同胞

 ディオニュソスさんが誰なのかは、ひとまず置いておくことにした。知らない名前について考えても仕方がない。それより、こんな夜中にわざわざ私だけを呼び出した白蛇の方が気になる。白蛇は少し離れたところで身体を丸め、逃げるでも近づくでもなく、赤い目でこちらを見ている。

 私は洞窟の入口へすぐ戻れる位置に座ったまま、前足のそばに落ちていた枝をなんとなく引き寄せた。

 向こうは蛇、こっちは虎の子。しかも後ろにはお父さんとお母さんと叔父虎が寝ているので、よく考えれば命の危険があるのはたぶん白蛇の方だった。だったら、昼間に来ればいいのに。少なくとも、お父さんとお母さんは外でデートをしている方が多いから、大人二匹はいなくなる。

「どうして夜なの? 昼間じゃだめだった?」

「昼間には会えないだろう? 私は君たちきょうだいの、ちょうどいいおもちゃと、ちょうどいいおやつになっておしまいだよ」

 なるほど。ものすごく納得した。

 私だけならまだしも、私も入れたきょうだい四匹が揃っているところへこんなに細長いものが出てきたら、絶対に狩りごっこが始まる。

 叔父虎に見つかったらもっと駄目だ。会話の前に前足で半殺しにされて、『お前たち、これで狩りごっこをして遊びなさい』と、命の尽きかけた白いロープみたいな状態で私たちの前へ置かれる。きょうだいは喜ぶだろうし、たぶん私も喜ぶ。危ない。なんの物語もはじまらないまま終わるところだった。白蛇が夜を選んだ理由には文句のつけようがなかったので、枝から前足を離す。

「完全に納得しました。でもさ、同胞って言ったけど、見た目はぜんぜん同じじゃないよね」

「姿の話ではないよ。ごく稀に、私や君のようなものが生まれる。獣の身体で人の言葉を語り、そのくせ今の同族とは、人のように言葉を交わすことのできないものだ。

君は私が今まで出会ってきた彼らよりも強く、大きくなれそうだ。それに、まだ幼い。これから選べるものも多いだろう。だから一度、話をしておきたかった」

 私のほかにも、人間の言葉を喋る動物がいる。目の前の白蛇だけではなく、昔にも何匹かいたらしい。これまで自分が人間から虎になったことについては、考えても答えが出ないのでだいたい放っておいた。死んだ。目を覚ましたら虎だった。終わり。

 でも同じようなものが何匹もいたとなると、さすがに話が違ってくる。もしかして、この白蛇も。

「今の身体になってから、名をもらったことはない。目を覚ましたころには他のきょうだいもどこかへ散っていたし、私に名前を尋ねる人間とも長く会っていないからね。

ただ、生前の名ならあるルキウス・アエミリウス・フィロン。人だったころは、そう呼ばれていた」

「やっぱり人間だったんだ。私はガウーワ。たぶん今はそれが名前。昔は菜花火花って名前だった。日本っていう国で人間をやってたよ」

 ルキウス・アエミリウス・フィロン。長い。そして西洋っぽい。どこの国っぽいのかまでは分からない。

 前世の私は海外の名前に詳しくなかったので、どこからどこまでが名前なのかも怪しいし、ルキウスもアエミリウスもフィロンも全部名前っぽい……姓の部分がどこか分からない……。

 とりあえず、訂正されるまで呼びやすい部分を取ってフィロンと呼ぶことにする。

「ナノハナヒバナ……あまり聞き馴染みのない響きだ。ニホンという国も知らない。どうやら、生きていたころの私たちは、ずいぶん離れた土地にいたらしいね」

 フィロンは私の名前をもう一度だけ口の中で転がすように繰り返して、それから少し考えるように頭を傾けた。

 私も同じようにフィロンという名前を覚え直す。ルキウス・アエミリウス・フィロン。全部覚えられなくはないけど、毎回全部呼んでいたらいつか舌を噛みちぎりそうなので、やっぱりフィロンでいいと思う。

 本人も今は名前のない蛇だと言っているくらいだし、たぶん怒られない。というか、生前という言い方をしたということは本当に私と同じで、一度人間として死んで、それから獣として生まれ直したということだ。

 知らない場所に転生しただけでもびっくりなのに、同じような人がいた。その事実がじわじわ嬉しくなってきて、私は前足を揃えたままフィロンの方へ少しだけ身を乗り出した。どこに住んでたの、と聞くと、フィロンはすぐに答えてくれた。

「私はイタリアの生まれだ。カンパニアという土地にある、ウェスウィウスの麓の町で暮らしていた。いいところだったよ。海から風が来て、土は豊かで、葡萄もよく育った。朝になればパンを焼く匂いが通りに流れて、人が起きればあちこちから声がしてね。静かな町だったとはとても言えないが、私はあの騒がしさが好きだった。

師の診療所もそこにあった。気難しい人で、私が少しでも薬を量り間違えれば年甲斐もなく怒鳴るくせに、自分が間違えたときだけ三日ほど口数が減るような人だったよ。

……それから、愛した人もいた。あの人と歩けば見慣れた道まで少し違って見えた。夕方の石壁も、噴水の水も、葡萄の葉の色も、どれも前より綺麗に思えたものだ。豊かな土地だったし、いい町だった。私はそこで学んで、働いて、愛する人と出会った……。私にとっては、とても幸せな場所だったよ」

 イタリア。そこだけは知っている。前世の私でも知っているくらい有名な国だ。細長くて長靴みたいな形をしていて、パスタとかピザとか、たしかそういうおいしいものがいっぱいあるところ。

 とはいえカンパニアもウェスウィウスも聞き覚えがなかった。いや、聞いたことがあるのかもしれないけど、前世で外国の地名を真面目に覚えていた自信がないので何とも言えない。

 それよりフィロンが話している間、声が少しずつ楽しそうになっていくのが分かった。

 蛇だから表情はほとんど変わらない。それでも師匠の話をするときには声が柔らかくなって、恋人の話をした時はさらに嬉しそうになった。

 たぶん、ものすごく好きだったんだろう。故郷の話もそうだ。私には知らない町なのに、フィロンが話すとパンの匂いがして、遠くに山が見えて、夕方の道を誰かと並んで歩いているみたいな気がしてくる。

 そこまで一息に話してから、フィロンは急に我に返ったらしい。赤い目を少し伏せ、二股の舌をちろりと出したあと、その先を落ち着かなく震わせた。

「……すまない。尋ねられた以上のことまで話してしまったね。人とこうして会話をするのが、本当に久しぶりなんだ。少し、嬉しくなってしまった」

「いいよ。もっと話しても。私のいた日本も良かったよ。最近は夏が本当にきつくて、外に出た瞬間に帰りたくなるくらい暑かったけど、四季があってね。春と夏と秋と冬で、咲く花も空気の匂いもぜんぜん変わるの。

春は桜が咲いて、夏は蝉がうるさくて、秋は涼しくなって葉っぱの色が変わって、冬は寒い。小さな島国で、人が多かったり、いろいろ面倒なこともあったけど……好きだったなあ」

 言いながら、急に懐かしくなった。

 日本が世界で一番素晴らしい国だったとか、毎日が幸せだったとか、そんなことを言うつもりはない。嫌なこともあったし、ニュースを見て腹が立つ日もあったし、夏は年々どうかしていた。最期は全裸で死んだのも、考えないようにしていたけど結構キツイ。

 それでも、コンビニへ行けばだいたい何でも買えたし、夜になれば街灯がついて、電車は時間になれば来て、スーパーには季節の食べ物が並んだ。春になるといつもの道に桜が咲くことも、冬の朝に布団から出たくなくなることも、そのころは特別だと思っていなかった。

 フィロンが故郷のパンの匂いを覚えているように、私にもそういうものがいっぱい残っている。

 今は虎なのでパンもコンビニも電車もないけど、別に毎日泣くほど帰りたいわけでもない。それでも好きだったものは好きだったままだ。

 フィロンもきっと同じなのだろうと思って見ると、白蛇は何も言わずにこちらを見ていた。さっきまで自分の故郷を話していたときと同じような、少し懐かしそうな目だった。

 しばらくそうしてお互いの故郷について話していたかった。私は日本のことならまだいくらでも話せるし、フィロンの町の話ももっと聞きたい。パスタはあったのか。ピザはまだなかった気がする。フィロンがいたころのイタリアってそもそも何年前なんだろう。

 フィロンがこっちで何年くらい生きているのかもまだ聞いてないし、聞いたところで私の世界史知識では年代を合わせるのは難しそうだけど、前世で世界史を真面目に勉強していなかったことが今になってちょっと悔やまれる。

 どうせなら学生時代の私に、将来イタリア人の蛇と出会うからちゃんと覚えておけと教えてあげたい。絶対に信じないと思う。

 そんなことを考えていると、フィロンが夜空を見上げ、それから私の背後にある洞窟へ視線を移した。中は静かなままだったけれど、お母さんは眠りが浅い。私がいつまでも帰ってこないことに気づいたら、すぐ探しに来る。

「君の故郷の話も興味深いよ。できればまだ聞いていたいが、今夜はあまり長く語り合わない方がいいだろうね。君の母君が目を覚ませば、きっと探しに出てくる」

 それはまずい。お母さんが私を見つけるだけならいいけど、その隣に知らない白蛇がいたらどうなるかは考えるまでもない。

 私が「友達です!」と言っても通じない。さっき想像した命の尽きかけたロープが、今度はお母さん作になる未来しか見えない。

 私はちらりと洞窟の奥を確認し、まだ白い大きな塊が動いていないことに安心した。フィロンも同じことを確認したらしく、身体を少しほどいて頭をこちらへ向け直す。

「だから、その前に伝えておきたい。君はこれから人間に興味を持つことがあるかもしれない。人だった記憶があるなら、なおさらだろう。だが、自分から人里へ行くのは勧めない。少なくとも、今すぐにはね」

「人間ってそんなに危ないの? 私たちみたいなのが他にもいたなら、その人たちはどうしたの?」

 フィロンはすぐには答えなかった。

 何かを数えるように少し頭を動かして、それから、困ったように細い舌を出した。私は数匹、と考えていたけれど、この場合は数人なのかもしれない。身体は獣らしいけど、中身が人間なら人。いやでも今の私は虎だから、私を一人と数えるのもなんだか変な感じがする。フィロンも同じところで引っかかったらしく、一度言葉を切った。

「これまでに数匹……いや、数人と言うべきかな。私にもよく分からないが、ともかく私たちと同じものには何度か会ったよ。

話をして、それぞれ別れた。人間のもとへ行くと言った者もいたし、最初から人里の近くで暮らしていた者もいた。だが、一度別れたあと、再び会えた者はほとんどいない」

 それからフィロンは、自分でも説明しづらそうに、身体の前半をゆっくり持ち上げた。目も鼻先も、何か特別なものがついているようには見えない。耳らしいものなんてそもそもない。普通の白蛇。赤い目は珍しいけど、それくらいだ。

「それと、これは私だけなのか、私たち皆にあるものなのか、まだ確かめきれてはいないのだが……私たちのようなものが生まれると、何となく分かることがある。

こちらの方角の、遠いところに何かがいる、とでも言えばいいのかな。いつも分かるわけでもないし、何を感じ取っているのか私にも説明できない。

君が生まれたときにも、ずいぶん遠くで何かが増えたような気がした。それで少しずつ近づいてきたんだ。最近はこの山で獣たちの悲鳴も増えていたから、何かあったのかと思って様子を見に来たら……人の言葉を喋りながら元気に転がっている毛むくじゃらがいた」

 最後の言い方には若干の悪意を感じる。元気に転がっていて悪かったですね。でも悲鳴が増えた理由には心当たりがありすぎる。私たちが生まれてからお父さんの狩りの回数は明らかに増えたし、叔父虎も獲物を持って帰ってくる。

 白くてでっかい虎が二匹で育ち盛り四匹分と、がっつりもっふりでっかい大人三匹の食料を確保しているのだから、山の草食動物側からすれば最近この辺りの治安が急激に悪化したと思っているに違いない。ごめんなさい。いっぱい食べていっぱい育ちます。

 私は心の中だけで山のみなさんへ謝ってから、ふと気づいた。フィロンが私を探しに来られたなら、今まで出会ったという人たちも同じように見つけたのだろう。だったら、人間のところへ行って帰ってこなかったという話も、ただの伝聞ではない。

「フィロンも最初からずっと山にいたの?」

「いや。むしろ逆だよ。目を覚まして、自分が蛇になったと理解して、それからしばらく一人でいた。私は人として三十年以上生きたからね。誰とも言葉を交わせない暮らしには、思っていた以上に耐えられなかった」

 その言葉は、ちょっと分かる気がした。私は最初からお父さんもお母さんもきょうだいも叔父虎もいた。言葉は通じなくても、ひとりではない。くっつけばあったかいし、鳴けば誰かがこっちを見るし、お腹が空けばご飯もある。

 フィロンにはそれがなかったのだろう。目を覚ましたら蛇で、同じ蛇を見つけても会話は出来ない。それなら、人間を見つけたとき嬉しくなるのも当然だと思う。

「人の声を聞いたとき、安心したよ。姿は違っても話せるのではないかと思った。実際、話すことはできた。そこまでは良かったんだが……人の言葉を話す蛇というものは、私が期待したほど歓迎される存在ではなかったらしい。

捕らえられて、珍しいものとして扱われて、最後には食べれば何か良いことがあるのではないかという話になった」

「食べられる……!?」

 思わず声が大きくなって、慌てて口を閉じた。洞窟を見る。動いてない。よかった。いや、よくない。食べるって何。喋ったのに。

 フィロンは「やめてください私は人間です」とか言ったはずなのに、それでも食べようとしたの? 人間怖。前世は私も人間だったのであまり大きな声では言えないけど、人間怖。

 フィロンはそんな私を見て、もうずいぶん昔のことだからなのか、怒っている様子もなく身体をゆるく丸め直した。

「幸い私は蛇だ。以前の人間の身体では通れないような隙間から抜け出して、屋根へ上がり、そのまま逃げたよ。

それから人間へ近づくのはやめた。ただ、彼らが私たちをどう考えているのかは知りたかったから、人の集まる礼拝所の天井裏へ入り込んで、しばらく話を聞いていた。

何年どころではなかったかな。あちらこちらへ移りながら何十年か聞いて、古い話も集めた。それでようやく、この世界では私たちのようなものを『神獣』と呼ぶらしいと知ったんだ」

「神獣っていうくらいなら、大事にされるんじゃないの?」

 フィロンはゆっくり頭を横へ振った。蛇が首を振るとちょっと不思議な動きになる。

 私の中では神獣と言えば、神様っぽくて偉くて、みんなに拝まれて、良いものを食べさせてもらって、専用のふかふか寝床とか用意されるイメージだった。少なくとも食べられる側ではない。

 ところがフィロンの話では、どうやらそう簡単でもないらしい。白蛇は少し考えてから、私にも分かるように順番を整えるような話し方をした。

「確かに、人間が残した古い記録には、大切にされた者がいる。王のそばにいたもの、王の親族と旅をしたもの、高い位の神官に保護されたもの。

だから人間の側から記録だけを見れば、神獣というものは現れて、人の中でも特別な者を自ら選び、そのもとへ向かうように見えるのだろうね。だが、私はたぶん違うと思っている」

 フィロンはそこで一度、地面へ顎を下ろした。赤い目だけがこっちを見ている。長く生きてきた間に、何度も考えた話なのだろう。

「私たちはかつて人間だった。少なくとも、自分自身を含めて、私が会って話をした者たちはそうだった。人として生きた記憶が残っている。

そして今の獣の同族とは言葉を交わせない。なら、長く一人でいれば人間を探したくなる者が多いのは不思議ではない。寂しいからだ、私がそうだったようにね。

だが、人間の側から見れば、人の言葉を喋る獣が突然現れることになる。怖がって殺す者もいる。珍しがって捕らえる者もいる。見世物にする者もいるし、高く売れると思う者もいるだろう。

自分では扱えないほど珍しいものなら、もっと力のある人間へ渡す。珍しいものを上の者へ差し出せば、褒賞や覚えを期待する者もいるだろう。村の有力者へ、その土地を治める者へ、さらにその上へ。

そうして何度も人から人へ渡された末に王やその血縁者のところまで辿り着いた者がいれば、そこには記録を書く人間がいる」

 なんとなく分かってきてしまった。王様に会ったから記録に残ったのではなく、記録が残る場所まで運ばれたものだけを、何百年もあとから私たちは知ることができる。

 途中で逃げたものは残らない。山へ戻ったものも残らない。殺されたものなんてもっと残らない。たとえ「喋る鼠を見た」と誰かが言ったとしても、村のおじいちゃんが孫へ話して、その孫がまた誰かへ話して、百年もすれば本当だったのか分からない昔話になる。記録っていうのは、たぶん生存者バイアスとか、そういうやつだ。

「王族へ辿り着いた者の記録が残る一方で、私のように殺されかけた者の記録は残らない。食べられてしまえば、本人から何があったか話すこともできないからね。

だから実際には、『人の言葉を喋る奇妙な獣を捕まえた』『気味が悪いので殺した』『食べた者に祟りがあった』というような話の方が、名もない土地の昔話や怪談として多く残っているのではないかと思う。

私が人間だったころにも、遠い土地の奇妙な生き物について似たような話はいくらでもあったよ」

 私は無意識に自分のお腹を見た。白くてもふもふ。まだ赤ちゃんなのでそんなに大きくない。でも将来的にはお父さんやお母さんくらいになる予定だし、そうなった私を食べようとする人間は相当な覚悟が必要だと思う。

 その前に私が食べる。アイアム肉食獣。いや、人間は食べたくないけど……。

 とにかく今のところ、フィロンより私はずっと食べにくそうではある。それでも「神獣だから人間はみんな大事にしてくれる」と思い込んで近づくのは危ないという話は、ものすごくよく分かった。

「……食べられるのは嫌だなあ」

 ぽろっと出た私の感想に、フィロンは少しだけ頭を上げた。

「私も勧めないよ。一度されかければ充分だ」

 そのとき、洞窟の奥から低い唸り声がした。ぐるる、と喉の奥で転がすような音で、私は反射的に振り返る。暗がりの中でお母さんの白い身体が少し動いたように見えた。

 起きたのかな。まずい。フィロンも洞窟の方へ頭を向け、しばらくじっとしてから、なんでもないことのようにこちらへ戻した。

「『もう寝なさい』と言っているよ。今日はここまでにしよう。また明日、会いに来る。ヒュプノスが君に穏やかな眠りを与えてくださるように」

「うん。また明日」

 フィロンは身体をほどくと、洞窟の横にある岩へ向かった。どうやって帰るんだろうと思って見ていたら、白い身体をくねくねさせながら岩肌へ取りつき、そのまま器用に登っていく。

 にょろ、にょろ。くね、くね。

 ……おお。なんか。すごく。追いかけたい。いや待て私。あれは友達。おやつではない。前足を出すな。お尻を上げるな。尻尾も振るな。くっ! 沈まれ本能! 本当にダメなやつだから!

 さっき本人から人間に食べられかけた話を聞いたばかりなのに、別れ際に私が狩ったらあまりにも救いがない。

 どうにかその場へ踏みとどまり、岩の上へ消えていく白い尻尾の先を見送ってから、私は洞窟へ戻った。今日はいっぱい変なことがあった。でも、嬉しい。

 私と同じように昔は人間だった仲間がいて、しかもフィロンは私より長くこの世界で生きていて、神獣とか人間とか、私が知らないことをたくさん知っているらしい。明日はもっと聞こう。そう思いながら、まだあったかいきょうだいの間へ身体をねじ込み、いつもの場所へ丸くなる。

 お母さんの尻尾が伸びてきて背中へ乗ったので、そのまま目を閉じかけて─────ふと開いた。

 ……あれ? なんでフィロン、お母さんが何を言ってるか分かったんだろ。

 唸り声なんて私にもだいたい雰囲気で分かるし、「もう寝なさい」って解釈しただけかな……?

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