霊感なんてないもんね

 私の意識が目覚めた時、私が死んでから五年も経っていた。
 
 奇跡ってそう都合よく起こらないのね。私がゴーストとして存在していること自体が奇跡なのかしら? だったらもう少しサービスして、会話くらいできるようにしてくれてもよくない?
 声は届かない、物は触れない、足はなくて地面から少し浮いている。これで何をしろというの。婚約者の枕元に立って恨めしやでもしろっていうの? 恨んでないわよ。恨むもんですか。
 
 最初は何がなにやら分からなかったけれど、アンディの背中にくっついて周囲を観察していたら、だんだん事情が分かってきた。
 
 アンディは恐れられているらしい。国の騎士見習いだったはずなのに、今は国の管轄から外れているんですって。
 
 じゃあ何? フリーランスとか? と思ったら、趣味で暗殺者殺しをしているヤバい人になっていた。
 
 いえ、語弊があるわね。『暗殺者を差し向けられそうな人のところに自分を売り込んで、暗殺者が来たら根こそぎ殺戮する皆殺し卿になっていた』が正しい説明。
 
 正しい説明なのに意味が分からないわ。一体全体どうしちゃったの……。
 
 意味が分からないって思っていたけれど、どうやら、ほんのちょっと私のせいらしい。ほんのちょっとよ。ほんのちょっと。たぶん小匙一杯くらい。……いいえ、もしかしたら壺一杯くらいあるかもしれない。
 
 私があの日、月が綺麗というアンディの言葉に「私死んでもいいわ」なんて返しちゃったせいで、なにやら深くて重い覚悟を持って身を呈してアンディを庇った……という悲劇的な妄想をこねられてしまったらしい。
 
 本当に、そんなに立派なものじゃないわよ。私のたぐいまれな反射神経と、ちょっとした愛情よ。ちょっとした、って言ったら怒られるかしら。アンディには怒られそうね。そんな気軽なノリで死ぬなって、正論を言われそう。ぐうの音も出ないわ。ぐーーー。
 
 
 
 
 私が死んだあとすぐ、アンディには勇者パーティのタンクとして神託が降りたらしい。
 
 この世界に勇者というものがいるのは知っていたけれど、まさか私の生きた……生きた? 死んでる? まあいいわ、とにかく私が死んだ直後に勇者爆誕! のイベントが起こるとは思わなかった。
 
 魔物が増えるのはその兆候だと聞いていたけれど、兆候ってもっとこう、空が不吉に赤くなるとか、古代の鐘が鳴るとか、王宮の賢者が深刻な顔で「時が来たか……」とか言うものじゃないの?
 知らない間に増えてた魔物にぐさーざくーとやられて死んじゃったんだけど、ちゃんと増えたなら増えたって国民に言って欲しいわ。出ちゃったじゃない、被害者。私の尊い命が! 失われて! そしてこの世に皆殺し卿が爆誕した訳です。風が吹いて桶屋が儲かってバタフライエフェクト。もう現代日本の言い回しをしても「なにそれ」と聞かれないので、自由でいいわね……。
 
 
 そもそも、この世界の勇者は、勇者の守人であるパーティメンバーが全員集まらない限り現れない。
 
 別に召喚をする訳じゃないのよ。勝手に来るの。
 必要な時に、お城のそれ専用の部屋へポツンと送られてきて、本人納得のもとで勇者をしてくれるらしい。こちらの世界に来る前に、神様との面談があって、神様に選ばれ神様の提案に頷いた人が【勇者】になるらしい。クリーンな世界なのかもしれない。
 
 ちなみにお城だって、「勇者がここに来るから、ここにお城を建てましょう」で建てられたらしい。王城の立地理由が勇者用の宅配ボックスなの、なかなかすごいわ。でも、そういうものなのよ。この世界では、月がふたつあるのと同じくらい、勇者はそういうものとして受け入れられている。
 
 パーティメンバーが集まらないと、勇者は現れない。ということはどうなるかというと、勇者が来る前の、まだ覚醒していないパーティメンバーLv1は、魔物側に暗殺されがちということ。
 なるほど。理屈は分かるわ。勇者本人が来る前に、その周りの人材を潰しておけば、世界救済の開始ボタンを押させずに済むものね。たいへん合理的。私が魔物でもそうする。
 
 ……つまり、私の死は、【狙われたアンディを庇った】と思われてしまったのであった───────!
 
 ……本当に、偶然だったのよ。
 
 たぶん、あの魔物もアンディがパーティメンバー入りするとか思っていなかったと思う。浮かれた若者が二人で歩いていたから、小腹も空いたしちょっとつまもうか、くらいの気持ちだったんじゃない? そんな夕飯前のおやつ感覚で人生を終わらされた私の立場は? とは思うけれど、少なくともあれは壮大な魔王軍の陰謀ではなかった気がする。
 
 だって、もし本当に暗殺目的だったなら、もう少しこう、暗殺らしいやり口があるでしょ。草むらから飛び出してガブーッ! は暗殺じゃなくて野生の狩りよ。
 
 
 けれど、世間はそう見なかった。赤い眼を持つ騎士見習いの少年が、勇者の守人として選ばれ、その直前に婚約者を魔物に殺されている。しかもその婚約者は、彼を庇って死んだ。さらに、直前には月夜に何やら意味深な会話までしていたらしい。
 
 ……駄目ね。こう並べると、私でもちょっと物語性を感じてしまう。吟遊詩人が舌なめずりしそう。きっと私の死はロマンチックで悲劇的な物語になって、1000年は語り継がれるのでしょう……。語り継げ……。
 
 悲劇の美少女エルミーゼ亡き後、この世の魔物絶対殺すマンになったアンディが孤軍奮闘で戦い続けた3年間、他の仲間への信託がおりるまでの1年、そして勇者爆誕までの半年。
 現在の勇者パーティは、勇者タジマくん、タンクのアンディ、賢者のレイナールという男三人パーティ。
 
 勇者タジマくんは、どう見ても私の前世の世界の人だ。名前からして田島くんでしょう。タジマくん。田嶋かもしれない。絶対どこかの教室で出席番号を呼ばれていた顔をしている。しかも高校の制服。ちゃんとした防具も用意されていない。かわいそうに。うちの国ってお金が無いのかしらと思ったけど、もしかすると勇者の初期装備というだけでこの世界のものよりも強いのかも。
 
 賢者のレイナールは、いかにも賢者です、という顔をした美形で、長い髪をひとつにまとめていて、物腰がやわらかく、声も落ち着いている。
 歴史から見ると、勇者パーティには一人か二人は女が混じっていてもおかしくないらしいので、もしかするとレイナールは男装女子なのかもしれない。
 男装女子。危険な響き。アンディに色目を使う可能性もある! 危険!! いや、配偶者未満だった私は今はもういないから、そこらへんは自由かも……かなしい……。
 
 いいえ、でも、もしレイナールが普通に男性だったとしても安心はできないわ。人は性別だけで恋をするわけじゃないし、五年も経っているし、アンディは顔がいいし、赤い眼は綺麗だし、黙って前に立ってくれる男なんて、刺さる人にはたいへん刺さる。実際、私には深々と刺さった。
 
 しかも三人では人数が少ない。歴代の勇者パーティを思い返しても、もう一人か二人追加戦士が来る可能性は十分にある。
 たとえば、ムチムチのボルンボルンな美女が。斧を担いで、陽気で、よく食べて、よく笑って、アンディの背中をばしばし叩いて「頼りにしてるよ、相棒!」なんて言う美女が!! かなしい……。
 
 いや、アンディが誰かに大切にされるのは良いことのはずなのよ。頭では分かっているの。私はもう死んでいるし、声も届かないし、手も繋げないし、婚約者だった女が亡霊になって背中にへばりつきながら嫉妬しているなんて、普通に考えてかなり嫌な状況だもの。
 でも、かなしいものはかなしい。死んだら物分かりがよくなるなんて、誰が決めたのかしら。私は死んでも私のままだった。実に面倒な女で申し訳ない。
 
 しょんぼりしながら、アンディの背中に体重を預ける。
 
 預けられる重みなんてないから、ただ寄り添っているだけ。
 肩甲骨のあたりに頬をくっつける真似をしても、彼の外套は少しもへこまないし、アンディが振り返ることもない。
 
 生きていた頃なら、こういうことをしただけで、彼は少しだけ首を傾けて「眠いのか」と聞いてくれた。違うわよ、甘えているのよ、と言ったら、三拍くらい遅れて耳を赤くした。そういう人だった。そういう人なのに、今は焚き火の前で魚を焼いただけのご飯を食べながら、どのルートがいいか、魔物の被害はいまどうなっているか、補給は足りるか、次の村までに間に合うか、勇者様たちと真面目に世界のための話し合いをしている。あなたの可愛い私がこんなに甘えていると言うのにね。
 
 
 このメンバー、全員真面目なのよね。余白がないの。
 勇者タジマくんは異世界から来たにしては妙に腹を括っているし、レイナールは賢者らしく地図と記録を広げて淡々と被害の推移を読んでいるし、アンディは黙って聞きながら、ときどき短く意見を出す。
 誰も「今日は疲れたから明日にしよう」とか、「せっかくだから湖の近くで休もう」とか言わない。偉すぎる。少しくらい息抜きしたっていいのに。
 あまりにも全員が真面目だから、すごい勢いで魔王の元へ直進していく。寄り道イベントなし。温泉回なし。ご当地名物食べ歩きなし。世界を救う旅というより、納期が迫った優良業者の移動工程表みたいになっている。
 
 魔王、といっても、生きているものじゃない。
 この世界の魔王は玉座に座って高笑いする王様ではなく、魔素が集まりすぎて固まったもののことを言う。命なし、意思なし。地の底や森の奥や古い戦場跡に溜まった魔素が、長い時間をかけて腐った宝石みたいに結晶して、そこから魔物を生み出し続けている。その魔素の塊を魔王と呼んで、勇者御一行様はいわゆる駆除業者みたいなもの。
 だから前世の物語みたいに、四天王登場! とか、魔王軍幹部が「ここは通さん!」とか、そういう華々しいものはない。駆除業者が来ないように嫌がらせをしてくる魔物が出るくらい。
 扉に毒を塗る害獣。罠を仕掛ける害獣。道を塞ぐ害獣。たまに妙に賢い人型の害獣。困ったものだけど、向こうも生きるために必死なんでしょう。私は殺されましたけれど。
 
 
 ぱちぱちと鳴る焚き火を眺める。
 焼けた魚の皮が少し焦げて、脂が火に落ちて、小さく煙が上がる。勇者タジマくんが熱そうに魚を持ち替えて、レイナールが塩を渡して、アンディが何も言わずに水袋を差し出す。
 
 夜空にはふたつの月。森の向こうでは魔物が増えていて、世界はきっと大変で、彼らは本当に世界を救いに行く途中なのに、その光景だけを切り取れば、ただの野営だった。
 
 キャンプみたい。いいなあって思った。
 
 いいなぁ。わたしもアンディとこれ、やりたかった。
 焼いただけの魚に文句を言って、塩が足りないって騒いで、月が綺麗ねえって言って、今度は変な返事をしないわよ、私が綺麗って言ったんだからって笑って、外套を半分貸してもらって、朝になったら寝癖を笑われたかった。
 
 死んでいるくせに、まだそんなことを思う。ほんとうに、面倒な女で申し訳ない。だって、まだ気分は死んだばかりなんだもの。月が綺麗だと言われて、うっかり馬鹿な返事をして、手を繋いで歩いて、魔物が飛び出してきて、アンディが泣いて、それで、ほんの少し目を閉じただけのつもりだったのに。
 
 五年。
 
 五年も経っているなんて、ひどい。私のいない五年を、アンディはちゃんと生きてしまった。ご飯を食べて、眠って、起きて、剣を振って、誰かと話して、誰かに呼ばれて、誰かのために戦って、私が知らない顔をいくつも増やしてしまった。
 ひどい。五年なんて、アンディが私を大好きじゃなくなるのに、ちょうどいい時間じゃない。恋の寿命ってやつじゃない。思い出が綺麗なまま棚に置かれて、埃をかぶって、たまに眺めるだけのものになるのに、十分すぎる時間じゃない。
 
 ひどい、ひどいひどいひどい。
 
「死にたくなかったよお」
 
 ひーん、と情けない泣き声が出た。
 
 でも、アンディは振り返ってくれなかった。肩ひとつ揺らさなかった。焚き火を見つめたまま、焼き魚を少しずつ食べて、勇者様たちの話に低い声で返事をしている。
 
 私、ほんとに死んじゃった。
 
 アンディが私の泣き声に気づかないわけがないもの。生きていた頃なら、私が少し鼻をすすっただけで、すぐにこちらを見た。転びそうになれば手を伸ばしたし、寒いと言えば外套を貸したし、痛いと言えば駆け寄ってどこが痛いかと聞いてくれた。ほんのちょっと不器用で、とってもとっても優しかった。
 
 そのアンディが、気づかない。
 
 私の声が、届いていない。
 
 手を伸ばしても触れられない。泣いても濡れない。寄り添っても重みにならない。名前を呼んでも、彼の赤い眼は私を探さない。
 
 本当に、もう何にも届かなくなっちゃったんだ。ひーん。
 
 

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