2026-07

殺し屋

逆運戴冠

場内の照明が一斉に落ちると、伊坂が隣で小さく声を上げた。初めて映画館へ連れてこられた子供のような反応だったが、三十歳に近い男がやっているので、暗闇に紛れていなければ少し恥ずかしい。 もっとも、楯岡も他人のことは言えなかった。首から提げた関係...
殺し屋

お守り争奪

月末の午後、人材派遣会社スモールアップル第三業務室の複合機前で、伊坂恭平は三人の女子社員に囲まれていた。 囲まれている、と表現するしかない配置だった。背後には用紙を補充するために開け放たれたコピー機、左には壁、右には葉先の枯れた観葉植物があ...
殺し屋

このくらいのSFはある

楯岡が異変に気づいたのは、背後で扉の閉まる音がしたあとだった。 第三業務室から地下の資料庫へ向かうだけなら、エレベーターを降りて右へ曲がり、防火扉を二枚抜ければいい。 何年も通っている経路で迷うような場所ではないし、前を歩いていた伊坂も、途...
殺し屋

工具情事

「俺はなんて不幸なんだ!!」 昼休みに入って十二分ほど経った人材派遣会社スモールアップルの第三業務室で、伊坂恭平は両手で頭を抱えていた。 大声を出すほどの不幸に襲われているようには見えない。椅子に座れているし、両手足もついている。昨夜は楯岡...
殺し屋

プロ用

ギュイイイイイイイイン、と、薄い鉄板を何枚も重ねて一息に引き裂くような音がした。地下倉庫の剥き出しのコンクリート壁にぶつかった音はすぐには消えず、天井を這う配管や積み上げられた石膏ボードの隙間で細かく震え、少しずつ痩せながら奥へ逃げていく。...
さいつよ

教会からの派遣

雪融月十九日。 連絡を送った結果、最初に来たのは教会だった。王立博物院でも、王宮魔術院でも、西方守護府でもない。氷嶺白虎の生態について一冊の研究書も出しておらず、大型魔獣との接触経験がある者さえほとんどいない、今回の件に関して言えば最も専門...
さいつよ

ぴぇー

叔父虎が来てから、毎日がさらに楽しくなった。 もともと楽しくなかった日なんてない。朝起きれば誰かの腹か背中に顔が埋まっているし、寝床の外へ出れば雪があり、風があり、追いかけても追いかけても捕まらない父の尻尾がある。 母の前足へ四匹まとめて襲...
さいつよ

ごろごろんぬ

住処の奥で、きょうだいと取っ組み合いをしていた時だった。 最初に異変へ気づいたのは、左前脚の縞が途中で切れている子だった。私の尻尾へ噛みついていた口を急に離し、顔を入口の方へ向けて動かなくなる。丸い耳が前へ立ち、鼻先がひくひくと動いた。 私...
さいつよ

がおーん

少し離れたところに、人間が二人いた。 人間だ、と声に出した途端、二人は揃って妙な動きを始めた。こちらへ背中を向けるでもなく、身体だけは私たちの方へ向けたまま、後ろ向きにするすると離れていく。 足元は雪と岩で凸凹しているのに、とても速い。人間...
さいつよ

西部山岳帯セデ村滞在中の覚え書き【2】

雪融月九日。 雪解けを祝う小さな祭りが行われた。 氷嶺白虎を直接祀る祭礼ではないが、最初に焼いたパンの端と乾燥肉を一片、村の北側にある平たい岩へ置く。 白虎への供物かと尋ねると、マレは「虎に食べてもらいたいんじゃない。山に、今年もここで暮ら...