夏はそこで止まっている

 火葬場へ向かう車では、僕が叔父の隣になった。エアコンが弱く、車内には線香と整髪料の匂いが混ざっていた。叔父は窓の外を見ながら、首元の石に触れている。

「おばあちゃんのこと、嫌いだったわけじゃないですよね。母さんも叔父さんも全然泣かないから、家族でもそういうものなのかなと思って」

 叔父は石から手を離し、少し考えてから口を開いた。

「嫌いじゃないよ。僕は人がいるところでは、あまり泣けないんだ。泣きそうになると、自分がどういう顔をしてるのかとか、周りが僕をどう見てるのかを考えてしまう。そうすると、悲しいことよりそっちが頭に入ってきて泣けなくなる。あの人が死んだ時もそうだった。それで、みんな僕が悲しくないんだと思った」

「友達のお墓を掘ったのは本当なんですか。骨を埋めて、水をやっていたって聞きました」

「本当だよ。死んだ人の骨を土に埋めて水をあげたら、また生えてくると思った。最初に手が出て、そのあと腕が出て、自分で土を押しのけて起きてくると思ってた。
今ならそんなことはないと分かるけど、あの時は本気だった。雨の日は水をやらなくていいから、芽が出た時に誰かに踏まれないよう、ずっと近くにいた」

 叔父はそこまで言い、窓の外を流れるガードレールを目で追った。

「全部は戻らなかったらしい。警察の人と大人が公園を掘って、拾えるものは拾ったけど、いくつか見つからなかった。僕がなくしたのか、最初から墓に残っていたのかも分からない。細かい骨なら仕方ないと言われたよ。僕には、あまり仕方なくなかったけどね」

 そこで車が火葬場へ着き、話は途切れた。

 祖母の棺が炉へ入れられ、重い扉が閉まる。待合室では親戚が弁当を食べた。鮭と煮物と天ぷらが入った、どこにでもありそうな弁当だった。叔父は煮物の人参を半分食べただけで、自動販売機の紙コップの茶ばかり飲んでいる。

 二時間ほどして呼ばれ、祖母の骨の前へ立った。係の人が一つずつ説明してくれる。白いものもあれば灰色のものもあり、ところどころに黄色っぽい部分が混じっていた。薬の影響や身体の状態で骨に色が出ることがある、と係の人は言った。

 僕は叔父を見た。胸元を押さえていたが、石は服の中に隠れている。

 親戚が二人一組で箸を使い、骨を壺へ入れていった。叔父だけは箸を持たない。母が途中で声をかけた。

「最後なんだから、少しくらい入れたら。嫌なら無理にとは言わないけど、あとでまた変なことを考えるくらいなら、その方がいいでしょう」

「僕が触ると、また何かおかしなことをするんじゃないかって、みんな気になるだろうし」

 母の手が止まった。周りにいた親戚は何も言わず、聞こえなかったふりをして骨を拾い続けている。

 家へ戻ったのは夕方だった。葬儀で使った紙袋や余った菓子、香典返しの箱が居間に積まれ、冷蔵庫には半端な量の麦茶が残っていた。飲んでみると少し薄い。母は台所で皿を洗い、叔父は居間の隅で古い菓子箱を開けていた。

 僕が通ると、叔父が手招きをした。箱の中には写真が何十枚も入っている。色が抜けて赤っぽくなったものもあった。

 二人の少年が写っていた。片方は叔父で、今より頬が丸く、髪も少し長い。制服姿の写真ではほとんど笑っていない。隣にいる少年は逆によく笑っていて、歯を見せると右の犬歯が少しだけ目立った。

 川に入っている写真、運動会、学校の廊下、公園、自転車の横。誰かの家でゲームをしているものもあり、テレビ画面だけ白く飛んでいて何のゲームか分からない。叔父はどの写真でも、その少年のすぐ近くにいる。

「写真だと叔父さん、今よりずっと無愛想ですね」

「そうだね。僕は写真が嫌いだったから。あの人は撮るのも撮られるのも好きだった。あとで見た時に面白いと言ってたよ。僕には何が面白いのか分からなかったけど、今こうして残ってるから、僕より分かってたんだろうね」

「亡くなった友達って、事故だったんですか」

 たぶん、この人が叔父さんの“友達”なのだろう。写真の中ではずいぶん元気そうに笑っていて、この二人のうちどちらかが先に死ぬと言われたら、叔父さんの方が死神に気に入られそうな顔をしている。

 僕の質問に、叔父さんはゆっくりと首を振った。それから、写真の中で笑っている“友達”の姿を、指先でそっと撫でた。

「高校二年の夏だった。夏休みに入る少し前に入院して、休みが終わる前に死んだ。早かったよ。僕は毎日病院へ行ったし、退院したら海へ行こうとか、文化祭をどうするとか、そういう話ばかりした。本人も死ぬと思ってなかったんじゃないかな。最後の日も僕は普通にまた明日と言って帰った。朝になって、もう会えないと言われた」

 叔父は写真を箱へ戻さず、膝の上へ置いたまま指で端を撫でていた。

「墓を掘ったのは、葬式のすぐあとじゃない。墓ができて、それからだったと思う。どれくらい経ってたかはよく思い出せない。でも夜に道具を持って行ったから、少なくともその場で急に考えたわけじゃない。骨壺のままだと生えない気がして、土に直接埋めようと思った。鉢にしようとも考えたけど、鉢では狭いし、根が伸びられないと思ってやめたんだ」

 叔父はそこで少し笑った。

 その笑い方を見て、僕は写真との違いに気づいた。昔の叔父はほとんど笑っていないのに、今の叔父はよく笑う。面白い時ではなく、困った時や、自分が何かまずいことを言った時に笑っている。

 本来は、写真の中にいる方が叔父なのかもしれなかった。

「骨を触るのは怖くなかったんですか。僕は今日見ただけでも少し怖かったです」

「知らない人の骨なら怖かったかもしれない。でも、あの人の骨だと言われたから怖くなかった。
壺の中でどれが手なのか足なのか分からなくても、全部あの人だと思ってたから、全部持って行ったつもりだった。でも、あとで全部じゃなかったと言われたな。公園を掘り返しても見つからないものがあって、警察の人は、小さいものなら土に混ざったかもしれない、仕方ないと言ったよ。仕方ないと言われると、それ以上話してはいけない気がするでしょう。だから僕も、その時は分かったと言った」

 叔父の指が首元へ上がった。僕もつられて、服の下にある石を見る。

「そのネックレスは」と言いかけたところで、台所から大きな音がした。

 皿が割れていた。

 僕と叔父が行くと、母が床にしゃがみ、三つほどに割れた白い皿を拾おうとしていた。細かな破片が飛んでいるらしく、僕たちを見るなり手で制した。

「二人とも近づかないで。踏んだら危ないから。こっちは私が片づけるし、もう遅いから、あんたは二階へ行って寝る準備をしなさい」

「ねえさん、母さんの骨はいつ墓へ入れるの。僕は日を知らされてないから、行くなら教えてほしい。勝手に触ったり持ち出したりはしないよ。もう、そういうことはしないから」

「触らないって自分から言わなくていいの。誰もまだ疑ってないのに、そういうことを言うから疑われるんでしょう。納骨の日が決まったら伝える」

 叔父はしばらく黙っていた。母が割れた皿を新聞紙へ載せ始める。

「母さんは生えてきても困るだろうから、同じことはしないよ」

 母の手が止まった。叔父もすぐに、自分が何を言ったか分かったらしい。

「違うんだ、ねえさん。戻ってきてほしくないという意味じゃない。母さんを好きじゃなかったという意味でもない。ただ、昔みたいなことはしないと安心してほしかった。でも『もうしない』と言うと、前にしたことを思い出させるから別の言葉にしようとして、それで余計に変な言い方になった。ごめん」

 母は何も返さず、新聞紙を畳んだ。

 叔父は居間へ戻り、写真の箱を閉めた。僕も二階へ行こうとすると、母に呼び止められた。

「どこまで聞いたの。あの子が昔やったこと、聞いてたんでしょう」

「墓のことと、友達のこと。叔父さんから聞いたのはそれくらい」

 母は流し台の前に立ったまま、濡れた手を布巾で拭いた。

「忘れなさいとは言わないけど、あんまり考えなくていいよ。子供が背負う話じゃない。あの子は高校生の時からずっと同じところにいるの。病院を出ても、年を取っても、母さんが面倒を見ても変わらなかった。
朝になれば公園へ行くし、雨が降れば窓から土を見てる。向こうの家族は、とっくに墓を別の場所へ移したのに、それでも行くんだから」

「ネックレスの石は何なの。公園で見つからなかった骨と関係あるの」

「私は知らない。聞いたこともないし、あの子が何を持ってるかまで全部把握してるわけじゃない。だからその話は、もう私に聞かないで」

 それ以上は聞けなかった。

 翌日、僕たちは帰ることになった。祖母の家をどうするのか、叔父がこのまま住むのか、母と親戚は朝から話していた。固定資産税とか名義とか、僕にはよく分からない言葉ばかりで、途中から聞くのをやめた。庭へ出ると蚊に二か所刺され、叔父は植木の間の白い花へ水をやっていた。

 じょうろを置いた叔父が、僕の方へ歩いてくる。

「今日帰るんだね。夏休みなんだから、こっちにいてもすることはないものね。学校は休みでも、部活とか友達とか、いろいろあるでしょう。僕も高校生だったはずなんだけど、その頃の学校のことを思い出そうとすると、途中からあの人の病院のことばかりになって、授業とか先生とかはほとんど出てこないんだ」

「叔父さんは、これからもここに住むんですか。昨日、みんなが話してたけど、結局どうなったのか聞いてないです」

「たぶん、しばらくはいると思う。僕にも説明されたんだけど、途中からよく分からなくなった。僕はここにいていいならいるし、駄目なら別のところへ行く。そういうのは、ねえさんたちが決める方が間違いがないから」

 門の外から母に呼ばれた。叔父にも聞こえたらしく、「駅までは行かないよ。ねえさんが来なくていいと言ってたから、ここで見送る。それくらいなら大丈夫だと思う」と言った。

 そうしてから、胸元の石を取り出した。

 朝の明るいところでまともに見るのは初めてだった。思っていたより小さい。米粒をいくつか固めたくらいで、薄い黄色をしている。透明なところと濁ったところがあり、宝石店で買ったものには見えなかった。

「それ、きれいですね。ずっと触ってるから、大事なものなんですよね。何の石なんですか」

 叔父は指先で石をつまみ、少し日に透かした。

「僕は長く見すぎたから、きれいなのかどうかもう分からないな。最初はもっと濃い色だった気がするけど、石は触っただけでそんなに変わらないだろうから、たぶん僕の記憶の方が変わったんだと思う。なんの石なんだろうね、炭素で出来てるとは聞いたけど」

 母がもう一度僕を呼んだ。

 叔父へ頭を下げて門を出る。叔父は手を振らず、その場に立ったままこちらを見ていた。正確には、最後まで僕の顔の少し横を見ていた。

 バス停まで歩き、帰りのバスへ乗った。母は座席に座ると、窓へ頭を預けて目を閉じた。僕は叔父から聞いたことを頭の中で何度も並べ直した。

 墓から持ち出した骨。公園へ埋めた骨。見つからなかった骨。叔父が病院へ入れられたあと、公園を掘ったのは警察や大人たちだったという。その全部が戻ったわけではない。

 では、残ったものはどこへ行ったのか。

 あの石は何だったのか。

 祖母は何を知っていたのか。

 母は本当に何も知らないのか。

 考えれば何か分かりそうな気もしたが、分かったところで僕がどうする話でもなかった。途中の駅で母が目を覚まし、売店でアイスを買ってくれた。家まで持たないから今食べなさいと言われ、駅のベンチで袋を開けた。その時だけは、叔父のことを考えなかった。

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