ただのレオンハルト

 目が覚めた時、最初に思ったのは、寒くない、だった。次に、全身が痛いと思った。頭も、右肩も、腰も痛い。何より左足がものすごく痛かった。

 

 目を開けても最初は白いものしか見えなくて、俺はしばらく自分がどこにいるのか分からなかった。頬へ触れているものが冷たい。口の中にも何か入っている。舌で押し出したら雪だった。顔を横へ向けると、耳の脇へ積もっていた雪がさらさら崩れた。

「……雪……」

 声が変だった。喉がからからで、掠れている。身体を起こそうとした途端、左足へ痛みが走った。

「いっ……!」

 そのまま雪の中へ倒れ直した。痛い。足首なのか膝なのか、その間全部なのか分からない。とにかく左足を動かすと痛かった。

 しばらく雪へ頬をつけたまま息をして、ようやく昨夜のことを思い出した。鹿。血。猿。暗い山。走って逃げて、足元がなくなって、そのまま落ちた。

 俺、崖から落ちたのか。慌てて周囲を見ると、空は白っぽい灰色で、細かな雪がまだ降っていた。俺が落ちたらしい場所は斜面の途中にできた窪みで、昨夜から積もったらしい新雪がこんもり溜まっている。その真ん中へ俺の身体が半分埋まっていた。

 上を見ても枝と岩しか見えず、どれくらいの高さから落ちたのかは分からない。新雪がなかったら、と思ったところで背中がぞっとした。

 いや、大丈夫だった。実際、大丈夫だったんだからいい。

 頭も動く。手も動く。足は痛いけど、片方は動く。血だって、昨日の鹿の血はついているけど、俺自身から大量に出ている感じはしない。運がよかったんだ。俺は転生者だし、剣も魔法も使えるし、《万語理解》まである。普通の十歳とは違う。

 さすがに今回のイベントはちょっと失敗したけど、こういうことだってあるだろう。主人公が最初から何もかもうまくやる話ばかりじゃない。

 むしろ一回くらい大失敗して、それをきっかけに成長する展開だってある。崖から落ちても偶然新雪が積もっていて助かるなんて、普通に考えれば主人公補正っぽい。そうだ。たぶんそういうイベントだったんだ。

 でも、それならなんでこんなに足が痛いんだろう。

「……痛い……」

 声に出した途端、急に痛みがはっきりした気がした。歯を食いしばって雪を掴み、少しずつ身体を起こす。

 外套は雪まみれで、肩の辺りには昨夜浴びた血が黒っぽく固まっていた。髪もごわごわする。手袋の片方がない。短剣もない。水筒は肩紐だけ残っていて、本体がどこかへ消えていた。干し肉を入れた小袋もない。火口は猿から逃げる前に落とした。何もない。魔法はどうだ、と右手を持ち上げて光を出そうとすると、掌の上へ豆より小さな白い点が一瞬だけ浮かび、すぐに消えた。昨日よりは戻っている。でも全然足りない。

「なんだよ……」

 主人公なのに。そんな言葉が頭へ浮かんだ。

 なんで失敗したんだ。俺はちゃんと準備した。外套も着た。手袋も持った。短剣も水も食べ物も火口も用意した。魔法だって使える。剣だって十歳にしてはかなり強い。前世では三十年以上生きていて、山へ入る危険だって知識としては知っていた。それなのに鹿に襲われて、猿に追い立てられて、崖から落ちて、今は水筒ひとつ持っていない。

 イベントだったんじゃないのか。神獣に会って、《万語理解》が役に立って、俺だけが意思疎通できて、それで何か特別なことが起きるんじゃなかったのか。俺が主人公だから、ここまで来られたんじゃなかったのか。

 考えているうちに、下の方から水の音が聞こえていることに気づいた。ざあ、と絶え間なく流れる音だ。

 手をついて少しだけ身体をずらす。左足が痛くて息が詰まる。それでも雪の窪みの端まで這っていって下を覗くと、すぐ下に川があった。

 雪に挟まれた細い川だったけど、俺が一跨ぎできるような幅ではない。水がものすごい速さで流れ、ところどころ岩へぶつかって白く泡立っている。俺が落ちた場所から、十歩も離れていなかった。

「……え」

 あと少し横へ落ちていたら。

 頭の中に、自分があの水の中へ落ちるところが浮かんだ。夜。真っ暗で、魔力もない。足がつかない。分厚い外套へ水が染み込んで、流されて、岩へぶつかる。俺、死んでた。今になって身体が震えた。

 外套の内側はまだほんのり温かかった。火もないのに、夜の間ずっと雪の中へ埋まっていたのに、凍えきるほど寒くはない。

 保温の祝福だ。出発の朝、父上が自分でかけてくれた。玄関まで見送りに来た父上は、俺がもう外套を着ているのに一度脱がせ、旅用の衣服へ使う保護の祈りをひとつずつ確かめていた。

 防水と、防汚と、保温。どれも屋敷の神官へ頼めば済むのに、自分でやると言って、最後に外套の胸元へ手を置いていた。

『レオンはしっかり者だから大丈夫だろうが、それでも心配してしまうんだ。親というものは』

 そう言って笑っていた。俺はあの時、よく分からなかった。前世では結婚しなかった。子供もいなかった。実家では出来がいい方でもなくて、兄弟と比べられるのが嫌になって、就職してからは家を出た。

 別に絶縁したわけじゃないけど、何年かに一度、盆か正月に顔を出すくらいで、親が何を心配しているのかなんて考えたこともあまりなかった。だから父上の言ったことも、そういうものなんだなと思っただけだった。でも、ありがたいとは思っていた。ちゃんと思っていた。

「……父上の、言うこと……」

 聞かなかった。一行(いっこう)から勝手に離れるな。護衛の指示には必ず従え。神獣を見つけても一人で近づくな。

 全部、出発前に言われた。ゲルハルトさんにも何度も言われた。なんで聞かなかったんだろう。

 女神様が怒ったのかもしれない、と急に思った。自分でも少し変な考えだとは思う。父上ならきっと、女神様は子供が言いつけを破ったからといって崖から落としたりはなさらないよ、と言う。でも、今は本当にそう思った。

 神獣様を勝手に自分のイベントみたいに考えて、大人の言うことを聞かず、夜の山へ一人で入ったから、女神様が怒ったのかもしれない。

「ごめんなさい……」

 誰に言ったのか分からなかった。女神様かもしれない。父上かもしれない。ゲルハルトさんかもしれない。

 オスカーさんにも謝らなきゃいけない。旅の途中、馬車の中でいろんなことを教えてくれた。旅には危険が多いから、と言っていた。

 街道を歩く時は馬車の死角へ入るなとか、知らない土地の川は浅く見えても勝手に入るなとか、森で大きな動物を見たら近づくなとか、雪が積もっている場所では地面があるように見えても崖や穴が隠れていることがあるとか。途中で俺が飽きて窓の外を見始めると、「聞いてんのか」と顎を掴んでこっちへ戻された。

 聞いてた。ちゃんと聞いてたんだ。分かってた。それなのに俺、雪の積もった真っ暗な山を一人で歩いた。

 知らない動物を見て、鹿だから大丈夫だと勝手に決めた。道が分からなくなったのに、下へ行けば村へ戻れると思った。雪の下に何があるか分からないって教わったのに、そのまま足を出した。

「なんで……こんなことしちゃったんだろ……」

 鼻の奥が痛くなった。泣くほどじゃない。大丈夫。俺はもう大人だったんだから。前世では三十代まで普通に仕事をして、一人で暮らして、税金も払って、病院の予約だって自分でしていた。こんなところで泣いてどうする。そう考えたのに、涙が出た。

「……オスカーさん……」

 心配している。絶対に心配している。俺が馬車の窓から少し身体を出しただけで頭を掴んで引っ込めた人だ。

 寒そうにしていたら自分の膝掛けを貸してくれた。俺が手袋を片方なくした時も、ぶつぶつ言いながら予備を出してくれた。あの大きすぎる手袋、指先が余って使いづらかった。またなくした。今度は手袋どころじゃない。俺そのものがいなくなった。

「……心配、してる……」

 泣いたせいで鼻が詰まった。ゲルハルトさんだってそうだ。父上に俺を任されている。俺が生まれた日に嵐の中を一人で歩いてきて、転んでびしょ濡れになって、それでも俺へ祝福をくれた人だ。言うことを聞きなさいって言われてた。昨日も俺が眠そうにしたら毛布をくれた。その人を騙して抜け出した。優しくしてくれる人に、なんで嘘なんてついちゃったんだろう。寒くないようにって、暖炉の傍で休ませてくれたのに。自分の分の毛布を俺に譲ってくれたのに。今ならちゃんと分かるのに、どうしてちゃんと感謝出来なかったんだろう。

「ごめんなさい……」

 言ったら余計に涙が出た。母上のことも思い出した。出発する前の日、荷物は使用人が何度も確認しているのに、母上まで部屋へ来て、寒い地域なんだから靴下は余分に持ちなさいと言った。

 何足も毛糸で編んでくれた。「貴方が産まれる前も、たくさん編んだのよ」って笑って、親が子供のために靴下を編むのはおまじないなんだと教えてくれた。

 無事に産まれますように、無事に帰ってきますように。帰ってきたら何が美味しかったか教えてね、とも言っていた。美味しいものをいっぱい食べたんだ。鹿肉の煮込み。白いパン。蜂蜜に漬けた木の実。ちゃんと覚えている。帰ったら話せる。帰りたい。

「母上……」

 兄上は出発前、「本当に神獣を見たら、帰ってから詳しく教えろよ」と言った。姉上は自分も行きたいと少しだけ文句を言ったあと、「雪焼けすると格好悪いから顔は隠しておきなさい」と俺の外套の襟を勝手に直した。父上も母上も、兄上も姉上も、みんな俺のことを大事にしてくれていた。前世と違って。そこまで考えて、自分でその考え方が嫌になった。

 前世と違うから何なんだ。俺はずっと、家族ガチャSSRだと思っていた。

 父上と母上は仲がよくて、兄上も姉上も優しくて、家も金持ちで、俺のことも可愛がってくれる。親ガチャSSR。家族ガチャSSR。そう言っておけば、全部分かったような気になっていた。

 でも違う。父上が自分で外套へ祝福をかけてくれたことも、母上が靴下を編んでくれたことも、兄上が帰ってから話を聞きたがったことも、姉上が俺の襟を直したことも、SSRなんて言葉の中には何も入っていない。そんな言葉で小さくしていい幸福じゃなかった。

 俺が朝起きれば誰かがいて、食卓へ行けば家族がいて、帰ればおかえりと言ってくれる。病気になれば心配してくれる。帰ってくると思って待ってくれている。

「……すごく、大事だったのに……」

 なんで俺、それを分かってなかったんだろう。

 今、母上に会いたかった。父上にも。兄上にも姉上にも会いたい。怒られてもいい。父上にものすごく怒られて、母上にも泣かれて、兄上から馬鹿だと言われて、姉上に一ヶ月くらい口を利いてもらえなくてもいい。

 ゲルハルトさんにも叱られていい。オスカーさんに頭を掴まれて、そのまま馬車の中へ放り込まれてもいい。

 帰りたい。家へ帰りたい。暖かい部屋で寝たい。風呂に入りたい。髪についた鹿の血を全部洗いたい。昨日は煙のにおいが髪につくのが嫌だと思っていたけど、あれは本当に失礼な考えだった。精一杯もてなしてくれたのに、なんでありがとうより先に文句なんて出せたんだろう。

 お腹も空いた。朝ご飯が食べたい。厨房で出る卵と、温かいパンと、甘いジャム。豆のスープでもいい。昨日の残りでもいい。なんでもいい。

「帰りたいよ……」

 声にすると、もう止まらなかった。袖で顔を拭う。手袋のない右手が冷たい。泣いている場合じゃない。助かるために動かないといけない。ここにずっといたら駄目だ。いや、遭難した時は動かない方がいいんだったか。でも、ここは崖の下だ。上から探しても見えないかもしれない。雪も降っている。足跡だって消える。

 どうすればいい。オスカーさん、何て言ってたっけ。いっぱい教えてくれたのに。こういう時のために教えてくれたのに、全部きちんと思い出せない。

 それが怖かった。大人の俺なら、もっとちゃんと考えられると思っていた。前世の知識と今世の知識を合わせれば、普通の人よりうまくやれると思っていた。でも今、頭の中にあるのは足が痛い、怖い、帰りたい、誰か来て、そればかりだ。

 川の近くはまずい。野生動物が来るし、生水は飲んじゃだめだし、水に落ちたら死ぬ。それだけは分かった。

 ゆっくりと川から離れる方へ這った。立とうとしたけど、左足へ体重をかけた瞬間に激痛が走る。

「いたっ……痛い……!」

 立つのは無理だった。右膝と両手を使って雪の上を這う。一歩分進むだけでも時間がかかった。外套の裾が雪を引きずって重い。途中で右手を小さな枝へついたら、折れた先が掌へ刺さった。

「もうやだ……」

 枝を抜くと、血が少し出た。これくらいなら平気だ。平気。泣きながら、それでも少しずつ進んだ。

 川から十数歩分ほど離れたところに大きな岩があり、その下が少しだけ抉れて雪が積もっていなかった。身体全部は入らないけれど、風は避けられそうだ。

 ここまで行くだけでも、ものすごく疲れた。岩へ背中を預け、動かない左足をなるべく真っ直ぐにする。

 木の棒とかで当て木? そういうの、した方がいいんだろうけど、丁度いい枝なんて都合よく落ちていなかった。

 こんなことになっても『主人公補正がたりない』とか、そういう言葉が浮かんで嫌になる。

 靴を脱いで確認した方がいいのかもしれない。でも、脱いだらもう履けなくなりそうで怖かった。腫れているかもしれない。骨が折れているかもしれない。折れていたらどうするんだ。治癒魔法なんて使えない。

 父上なら使えるのに。ゲルハルトさんたちも使えるのに。使えるから、使節団のメンバーに選ばれたんだ。もしもの時に自分でちゃんと対応できる、そういう大人たちが集められた。できないお荷物は俺だけだ。

「来てよ……早く見つけてよ……」

 返事はなかった。また涙が出た。このまま誰にも見つからなかったらどうしよう。雪がもっと降ったら。夜になったら。保温の祝福だって永遠に続くわけじゃない。またあの鹿みたいなのが来たらどうする。猿が来たら。もっと大きな魔獣が来たら。短剣もない。魔法もほとんど使えない。逃げようにも足が動かない。

「こわい……」

 昨日までは、魔獣に会ったら俺の力を試す機会くらいに思っていた。今は会いたくない。神獣にだって会いたくなかった。普通の鹿にも会いたくない。鳥でもちょっと嫌だった。何も来ないでほしい。父上たちだけ来てほしい。

「俺は……転生者で……前世では、ちゃんと大人で……一人で暮らしてて……仕事もして……」

 だから大丈夫。子供じゃない。怖がらなくていい。こういう時こそ冷静に考えればいい。でも、前世の俺は雪山で崖から落ちたことなんてない。魔獣に襲われたこともない。一人で怪我をして、知らない山の中へ置き去りにされたこともない。

 前世で三十年以上生きていたことが、今の俺の足を治してくれるわけじゃない。喉が渇いても水は出てこない。腹が減っても食べ物はない。怖くても、抱きしめてくれる人はいない。

「おれ……こどもだ……」

 その言葉が口から出た。俺はまだ十年しか生きていない。レオンハルト・アルセインとして生まれてから、まだ十年だ。前世の記憶はある。前世の俺が考えていたことも覚えている。でも、今ここで痛いのは俺の足だ。泣いているのも俺だ。父上に会いたいのも、母上に抱きしめてもらいたいのも、全部俺だった。

「俺、普通の子供なのかも……主人公じゃ、ないのかもしれない……」

 それが一番怖かった。物語じゃないなら、誰かが助けに来ると決まっていないなら、ここで死ぬことだってある。

 俺が死んだあと、父上たちが見つけるかもしれない。母上が泣く。兄上も姉上も。ゲルハルトさんは、自分がちゃんと見ていなかったせいだと思うかもしれない。オスカーさんも。

「やだ……死にたくない……父上……母上……助けて……怖いよ……助けてよ……」

 鼻水まで出てきた。格好悪い。外套の袖でぐしゃぐしゃに拭って、身体を小さく丸めた。もう主人公とか、大人とか、そんなことはどうでもよかった。ただ帰りたかった。

 父上に怒られたかった。母上に抱きしめてもらいたかった。兄上と姉上の顔が見たかった。オスカーさんに「人の言うことを聞かねえから!」と怒られて、ゲルハルトさんに叱られて、それから暖かい馬車へ乗せてもらいたかった。

 その時、少し離れた茂みが、がさ、と動いた。全身が固まった。また鹿。違う。猿かもしれない。岩へ背中を押しつけ、反射的に右手を前へ出す。魔法は出ない。短剣もない。がさがさと音が近づき、今度は雪を踏む気配までした。息を止めた。呼吸ひとつが、致命的な失敗に繋がりそうだったから。

「こっち?」

 子供の声だった。俺は目を見開いた。

「ああ、そのまま真っ直ぐ」

「はーい」

 今度は男の人の声と、それに返事をする子供の声。人だ。人がいる。喉が詰まり、急いで息を吸った。

「こっちです! たすけてください!」

 掠れた。もっと大きな声を出さなきゃ。

「こっちです! 俺、ここにいます!」

 茂みの向こうで音が止まった。聞こえた。絶対に聞こえた。助かった。

 誰か助けに来てくれたんだ。子供までいるということは、そんなに危険な場所じゃないのかもしれない。俺が思っているより村から近かったのかもしれない。昨日、猿から逃げている間に、知らないうちに村の方へ戻れていた可能性だってある。

 よかった。怒られる。ものすごく怒られる。怒ってもらえる。帰れるんだ。父上と母上に会える。オスカーさんにもゲルハルトさんにも、みんなにも謝れる。

 俺は涙をぐしゃぐしゃに拭って、茂みを見た。白いものが出てきた。最初は雪の塊だと思った。違った。前足だった。毛に覆われた足が雪を踏んだ。

「……え」

 続いて巨大な頭が茂みの向こうから現れた。大型犬どころじゃない。超大型犬とか、そのレベルの大きさの、動物。

 白い毛。黒い縞。青白い目。虎だった。

 雪の中から現れた身体は分厚くて、口元から覗く牙が白く、吐いた息が冷たい空気の中へ広がった。

 その背中に、何か細長いものが乗っている。蛇。いや、でかい。白っぽい長い身体が鎌首をあげて俺を見下ろしている。アオダイショウとか、そういうタイプの蛇じゃない。目の前のそれの胴体は俺の腕よりずっと太く見える。

 虎が俺を見た。蛇も俺を見ている。

 助かったと思った。本当に、今の今まで。

「うわあああああああああああああああああああっ!!!」

 喉がひっくり返るくらい叫んで、俺は岩へ背中を押しつけた。無理。絶対無理。さっきまで鹿も嫌だ、鳥もちょっと嫌だと思っていたのに、なんでよりによって巨大な虎と巨大な蛇がセットで来るんだ。しかも人の声がした。絶対にした。子供と男の人が喋っていた。じゃあこの二匹は何なんだ。もしかして、先に来た人たちが食べられたとか。いや、今喋ってたばっかりだぞ。そんなに早く食べることある!?

 助かったと思ったのに。

 俺は涙も鼻水も引っ込むくらい怖くなって、今度こそ本気で思った。

 父上。ゲルハルトさん。みんな、ごめんなさい。もう二度と勝手なことしません。

 だからお願い。

 今すぐ助けに来て。

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