「ふざけんなよなんだこれアンチかてめえ!!」
とうとう我慢ならなくなって、俺は手元の本を引き裂いた。ばりばりと景気のよい音を立てて背表紙が割れ、床に散らばった頁をさらに踏みつける。本当にふざけないでほしい。この世の隅っこでやってるだけなら、俺も寛容に見ないふりしてやれたというのに。誰の許可を得て俺のヒロインを殺したことにしてんだ。
感想欄に書けよ、そういうのはよ。ちゃんとミュートして俺の視界から消すから。なんで俺が転生先で自分の作品の改悪二次創作を強制的に読まされてんだ……。前世の俺はこいつの親でも殺したのか?
「トントントンおじゃましまぁあす。リィダァ、出発のことで話があんだけどよぉ……ぎゃはっ! おい、また本破ってンぞこいつ!」
「キャハハ! またイオルくん可笑しくなってるう! ねえねえ、それもう何回目? 読むたび怒ってるじゃん! やめときゃいいのに、ほんっと学習しないんだから!」
「持病の発狂だろ。しゃあねえんだよ、俺らのリィダァ頭ん中ちゃあんと終わってンだから。ぎゃははっ!」
やかましい奴らが来やがったな。
俺はフーフー言いながら足元の本をさらにもう一度踏みつけ、ようやく顔を上げた。扉のところに立っていたのは、赤い髪をした二人の美男美女。兄のゼトと妹のラニである。
ぱっちりとした目に通った鼻筋、輪郭まではっきり似ていて、並んでいれば誰が見てもきょうだいだとわかるだろう。もちろんきょうだいだし、双子だ。
兄は背が高く、妹も同年代の娘たちより頭ひとつ抜けている。顔のよさも相まって、黙っていればそれなりに育ちのよい貴族の御曹司と御令嬢に見えなくもない。
黙っていればな。
現状、兄は歯を剥き出しにしてぎゃははと笑い、妹は俺を指さしながらキャハハと跳ねている。人の発狂を娯楽にするんじゃありません。俺だって好きでこんなことをしているわけじゃないんだぞ。まあ、わざわざ本を取り出して読んだのは俺なんだけど。
「うるせえよお前ら! こっちは真剣に文学と向き合ってんだ。あとゼト、俺の頭ん中は終わってねえ。むしろ始まってんだよ。俺の最高の物語をめちゃくちゃにした連中へ、これから直々にご挨拶へ行くんだからな」
「ぎゃはっ! そいつぁ楽しみだねえ。で、そのご挨拶の準備は終わったんかよ。セルディア王国へ出発すんの、もうすぐだろ? こっちは先に入る連中を送り出してっけど、肝心のリィダァが本破って遊んでちゃ話になんねえんだわ」
「キャハハ! あーしも聞きに来たんだよね! もう荷物まとめた? それとも、その本も持ってく? いらないなら燃やしてあげるし! あーしの炎、最近ちょっと長持ちするようになったんだよ!」
「燃やすな。いや、燃やしていい。……待て、やっぱり燃やすな。こいつは証拠として残しておく。
原作への敬意を欠いた二次創作が、原作者をどれほど苦しめるか後世に伝える義務が俺にはある。憎しみってのはな、形にして残した方が長持ちするんだよ。昔の武将にもいただろ。クソ漏らして逃げ帰った自分の姿を、戒めにわざわざ描かせた奴が。俺もあれをやる。……だから燃やすなっつってんだろ!」
そう言って、俺は破れた本を拾い集め、固有スキル『ライブラリ』の中へ放り込んだ。
不可視の書庫へ本を収得・収納し、必要なときに取り出せる能力である。収納対象は俺が『本』と認識したものすべて。
小説、日記、裏帳簿、研究資料、手書きの覚え書きまで、ある程度まとまっていれば問題なく収められる。もちろん、前世で俺が書いた『ミスティック・ハーツ』も、今しがた破った【転生した私がミスハーの悪役令嬢に!? 前世知識で無双します!】も対象だ。後者はいらねえ。この世界ってなんなんだ? と疑問に思った時に、自動で俺の書庫に勝手に入ってきた特級呪物だ。ありがとう呪物。お前のおかげで俺の敵がわかった。
スキルを持つ人間自体は、この世界ではそこまで珍しくない。
珍しいのは固有スキルの方で、誰にでも習得の可能性がある汎用スキルとは扱いが違う。
目の前の二人もスキル持ちだが、ゼトは植物の成長を少しだけ促す能力、ラニは小さな炎を操る能力を持っている。どちらも汎用スキルなので、頑張って鍛えれば同じことができる人間はほかにもいるだろう。
ゼトはあんなんでも庭仕事が得意でお花を育ててはうっふりしている気持ち悪いところがあるし、ラニは火種を持ち歩かなくていいので今までに八回ほど火遊びからの放火で家を燃やし、木の枝に逆さに吊られていた。普通に使えば野外活動には便利な連中である。
俺の両親は、どちらも規格外だ。
お袋は聖魔法という固有スキルの持ち主で、治癒から浄化、果ては精神への干渉までできてしまう。ハイパー聖女だ。不思議だな、原作では治癒と浄化だけだったのに、洗脳も手に入れてる。この世界の淀みのせいでヒロインが壊れちゃった……。
親父の固有スキルは知らない。知らないし、本人も教会なんて襲う以外に入ったことが無いタイプの賊なので、スキルの確認も出来ていない。一応ここにも、攫った神官がいるので俺やゼトラニきょうだいは前述の通り自分のスキルを把握しているが、親父は興味が無いらしく自分から確認に行くことはない。
ただ、絶対に何かあると思う。無ければおかしい。普通の人間は気軽に身長二メートルを余裕で超えたりしないし、人の首をペットボトルのキャップを開ける程度の感覚で捻じ切ることもできない。どこからどう見ても人間の規格を逸脱している。お袋はあれを頼もしい夫だと思っているらしい。間違ってはいないが、頼もしさの方向性が特殊なんですよね。私にだけ優しい山賊王だよ。
そんな両親から生まれた俺は、母親譲りの聖魔法と父親譲りの頑健な肉体、そして両者の教育によって、次期盗賊国家頭領としてたいへん期待されている。将来有望な若者とは俺のことだ。期待に応えたいね。まずはお袋の故郷を乗っ取るところから始めようと思う。
「で、セルディア王国行きの話だったな。俺の準備は終わってる。そっちはどうだ? 身分証の不備はなかったか?」
「任せとけってぇ。俺らがそんなしょっぺえミスすると思ってンのかよ。先に行った連中からも連絡来てるし、現地の協力者とも話はついてンぜ。あんまり一気に移動したら注目されっからな、リィダァの忠実な精鋭である俺らが、しっかり護衛すンねえ。ぎゃははっ! こんな立派な付き添い連れてたら、向こうの連中も安心すんだろうよお!」
「あーしもいるし! 泥舟? にのった気持ち? で任してくれりゃイイって! キャハハ! ねえねえ、王国の学院ってお金持ちの子がいっぱいなんでしょ? あーし、そういう子とお友達になりたい! お家に遊びに行って、いっぱい仲良くなって、帰るとき一緒に連れてきちゃおっかな!」
「泥舟に乗せんじゃねえよ。まあ、お前らがいるなら心配ねえな。まずはお友達を作って、楽しく学院生活を送りながら、気に入った奴を少しずつこっち側へ引き込んでいこうぜ。向こうが喜んで協力してくれるようになりゃ、平和的解決ってのが出来るってワケ。やっぱ平和がいちばんコスパがいいんだ」
ゼトはにたにたと笑い、ラニは早く行きたいと椅子を蹴り倒しながらぴょんぴょん飛び跳ねている。いいねえ。実に頼もしい。
こいつらは幼い頃から親父たちの仕事を見て育っているので、少なくとも俺が何をしようとしているのか、一から説明する必要がない。
学院で仲良くなった友達を自国へ招待することも、親しい相手から便利な情報を教えてもらうことも、善良な学生のすることだろう。
少々聖魔法の助けを借りる予定ではあるが、そこはまあ、個性ということで。お袋だって我々の平和のために能力を活用しているのだから、息子の俺が友人関係の構築に利用したところで文句は言われまい。
何しろ、俺たち世代にとっては初めての大仕事だ。これまでは親父たちについて回ったり、手伝いをしたりする程度だったが、今回は違う。自分たちで計画を立て、自分たちの判断で動ける。必要な人員も資金も親父が用意してくれた……というのは少しばかり情けないが、子供の初仕事を援助したいという親心は尊重したい。くれるというなら貰った方が親孝行だ。
俺は最後まで足元に残っていた同人誌の切れ端をぐしゃぐしゃに踏みつけた。ああ、楽しみになってきた。今ごろ、俺のベアトリーチェに成り代わったやつの子供も学園にいるだろう。ほかにも、かつてお袋を陥れた連中の子供が何人かいるはず。
親の因果が子に報い、というやつだ。とはいえ、別に子供たち自身へ恨みがあるわけじゃない。仲良くしてくれるなら大歓迎だ。俺は身内贔屓するタイプだからな。仲良くするならそれなりの対応にしてやるくらいには心が広い。
「よっしゃ! 俺たち世代が初めて『仕事』をすんぞ、気合い入れていこうぜ!!」
「おおおっ!! 任せとけってリィダァ! 向こうの連中にゃ、たっぷり可愛がってもらわねえとなぁ!!」
「おおーっ!! キャハァッ! あーしも頑張るし! お友達いっぱい作って、お土産たくさんもって、楽しく帰ってこよーね!!」
三人揃って拳を突き上げた。ぎゃはは、キャハハと笑い声が重なり、廊下を通りかかった使用人が何事かと顔を覗かせている。
目が合ったので手を振ってやったら、向こうも笑顔で拳を突き上げてくれた。いい奴だな。帰ってきたらこいつにも土産を持ってきてやろう。
ちなみに、ゼトとラニの母親もセルディア王国の出身で、お袋と同じく、王国から追放された女だった。
ただし時期はもっとあとだし、通っていた学院も違うので、お袋とは面識がない。なんで追放されたのかといえば、普通に悪さをして普通に捕まったからだ。そこはお袋と違う。生まれつき顔がよく、頭も回る女だったので、他人をうまいこと利用して好き放題やっていたらしい。最終的に悪事が露見し、実家からも見放されて教会送りになったという。修道女として働きながら罪を償わせようという判断だったのだろう。
ところが、その護送中の馬車を襲った山賊に攫われてしまった。その山賊というのがゼトとラニの父親だった。一目見て女の顔を気に入り、ほかの荷物と一緒に持ち帰った。うちではよくある夫婦の出会いエピソードである。基本うちは強奪婚でやっております。
だが、罰則として国外追放されるような女がまともなわけがない。家の連座ではなく、本人の罪でここまでやらかした女だ。顔の綺麗な飢えた虎くらいに思った方がいい。
ここに、素直な気性を山賊の倫理で染め上げられた我が母登場。性行為をするのなら、愛がなければ!愛がないなら作ればいいじゃない!聖魔法、人道的洗脳魅了ビームびびび~~!からの、強制相思相愛が発動。相思相愛だね!結婚だ結婚!という流れで、二人は結ばれた。邪悪なハッピーエンドここに極まれり。
ちなみに、親父は元々お袋にぞっこんなので強奪からの陵辱という“浮気”の心配はない。あったら怖い。この夫婦の倫理観は部下たちにも適用されるので、独身者による強奪・陵辱は「それって結婚前提ですよね?」ということで、強制相思相愛ビームと共にギリギリ許可が下りるが、既婚者となれば話は別だ。それって浮気だから。
お袋がしょんぼりするし、親父はブチ切れる。この世の何よりも重い「俺の妻チャンを悲しませた罪」により処刑となる。たぶん、俺が産まれる前よりは平和になったんじゃないかな……一応法が出来たし……と思ったが、昔は男も女も色々やってから命だけは見逃されていた、というところが無くなったため、総合すると死者は増えたのかもしれない。
そんなわけで、こいつらの父親は夫婦喧嘩で焼けたフライパンを顔面にフルスイングされたり、鉄の付け爪による引っ掻き攻撃で顔に骨まで削る大きな傷を負ったりしながらも、
「とんでもねえ女だ!お前ら、伴侶は顔じゃなくて性格で選べ!」
「あいつは本当は弱いオンナなんだ。俺の前でだけ素直になれンだよ……」
という悲鳴と惚気を交互に叫びながら、元気に生活している。お幸せに。
ゼトもラニも母親を慕っているし、父親からも可愛がられている。家庭環境は実に良好。顔のよさも、スタイルのよさも、声のよさも、すべて母親譲りである。
なお、表情と喋り方の下品さについては、百パーセント父親似だ。
逆だったら大変なことになってたな。遺伝子ガチャ大勝利だ。おめでとう!
こういう輩が同世代に、た~~くさん産まれました。俺の誕生あたりで、山賊ベビーラッシュ(強制相思相愛真実の愛エディション)がはじまったから……。結果として俺の手駒が増えているので、愛とは本当に素晴らしいものだ。助かる。ありがとう。今後も身内たちは元気に繁殖してほしい。土地と金はいくらでも奪えるから……。

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