夏はそこで止まっている

 祖母が死んだのは、夏休みが始まって三日目のことだった。

 その日の朝、母はいつも通りトーストを一枚食べ、インスタントコーヒーを飲んでいた。僕が二枚目を焼こうとしている時に携帯電話が鳴ったが、母はすぐには出ず、画面に表示された名前をしばらく見ていた。着信が切れてから折り返し、五分ほど何かを話したあと、冷めたコーヒーを一口飲んだから、なにかどうでもいい連絡だったのかと勝手に納得した。

「おばあちゃんが亡くなったから、明日から田舎へ行くよ。何日いるかまだ分からないけど、四、五日分くらい着替えを持っていきなさい。喪服代わりに制服もね」

 何ひとつどうでもいい連絡ではなかった。祖母が地方に住んでいるのは知っていたし、幼い頃には僕も何度か連れていかれたらしい。ただ、僕自身にはまったく記憶がなく、写真も見たことがない。僕にとって祖母という人は、年に一度か二度届く段ボール箱の送り主でしかなかった。

 箱には泥のついた芋や大根、新聞紙に包まれた柿、よく分からない漬物が入っていた。僕が中学生になってからも動物の絵が描かれたゼリーや、幼児向けの卵ボーロが混じっていたことがある。たぶん、祖母の中で僕はまだそれくらいの認識だったのだろう。母は箱を開けるたび、「送料の方が高いでしょうに」と機嫌を悪くした。一度だけ、だったら電話してやめてと言えばいいじゃないかと僕が言うと、「言っても送ってくるの」と返された。それ以上は話が続かなかったし、祖母が死んだと聞いた時にも母は泣かなかった。

 父はもう何年も前に母と離婚しているので、葬儀へ行くのは僕と母の二人だけになった。
 翌朝、電車を二度乗り換えた。二つ目の駅にはコンビニがなく、改札の横に昔からそのまま残っているような小さな売店があった。母はそこでペットボトルの水を二本買い、僕が炭酸を取ろうとすると「バスで気持ち悪くなるからやめときなさい」と止めた。僕は乗り物酔いをしたことがほとんどないのだが、炭酸一本のために反論するのも面倒で、水にした。

 駅前から、一日に何本走っているのかも分からないバスへ乗る。途中までは普通の住宅地で、ドラッグストアもファミレスもあったのに、十分ほど走ると店が減り、いつの間にか田んぼと山ばかりになった。家はところどころに建っているのに、人の姿はほとんど見えない。
 見たことのないでかい白い鳥が電線にとまっていて、なんだあれ、と思っていたら、母が「サギよ」と教えてくれた。咄嗟に頭の中で漢字変換できず、「詐欺?」「鷺」と、つまらないギャグみたいな混乱をしてしまう。
 窓の外を、庭先に干された洗濯物や、停めっぱなしの軽トラック、畑の上でゆっくり回る古いCDが流れていく。どれも、映画で見たことがあるような景色だった。

 途中、バスが停まった時に茶色い細長いものが道路を横切った。思わず「うわ」と声を出すと、母が窓の外を見る。

「イタチ。まだいるんだ。昔は庭にも出たよ。おばあちゃんが鶏を飼ってた頃、メスが二羽やられてね。怒り狂って凄かったのよ」

 母が祖母のことを、普通の昔話みたいに口にしたのは、それが初めてだった。少し笑ってもいたので、今なら何か聞けるかもしれないと思った。ただ、「仲が悪かったの」と聞くのは直接的すぎるし、「どんな人だった」と尋ねるのも今さらな気がする。迷っているうちにバスが大きく揺れ、結局、何も言えないままになった。

 母は膝に載せた鞄の持ち手を、両手で握っていた。途中で眠ったように見えたが、降りる停留所の二つ前になると、何かを確認するでもなく目を開けた。窓の外には大きな白い雲が浮かんでいて、こういうところを制服姿の高校生が自転車で走っていたら、ずいぶん夏らしく見えるんだろうなと思った。実際にいたのは、草刈り機を積んだ軽トラックと、道路脇の日陰で寝ている犬だけだった。

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