白楡ヶ丘一家五人殺害事件を覚えている読者は多いだろう。閑静な高級住宅街へ複数の男が押し入り、会社経営者夫妻とその子ども三人を殺害し、幼い子どもを守ろうとしたとみられる飼い犬まで命を落とした、あの事件である。犯人として逮捕、起訴された三人について、現在ほとんど表へ出ていない異常事態が起きている。小生は複数の関係者へ取材した。結論から書く。三被告は揃って、原因不明の激痛に苦しみ続けている。発症時期には若干のずれがあるものの、三人とも首から喉の周辺を中心とした猛烈な痛みを訴え、鎮痛剤がほとんど効かない。眠りについても痛みで目を覚まし、まとまった睡眠を取れず、食事も満足に摂れない。一方で、検査をしてもその苦痛を説明できるだけの身体的異常が見つからないという。それでも本人たちは昼夜を問わず痛みを訴え続けている。「叫び声が聞こえない時間のほうが少ないくらいです」と語る関係者もいた。別の人物は「首を押さえて、取られる、ちぎれる、と繰り返している」と話す。痛みのため意思疎通が十分に取れない時間もあり、この状態は公判にも影響している。つまり、まだ終わっていないのだ。この残虐な犯罪の裁判が。五人を殺し、一匹を殺し、残された一人の人生まで破壊した事件について、三人はいまだ人間の法による最終的な裁きを受けていない。
小生はここで、いま世間に流れている「白楡ヶ丘の呪い」なるものについて触れておかねばならない。被害者一家を侮辱すると死ぬ。事件を面白半分に扱うと首に異変が起こる。亡くなった飼い犬が悪口を書いた人間を探し回っている。いつの間にか、そんな与太話がインターネット上に増殖している。小生はこうした話を面白がる気には到底なれない。なぜなら、この事件では発生直後から被害者に対する凄まじい量の無責任な言葉が飛び交ったからである。資産家なのだから何か裏がある。会社経営者なら恨まれて当然。長男だけが生き残ったのは怪しい。遺産が入るなら得をしたのではないか。よくもまあ、家族を一晩で失った人間へ向かってそんなものを書けるものだ。しかも多くの場合、書いている側は匿名である。匿名のアイコンの後ろへ隠れ、被害者の生活を切り刻み、勝手な筋書きを作り、それを娯楽として回す。その一方で、報道では被害者の名前、顔写真、家族構成が出る。住んでいた場所が映される。生前どんな人間だったかまで掘り返される。死んだ側の顔は全国へ晒され、生きて捕まった側は「男三人」「被告ら」とぼかされる。何だこれは。誰を守っている。小生は法の原則を知らぬわけではない。逮捕された人間にも権利があり、判決が確定するまでは推定無罪が働く。それくらい理解している。理解しているからこそ腹が立つのだ。権利を守る制度と、被害者の尊厳まで商品にしていいことは別問題だろう。死んだ人間は反論できない。死者は、自分の写真が知らない人間のスマートフォンへ流れていくことを拒否できない。死者はもう何も言えない。それをいいことに好き勝手な物語を貼り付け、今度は「祟りの一家」だの「呪いの犬」だのと怪談に仕立てる。いい加減にしろ。被害者はお前たちの玩具ではない。
では三被告を襲っているものは何なのか。小生は被害者の霊が復讐している、などとは考えない。そんな仕事まで死者へ押しつけるな。殺されただけでも足りず、死後まで自分を殺した人間の相手をさせるのか。冗談ではない。死者は眠らせてやれ。もし、この異常な苦痛に人知を越えた何かが関わっているというのなら、小生は別の言葉を選ぶ。報いだ。天罰だ。神の裁きだ。三人揃って同じ事件に関わり、三人揃って原因を説明できない苦痛に襲われ、眠ることも食べることもままならず、それでいて簡単には死なない。これを偶然と呼びたい者は好きに呼べばいい。小生は呼ばん。奪ったものに対して、何かが勘定を始めたのだと考える。ただし、これだけは断じて譲れない。神の裁きで話を終わらせてはならない。神様だか因果だか知らないが、順番を守るべきである。こいつらには先に人間の裁判がある。法廷へ出せ。何をしたのか聞け。誰が何をしたのか明らかにしろ。判決を受けろ。刑を受けろ。それから勝手に天罰でも神罰でも受ければいい。原因不明の痛みがあるから審理が進みません、では被害者は何のために殺されたのだ。痛いから何だ。眠れないから何だ。食べられないから何だ。殺された五人はもう一度も眠りから起きない。飼い犬はもう一度も尾を振ることは出来ない。残された家族は奪われたままだ! その悲劇を作り出した側が「痛い」と叫んだ結果、法廷にすら立てないという現在の状況を、小生は到底納得できない。
そして最後に、これは書いておく。報道がいつまで「三被告」と呼ぼうが、小生は名前で呼ぶ。荒城俊和。大貫威尊。陳浩宇。貴様ら三人だ。被害者の名前と顔がいつまでも検索結果に残り、殺された子どもたちの写真まで赤の他人に消費される一方で、殺した側だけが匿名の「男」に溶けていく光景を、小生は認めない。小生は貴様らを決して許さん。痛みに叫ぼうが、眠れなかろうが、神に首を掴まれていようが知ったことか。死ぬ前に法廷へ立て。生きたまま、人間の言葉で判決を聞け。悪党どもよ、貴様らには必ず裁かれてもらう。己の罪には人の法で罰を受けるがいい。それが最低限、人として生まれたものの義務である!
月刊NUU先月号掲載「白楡ヶ丘一家五人殺害事件 三被告を襲う『終わらない激痛』」におきまして、執筆者・御厨玄岳が、編集部との事前確認を経ず被告三名の実名を誌面上に掲載していたことが判明いたしました。関係者ならびに読者の皆様にはご心配をおかけしましたことをお詫び申し上げます。当該箇所につきましては、掲載前の原稿確認時点では三名とも匿名表記となっておりましたが、最終入稿直前に御厨本人が「被害者だけ名前と顔を晒されているのに、なぜこちらを伏せる必要があるのか小生には理解できん」として独断で実名へ差し替えていたものです。
編集部では御厨に対し、報道対象者の実名掲載については編集方針および誌面上の判断を遵守し、個人的見解を理由に原稿を無断変更しないよう厳重に注意いたしました。なお、御厨による入稿直前の無断加筆、表現変更、編集部判断への異議を本文中へ直接書き込む等の行為は今回で通算18回目となります。これまでもその都度本人へ注意し、再発防止を申し入れておりますが、本人からは「承知した。ただし小生が間違っているとは思っていない」との回答がありました。編集部といたしましては、今後も同様の事態が確認された場合、その都度きちんと強く言い聞かせてまいります。
月刊NUU編集部

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