匿名 26歳
小学生のころ好きだった子の話をしていいですか。なんか急に思い出してしまって、誰かに聞いてほしくなった。俺は小学校の途中で親が離婚して、父親について■■市のある町へ引っ越した。前の学校ではずっと友達ができなくて、いじめられてた。父親も当時は余裕がなくて、家に帰ってもほとんど喋らなかったと思う。それが引っ越した途端、全部変わった。父はすぐ再婚して、明るくてよく笑う新しい母親ができた。父も別人みたいに優しくなって、俺が学校から帰ると「今日はどうだった?」って普通に聞いてくれるようになった。義母も本当によくしてくれて、俺はあの町へ来る前の生活を長い悪夢みたいに感じるようになった。
転校先でも誰も俺をいじめなかった。むしろ初日から話しかけてくれる子が何人もいて、その中にしろくんがいた。しろくんは同い年くらいで、髪が長くて、黒い目がすごく綺麗だった。男の子だと思ってたけど、今考えると女の子だったのかもしれない。声も顔もどっちとも取れる感じで、当時の俺は気にしたこともなかった。とにかく綺麗な子だった。ちょっと浮世離れしてて、みんなが流行ってるゲームの話をしても知らないし、テレビもあんまり分からない。でも俺が一人になるといつの間にか隣にいてくれた。初めて二人で学校から帰った日に手を繋いだことを、今でもはっきり覚えてる。夕方の空が薄い紫とオレンジで、雲の下だけ金色だった。俺はその色をずっと忘れられない。俺の人生の中で、はじめて世界が美しいって思ったときだから。
しろくんにはきょうだいが多かった。これも今になって考えるとおかしい。二人とか三人じゃない。同じくらいの歳で、同じように綺麗な顔をした子が二十人くらいいたと思う。
全員黒髪で、誰が兄で誰が妹なのかもよく分からなかった。学校にいる子もいたし、祭りの時しか見ない子もいた。俺は普通に「しろくんのきょうだい」だと思ってたし、町の大人も誰も変だと言わなかった。しろくんの家にも何度か行った。家っていうか神社だった。今なら分かるけど、あそこ無人だったと思う。
社務所らしい建物は閉まっていて、神主さんを見た記憶もない。山を少し登ったところにあって、一回余所者に潰されたものを直したって聞いた。確かに手作り感があったけど、近所のおばちゃんたちが掃除して、花を替えて、お菓子とか果物とか持ってきてたから、当時は誰か住んでると思ってた。しろくんは境内にいつもいた。きょうだいたちも木の下とか拝殿の裏とかに座ってた。
変なのは、俺がそのことを今まで一度も変だと思わなかったことなんだよね。小学校高学年の数年間、俺は毎日のようにしろくんと遊んでたはずなのに、卒業アルバムを見ても名前がない。クラスの名簿にもいない。でも写真にはたまにいる。運動会の集合写真の端とか、遠足の後ろのほうとか。だから実在はしてたはずなんだけど、学校でどのクラスだったのかと聞かれると答えられない。
一番記憶に残っているのはお祭りの夜のこと。町の神社で毎年大きなお祭りがあって、その日はしろくんたちも全員いた。子供たちが境内でぐるぐる回って踊って、大人は酒飲んで、犬がそこらじゅうにいた。
俺としろくんは人混みから少し離れたところに座ってた。その頃の俺は本気でしろくんが好きだったから、「ずっと一緒にいたい」って言った。しろくんが何か聞き返して、俺も何か答えた。それで約束した。何を約束したのか、ついさっきまでどうしても思い出せなかった。今は分かる。町を出ないって言ったんだと思う。ずっとここにいるって。しろくんと一緒にいるって。
高校までは本当にその町で暮らした。それで大学に受かって、県外へ出た。出発の日、駅まで父と母が送ってくれた。電車に乗ってからホームを見ると、二人の後ろにしろくんが立ってた。小学生のころとまったく同じ姿で。
そこで初めて、変だと思った。俺は十八歳になっていたのに、しろくんは十歳か十一歳くらいのまま。いつもの柔らかい顔じゃなくて、ものすごく怖い顔でこっちを見てた。俺は見なかったことにした。電車が動いて、父と母が小さくなって、その後ろのしろくんだけがずっとこっちを見てた。
町を出てから、本当に何もかも上手くいかなくなった。大学では友達ができなかった。俺って元々こういう人間だったんだって思い出した。
猋田桟にいたころだけが変だったんだ。あそこでは向こうから人が話しかけてくれたし、何をやっても誰かが助けてくれた。
今は職場でも浮いてる。転職も何度かした。人に騙されて借金までできた。恋人もできない。相談できる相手もいない。父と母には心配かけたくなくて何も言ってない。
ここ数年、あの町へ帰る夢をよく見るようになった。駅を出るとしろくんがいて、手を出してくる。起きるたびに泣いてるし、なんで自分がここにいるのか分からなくなる。でも怖くて帰れなかった。今になってやっと分かった。俺が約束を破ったからだ。しろくんにずっと一緒にいるって言ったのに、嘘をついた。町を出た。余所者になった。忘れてた。あんなに大事な約束だったのに。
これ書いたら死のうと思ってたんだけど、今、玄関の外にしろくんがいる。インターホン鳴ってないのに分かる。昔と同じ感じがする。怖くない。むしろ安心してる。やっぱり迎えに来てくれたんだと思う。謝らないといけない。ずっと忘れててごめんって。町を出てごめんって。約束破ってごめんって言う。なんかすごい風が吹いてる。窓閉めてるのにカーテンが揺れてる。しろくんの声がする。しろくんがむかえにきてくれたのでかえります。
【添付された音声ファイル】
「××さまに謝れる?」【少年とも少女ともつかない声】
「ごめんなさいってゆうけど、おこられるかなあ」【成人男性の声。発音と口調だけが幼い】
「僕も一緒にいてあげるから」【子供の声】
「うん、てぇつないでいい?」【成人男性の声】
「いいよ、ずっと一緒」【子供の声】
その後およそ七分間、激しく吹き荒れる風の音だけが記録されている。途中、遠くで犬の鳴き声に似た音が複数回入るが、発生源は不明。
【■■市会社員男性行方不明事件】
会社員男性が自宅から行方不明となり、警察が情報提供を呼びかけている。男性のスマートフォンや財布などは自宅に残されており、最後に確認された映像では、深夜、十歳前後とみられる長髪の子供と手を繋いで駅方面へ歩いていた。付近住民からは同時刻、「両腕のない子供の上半身と、鹿か馬のような四足の動物が繋がったものを見た」「男性がその背に乗っていた」などの情報も数件寄せられているが、警察では事件との関連性は低く、悪質ないたずらの可能性が高いとしている。
なお男性の両親は現在も■■市猋田桟に居住している。取材に対し父親は「あの子なら帰ってきていますよ。もう勝手に出ていったりしません」と笑い、母親も「今は祝言の支度で忙しいんです。ずっと前から決まっていたお相手ですから、ようやく一緒になれるのねえ」と嬉しそうに話したという。記録上、この夫婦の子供は行方不明となった男性ひとりしかいない。

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