正体を隠して生きるこの世界だからこそ、偽りの名が逆に絆を強める。

 抱きしめた腕の温度、頬を寄せたときの微かな香り。数年ぶりの再会に、親愛を示すリップ音が小さく響く。
 昔は見上げるほど大柄に思えたけれど、いまでは身長が逆転してしまった。よくぞひと目で、あの時のガキだと気付いてくれたものだ。恥じらいを浮かべる彼女がかわいくて、受け入れてもらえている分はセクハラじゃないと勝手に判断し、ぎゅむぎゅむと抱きしめていると──地を這うような低い声が背後から割り込んだ。忘れていたわけじゃない。

「あかりくん。俺の知らないオカマと、俺の知らない交友関係持つのやめて」

 現代社会なら炎上必至の言葉だが、燃えてなんぼのヴィラン世界なので仕方ない。
 俺は数年ぶりに再会した『治安の悪いおにいさん』こと『治安の悪いおねえさん』とハグ&キス(リップ音)で親愛を確かめていただけなのに、実兄は死後三日常温保存のイワシみたいな目で見てくる。

 今日も今日とて採用面接の担当をしている。これまで28人が「面接官を殺せば採用」と思い込み俺に襲いかって、実兄による迎撃の焼殺で灰になった。8人は一次面接通過。さらに2人は俺が個人的に欲しいので弔くんと交渉予定の別枠。そして最後のひとりがマグネだった。採用、不採用を考えるまでもない。原作にいた人物だし、ヴィランとしての実績も十分。何より俺にとっては恩人だ。能動的殺人童貞を卒業させてくれた人でもある。あの時から吹っ切れて、必要とあらば殺戮も仕方ないと覚悟が定まったのだから。

「だびくん、こちらマグネ。何回目かの拠点移動の時に筑前煮とか本とか服をくれた人」
「知らない」
「私の作った筑前煮が、あなたの血肉になったのヨ」
「気色悪ぃ……最悪……」

 燈矢くんも拠点移動の多さで細かいことは覚えていないのだろう。俺がいろんな人に物をもらってくるのは日常茶飯事だったし。
「美味しかったって言ってたよ」と伝えると、マグネは嬉しそうに「アラァ~~!」と口元に手を当てて笑った。やっぱりかわいいなこのおねえさん。

「あの頃はほんと、逃げるだけの生活だったから……本当に助かったよ。ありがとう」
「いいのよ。私だってあの時は人生に迷ってた。あかり……あなたに救われたの。あの時に見た海、忘れられない」
「また一緒にバイクで走ろうね」
「ええ、また乗せて」

「あかりくん。俺の知らないオカマと何してたの。ねえ、あかりくん。なんでそれ『かつてのこと』が前提になってんの。俺、それ知らないんだけど。ねえ、いつ? どうして? どうしてすぐ知らない人についてくの。あかりくん聞いてる?」

 ──くそっ! 実兄が隣にいると口説けない!
 周囲の空気がじわじわ高温になりはじめたので、背後にべったり張り付いていた実兄を正面に抱き寄せて、ハグ&キスで落ち着かせる。燈矢くんは実兄だから、リップ音だけじゃなく遠慮なく親愛のキスだ。

 よーしよしよし、よーしよしよし。大型犬をこねくり回すみたいに背中をぎゅむぎゅむしていると、耳元で「陽火くん、あまえっこだな」と笑い声が落ちてきたのでセーフ。
 マグネは大人の余裕で「あらあら」と眺めつつ、「メンタルヘルスには通っているの?」と尋ねてくる。保険証がないし、この状態だからこその強さもある。ならばもう、俺が死ぬまで共にいる契約で、このまま突っ走るしかないんだな。

 このまま話していたいのはやまやまだが、一応今は採用面接の途中だった。「良い返事、待ってるわ」と俺の頬を撫でて出ていく良い女に軽くメロりながら見送ると、実兄が「あかりくんの趣味はどうかしている」と絶望的な声を出した。

「俺は俺の事好きな人が好きだからしょうがない」
「じゃあ俺のこと1番好きだろ」
「うん」
「……わかってんのに、浮気だ、ひどい……」

 ひどい、いじわる、ばか、をランダムで繰り返しながら甘えた罵倒を繰り返しているヴィラン連合最強戦力の一角である燈矢くんを適当になだめて歩いているが、俺が適当にあしらう上に燈矢くんの甘えた態度のせいで、また何か勘違いしたやつが無駄に燈矢くんに喧嘩を売っては死の迎撃を受けて床のシミになる事件が続いている。

 最近は外部から連合入り希望のやつが来てるから、事情を知らない力自慢のバカが箔付けの為に無駄に暴力を行使しようとしておしまいになることが多い。
 床掃除するの俺しかいないので本当に、弱者は弱者の自覚を持って強者に喧嘩を売らないで欲しい。俺が許されているのは許されるだけの関係値があるからってだけなのに、暴力性の高いバカのコミュ障って無名構成員としても要らないんだ。弔くんは使い捨ての駒として採用しがちだけど、駒採用しちゃダメなタイプのバカってこの世にいるから!

 俺が1次面接を通した面々の情報を眺めながら、弔くんが煎餅をボリボリ食べている。すごい! カスがどんどん書類に! 毎秒最悪を更新する男だ、おもしろすぎる。

「このオカマはなんで面接通したんだよ」
「書類が読める、会話が出来る、コミュ力がある、指示が通る、暴力行為に適性が高い、連合入りの希望が明確、あと俺の縁故雇用」
「縁故? この世で1番信用出来ねえ単語だしやがったな」
「弔くんの縁故雇用である俺という存在がこれほど真面目に働いているというのに……?」
「うるせえな」

「お前が面接するとほとんど落とすから人が集まらねえ」と文句を続けられたが、俺が担当しないとたぶん弔くんは4人目くらいで全員をひとつの部屋に詰め込んで「バトルロイヤルだ、生き残れ」とかいってヴィランの蠱毒を作るよ。結果として俺より採用人数減るからな、絶対。

「弔くん、マグネたちはこのお煎餅です」
 新しくパッケージを開けて弔くんの口元に差し出すと、「狂ってんのか?」といいつつバリバリと食べる。素直。
「そして俺が落としたやつはこのカス」
 口元に付いてる食べカスを指で拭って床に落とすと「きったねえ」と悪態をついた。あなたが食べ散らかしたものです。そしてあとで俺が掃除するものです。

「カスを山ほど集めてもそいつはゴミなのでお煎餅にはならないし、食べる気もおこらないし、その癖嵩張ったりしたら最悪だろ。
弔くんだって忙しいんだからそういう雑魚に無駄に手をかける必要ないって、俺がまともなお煎餅集めて捧げるから、ボスはそこから厳選作業してください」

「ふん、良い心掛けだ」

 ワンチャン、ごちゃごちゃうるせえな殺すぞのパンチが来るかと思ったが、なんとなく納得していただけたようで幸いです。まだヴィラン連合は規模がそこまで大きくないから、現在使う構成員はある程度まともな指示が通る未来の幹部格くらいの人たちを厳選する必要がある。

 組織を大きくするのは面倒だ。誰かを選んで、落として、揉めて、掃除して。無駄に死体も増える。だけど同時に、やり甲斐があって楽しい。カスを選り分けて、ほんの少しのまともな粒を集めて、未来を形にしていく作業だ。

 でもめっちゃ楽しいんだよなコレ~~! 前世も似た仕事してたもん俺! やっぱ天職かもしれん!

 組織作りは大変だ。けれど、こうして弔くんや燈矢くん、日常生活で出会った人が仲間になってくれたり、仕事で出会った人と交友を結んで、並んで同じものを目指してまっしぐらに突き進む。これが俺にとってはこの上なく楽しい日常になっていた。