《週刊HERO SCOPE》
「最年少社長にしてNPO代表──“理解は平和への近道”と語る17歳の素顔」
家庭内資産運用? それとも天才的戦略家? 静かすぎるカリスマが動かす金と思想
《医療・福祉・心理支援専門誌QUIRK & CARE》
「個性は才能か、それとも負荷か。“両方だ”と答えた支援者の覚悟」
身体・精神・家族を分断しない支援モデル
「陽火!!」
「うるせえうるせえうるせえ、玄関で騒がないでくださ~~い」
どうやら食卓に忍ばせた発行前の雑誌を読んだらしく、父さんは大発火していた。そうだろう。雑誌の表紙では俺がキリッとした顔をしながらろくろを回していたからだ。
三年前、子供たちが順番に退院し、それから間を置かずに母さんも「もう大丈夫よ」と言って家に戻ってきた。病院の白い壁に囲まれていた時間が、まるで遠足の帰り道みたいにあっけなく終わって、生活は再び“家”という形を取り戻す。
ただし、以前と同じ家ではない。父さんはカウンセリングを受け始めた影響か、それとも子供たち全員から全力で歯向かわれたあの一連の出来事が想像以上に効いたのか、以前のような圧は明らかに減っていた。怒鳴らないわけではないし、考え方が急に柔らかくなったわけでもないが、少なくとも「聞く」という動作を覚えたようには見える。
焦凍が幼いうちは鍛錬も、“身体の動かし方”程度にするという方針でお互いに歩み寄りができたと思う。俺がずっと「轟炎司さんは五歳の頃から父親にゲロ吐くくらいぶっ飛ばされてたんですか~~? ちょっと確認取りますね! おじいちゃああん??」と祖父母宅を巻き込んだからだ。意外にも、父方の祖父母は二人とも穏やかでのんびりしている。俺は産院で取り違えられた可能性を疑っているが、二人とも炎系の個性だから真実は残酷に、あの二人の子として炎司くん爆誕という形なのだろう。なんだろう、バグかな。
何も知らなかったおじいちゃんは電話の向こうで泣いていた。俺たち孫が可哀想というより、息子の歪みに気づいて助けてられなかったという後悔が強い泣き方だった。いいぞ! おじいちゃん! それ一番攻撃力高いやつ! 老いた両親に泣かれてどういう気持ちですか。恥じて欲しい。
いつ燈矢が帰ってきてもいいように、と冬美が作り続けていた「一人分多め」の食事を、片付ける前に毎回きっちり焦凍が回収していった。
元々食べること自体は嫌いじゃない子だし、入院中に“ちゃんと食べる”という感覚を取り戻したせいか、食卓に並ぶ料理を前にすると目を輝かせて箸を動かし、気がつけば「これも食べていい?」「これも?」と、遠慮のない確認が飛んでくる。
いいよ、と言えば最後まで責任を持って食べきるから始末が悪い。結果、幼児体型とはとても言えない、ほっぺたもお腹もむにっとした、ぽちゃぽちゃ焦凍くんが爆誕した。
これにはさすがの俺も危機感。おなかポチャポチャだとヒーローになるのは難しいぞ、と言ったところ、なんと焦凍自ら父さんに頼んで“身体の動かし方”より一歩先の鍛錬も受けるようになった。以前のように吐くほど扱かれることはなくなり、山盛りのご飯を食べ、夜はぐっすり眠る。
母さんは「まあ、元気な証拠ね」と笑い、父さんは何か言いたげに視線を泳がせつつも強くは言わない。
家は相変わらず不格好で、完璧とは程遠い。それでも、怒鳴り声が常に響いていた頃よりはずっと静かで、誰かの足音に身構える必要もなくなった。燈矢の席は空いたままだが、その空白は「いないこと」に慣れるためのものではなく、「帰ってくる場所」として維持されている。焦凍がもりもり食べて丸くなった分だけ、その席に置かれるはずだった料理は今日もきれいに消えていく。少し歪で、少し滑稽で、それでも確かに前に進んでいる、そんな家族の形だった。
そしてそんな俺が、いま何をしているかというとメディアへの露出だ。これが俺の答えだ!!
退院して間もなく、俺は前世のスキルをフル稼働させた。前世の仕事? ええ、ごく一般的なものですよ。限りなく希釈して白に見せかけた、黒めの会社です。裏側を全部ひっくり返しても、法の網をすり抜ける“余白”しか残らない、そういうやつ。公安からは当然警戒された。でも俺は死ぬまでの間、一切しっぽを掴ませなかった。死に逃げである。ざまぁみろ!
この世界、治安はとても悪い。表通りはヒーローの活躍でピカピカに磨かれているくせに、道をひとつずらすとスラムみたいになっているところも多い。帳簿の上でだけ存在する人間も、生者の振りをした死者の金も山ほど眠っている。それらは誰のものにもならず、誰の役にも立たず、ただ腐っていくだけだ。
それをどうしたかというと、まあ……海外を通し、人を介し、帳簿を整え、ルートを切り替え、何度も洗って、合法の顔をした資金に変えた。
俺自身は前に出ない。代わりに“顔”になってくれる人間を立てる。専門家、経営者、支援者、善意の象徴。役割を分担し、責任を分散し、俺は裏で糸を引くだけだ。三年かけて、そういう立場を作った。急がない。焦らない。時間をかければ、世界は案外おとなしく形を変える。
そのうえで、最後に俺自身が前に出た。NPOの代表として、会社の経営者として、そして「理解は平和への近道だ」と語る、無害そうな若者として。
雑誌に載り、インタビューを受け、穏やかな言葉を選び、炎上しない温度で思想を流す。反対意見も、懐疑も、全部歓迎だ。名前が出る限り、議論は残る。残ったものは、消されない。
ついでに言うと、エンデヴァー事務所の株を六割ほど保有している。おら! 筆頭株主様だぞ!!
そう、事務所持ちのヒーローってヒーロー業だけじゃなくてグッズ展開とかあるから、株式でやってるとこ、結構あるんですよね……。父さんのところもそうだったので、買いました。
隠してもいないが、このせいで家庭内資産運用だとぶっ叩かれてもいた。まあ、株主総会でネチネチと「改善してください」「説明してください」を連呼してたら「エンデヴァーの大アンチが筆頭株主になってる」とネットで騒がれたけど。
父さんの株持ってんの、エンデヴァーファンばかりだから仕方ないか。甘やかされやがって……。ファンミーティングをやれ……若い世代への交流を持て……遊びでヒーローやってんのか、人気商売だぞ舐めんな……。
「なんだこの雑誌は!? お前は何をやってるんだ!」
「法人作って会社を建ててエンデヴァー事務所の筆頭株主になり、雑誌でろくろを回しております」
「意味のわからんことを言うな!」
「全部説明したのに、ほらちゃんとインタビュー受けてるから見て」
───十六歳で会社を立ち上げ、現在は複数の事業とNPOを率いる若き経営者。穏やかな語り口とは裏腹に、その動きは業界に静かな衝撃を与えている。今回は、今もっとも注目を集める17歳、轟陽火さんに話を聞いた。
「陽火さんは、No.2ヒーロー・エンデヴァーの御長男だと伺いました。これは事実なのでしょうか?」
「ええ、事実です」
少しだけ困ったように笑ってから、陽火さんは続ける。
「父はまだ驚かせたくて内緒にしているんですけど……親の承認は、母からきちんともらっています。いわゆるサプライズ、というやつですね(笑)」
冗談めかした口調とは対照的に、その目は終始落ち着いていた。若さにありがちな昂りや自己誇示はない。だが、言葉の選び方には一切の曖昧さがなく、聞き手を自然と“聞く側”に回らせる力がある。
今回、陽火さんが行ったのは、個性による身体的・精神的デメリットを抑える研究機関への多額の寄付、そして「個性カウンセラー」の完全国家資格化を求める社会運動への本格的な関与だ。どちらも、ヒーロー業界や医療・福祉分野では長年必要性が指摘されながら、実現に至ってこなかったテーマである。
「“わかったつもり”では、ダメなんです」
彼はそう言い切る。
「個性は才能であると同時に、負荷にもなり得ます。精神論や根性論で乗り切れる段階は、もう終わっている。本人がどう生きたいか、その希望と、最先端の技術や医学、心理学の知見を、丁寧に擦り合わせていく必要があります。支援は、気持ちだけでは成立しません」
───その発想は、弟さんの事故がきっかけだったのでしょうか。記者がそう尋ねると、陽火さんは一瞬だけ言葉を選ぶように視線を落とし、はっきりと頷いた。
「ええ、そうです。ただし、勘違いしてほしくない」
声は穏やかなままだが、そこには揺るがない芯があった。
「私は、『燈矢が生きている』と信じています。ひと握りの灰が入った壺を、弟だとは信じない。だから“弔うため”ではなく、“迎えるため”に動いているんです」
彼は続ける。
「もし、彼がいつか帰ってきた時。その身体や心を、社会や制度が受け止められなかったら、それは家族だけの問題では済まない。だったら今のうちに、制度と技術を用意しておく。それが、私にできる現実的な選択でした」
結果として、その仕組みは、同じように個性の負荷に苦しむ多くの人々にも役立つ可能性を持つことになった。だが、本人はそれを“功績”とは呼ばない。
「たまたまです。弟のために考えたことが、偶然、他の人にも使えただけ」
そう言って、陽火さんは静かに笑った。
ヒーローの息子として、経営者として、支援者として。どの肩書きも彼の一面に過ぎない。彼が見据えているのは、誰かを裁く未来ではなく、誰かが帰ってこられる余地を残した社会だ。そのために今日も、17歳の若き代表は、声を荒げることなく、しかし確実に、世界の足元に手を伸ばしている。
「な ん だ こ れ は !!!!!」
「うるせえうるせえうるせえうるせえ、暑い暑い暑い暑い」
ドスドスと床を鳴らしながら追いかけてくる父さんから逃げるため、轟家の無駄に長い廊下を早足で進む。居間でテレビを見ていた夏雄が顔も上げずに「ふたりともうるせえ」と言うので、「父さんのせいで」と即答したら、「俺のせいか!?」と、案の定さらに発火した。ああもう、火力を上げるな。
そこへ玄関のほうから鍵の音がして、買い物を終えた母さんが帰ってくる。手にしているのは牛乳一本だけだ。「カフェオレ淹れようか。クッキーも買ったのよ」と柔らかく言われて、反射的に駆け寄る。うちは食事もお菓子も和風寄りだから、これはほぼ俺専用みたいなものだ。「これだけのために買いに行ったの? 申し訳ない気持ち」と言うと、母さんは首を振って笑う。
「違うわよ、ほとんど配達してもらうの。この前の雑誌、来たんでしょ? 母さん嬉しくって」
「冷! お前は知っていたのか!?」
「ふふ」
「なぜ俺に隠すんだお前らは!!」
夫婦のやり取りに、夏雄がソファからぼそっと「信頼度低いからじゃねえの」と落とす。父さんは目に見えて肩を落とし、がくりと項垂れた。可愛げが出てきていいんじゃないですかね。
少し遅れて帰ってきた冬美が、「陽火にいの雑誌! よみたい!」と目を輝かせて手を伸ばす。渡すと、表紙を食い入るように見つめてから、おもむろに俺と同じ“ろくろを回すポーズ”を取った。キリッとした顔がかわいいね、と思ったその瞬間、「ぶふぉ」と何かが爆発したみたいな音がした。え、爆撃? と思ったら、父さんがむせ込むように笑っている声だった。どうやら変なツボに入ったらしく、首を絞められたみたいな声でしばらく咳き込んでいる。……あのおじさんのことは、今は気にしないでおこう。
焦凍は友達とサッカーをしてから帰るらしく、「ちょっと遅くなる」というメッセージが届いていた。
三年前、俺が付け替えた表札は、以前の『轟』だけのものとは違う。家族全員の名前が並んでいて、そこには燈矢の名前も、ちゃんと刻まれている。いつでも帰ってきていいように。帰ってきたとき、勘違いしないように。ちゃんと、「おかえり」を言えるように。
燈矢が生きている、という話について、父さんは今でも懐疑的だ。信じているとはとても言えない。ただ、子供たちが口を揃えてそう言う以上、真正面から否定することもしない……そういう判断をしたらしい。
まあ、そりゃそうだ。心の調子を崩して入院までした子供相手に、正論を振りかざして殴りかかっても悪化させるだけだというくらいのことは、さすがに分かる。ヒーロー以前に、最低限の人間的学習は積んだようだ。
だから父さんは、一瞬だけ譲った。
「そう思うなら、そう思っていればいい」という形で、黙認した。
その“一瞬の許容”が、三年続くとは思っていなかっただろうし、その延長線上で、俺が制度と金とメディアを引き連れて表に出てくる未来なんて、想像もしていなかったはずだ。油断したな、エンデヴァー。まあ待ってろ、きっともうすぐ、燈矢が燈矢のままで帰ってきてくれるはずだから。
