いきてきたるif④

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 談話室の低い机を挟んで、漫我と焦凍は並んで座り、色鉛筆を転がしながらお絵かきをしていた。漫我は自分で言っていたとおり、とても絵が上手い。迷いなく線を引き、形を決め、色を置く。その手元を見ているだけで、焦凍はなんとなく圧倒されてしまい、「いっしょに描こ」と言われても、邪魔をしてしまいそうで手を出せずにいた。

 そんな様子を察したのか、漫我は気にした風もなく「じゃあマルかいて!」と言う。焦凍は言われたとおり、紙の端に丸をひとつ描いてみた。するとその丸に、漫我が次々と図形を足していく。三角が耳になり、線がひげになり、気がつけば猫が出来上がっていた。「合作! すごいでしょ!」と漫我は胸を張る。

「ボク、こーいうのトクイだからねっ。ゲージュツは発想力! ドンドン描こっ」

 その「ドンドン」と言った瞬間、まるで本当に落ちてきたみたいに、“ドンドン”というカタカナが机の上に転がった。
 「あちゃあ~、やっちゃった」と漫我は軽く頭をかく。「これ、なんだ?」と焦凍が聞くと、「ボクの個性。『コミック』っていうんだ。おのまとぺ? が、形になるの」とさらりと答えた。「ふうん」と頷きながら、焦凍は机の上の“ドンドン”を見る。
 おのまとぺって、なんだろう。ドンドンは、おのまとぺ?

「焦凍くんの個性はなあに?」

 不意に投げられた問いに、焦凍は少し間を置いてから答えた。
「……『半冷半燃』」
「はんれーはんねー」
「半分冷たくて、半分燃える」
「ふたつもあるんだ! すごいねえ!」

 その言葉に、焦凍は小さく首を振る。「……すごくなんかねえ。つめたいだけで、良かった」親父と同じ炎の個性なんて、要らなかった。こんな、人を傷つけることしか出来ない悪い個性、欲しくはなかった。視界の端に映る自分の赤い髪が嫌で、無意識にそれを毟るみたいに握りしめた、そのときだった。

「なんで?」

 漫我の、不思議そうな声がする。「お兄ちゃんとおなじじゃないの?」お兄ちゃんでしょ、と続く。さっきのおっきいひと。優しそうだったじゃん。ボクももうすぐお兄ちゃんになるからさ、焦凍くんのお兄ちゃんみたいになるんだよ。

 漫我は何も知らない。父のことも、炎がどう使われてきたかも知らない。ただ、見えたままを、思ったまま口にしているだけだ。

「……俺、陽火にいと同じ?」
「えー、気づかなかったの? おんなじじゃん。お揃いの赤い髪してるよ」

 髪を掴んでいた手を、そっと離す。もう一度、よく見る。真っ赤な色。火の色。押し入れの中で見た、陽火にいの『きらきら』の色。

「……おそろい、だ」
「ねっ。お兄ちゃんとおそろいでいいねえ」

 机の上には、さっき落ちてきた“ドンドン”がまだ転がっている。漫我はそれを指でつつきながら、何事もなかったみたいに次の色鉛筆を探していた。焦凍はしばらく、その赤い文字と、自分の髪と、兄のきらきらを同じ場所に並べて考えてから、ゆっくりと息を吐く。

 「つぎ、なに描く?」

 そう聞かれて、焦凍は少し考え、「……次も、いっしょに」と答えた。
 漫我は満足そうに笑って、「合作ね」と言った。
 それだけで、今日はもう十分だった。