重大インシデントを起こす数日前に、極微細なインシデントも発生させていたので品行方正に生きようと思います。思っていました。ちょっと無理そうではある。
少し前に実兄の意向により焼却処理されたスマホも、らくらくフォンでは違法位置共有アプリを入れられないという構造上の欠陥により、渋々と所有許可が出た。
「もう悪いことしないでね」という、燈矢くんからのやわやわな懇願を、俺は何も悪いことをしてませんので問題ありませんね……という強い意志で無視していたのだが、年長者の言うことを聞かないクソガキには相応に罰が当たるというわけだ。
マチアプヘビーユーザーだった俺だが、身長の成長速度だけ父親の遺伝が強く出たのか、本来なら鍛えることで筋肉に回るはずだった栄養が鍛えてないせいで全て身長に回ってしまったのか、年齢不詳の不審者に見事成長。
マチアプの20歳以上という年齢制限を「自分、ヴィランなんで……」と言い訳を立てて無視して正面からワンナイトのみ目当て♡ 身体のみ♡ とカスの自己紹介とNGひとつのみ書いて連絡くれた人と会う。そういう遊び方をしていた。
いままでこれで問題なかったのは、利用していたSNSが男女共に有料で利用者の質がマシだったのと、ここまで自己紹介で明け透けに書いていたら、相手もそれ目当てで来るので諸々の説明が省けるからだと思う。一応、会った時に軽く話してお互いに「なんかヤるより普通に遊んだ方がいいな」と意気投合した人とはそのまま話してご飯食べてデートっぽいことして帰ったりしたし、平和なインモラル生活でした。過去形である。
その日にマッチングしたのは自称23歳の女性だった。女性三連続だなあとか、ちょっとサバ読んでる感じするなあとか、香水の匂い強いな、とか。そういうことを考えながら話していたが、普通に会話が出来た。出来たが、どうしようもない違和感のようなものがあった。あったんです。あったけど、性欲に負けちゃってえ……!
相手が乗り気だと多少の違和感って誤差になっちゃって……!! 俺は、俺に好意的な人の事すぐ好きになっちゃうから……! たとえ一夜限りの身体目当てであろうとも、「あかりくんって格好いいね♡」って胸を押し付けられちゃうと、違和感とかどうでも……よく……なって……!!
「先シャワー浴びてくるね♡」と浴室へ向かった後ろ姿を見送って、彼女が脱ぎ散らした上着をハンガーに掛けていた時だ。ポケットからくしゃくしゃになった何かが、ぽとりと床に落ちた。レシートか、ティッシュかと思って拾おうとして、手を止めた。
細長いチューブ。銀色のパッケージ。ラベルの文字が、濡れた照明の下でゆっくり読める。うーーん。うーーーーーん!! ギリ、ギリあれっぽい!!
「ねえ~♡ 一緒に洗いっこしよ♡♡」
シャワーの流れる音で籠る声に「いまいく~」と返事をして、俺は“逃げ”の準備をしていた。無防備に置き去りにされたカバンの上に、心ばかりの謝罪の意で万札をお供えする。一応、一応ね……もしかしたら、別の用途かもしれないし。俺も医者じゃないから絶対“そう”とは言えないし。
浴室前の脱衣所、コートと同じように脱ぎ散らかされた彼女の服のあたりから、変な匂いがした。甘いでもなく、石鹸でもない。鼻の奥を刺す、錆びた魚みたいな匂い。
俺のターン!! 前世の記憶!!!!
某国へのインフラ整備のため派遣された時に、地元武装組織元締めの売春宿で蔓延していた性病特有の臭い!!!!! 後に武装組織名義で病院を立てて根絶を目指しましたソレです!!!
「ごめん持病の癪で無理だわ先帰りますお疲れ様でした」
「は? ざけんなてめえおい!!! 逃げてんじゃねえよこの✕✕✕野郎!!!」
「地雷踏んだ地雷踏んだ地雷踏んだええい左足くらいならくれてやる!!!」
廊下の蛍光灯が二本切れていて、足音だけが壁に反響する。
ぴちゃぴちゃと濡れた足の裏が廊下の安っぽい赤い絨毯を叩く音が、やけに生々しい。ドアノブを掴んだ手の中で心臓が暴れて、視界の端が光った。
びしょびしょの全裸の女に放送禁止用語で罵倒されながら追いかけ回されたことはありますか? 俺はあります。怖い。さすがに掴み合いの武力だと俺の方が強かろうが、リミッター外れてる人間は無敵だから勝てない。外階段まで追い回された濡れた足音は凄くホラーだった。
俺のNGひとつだけじゃん!! 性病だけはNGって書いてたじゃん!!
今世ではじめて怖い目にあって、もうこれは明日弔くんに言って爆笑してもらうしかないよ……と、怯えながらトボトボと自宅に戻ったのだった。いままでずっと平和にワンナイトしてたから平和ボケしていたんだ。ここはヴィラン住まう恐ろしき地。NG突破型性病ばら撒きレディもいる。これくらいなら前世にも男女共にいたしな。普通に。普通にヴィラン。都度病院に行ってください、俺と違って保険証あるんだろうし。
ちなみにマチアプのメッセージには殺害予告が入っていた。こわいよお。
