最初に動いたのは、大柄な一頭だった。雪を蹴った、とブラムウェルが認識するより早く、白い身体がこちらへ向かって跳ねる。耳は立っている。爪も出ていない。口まで半分開いていて、どう見ても怒ってはいなかった。
だから余計にまずい。怒っている獣なら攻撃の前兆を読めるが、遊んでいる子供に「次はどれくらい遊ぶつもりだ」と聞いたところで、本人にも分からない。
テンションが上がっている子供は人間でさえ無敵だ。それが、人間二、三人くらいならまとめて転がせそうな虎の身体に入っている。最悪すぎる。
「女神よ、言葉を分かち、境を定め給え。ここにある人の身を、爪牙より、衝突より、圧迫より、転倒より守り、害する力のみを退け給え!」
青白い文字が宙へ浮いた。一文字ずつ読める形ではなく、光の細い帯が幾重にも連なり、アリアの前から伸びて人々の周囲を囲っていく。
ブラムウェルは東国の守護術を何度か見たことがあった。何から何を守るのかを言葉で定め、曖昧さを削るほど術が安定する。馬鹿みたいに長い祝詞を延々唱える神官もいるが、あれは別に格好をつけているわけではなく、本当に必要だから喋っているのだ。
乳白色の光が一団の頭上まで覆ったところへ幼獣が飛び込み、ぶつかる寸前で何かに逸らされたように雪へ前脚をついた。「うーるる? ぎゃう」と鳴き、自分のつけた足跡を不思議そうに見下ろしている。
「今の、便利だな」
「便利ですけど集中が要るので話しかけないでください! あと、押し倒すほどの衝撃、咥え上げる力、衣服を引いて身体を動かす力も害として追加します! 女神様、先ほどの守護へ追加をお願いします!」
「追加注文みたいに言うな」
「必要になったものから足してるんです!」
アリアの周囲へ新しい文字が増えた。白虎そのものを拒絶するのではなく、人間へ害が出るだけの力を削いでいるらしい。
鼻先で触れる程度なら通すが、押し倒すほどの勢いになれば弾く。触れることまで禁じれば、突然近づけなくなった幼獣が面白がって何度も試すかもしれないし、強く拒絶すれば刺激する恐れもある。
その点、遊びそのものは止めず、人間側だけ死なないようにする東国の面倒くさい守護術は、今回に限れば非常にありがたかった。
二頭目も走り出した。今度はオスカーたちのいる側へ向かってくる。
ゲルハルトが一歩前へ出ると、オスカーと結界術を専門とする神官も同時に前へ出た。「我らが後ろへ、害を通すな」とゲルハルトが告げる。
短い。あまりにも短い。東国の神官が聞けば、対象は、範囲は、何を害として扱うんですか、と三つくらい質問が飛んできそうな祝詞なのに、言葉が落ちた途端、三人の足元から鈍い光が走った。
左右へ伸びた線が三人を繋ぎ、壁そのものは見えないまま、そこから先だけ空気が重くなったように揺れる。
「ぐっ……!」
幼獣がオスカーへ飛びつく。白い前脚が胸へ乗り、靴底が雪を二十センチほど削る。それでも倒れない。まともに受ければ肺まで潰れそうな勢いだったのに、胸へ触れた前脚だけが見えない何かに力を奪われ、幼獣は目を丸くした。それから「ウルルルル!」と、どう聞いても嬉しそうに喉を鳴らす。
「遊び相手認定されてますよ!」
「見れば分かります!」
白虎はもう一度オスカーを押した。戻して、また押す。いくら押しても倒れない人間が突然現れたものだから、すっかり面白くなってしまったらしい。最悪すぎる。これがカエルなら、今は指でつついて反応を楽しんでいる段階だ。そのうちもっと面白い反応を求め、ケツにストローを突っ込んで破裂させるくらいまで悪化するかもしれない。すなわち『死』だった。
「オスカー、そのままです。押し返さないようにしてください」
「押し返してませんよ! こいつが勝手に何度も押してくるんです!」
知ってるよ、と返す暇はなかった。最後の一頭まで動き、正面を避けて人間の集団の右側へ回り込もうとしている。その先にはバルトと村の案内役、それから護衛が二人いた。護衛の手が反射的に剣の柄へ乗った瞬間、ブラムウェルの胃が縮む。「抜かない!」「分かってる!」と声が重なり、虎と護衛の間へゲルハルトが滑り込んだ。横から白い巨体を受けて身体が大きく傾いたものの、片足を踏み直しただけで持ちこたえる。
「女神よ、我を壁とせよ」
それだけで足元の光が濃くなった。西国の祝詞は、本当に短い。守る相手の名さえ言わず、何から守るとも口にしない。自分が前へ立ち、その後ろへ誰かを置く。それだけで意味が成立するらしい。
東国なら「壁とは何をもって定義されているのですか?」と突っ込まれそうなところだが、こちらでは逆なのだろう。後ろへ通してはいけないものが来た。なら自分が壁になれ。それ以上説明している暇があるなら立て、という信仰なのかもしれない。
東西の神学者を一晩同じ机につかせたら、「壁とは何か」「祝詞が長すぎないか」だけで朝まで喧嘩できそうだった。ぜひ参加させてほしい。これまで国ごとの思想の違いなど特別気にしたこともなかったが、今になって、とても面白い学問だったのではないかと思い始めている。
南については疎いものの、もしここに北国の神官がいたなら、あちらの祝詞は確か舞踏だったはずだ。踊りながら守護の祝福をかけるのだろうか。見てみたい。
そんな現実逃避じみた思考の逸れはあったものの、守護そのものは見事に機能していた。
問題は、そのせいで三頭とも完全に楽しくなってしまったことである。押しても倒れない。飛びついても壊れない。逃げもしない。そのうえ時々、変な光まで出る。幼い白虎からすれば、新しい遊具が突然生えてきたようなものなのだろう。
大柄な個体はオスカーへ両前脚を乗せてぐいぐい押し、左前脚の縞が途中で切れている一頭はアリアの守護へ鼻先を突っ込み、届かないと分かると横へ回ろうとする。最後の一頭に至ってはゲルハルトの法衣の裾が気になるらしく、前脚でちょいちょい触っていた。
「ブラムウェルさん。これ、守れてはいますけど、ものすごく遊びを盛り上げてませんか?」
「奇遇ですね。私も今まったく同じことを考えていました」
非常によろしくない。「カカカカッ」と大柄な幼獣が喉を鳴らし、今度はオスカーの胸へ頭から突っ込む。ぽすん、と額が当たり、それが気に入ったのか少し下がってもう一度やった。
「……これ、いつまで続くんですか」
「飽きるまででしょうね」
「どれくらいで飽きます?」
「白虎の幼獣が人間で遊んで何分で飽きるかなんて研究した奴はいませんよ」
「今日から記録できますね!」
「アリアは黙って結界を維持してください」
「はい!」
なんで少し嬉しそうなんだ。今だけは知を尊ぶ心を脇へ置いていてほしい。東の人間はいつもこうだ。知識欲に目が眩むと、途端に危険を軽く見る。もっとも、自分にも大いに覚えがあるせいで、口に出して窘められないのが口惜しい。
ブラムウェルは幼獣たちの動きを目で追いながら考えた。走れない。追い払えない。まして攻撃など論外。ならば、向こうから興味を失わせるしかない。面白くなくしてやればいい。
「全員、そのまま。白虎が何かしても出来るだけ反応しないように。押されても叫ばない。触られても騒がない。こいつらは人間の反応まで込みで遊んでいます。何をしても面白くなければ、そのうち別へ興味が移るはずです」
ゲルハルトが頷き、オスカーも口を閉じた。胸へ頭突きを繰り返す幼獣を黙って受けているうち、三回、四回と続いていた間隔が少しずつ開き、五回目をやろうとしたところでとうとう動きが止まる。アリアの守護へ鼻を押しつけていた一頭も、右から覗き、左から覗き、それでも何も起きないと分かると雪の上に落ちていた枝へ前脚を伸ばした。もう一頭はゲルハルトの裾から興味を失い、大柄なきょうだいの尻尾へ視線を移している。
よし。そのまま行け。人間はつまらない。枝はいいぞ。雪だっていい。きょうだいの尻尾なんて最高だ。噛め。甘噛みして怒られろ。そのまま兄弟喧嘩でも始めて、人類のことは忘れてくれ。
「人間という新しいコンテンツ参入!?」
その場にいる誰のものでもない声がした。ブラムウェルは危うく天を仰ぎかけた。せっかく、あと少しで人間をつまらないものとして処理してくれそうだったのに。
声は低木の向こうから聞こえており、幼い響きに反して言葉の選び方が子供のものとしては奇妙だった。
「みんなも来たの? さっきお母さんに呼ばれてたでしょ。そろそろ帰らないと、本当に迎えに来るよ」
茂みから白い頭が覗いた。三頭が揃って振り返り、ブラムウェルも息を止める。
額に黒い縞がない。四頭のうち、人間の声を発した個体。そして今、この場にだけいなかった一頭。
「……神獣様」
ルーヴェルの誰かが掠れた声を漏らした。オスカーが目を見開き、ゲルハルトまで反射的に姿勢を正す。
自国で聖獣として崇める氷嶺白虎、その中でも神獣である可能性が高い個体が、今まさに人語を話しながら現れたのだから当然だろう。
もっとも、その神聖な空気は長続きしなかった。いや、最初の一言から神聖さは無かったような気もする。
大柄な一頭が真っ先に駆け寄り、ゴツンと頭をぶつけた。続けて二頭目が肩へ鼻先を押しつけ、最後の一頭まで横から割り込む。三方向から白い身体に囲まれた神獣は少しよろめき、「なんだよお、親愛頭突きやめてえ」と言いながら、大柄な一頭の鼻先を押し返した。
怒っているわけではない。そのまま隣の個体の額を一度舐める姿など、口から人語さえ出ていなければ普通のきょうだいにしか見えなかった。
やがて神獣がこちらを向いた。金色の目が人間たちを順に眺め、途中で何かに気づいたように瞬く。
「もしかして、レオンハルトのおむかえ?」
オスカーが息を呑み、一歩出かけたところで自制した。
「神獣様。恐れながら、お尋ねいたします。レオンハルトをご存じなのですか? 我々は昨夜からあの子を捜しています。今どこにいるのか、ご存じでしたらどうか教えてください」
神獣はあっさり頷いた。
「知ってるよ。フィロンと一緒にいる。あっち」
自分が出てきた茂みの奥へ身体を向ける。あまりにも簡単な答えに、誰もすぐには反応出来なかった。
昨夜から山を歩き、足跡を追い、岩角鹿の死骸を調べ、火口ひとつを見つけては希望と不安を行き来してきた。その子供の居場所を、目の前の白虎が「あっち」の一言で示している。
「レオンハルトは無事なのですか? 今、話をすることは出来ますか?」
「出来るよ。フィロンも、今すぐどうこうって状態じゃないって言ってたし、ずっと一緒にいる。よかったあ。このまま誰も来なかったらどうしようかって悩んでたんだよね。最悪、うちに連れて帰るしかないかなって」
オスカーの顔が固まった。ブラムウェルも似たような気持ちになる。その選択肢は困る。侯爵家の次男が山で行方不明になり、救助が一日遅れた結果、神獣によって氷嶺白虎の住処へ回収されました、では後日どう報告書を書けばいいのか分からない。
「フィロン様という方が、レオンハルトと一緒にいてくださるのですね」
「うん。お医者さん。人間の身体には私より詳しいから、任せておけば大丈夫。だから早く迎えに行ってあげて」
一団が静まり返った。神獣はきょうだいたちに転がされながら、「なんだよー!」と楽しそうな声を上げている。目の前に神獣がいる。しかも敵意はなく、どう見てもこちらへ友好的だ。ブラムウェルの中にいる研究者が勢いよく立ち上がったが、さすがに今は座らせておく。レオンハルトは生きていて、話も出来る。それ以上に優先すべきことはなかった。
それに、フィロンという医者もそばにいるらしい。村の人間ではないし、この辺りでは聞かない名前だった。念のためバルトへ視線を向けると、小さく首を振られる。やはり知らないようだ。いつの間にか山へ住み着いた者なのか、それともどこかから入り込んだ旅人か。
とはいえ、道を外れた旅人が好き好んで居つくには少々危険すぎる場所である。となれば、修行者か、薬草でも探して山へ入る類の医者なのかもしれない。
「カカカカッ」
そこで大柄な幼獣がこちらへ顔を向けた。人間たちが再び喋り始めたせいで、せっかく薄れていた興味が戻ったらしい。隣の一頭までこちらを見る。アリアの周囲へ光が増え、ゲルハルトも動こうとしたが、その間に神獣が「ガブ」と呼んだ。
「ヴァウも。そっちはもういいから帰るよ。ナーヤまで人間を見ない。さっきからお母さん呼んでたでしょ」
三頭とも、一度は神獣のほうへ目を戻した。ガブ、ヴァウ、ナーヤ。名前なのか、神獣が勝手にそう呼んでいるだけなのかは分からない。
神獣による迎えが来たものの、珍しく愉快な人間の群れはまだ目の前にいる。
ガブと呼ばれた個体がもう一歩こちらへ踏み出すと、それにつられるようにヴァウまで前へ出た。このまま勢いがつけば、先ほどの遊びがまた始まるだろう。
神獣がわずかに目を細めた。呼ぶだけでは駄目だと見切ったらしい。何をする気だ、とブラムウェルが思った次の瞬間、神獣は唐突に雪の上へ身を倒し、そのままごろんと勢いよく一回転した。
「……え」
オスカーから素の声が漏れた。無理もない。ルーヴェルの神官たちが息を詰めて見守っていた神獣が、何の前触れもなく雪の上でごろりと転がった。
「にんげんより私のほうが大事でしょ! おうち帰るよ!! いいの? かわいいガウーワがこんなんなっちゃってるよ!」
ああ、ガウーワというのか。ずいぶんな形で知ったな、とブラムウェルは思った。
本虎は大真面目なのだろう。人間へ戻りかけたきょうだいたちの注意を、自分へ強引に引き戻すつもりらしい。実際、三頭ともぴたりと足を止め、揃って雪の上の神獣を見た。
目的はもう達したはずなのに、神獣はそのままもう一度転がった。ごろん、と今度は先ほどより妙に滑らかに身体が回る。一度始めてしまうと、楽しくなってきたらしい。
「ほら、かわいいきょうだいが大変なことになってるんですけど!」
三頭が一斉に駆け寄った。一頭が頭を押しつけ、もう一頭は横腹へ鼻先を突っ込み、残る一頭まで尻尾へじゃれつく。なるほど、効果は絶大。神獣は三頭に揉まれながら身体を起こしかけ、横から押されてまた雪へ転がった。そこだけ、少し雪が薄かった。
べしゃ、と湿った音がする。
「よごれた」
拗ねた子供の声だった。背中から脇腹にかけて、真っ白だった毛が見事に茶色く染まっている。神獣はしばらく自分の身体を見下ろし、それから無言で一番近くにいたきょうだいへ顔を向けた。見られた方は何も悪くないという顔をしている。別の一頭が泥のついた毛へ鼻を寄せ、もう一頭まで前脚で触り始めた。
「いや、もういい。ここまでやったなら最後までやる。ガブ、ヴァウ、ナーヤ、ほらこっち! 人間より私と遊ぶ方が楽しいでしょ!」
諦めがついたらしい。神獣は泥のついた身体を起こすと、そのまま三頭の鼻先を横切って駆け出した。真っ先に一頭が追い、残る二頭もつられるようについていく。数歩先で神獣がくるりと振り返った。
「にんげん、逃げろー!」
自分から囮になっておいて、言うことはずいぶん軽い。しかし言われなくても、今を逃せばまた人間遊具へ逆戻りする。
「行きます。急に走るとまた追われるかもしれません。まず距離を取ってください。バルト、神獣が出てきた方向を先導してくれ」
一団がまとまって後退を始める。その間にも神獣は三頭を引きつけたまま、人間たちとは反対側へ少しずつ離れていった。
一頭が横から身体をぶつければそのまま雪へ転がり、すぐに起き上がって今度はこちらから追い返す。別の一頭は途中で拾った枝を咥えたまま走っており、それが木の根へ引っかかると神獣がわざわざ戻って鼻先で外してやっていた。
何か言っているらしいが、もうこちらまでは届かない。四頭で押し合い、追いかけ合いながら進むうち、白い背中は木々の向こうへ少しずつ小さくなっていく。
オスカーが足を止め、遠ざかる神獣へ深く頭を下げた。口も動いたが、あの距離では聞こえないだろう。神獣も振り返らなかった。
礼を受け取るためにやったわけではないらしい。横から飛びついてきたきょうだいと一緒にまた雪へ転がり、そのまま森の奥へ進んでいく。最後まで残って見えたのは、枝を咥えた一頭の尻だった。幹へ枝の端を引っかけて本人だけ後ろへ引っ張られ、神獣がまた戻っている。何をしているんだ、とブラムウェルが思った頃には、それも木立の向こうへ消えた。
十分な距離が開いたところで、ブラムウェルたちは向きを変え、神獣が示した方角へ足を速めた。オスカーの歩調は先ほどまでとは明らかに違う。疲れていないはずがないのに、前を行くバルトへ食らいつくように雪を踏んでいる。
ゲルハルトも何も言わず、そのすぐ後ろについた。昨夜から探し続けていた子供が生きている。それも、今から向かえる場所にいるのだ。
「……我々は、神獣様に助けていただいたのですね」
少し後ろを歩いていた神官が、ようやく実感したように呟いた。
「そうですね」
ブラムウェルも一度だけ後ろを見たが、もう白い姿はどこにもない。聞こえるのは枝の揺れる音と、ずっと遠くで一度だけ上がった獣の声くらいだった。
確かに助けられた。
レオンハルトの居場所を教えてもらい、三頭の興味まで自分へ引き受けてくれたのだ。あの神獣が現れなければ、こちらはまだしばらく人間遊具として耐久試験に付き合わされていたに違いない。ありがたい。本当にありがたい話である。なのに、ブラムウェルの胸には、それとはまったく別の感情がちょこんと残っている。
初めてあの神獣を見た時は、本当に怖かった。記録にはもちろん書かなかったが、白虎が人間の言葉を喋った瞬間には、絶叫したかったくらいだ。
知らない獣なら観察すればいい。何を食べ、どう動き、何を嫌がるのか。一つずつ拾っていけば、いつかは輪郭が見えてくる。ところが、あれには最初からこちらを見る目があり、考える頭があり、おまけに言葉まであった。
獣について積み上げてきた知識がどこまで役に立つのか、その入り口からして怪しい。だから勝手に、もっと訳の分からないものだと思っていたのだろう。
ところが近くで見てみると、案外そうでもない。
考えてみれば、先ほどの三頭にも似たところがあった。面白ければ繰り返すし、飽きれば別へ行く。きょうだいへ気を取られ、母親に呼ばれても遊びたければ少し粘る。これまではそうしたものをまとめて『生態』として見ていたが、人間の子供相手なら、そんな堅苦しい言い方はしないはずだ。
遊びたい。まだ帰りたくない。その程度の言葉で済ませるだろう。獣だから何も考えていないと思っていたわけではない。ただ、言葉が通じないというだけで、その中身まで難しく考えすぎていたらしい。
そのことに気づけたのは面白い。出来ることなら今すぐ引き返して、いままでの資料をまとめ過去の文献と比べてみたいことが山ほどある。
いや、今なら神獣自身の言葉を聞きたくもある。好奇心が全てを上回っている。食性、家族関係、人と会話を出来る意味、他の白虎との意思疎通。そもそも本人は自分を何だと思っているのか。
ひとつ考えれば、横からもうひとつ生えてくる。一日隣に座らせてもらっても足りそうにない。そこまで考えたところで、ブラムウェルはほんの少し眉を下げた。
あんなに怖かったのになあ。もっとこう、とんでもなく話の通じない何かを想像していた。
ひとつ分かったと思えば三つ分からなくなり、調べれば調べるほどこちらの常識から離れていくような、研究者泣かせの何かを。
いや、人語を話す白虎なのだから、十分すぎるほど研究者泣かせではある。そういうことではない。知りたい。今だってものすごく知りたい。それなのに、知るたび「なんか印象と違うな……」と、妙な肩透かしを食らった。
自分ではそれほど信心深いつもりもなかったが、どうやら無意識のうちに、神獣というものへもう少し神々しい何かを求めていたらしい。
向こうからすれば知ったことではないし、勝手に期待して勝手に拍子抜けしているだけなのだから、ずいぶん理不尽な話でもある。それでもほんの少しだけ、ちょっとだけがっかりだった。

※コメントは最大3000文字、5回まで送信できます