猋田桟へ来たことのない人間が、町の写真だけを何十枚か並べて見せられたなら、たぶん最初は住みやすそうなところだと思うだろう。
■■市の中心部から電車で二十分ほど、駅には特急も停まり、駅前には夜まで営業している大きめのスーパーとドラッグストア、ファミリーレストランが一軒ずつある。
坂を上れば戸建て中心の住宅街が広がり、小学校と中学校は徒歩圏内、高校も自転車ならじゅうぶん通える距離に収まっていた。
公園はよく手入れされ、通学路には町内会が設置した防犯カメラと「こども110番」の家が多い。朝になれば黄色い帽子をかぶった小学生が列を作り、夕方には買い物袋を下げた老人がベンチで休んでいる。
古い白楡ヶ丘という名前を捨てて猋田桟へ戻してから、町の人口はほんの少し増えた。出ていく者もかなりいるのに、それ以上ではない程度に人が入ってくる。特に目立つのは、進学や就職で一度町を離れた子供が、結婚や出産を機に戻ってくることだった。実家を建て替える者もいれば、たまたま空いた近所の家を買う者もいる。
「子育てするなら、やっぱりここがいいと思って」と皆よく似たことを言った。治安がよく、学校も近く、親が近所にいる。説明を聞けば何も不自然ではない。
その一方、初めて訪れた人間が町を歩き回り、小学校の掲示板や路地の落書きまで注意して眺めると、少し妙なことに気づく。図工の授業で作られた地域安全ポスターには、笑顔の子供と犬の絵の横へ「よそものにちゅうい」「しらないひとについていかない」と大きな文字が書かれている。
ここまでは普通として、別の児童まで同じ言葉を選び、さらに別の学年では「わるいよそものをみんなでみつけよう」という標語が入賞している。公園の地面にはチョークで×印が大量に描かれ、幼児たちは意味もなくその上を跳んで遊ぶ。大人は見ても咎めない。
「最近の子、バッテン印を描くの好きよね」
「昔からじゃない? 私たちもやってた気がするわ」
そんな調子で笑って終わる。地名の「猋」の字に犬が三つ入っているからか、この町には犬を飼う家が妙に多く、しかも茶色い毛皮の犬ばかり目についた。
柴犬、雑種、レトリバー、テリアの混じったような犬。それぞれ違うはずなのに、夕暮れの道で何匹も散歩している姿を見ると、同じ群れが町中へ散って暮らしているようにも見える。
風の強い土地でもある。晴れているのに坂道だけ急な風が吹き抜け、庭木の葉が一斉に裏返ることがある。昔の人間はそういう風を飆と呼んだらしい。犬が群れ走るような烈風。猋田桟という古名の由来についてはいくつか説があり、その一つに過ぎないと郷土資料には書かれている。
住民同士の会話も、外から来た人間には時折ひどく奇妙に聞こえた。
山の開発計画は、造成会社の関係者が立て続けに病気や事故へ遭ったことで途中から宙に浮き、社を壊した一帯だけが不自然に手つかずのまま残っていた。そこを見上げながら、買い物帰りの女たちが立ち話をしている。
「山の工事、中途半端に終わっちゃったね」
「他所からの人がやったんでしょ? 仕方ないわよ」
「余所者が悪さしたら、死んじゃうものねぇ」
誰も声を潜めない。冗談を言った様子もなく、だからといって恐ろしい話をしている顔でもなかった。そのあとすぐ夕飯の献立へ話題が移り、一人がスーパーの卵の特売を教えて別れる。
猋田桟に長く暮らす人間へ尋ねても、「そういう言い方はするけど、本当に祟りを信じてるわけじゃないですよ」と笑われる。
実際、住民は気のいい人間が多かった。落とし物をすれば誰かが交番へ届け、子供が転べば知らない大人が起こしてくれる。
町内会の参加率は市内でも高く、祭の日ともなれば普段ほとんど顔を見せない若者まで手伝いに戻る。困っている人間を見れば放っておかず、転入者にも親切で、最初のうちは驚くほどよく声をかけてくれた。
ただし、その親切が長く続く人と、いつの間にか町からいなくなる人がいる。
猋田桟と相性のよい人間は、ここへ来ると何もかもがうまく運んだ。無愛想で友人を作るのが苦手だった者にも、引っ越してひと月もしないうちに話し相手ができる。
結婚を諦めていた人間が祭の準備で恋人を見つけ、長年勤め先と折り合いが悪かった者には駅前の店から働かないかと声がかかる。
困り事が起きても誰かが助けてくれ、落とした財布は戻り、雨の日に傘を忘れれば近所の人が車へ乗せてくれる。朝の光まで妙にきらきらして見え、この町へ越してきてから人生が楽になった、と口を揃えるようになる。
逆に相性の悪い人間にとっては、同じ光景がまるで違っていた。明るい。とにかく明るすぎる。道は掃除され、花壇には一年中何か咲いていて、すれ違う住民はにこやかに挨拶する。その笑顔が作り物めいて見え始める。
スーパーへ入れば昨日挨拶した店員がこちらを覚えている。駅から帰れば、向かいの家の老人が「今日は遅かったね」と声をかける。公園の母親たちは子供を遊ばせながら、こちらがどの家へ入るのかまで見ているように思える。
数週間もすると眠りが浅くなり、鼻血が増え、頭痛や耳鳴りを訴えるようになる。
病院へ行っても大きな異常は見つからない。町を出れば少し楽になり、戻るとまた具合が悪くなるので、結局は家を売って転居していった。
悪いことなど何一つしていなくてもそうなる者がいる。土地との相性が悪ければ、そこにいるだけで少しずつ削られていく。寿命を何日、何月、何年と小さく齧られ、理由のない焦燥感ばかり募る。
ただし猋田桟の人間と恋をして、結婚し、家族の一員としてこの土地へ入った場合だけは話が変わった。
婚姻届を出した翌日から鼻血が止まったという者もいる。義父母から町内会へ紹介され、祭の準備へ呼ばれ、近所の人間から「これからよろしくね」と受け入れられるころには、それまで感じていた嫌悪感すら綺麗に消えていた。本人へ以前の話をしても、「引っ越したばっかりで疲れてたんじゃない?」と首を傾げる。
昔から猋田桟はいい町だった。人は親切で、空気も明るく、ここへ来てから人生がうまく回り始めた。そう心の底から思えるようになる。
八束宵一には、その理由が見えてしまった。本人としてはまったくありがたくない能力である。高校を卒業してからも友人の墓参りのため何度か猋田桟へ来ており、奇妙なことに自分自身はこの町とかなり相性がよかった。
駅前の店ではおまけを貰い、道に迷えば誰かが教えてくれる。祭へ顔を出したときには昔の同級生と偶然再会し、そのまま飲みに誘われた。町の空気も嫌いではない。むしろ居心地がよく、帰宅すると少し惜しい気持ちにすらなる。
ただし余所から来た人間が具合を悪くしているところへ遭遇すると、話は別だった。
ある日、駅前のベンチで鼻を押さえて俯いている男を見かけた。出張で来たらしく、スーツの襟元へ赤い染みがついている。宵一がティッシュでも渡そうかと近づいたところで、その背後にいるものが見えた。
鹿がいた。首がない。普通なら頭へ繋がる場所から、人間の子供の上半身が生えている。十歳くらいの少年に見えた。両腕は肩から先ごと存在せず、細い胸と腹だけが鹿の首元から突き出している。
伸ばしっぱなしの黒髪は地面近くまで垂れ、汚れて束になった毛先が鹿の背や脇腹へ絡んでいた。
子供の身体は青白く痩せ、肋骨が浮いている。目だけが異様に大きく、その全部を使ってスーツ姿の男を見下ろしていた。
男が立ち上がる。鹿も歩く。一歩進むたび、人の上半身が前後へぐらんと振られた。腕がないので姿勢を支えるものもなく、細い腰のあたりから今にも千切れそうなほど大きく揺れる。鹿の脚が少し速くなると、頭は背中へ届きそうなほど仰け反り、次の瞬間には胸元まで折れる。なのに落ちない。そのまま男の後ろをついていく。
「最悪」
宵一は思わず声に出した。よく見れば一体ではない。駅から町へ入ってくる人間の後ろに、ぽつぽつ同じものがいる。少女の姿をした個体もいた。鹿の身体の大きさや毛色は少しずつ違うものの、黒髪と腕のない上半身だけはよく似ている。
風が吹くたび輪郭が揺れ、時折身体の一部が透けた。昔はもっと弱かったのだろう。小さな風の塊になって土地の隅々へ散り、ほとんど形もなく眠っていたものが、あの化け物─────いまは何食わぬ顔でタローくんを名乗っているもの─────の復活に引っ張られて戻ってきたらしい。
「お前らまでいるのかよ……」
宵一が呟くと、一番近くにいた少女の眷属がこちらを向いた。鹿の身体は進行方向を向いたまま、人の胴だけがぐらりと百八十度近く捻れて宵一を見る。顔は無表情だった。敵意も感じない。
しばらく見つめたあと、興味を失ったように元の男へ顔を戻す。宵一はそこで、自分は監視されていないことに気づいた。町へ来るたび何体か見かけるのに、自分の後ろへついたことは一度もない。どういう判定なのか考えたくもないが、とりあえず猋田桟側からは問題のない人間として扱われているらしい。
それが分かると、安堵より先に「ならまあいいか」と思ってしまった自分が嫌になった。昔なら友人の兄の家一軒が化け物の巣になっているだけで全力疾走して逃げたのに、今では駅前に腕なし鹿人間が三体いてもスーパーへ寄って帰れる。
「よそ者さえ来なきゃ見なくて済むのにな」
そう考えたところで、宵一は立ち止まった。かなり毒されている。分かっている。分かっているのに、駅前で買った揚げたてのコロッケは美味いし、昔の同級生は祭の日になると連絡をくれるし、猋田桟へ来ると何故か気分がいい。最近はこっちに引越しの話も出ていて、一人暮らしをしようか真剣に悩み出した。どうしようもなかった。
巫の祈りはその間にも積もり続けている。男本人は祈りだと思っていない。タローと一緒に飯を食い、家族の仏壇へ供え物を置き、たまに昔を思い出して泣く。
犯人たちへの怒りが消えない日もある。それを××さまは全部、自分へ捧げられる大切なものとして受け取っていた。
余った力は土地へ流れ、散り散りになっていた眷属たちにも染み込んでいく。
駅前で宵一が初めて見たころ、彼らは薄汚れた子供と痩せた鹿を無理やり繋いだような姿をしていた。それが日を追うごとに変わった。絡まり放題だった髪はまっすぐ梳かれ、頬には柔らかな丸みが戻る。鹿の身体は毛艶を増し、首元や胸には鮮やかな布が掛けられた。角のない身体へ小さな玉飾りがいくつも垂れ、歩くとしゃらしゃら鳴る。赤、青、緑、金。祭具に使われるような色が、茶や白の毛皮へ映えて美しい。
人の部分も同じで、薄汚れた裸体ではなく、肩を包む布や首飾りを身につけるようになった。腕だけは戻らない。そこは最初からそういうものらしい。
鹿が駆ければ上半身も相変わらず大きく揺れ、豊かになった黒髪が鞭のように宙を振り回す。形のおかしさは少しも改善されていない。それでも神性が戻ったことで、見た瞬間に吐きそうになるほどの生理的嫌悪は薄れた。
宵一もいつしか、怖いというより「縁起物が走ってるみたいだな」と感じるようになった。ただし深夜の道路を一頭で歩いている姿に遭遇すると、今でもゾッとするし帰りたくなる。
さらに年月が経つと、眷属たちは子供の姿を借りることまで覚え始めた。最初は祭の日だけだった。人混みの中に見覚えのない子供が混じり、小学生たちと一緒に屋台を覗いている。
翌年には公園にもいる。その次には朝の通学路へ姿を見せた。ランドセルを背負い、黄色い帽子をかぶり、同じ学校へ通う子供の列へ自然に入って歩く。
大人は誰も不審に思わない。子供たちも普通に名前を呼んで遊ぶ。ところが卒業写真を見返すと、その子だけ妙なことがある。クラスの集合写真には写っているのに、名簿に名前がない。夏休みに一緒に虫取りをした記憶も、家へ遊びに来た記憶もあるのに、どこの家の子だったのか誰も答えられない。
猋田桟出身者が大人になって匿名掲示板へ書く「子供のころの不思議な話」には、ときどき同じ特徴の友達が出てくるようになった。
色白で、黒髪がきれいで、走るのがものすごく速い。体育の時間になるとどこかへ消える。給食を食べたところは見たことがない。腕を組んで遊んだ記憶があるはずなのに、よく考えるとその子が手を使って何かをしているところを思い出せない。転校したのだと思っていたのに、先生へ聞いてもそんな児童はいなかったと言われる。
それでも恐ろしい話として語る人間は案外少ない。楽しかった思い出だからだ。遊んでくれた。困ったとき助けてくれた。遠足で迷ったらいつの間にか隣にいて、正しい道へ連れていってくれた。夏祭りでは最後まで一緒に踊った。大人になって思い返したときにだけ、少しおかしい。
猋田桟にまつわる怪談の中でも、「しろくん」は少し出所が変わっている。地元の昔話や子供の噂から広まったものではなく、十数年前に匿名掲示板へ投下された一件の長文が初出とされているからだ。
書き込み主は猋田桟から遠く離れた県で暮らしていた二十六歳の会社員男性。投稿はかなり長く、仕事や借金、人間関係について取り留めなく書き連ねた、自殺前の遺書にも見える文章だったという。
その中に、小学生時代の友人として何度も登場するのが「しろくん」だった。性別の記述は曖昧で、男性自身も子供のころは男の子だと思っていたものの、思い返せば女の子だったかもしれない、と書いている。長い黒髪と綺麗な黒い目をした子供だったことだけは、何度も繰り返されていたらしい。
当時そのスレッドを見ていた者によれば、投稿の途中から書き込み主の様子が明らかに変わったという。最初は昔の記憶を書き散らしているだけだったのが、次第に何かを思い出したらしく、返信にもほとんど反応しなくなった。
その後に音声ファイルが一つ添付され、ほどなく投稿は途絶えた。数日後、同じ年齢と居住地域の会社員男性について行方不明届が出されたことから、別人による創作だったのか、本人の書き込みだったのかで一時かなり騒がれた。現在残っている過去ログには削除や欠落も多く、音声ファイルも転載を繰り返しているため原本かどうか確認できない。それでも「しろくん」という名前だけは、その後も猋田桟関連の怪談へ何度も現れるようになった。
この話が転載される際、最後に必ず付け加えられる一文がある。元の投稿者が本当に書いたものなのか、後世の誰かが付け足したのかは分からない。ただ、古いキャッシュにも同じ形で残っているという。
しろくんがむかえにきてくれたのでかえります

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