地雷の後ろにチェイサーボム

 家に着いて、逃げ足の早さを自画自賛しながら、靴も脱がずにベッドに倒れ込む。有能な部下たちのおかげで特に指示もなく、やっておくべき仕事も今日はない。飢えた仲間のための食事のストックは黒霧に管理を任せているから食い荒らされることもないだろう。 とんだ一日だった……と、ぐったりする。今日はもう何やってもダメ。何もしないに決めた。

 

 スマホを弄りながら時間を潰すと。いつの間にか時計の時間が夜になっている。燈矢くんは全国津々浦々黒霧ワープ悪巧みで昨日は長崎今日は群馬みたいな勢いで超長距離移動悪巧みをしている。だいたいは日帰りで各地方のお土産と一緒に帰ってきてくれるのだが、今日はなかなか帰ってこなかった。こういう日はたまにある。俺には門限があるが、燈矢くんには門限がないので……。

 

 別に待ってろという指示がある訳でもなし、久しぶりに広々とベッドで眠れるなと風呂上がりに大の字をキメていた。いつもは成人済のオニイチャンが同じベッドで寝てるのでね……。俺が押し潰したところで痛くも痒くもないだろうが、人と寝床を一緒にしてると無意識で遠慮してしまうとこあるから……。 暗転。

 

 

陽火くん……」

 

 ゆさゆさと身体を揺すられて目が覚めた。俺は自由に寝ていてもいいが、実兄が帰ってきた時は必ず「おかえりって言って」と叩き起される宿命を背負っている。今何時だ……? 自宅拠点は地下にあるから、なんにも分からない。燈矢くんは電気もつけず、いつもより焦げたにおいをさせて「陽火くん」と、もう一度俺の名前を呼んだ。

 

「んー……おかえり……」

陽火くん」

「なにぃ……? なまえよぶだけじゃわかんない……」

 

 

 

「あのな、俺も悪いかなって思ったんだよ。

ほんとに、偶然。位置共有のやつ見てたら陽火くんここら辺にいるなあって気付いて、近くだったから会えるかなって見に行ったらホテルで。

陽火くんとこれが一緒に入るのを見て、で、20分くらいかな。

俺、そこにいたんだよ。

そしたら陽火くんが走って出てきて。すぐこれが裸で追いかけてきただろ? 変なのだって思って驚いたんだ。

だから、つい勢いで手を出したんだよ。でかめの虫が突然目の前に来たら驚いて叩くだろ、そんなかんじ。

だから別に、俺だってやってやろうと思ってやったんじゃないってのは理解して欲しい。反射ってやつなんだ、ほんとに。

でもさ、考えたら、あれってただの喧嘩だったのかもしれないって思っちゃって。

もしかして俺って陽火くんの恋人、殺しちゃったかなって。

それって陽火くん悲しいだろ、もしそうなら本当にごめんって、謝らなきゃなあって思ってたんだけど、なんかやっぱり、なんか……嫌なんだよな……。

どうしよう、陽火くん、俺どうしたらいいと思う?」

 

 

 

 なにか……不穏なことを言ってるのが寝ぼけた頭の中にも入ってきた……。プンと鼻を突く焦げ臭いにおいは、いつもの“仕事終わり”のものよりも濃い。焦げた何かが目の前にあるような……。

 

 手探りでリモコンを見つけ、スイッチを押す。LEDの光で一瞬目を焼かれて瞬きを繰り返すと、困ったなあというような顔をした燈矢くんが何かを鷲掴みにしていた。

 

 はじめは、それが何なのかわからなかった。糸にまみれた、焦げたボールのようなもの───────黒くひび割れた表面に、細い線が絡みついている。燈矢くんは、その糸を鷲掴みにして持ち上げていた。それが髪で、糸の中に白い歯が透けて見えたことで、ボールだと思っていたものが“頭”だったと気づく。

 

気づいた瞬間、俺はベッドから転げ落ちた。

 

 

「うわビビった誰コレ!!!?!」

 

 

 寝起きに高純度の謝罪風自己弁護と生首見せられる生活、勘弁してください。俺さっきまで結構いい夢みてた気がするんだけど全部吹っ飛びましたが……。

 

「“誰”なのか、わかんないか。じゃあいいや」

「ベッドの上で蒼炎使うのやめてくださ~い……」

 

 火傷のせいであまり変わらない燈矢くんの表情が、最大限嬉しそうにニマニマと笑みを作っている。あ、これもしかして昼間の人かな……なんかそれっぽいこと言ってた、ちょっと寝ぼけてすぐ出てこなかったな……。

 

陽火くんは大事だったらどんなに変わってもわかるもんな。

見た目も声も全部変わった俺をみて、一目で燈矢ってわかってくれた陽火くんなんだから。

良かった。俺、間違って陽火くんの大事なもん焼いちゃったかと思って怖かったんだ。どうでも良くてよかった」

 

 ベッドの上に落ちたタンパク質産物の灰をせっせと片付けてる俺を後目に、燈矢くんは胸に手を当ててわざとらしいほどの仕草で“ホッとした”を表現していた。結構演出に拘るタイプなんだよな。

 

「片付けとくから風呂入ってきな~」

「もう寝たい」

「その場合俺の横じゃなくてソファで寝ていただきます」

「風呂入ってくる……」

「偉い」

 

 今日の焦げ臭さって死臭なので……。1度入ったら結構長風呂するから、片付けと換気は間に合うだろう。まだ眠い目を擦りながら、俺はこの極微細インシデントの反省点を脳内でまとめていた。

 

 メンヘラ彼女(実兄)が本当に手を出すぞ、ということが分かったので、さすがに人の命と引き換えに己の快楽を優先することは倫理観が咎めます。潮時か。終わりが早かったな、俺のハッピー性生活。

 

 これの何が怖いって、燈矢くんは俺の恋人を殺したとしても『ごめんね』と謝ればチャラにしてもらえると思っているところです。やっちゃった! ごめんね! で許される気でいる。

 とんでもない事だ。俺は世界の平和のために、今回の教訓を活かしていきたい。

 

 

 

 次からは仁くんに頼んで、倍に増えた仁くんを貸してもらうことにする。確か大ダメージ受けない限り消えないらしいし、セックスはダメージに入らないだろ。たぶん。きっと。

 

 そういえば仁くん自身が増えたのは見たことないけど、めちゃくちゃ頼み込めば押し勝ちできる自信がある。身内に甘くて押しに弱く甘えられると応えたくなるという、仁くんの善性に全力で寄生しよう! これが俺なりの平和への道筋です。対戦よろしくお願いします。